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フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
私欲少女とさぼり魔

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そして切り上げる。


おおおおおおおおおぉぉぉぉおおおぉぉおおっ!!!!と、アーサーが頂上まで成し遂げたことに、生徒達の盛り上がりが最高潮まで跳ね上がる。


今度は自然と拍手が上がり、もう顔すらはっきり見えないほど高度先にいるアーサーに誰もが目を離せない。

すごい!!すげぇ‼︎格好良い!!と沸き立つ中、アーサーはのんびりとこれで終わりなら昼食を座って食べる余裕くらいはあるかなと考えた。

もうここまで大勢の生徒に注目されてしまえば、目立たない方がおかしいと諦めもついた。少なくともステイルやプライドから許可が降りた分、今は問題がないと思えば肩も強ばらずに済んだ。

見下ろせば囲っていた生徒達から少し離れた位置でプライド達が食事をしているのを確認し、ほっと息を吐く。自分の所為でプライドに腹を鳴らしたり、ステイルやパウエルを待たせたりはしたくない。

すると、プライドが自分の視線に気付き手を高く振ってきた。視力の良いアーサーには、しっかりと自分へ向けてくれるプライドの顔までよく見えた。にこにことその表情だけで自分を褒めてくれているような笑顔にアーサーの心臓が不意打ちで高鳴る。

ぺこりとプライドの位置からではわかるかどうかくらいの小ささで頭を下げ、それから改めて一度目下の生徒達を見下ろした。あそこに降りるのか、と思えば足が自然と止まった。生徒達にみっしりと囲まれる地上よりも、見上げられるだけで必然的に距離を取れるこの位置の方が落ち着くなと思う。

まだ下から降りて来いの声がない今、もう少しのんびりしていても良いかなとアーサーは深呼吸をしながら初めて枝に腰を下ろした。そうすれば視線は真っ直ぐと自分の方を今も見上げてくれるプライド達の方へ向いてしまう。


……こんなンで、〝格好良いところ〟なんか見せれたか……?


ぼんやりと、風通しの良い場所で頭を冷やされながらアーサーは思う。

生徒達からすれば格好良いどころか特殊能力を疑うほどの身のこなしだったが、アーサーには大したことをしたという自覚すらない。自分がやったのは〝ただの〟受け身と木登りだけなのだから。

人前で格好を付けたいとは思わない。ただ、ここに引き摺り出される前にプライドから言われた言葉を思い出せばじわじわと顔に熱が上がっていくのを感じた。高い位置で良かった、とアーサーは心から思いながら両肘を突き、確実に紅潮しているであろう顔を両手で挟んだ。口の端がピクピクと緩み、やばいニヤけると意識的に力を込める。

目下では生徒何十人に拍手や歓声を受けている中、アーサーの頭に浮かぶのはたった一人からの殺人的な一言だけだった。


『ジャックの格好良いところ、私も皆に見て欲しいわ!本当にすごいんだものっ』


な!ん!で!人前でそォいうことを言っちまうンだ!!と。

既にステイルとの審議会で真実に辿り着いてしまっているにも関わらず、胸の内だけでそう叫んだ。熱い頬だけでは足りず、そのまま手が頭へと伸びて抱え込んでしまう。じゅっ、と太陽にあてられた訳でもないのに感じる熱さから逸らすようにぐっと目を瞑る。

まさか、あんな人数の前で堂々と言われてしまうとは思わなかった。千人の歓声よりもプライド一人の褒め言葉の方が遥かにアーサーには威力があった。

勿論、自分のことをプライドが格好良いや自慢だと褒めてくれたことは今までにも何度もある。だが、あんな風に大勢の前で当然のように胸を張られて大輪の花のような笑顔を向けられてしまえば、拍動が二倍は速まって死ぬかと思った。

男子生徒達に引き摺られる中でも、人目などどうでもよくなるくらいに頭の中でプライドの言葉がぐるぐると回ってしまった。お陰で今こうして思い返しても、いつの間に自分は校庭で生徒達の真ん中に立たされていたのか明確な記憶がない。

まるで本気で自分を〝見せびらかしたい〟とでも言うようなプライドの発言に、自分のことを自慢に思ってくれているということが証明されてしまった。


死ぬ、死ぬ、死ぬ、死ぬと、地上に聞こえるわけのない抑えた声で堪らず溢してしまう。嬉しいに比例して心臓が高鳴り、発作を起こしそうになる。思い出すのを必死に止めようと抱え込んだ頭のまま目を開ければ、無意識に目下にいるプライドを見つけてしまった。

アーサーがずっと降りてこないで小さくなっているのをどうしたのかと小首を傾げ見上げるプライドに、今はその仕草だけで目に毒だった。ぐわっと血が逆流するような感覚に口の中を噛み、頭を抱える指に痛みを与えるほどの力を込める。ただでさえ十四歳の可愛らしい顔つきのプライドに、そんな風に見上げないで欲しいと今だけ思う。


そんなことを考えていると、次第にアーサーが降りてこないことに不穏を感じ出す生徒が増えてきた。

まさか降りられなくなったのではないかと、あまりにも高すぎる位置に座り込むアーサーが頭まで抱えていれば心配するのも当然だった。既に自分のことでいっぱいいっぱいになっていたアーサーの耳には届かなくなっていたが、地上にいるプライド達にはざわざわと「先生を呼んでくるか?」「やばいんじゃないか?」「体調とか」「いや目が回ったんだろ」と不穏がそよ風のように薄く届いてきていた。

プライドの目から見ても、アーサーが頭を抱えているのがわかる。まさか降りられないとは思わないが、人目を気にするアーサーのことだから上から見てこれだけ大勢の生徒に注目されていることに緊張してしまったのではないかと考えた。もしくは彼を置いて暢気に食事をしてしまったことがいけなかったのか、生徒達にこれ以上アンコールを求められるのが嫌で降りたくなくなったのではないかとも思考する。

パウエルが「大丈夫かジャックのやつ……?」と不安げに声を漏らして立ち上がる中、プライドも相談するようにステイルへ視線を送った。心配そうなプライドの顔色に、ステイルは溜息交じりに肩を落とした。アーサーのことだから、注目を受けるのが嫌で降りたくないか、やっと授業での自分の行動が常軌を逸していたと自覚して落ち込んだか、もしくは落ち着いたところで今更プライドの発言を思い出したのかと適当にいくつか検討付ける。


「仕方がありませんね……。そろそろジャックにも食事を取らせたいですし」

もぐ、とステイルにしては珍しく大口でサンドイッチを頬張り、最後の一口をよく味わってから飲み込んだ。

何か良い策でも考えてくれたのかとプライドが前のめりに覗けば、ステイルは彼女に「食事はもうお済みですか」と確認を取った。

既に食べ終えたパウエルと違い、比較的にのんびり食べていたプライドはあと数口分だけ残っていた。ステイルの言葉に少し焦りながらもぐもぐと口を動かせば「焦らなくても大丈夫ですよ」と一言掛けられる。だが、今にも教師を呼びに行かれそうな状況でのんびりはしていられない。行儀が悪いとは思いながらも、最後の数口を水で流し込んだプライドは胸を数度叩きながら頷いた。もしかしてこのままアーサーを呼んで無理矢理四人で逃げるのか、と考えながらいつでも飛び出せるように身構える。

食事を終えたのを確認したステイルは、パウエルにも確認を取ると花壇から腰を上げる。生徒達がアーサーに呼びかけているが、上から降らす声と違い下からの声量ではなかなか叫んでも遥か上にいるアーサーには届かない。しかもプライドのことで頭がいっぱいになっている彼の頭ではただでさえ届きにくい状況だった。

服の埃を払い、それから胸一杯に息を吸い込んでステイルは声を張り上げる。

ジャック!!と、ステイルが叫んだだけで相棒の声にアーサーはすぐに反応して顔を上げた。なんだ?と現実に引き戻されるような感覚で視線をやっとステイルへと向けることができた。

アーサーの意識が向いたことを確認し、確実に反応するであろう言葉を選ぶ十四歳策士は救いの手を掲げ投げる。

「ジャンヌが体調が悪いらしい!急ですまないが医務室まで運んでく」



キャァアアアアアアアッッッ!!!!と、言い終える前に悲鳴が上がった。



女生徒達の甲高い悲鳴と共に男子の悲鳴も合わさる。

誰もが目を剥き息を飲み、直後には声が出なくなった。当然である。大木の頂上に居たアーサーが、ステイルの言葉を皮切りに躊躇無くその場から飛び降りたのだから。

剣を拾って降りた時も枝から飛び降りたアーサーだが、今回はその時と高さが全く違う。大の大人でも怪我をする高さだ。しかも勢いよく枝を蹴った彼は、木の真下ではなくそのまま生徒達から距離を開けた位置に座っていたプライド達の目下へと着地した。回転で速度を緩めることもなく、軽く膝を曲げるだけで衝撃を和らげる。

軽やかな着地に反し、さっきまでの茹だっていた色が嘘のように顔色を変えていた。先ほどまでどんなに跳んでも跳ねても回転しても殆どずらさなかった眼鏡が耳に掛かった状態で半分落ちていた。


「大丈夫っすか⁈すんません取り敢えず運びますッ!!!!」

何メートルも上から飛び降りたとは思えない台詞を叫んだアーサーは、あまりの展開に顔を強ばらせるプライドの返事も待たなかった。

失礼します!!と邪魔な眼鏡を鷲掴んではポケットにしまい、花壇に腰を下ろしたプライドを両腕で抱え本日二度目となる医務室救急搬送へと駆けだした。体調が悪いだけならば自分が触れた時点で治っている筈にも関わらず、目にも止まらない速さで駆け出すアーサーはまだステイルからの助け船だったことに気付いていない。


「ジャックが申し訳ありません。では僕らもここで失礼します。用具の片付け宜しくお願いしますね」

にこやかな笑顔で、茫然と言葉も出ない生徒達にステイルは軽く頭を下げた。

そのまま荷物を纏めたリュックだけを担ぐと、走り去るアーサーと弁明も間もなく連行されていったプライドを軽い足取りで追いかけた。パウエルも合わせて並び走りだす。

フィリップ達の背中が遠くになっても尚、目の前で起こった現象に言葉が出る生徒はまだいなかった。

誰もが様々な理由で沈黙してしまう中、特にアーサーを木の上までたきつけた男子生徒は狐につままれたような気分になる。怪我どころか命を落とすような高さを平然と着地し、そのまま元気よくジャンヌを抱えて走り去っていったジャックが現実かどうか受け止めるのにも苦労した。

三分ほど沈黙が続いてから、ジャックは絶対に身体系の特殊能力者だというところで頭の整理はついた。しかしそれでも用具の片付けをしながらあまりの出来事に感情が暫く付いてはこなかった。



─ 大丈夫かしら……。



両腕に抱えられながら、取り敢えず生徒達の目に届かない場所まではステイルの策に従おうとくちびるを結ぶプライドは静かに考える。

本気で血相変えて心配してくれるアーサーに良心が痛みつつも、別のことが気に掛かった。アーサーが着地した姿とそれを目にしていた生徒達。

プライド達が腰を下ろしていたのは大勢の囲っていた生徒からは少し離れた位置だったが、自分達以外誰もいなかったわけではない。クラス学年男女関係なく、盛り上がりが最高潮の時には数歩距離を置いた生徒もチラチラと佇んでいた。だからこそプライドもステイルからのトンデモ策に「違うわ!!」とすぐ声を上げることができなかった。あそこで自分が否定してしまえば、彼らにもステイルの嘘がバレてしまう。

だが、アーサーが降りてきてからの一部始終で彼女はその周囲の顔色にも意識が向いていた。今こうして後から冷静に考えてみても確信する。きっと自分の心配する通りになっているだろうなと。


─ アーサー、格好良いところ見せ過ぎたんじゃ……。


彼の身体能力や強さが知られてバレること自体は、プライドも良いと思う。

自分の悪目立ちと比べれば、アーサーの方はずっと健全だ。正体さえバレなければ彼の強さが知られたお陰で威を借り、前回のように自分を襲おうとする生徒を防ぐことも出来る。何より自分にとって自慢の騎士であるアーサーが、姿や身分を隠しても人に認められ褒められ賞賛されるのは嬉しかった。アーサーの格好良さは本当に称号関係なく誰もが認める実力なのだと実感した。しかし、たった今の状況はプライドにとってもアーサーにとってもかなりまずい。


プライドは見ていた。

アーサーが飛び降りた瞬間から、駆け寄り抱えてくれるまでの一連までの間。驚愕一色の男子生徒と違い〝女子〟生徒はどんな反応をしていたか。

身体能力に優れ平均より長身のステイルよりも更に背が高く大勢の生徒の注目を浴びた彼が、突然空から舞い降りた。ずれた銀縁眼鏡を外し、女性の体調を第一に考え飛び出し両腕で抱えて走り去って行く彼に、学年問わず大勢の女生徒がどんな顔をしていたか。そして、見慣れてる自分やティアラはさておき一般女性の目に今のアーサーがどう映ったかと考えれば


─ 完全に少女漫画の王道みたいになっていたけれど。


いや乙女ゲームか、と軽く考え直したところですぐそれどころではないと思い直す。

この世界に少女漫画などは無いが、それでも創作物に登場しそうな今の行動は確実にアーサーの人気を舞い上げることになるだろうと確信する。

もともと乙女ゲームの攻略対象者である彼は顔も整い、入学時からステイルと同じく女子の視線を集めていた。そこで今まで注目を浴びる程度で済んでいたのは同時期に現れた〝王弟〟の存在が大きい。更に最近はアネモネ王国の第一王子まで現れ、女子の注目はそちらへ多くが集中していたお陰だ。

しかし今、改めて突出すべき注目項目が増えたアーサーに女子達がどう思うか。それはもう〝故郷に恋人〟のいるステイルより人気が上回ってしまうだろうと容易に想像がつく。アーサーも上手く躱せれば良いが、嘘の苦手な彼である。式典でも聖騎士になってからは特に令嬢からの注目を浴びている彼がどうやり過ごしているか知らない。

そしてそんな女性人気を爆上げしたであろう彼に抱えられ、目の前から奪った自分は完全にお邪魔虫ポジションだった。ゲームの強制力でまさかまた自分がラスボスに引き継ぎされるのではないかとまで思ってしまう。

どうかどうか絶対に女同士のドロドロには絶対巻き込まれませんように!!と強く願いながら、プライドは胸を両手で押さえた。今まで良くしてくれた心優しい女子達を敵に回したくもない。


以前一般生徒に恨まれた「結婚相手捜しの為に飛び級を断った嫌味女子」のように。


今度は誤解がない否定や訂正を吟味しよう。と、プライドは今から覚悟した。


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