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フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
私欲少女とさぼり魔

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Ⅱ165.私欲少女は頭を下げる。


「どうっすか、居ました⁇」


アーサーの問い掛けに私は首を横に振る。

三限終了の鐘が鳴ってすぐ一年の階に降りた私達だけど、残りの三から五組までのクラスを覗いてみてもやっぱりピンと来る子はいなかった。顔立ちが綺麗な子は何人かいるけれど、攻略対象者という感じはしない。

朝と違ってこれから登校してくる子もいないから纏めて三クラス一度に確認できたのに一人も見つからなかった。移動教室からだって戻ってきた後だ。

おかしい。十中八九攻略対象者が一人はいる筈だと思ったのに。

もしかしてファーナム兄弟みたいに飛び級生とかだろうか。それなら今度は中等部ではなく初等部を見に行く必要がある。本当にこのままだと時間がなくなる。もう一人の攻略対象者に関わることを考えても残り日数が迫っているのに‼︎

まさか何らかの理由でまだ学校に入学してもいないのか、それとも偶然学校に登校していないだけか。ぐるぐると最後の教室を出ながらそんなことを考えていると、ステイルが「もう一度今朝見た教室を確認してみましょう」と提案してくれた。確かに、私達が覗いた時はまだ登校してきてなかった可能性もある。そうね、と一言返した私達はもう一度今朝の一年クラスへ早足で向かった。

どうか移動教室でまだ帰ってきていないとかではありませんように‼︎と願いながら、手前側のクラスから覗く。今朝よりは人口が増えている気がするけど、パッと見はやっぱりわからない。仕方なくまた教室に潜り込んで確認をすることに




「離せって‼︎‼︎この怪力堅物騎士馬鹿‼︎」




足を踏み入れる直前、教室にいた生徒達すら振り返るような大声が廊下から飛び込んで来た。

えっ、と。一度動きを止めた私は、踏み出そうとした足をいきなり止めてつんのめってしまう。こっそり忍び込もうにも、教室中の生徒の目が廊下側であるこちらに集中してしまった。しかも、今の怒鳴り声に驚いた以上にその呼び名に自分でも目が丸くなるのがわかる。

まさか、と思いながら振り返れば背後に控えていたステイルとアーサーも声の方へ振り返っていた後だった。一拍遅れただろう私も振り返れば、そこにいたのは思った通り講師として学校に潜入してくれているカラム隊長と



「馬鹿!馬鹿騎士‼︎騎士なんかその辺を歩いている衛兵とどうせ変わんねぇくせに‼︎脳筋!」



ツンツンに髪先を跳ねさせた金髪の少年だった。

額にゴーグルを乗せ、八重歯を剥いて怒っている少年がカラム隊長に小脇で抱えるようにして運ばれていた。カラム隊長の反対肩に担がれている大きく膨らんだリュックも彼の私物だろう。

ジタバタと半袖に手袋の嵌めた手と短パンから伸びた細い足を動かして暴れているけれど、カラム隊長相手では何の抵抗にもならない。きっと特殊能力無しでも、鍛え抜かれたカラム隊長の腕力に掛かれば男の子一人くらいを拘束するのも余裕だろう。……というか、待って。その子、なんか、もの凄く覚えが。


「騎士を愚弄することも褒められないが、衛兵も馬鹿にしてはいけない。彼らは城下の安全を守る大事な守護者だ」

そんな彼の訴えに目くじら立てる様子もなく、しっかりと言葉で窘めるカラム隊長の大人の対応にも少年は全く反省の色がない。怒鳴るというよりも喚きながら暴れ、そしてやっぱりカラム隊長から逃げられない。


「衛兵なんか偉そうに町歩いてるだけだろ‼何にもしてくれねぇしあいつらにも騎士にも恩なんかねぇから俺がどう言おうと勝手だ‼︎」

「君達の目の届かない場所で私達は日夜励んでいる。衛兵が歩いているのは見廻りといって、保安の為に欠かせない立派な職務で……」

「うぅるせええぇええええ‼︎堅物騎士馬鹿!」

口だけは元気いっぱいだけど、側から見ればぬいぐるみのように抱えられたまま足をばたつかせている姿がなんだか微笑ましく見えてしまう。

けれど男の子は狐色の目を釣り上げて本気で怒っているし、カラム隊長も若干疲れているように見える。珍しく少し乱れた前髪を整える余裕もなく歩く彼が、少年から視線を前に向ければ私達に気が付いた。

ぐっと唇を結んで姿勢をいつものようにぴっしり伸ばしてくれたカラム隊長は、指先で前髪を一度整えると自然な口調で「君達か」と声を掛けてくれた。ジャックが慌てるように「お疲れ様です」と頭を下げ、ステイルが「こんにちは、カラム隊長。先ほどの授業ではありがとうございました」とにこやかに対応する中、私はまだ頭の整理が付かず口をポカンと開けたままになる。


「彼も一年の生徒ですか?僕らは今ちょうどジャンヌと一緒に校内見学で一年の教室を回っていたところで」

「そうか。だが、そろそろ授業も始まる頃だ。早めに教室に戻るように」

講師としてとはいえ、ステイルに敬語無しで話すカラム隊長が何だか新鮮だ。

他生徒の前では、しっかりと役割に準じて話してくれるのは本当に流石だなと思う。

ジャックも、と。そのままアーサーにも視線を投げたカラム隊長は、小脇で暴れる少年の怒鳴り声を全く意に返さない。ステイルからの最初の問い掛けに応えるように視線を彼に投げると、落ち着いた口調で説明を始めた。


「彼はネイト。ここの四組の生徒だが、……今まで一度も授業に出ていない。今日はせめてもと職員室ではなく三限の私の授業を見学させたが、また四限になったら空き教室に忍び込もうとしたのでこうして」

「頼んでねぇよ‼︎よりにもよって騎士の授業なんてあんな脳筋授業に参加させやがって‼︎‼︎」

「君はずっと見学していただろう」

少年、……ネイトの反感にカラム隊長の返事は溜息混じりだった。

その後もギャンギャンと吠えるネイトとカラム隊長のやり取りと聞いてみると、どうやら彼は今日までの授業を全てボイコット、というかサボり続けていたらしい。

二日前、サボり中の彼をカラム隊長が一度捕まえて指導したけれど全く改善の兆しも反省も無し。今日も二限前に捕まえて教室まで引き戻したのに、授業中にいつの間にか逃亡。

カラム隊長もそれを危惧して二限終わりの後にすぐ中等部の教室を見に来てくれていたらしく、教師からその話を聞いてまた見つけ出しては捕まえて職員室で指導して。……そしてやはり全くの改善も反省も見られなかった彼をしっかり見張る為と授業に見学だけでもいいから参加させる為に、担任でもないクラスのネイトを騎士の授業中預かってくれていたらしい。

そして今。見学とはいえ、初めての授業参加の叶ったネイトは、カラム隊長が職員室に戻っている間にまた行方を晦まし、また発見されては捕縛され今こうして四限の授業へと連行する途中だったと。……なんかもう、お疲れ様ですとしか言いようが無い。


「せめて空き教室には忍び込むなと何度も言っているだろう」

「空き教室じゃねぇと教師か上級生に見つかるだろっていってんだろ!この脳筋‼︎」

カラム隊長に一番削ぐわない言葉が、また投げられた。

取り敢えずこの子は脳筋の意味を正しく理解しているのだろうか。その人、作戦指揮や後衛にも特化した三番隊自慢の騎士隊長なのだけれども。

二人のやり取りを聞いていたステイルも、眉間にちょっと皺が寄っている。アーサーに至っては若干怒っているような。尊敬する先輩であるカラム隊長への暴言は聞き捨てならないのだろう。

パキッと軽く両手で指を鳴らしたところで、カラム隊長は察したように手の平を向けてアーサーを止めた。「子どもの言葉だ」と一言で受け流すカラム隊長は本当に器が大きい。


予鈴が鳴ると、カラム隊長はとうとう小脇に抱えていたネイトを丁寧に床へ下ろした。

ジタバタと暴れていたネイトがやっと解放されるとわかって一度だけ大人しくなる。ストンと地面に両足がついた次の瞬間、正面に立つカラム隊長へ蹴りを繰り出したけれどそれも身体の角度を変えるだけで軽々と避けられる。逆に蹴りを放ったネイトの方が前のめりに転びかけ、カラム隊長に空いている手で後ろ首を猫の子のように掴まれ支えられた。不意打ちとはいえ簡単に一撃を与えられるほど騎士は甘くない。

ネイトから舌打ちが大きく鳴る。ケメトほどじゃないけれど十三歳にしては小柄な彼は、そのままぐいっと手袋の嵌められた右手をカラム隊長へと突き出した。


「返せよ俺のリュック」

「断る。担任のチャールズ先生とも相談した。罰として君のリュック一式は一週間学校で預からせてもらう」

「ハァ⁈」

耳がキンとするほどの声の後、一気にネイトの顔色が変わる。

目が零れ落ちるほど大きく開いた後、さっきまでは怒っていたこともあって赤々と血流が良かった顔が青くなっていく。

ふざけんなよ返せ!と慌ててリュックに手を伸ばしたけれど、カラム隊長に掴む間もなく躱されてしまった。

「散々の注意と指導を無視した結果だ」とカラム隊長から尤もな言葉を言われれば、ネイトの顔色がどんどん白くなる。返せよ返せ!とさっきまで離れたがっていた筈のカラム隊長に何度も飛び込み、時々殴りかかるけれど全て軽々と躱されて受け流される。

「授業にまともに出れば、一週間後には必ず返却される」「既に三度、このままでは罰則を下さざるを得なくなると警告しただろう」と断っても、彼は全く諦めずに暴れ回る。細い身体で目一杯怒鳴り、大きく膨らんだリュックを取り返そうと暴れるネイトに今度こそアーサーが「落ち着け」と背後から捕まえて羽交い締めにした。その途端にまた「離せ」の連呼に逆戻りだ。

カラム隊長だけでなく、止めに入ったアーサーにまで癇癪のように喚き出すネイトに私は











ぞっっ、と背筋が凍る感覚が走り抜けた。









まずい、と。

まだ頭の整理が付かない状況でそれだけをはっきり思う。カラム隊長が私達に急いで教室に戻るように声を掛けてくれ、ステイルも急ぎましょうかと視線を投げてくれる中で怖いくらいに心臓が気持ち悪く波打った。まずい、まずい、多分、恐らく、これは本当にまずい。


「ぁっ、あの、カラム……隊長……?」

裏返りそうな声を喉で必死に抑え、遅刻も覚悟でその場に踏み止まる。

さっきまで無言だった私が発言したことに驚いたのか、カラム隊長とステイルが目を見張ってこちらに振り返る。もしかしたら、私の顔色がわかりやすく変わっていた可能性もある。

バタバタと羽交い締めされたまま手足を振り乱すネイトを押さえるアーサーも顔だけをこちらに向けた。バクンッバクンッと、ぐちゃぐちゃの頭の中で心臓が遅く煩い。思わず両手で胸を押さえながら私は一歩前に出る。


「私からも、……お願いします。そんな立場でないことはわかっていますけれど、今日のところはリュックを彼に返してあげては、頂けませんか……?せめて、その……今回は四限の授業終わりまでの没収とかに……」

お願いします、と。

この場で第一王女の権威を使うのはずるいと思いながらも、この場で説明ができない私は頭を下げる。

いつもの挨拶と違って深々と下げたそれに、息を飲む音が複数聞こえた。生徒としてとはいえ、王族が頭を下げるのは大変なことだ。

それだけでただならぬ状況を察してくれたらしいカラム隊長は「そ、っ……」と珍しく詰まるように辿々しい言葉だった。このまま応じたいけれど、講師の立場として一生徒に言われただけですんなり「わかりました」とも言えないからだ。

私としても、本当ならもっとちゃんと事情を話した上でお願いしたかったけれどここはもうしょうがない。今は、安全を図ることが第一優先だ。


「……。そうですね、ジャンヌ。僕達もリュックに昼食やお金などが入ってますし突然没収されたら困る気持ちはわかります。カラム隊長、僕からもお願いします。あともう一度だけ、猶予をあげて頂けませんか。きっとこの様子だと今まではカラム隊長や教師の注意もまともに耳にも届いていなかったようですし。カラム隊長のお力添えでどうか、お願いします」

ステイル‼︎

私とカラム隊長の間を上手く取り持つように流れを作ってくれたステイルに、胸の中で叫び出したいくらい感謝する。本当に頼れる天才策士!

そのまま私に続いて頭を下げてくれるステイルが、流れるように「ほら、彼も反省しているようですし」とやんわりアーサーに目を向けた。

するとアーサーも一度羽交い締めからネイトを解放したあと、背後から頭を鷲掴みして下げるように促した。それを受け、ネイトも今は騒いでいたのが嘘のように唇を固く結びアーサーの腕の力に抗う様子もなく深々頭を下げた。アーサーもそれに続くようにネイトと一緒にぺこりと頭を下げてくれる。

生徒四人が頭を下げたことで、やっとカラム隊長にも了承しやすい空気が作れてきた。……王族二人に頭を下げられてしまうカラム隊長の心情をかんがえると、本当に申し訳ないけれど。

「仕方ない」と溜息混じりに言ってくれたカラム隊長は、片腕に担いでいたリュックを軽く持ち直すと落ち着いた口調で続けてくれた。


「……四限後、職員室に来るように。今日のところは返却するように私の方からチャールズ先生に伝えておこう。これに反省したら空き教室の潜入と貴重品の持ち込みは控えるように」


妥協案のようにそう言ってくれたカラム隊長に胸を撫で下ろす。

ありがとうございます!とお礼を言ってから頭を上げれば、口を開けたまま見るからにほっと息を吐いているネイトが居た。

今日中に返却されることに、今は没収の文句も出てこないようだ。カラム隊長が彼の教室を指差して「授業に戻るんだ」と言ったら、彼は丸い背中のまま何も言わずに教室へ戻っていった。今は悪態をつく余裕すらないのだとわかる。少しでもカラム隊長の気を変えてしまう方が怖いのだろう。


ネイトが教室へ入っていったのを確認してから一度しっかりと私と目を合わせ確認をしてくれたカラム隊長に、私からも視線で返す。ネイトを捕まえたのがカラム隊長で本当によかった。

ありがとうございました、と二度目のお礼でもう一度頭を下げた私はそのままカラム隊長に指示されるまま生徒らしく教室へ戻った。遅刻すまいとパタパタと駆けそうな脚に「廊下は静かに」と注意を投げるカラム隊長はすごく教師らしい。


「……ジャンヌ。もしかして彼が。……それともまた?」

早足で並走しながら潜めた声で確認するステイルと、真っ直ぐに視線を注いでくるアーサーに私は強く頷いた。間違いない。


ネイト・フランクリン。

キミヒカ第二作目の攻略対象者。

泉のように湧き上がってきた彼の設定に、呼吸まで奪われそうになりながら私は確信した。

先ずは彼のゲームと現状の違いを確認するところから始めようと決めながら、記憶と思考を掻き混ぜる。今さっきの彼の反応から恐らくはといくつか仮説を組み立てながら、記憶と設定を追う。彼の現状を知りその上で動かないと。もし彼の設定も変わらないのなら絶対に助けたい。その為ならば


たとえ、法の領域でなくとも。


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