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フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
私欲少女とさぼり魔

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Ⅱ157.私欲少女は呆気を取られる。


「あっ、ごめん!アムレット、ジャンヌと勉強中だったんだよね⁈邪魔だった⁈」


はっ‼︎とたった今気が付いたようにディオスが声を上げたのは、もう予鈴が鳴る二分前だった。

時計を見上げてからプリントを見下ろしアムレットと私を見比べるディオスは、完全にアムレットとの話に夢中になっていたのだろう。良いの、楽しかったからと笑顔で許してくれるアムレットと殆ど同時にクロイが「いや最初から邪魔でしょ」と淡々と重ねた。でも顔色を変えるディオスと違って全くこの子には反省の色もない。

アムレットの言葉と一緒にクロイの言葉もしっかり耳に届いたディオスがこれ以上慌て出す前に、私からも彼に笑いかけた。


「大丈夫よ。また明日もあるもの。アムレットとはこの時間に毎日約束しているから」

「えっ。…………毎日⁇」

私の言葉にディオスがきょとッと若葉色の目を白黒させた。

まるで隠し事でもあるかのように私とクロイを何度も交互に見つめてから、何故かストンと肩が落ちて丸くなった。「そっかぁ」とどことなく落ち込んでいる様子にも見えて、これには私もアムレットも顔を見合わせて首を捻ってしまう。なんだろう、どうかしたのだろうか。

そう思っていると、今度はずっと傍観側だったクロイがディオスの隣に並んでから私達を見た。


「なら、僕らも明日から一緒に勉強に来るから」


ここに、と。

そう唐突に断言したクロイに思わず私はえっと声を上げてしまう。待って、どうして今の流れでそういう話になったの⁈

ディオスもその宣言は意外だったらしく「え⁈」と大きな声を上げた後に勢い良くクロイの方を振り返った。唯一冷静なのはアムレットくらいだ。きょとんと朱色の目を僅かに開いて首を傾げた。


「別に私は良いけど……二人もこの問題解けなかったの?」

「え、わかるけど。……なに。僕らから教わるのは嫌なの?ジャンヌじゃないと駄目⁇」

教えるの⁈⁈‼︎

アムレットへのトゲトゲ発言よりもそっちの方が衝撃的で自分の目が完全に目蓋をなくしてしまう。あれ⁈仲良くなっていたのディオスの方よね⁈どうしてクロイがアムレットに教えてくれるの⁈

要するにクロイ達もアムレットの勉強を見てくれるという意味ならありがたいのだけれど。さっき乱入してきた時もちゃんと問題の答えだけじゃなくて内容も理解しているようだったし、人に教えれば自分の理解にも繋がるし、特待生三人での勉強会なら絶対に意義のあるものになると思う。

クロイの圧に押されるようにアムレットが「ううん、私は嬉しいよ」と首を振ると直後には「じゃあ明日から」とさっくり話を決めてしまう。話題についていけなかった様子のディオスもそこでやっと起きたかのように「あ!じゃあ!」と声を上げて目を輝かせた。


「またこの時間僕もクロイもジャンヌ達に会いに来て良いんだ⁈」

パッ、と明るい声を上げるディオスは嬉しそうに私に視線で刺す。

そのまま「じゃあ明日からペンとあのノートも持ってくるね‼︎」と言われれば、寧ろ望むところだと思えてしまう。でも何だろうこの距離の詰め方。

二人してこんなに前のめりにアムレットと仲良くしたいなんて、流石主人公とでも言うべきか。いやまさかここまで来てゲームの強制力で恋愛まで発展とは思わないけれど……。……でも未だにセドリックがティアラに恋したきっかけも謎だし。

少なくとも今はディオスだけではなくクロイもアムレットには何だかんだ興味はあるようだ。頭が良い子同士、友達になっても良いかなくらいには思ってくれたのかもしれない。

ツンとしながらもアムレットの勉強を名乗り出てくれたクロイと、「ノートって?」と尋ねる彼女へすごい乗り気に特製解説ノートのことを話してくれるディオスなら私達が居なくなった後もアムレットと切磋琢磨し合って勉強を頑張ってくれるだろう。今は二人の方が頭は良いけど、アムレットは教師役の私達無しの単身実力で学年三位だ。お互いに勉強会で深め合える部分も大きいと思う。

肝心のプリント問題はまた一問しか解けなかったけれどこの三人が仲良くなれたのは結果として大きな収穫だと思ったその時、とうとう授業の鐘が鳴った。

やばっ!行くよとディオスとクロイが早々に下がり、アムレットも机の上のプリントを集めながら立ち上がった。元のクラスや席に戻ろうとする彼らに、私だけが座りっぱなしになる。


「じゃあねアムレット‼︎ジャンヌも!まっ、また後で‼︎」

えっ、待って私次の休み時間は一年のクラスに行くのだけれども。

そう言おうとはしたけれど、もう駆け足で二人とも去ってしまった後だった。プリントを纏め終わったアムレットも「今日もありがとう」と声を掛けてくれる。寧ろまた全然勉強が進まなくて申し訳ないしと謝ったけれど、彼女は首を振って「お陰でディオス達とも仲良くなれたもの」と白い歯を見せての眩しい笑顔だった。……本当、ほんっっとに良い子。


「あ、あとジャンヌ。話したいことだったんだけどそれもまた後で!」

ごめんね!と逆に謝ってくれたアムレットはそのまま講師が教室に入ってきたのに気付き、急ぎ足で最前席に戻っていった。

そういえば最初にアムレットが言っていた話したいことを聞くのを忘れていた。

勉強とは別のことだったのかしら、と一人首を捻りながら急ぐ彼女の背中を見送った。取り敢えずこの後の昼休みであれば、話を聞く時間はあるだろう。

教卓に立った講師から今日は女性の社会的立ち位置と身体機能について、と。授業内容を聞かされる。ある意味一番前世の授業風景を思い出す女性限定授業をいっそ懐かしく思いながら私は椅子に座り直した。



……



「なぁクロイ。何そんな怒ってるんだよ?」


授業が始まり、教師が何人かの生徒を連れて資料を取りに再び教室を出ていった。

残された生徒達の一人であるディオスは、隣で頬杖を突いて膨れているクロイを肘で突いた。兄からの投げかけに「同調でもすれば?」と呟くような小ささで悪態付くクロイに、今度はディオスの眉間が狭くなる。

兄弟としての経験もあり、クロイが何で怒っているのかはディオスにも察しが付いたがどうしてそれくらいでクロイが怒っているのかはわからない。


「でもアムレットは優しいし良い子だよ」

「わかってるよ。別にアムレットを悪いなんて一言も言ってないでしょ。ただ、………………折角話せると思ったのに」

ぼそっ、と最後だけ呟くような声を漏らすクロイにディオスは首を捻る。

別に良いじゃんか、と返すがそれに対してクロイから返答はなかった。むすっ、とそのまま窓際に視線を逸らして唇を結ぶ。教師が戻ってくるまでもう話さないという意思表示で、ディオスの方に顔すら向けようとしない。この状態のクロイは放っておいてやるのが一番落ち着くことをわかっているディオスは、追求したい気持ちをぐっと抑えて教師の居ない教卓へと視線を戻した。


「……そりゃ僕だって一番にセドリック様のこと言えなかったのは残念だったけど」


違う、と。

ディオスの呟きにクロイは心の中だけで断った。

確かに元はといえばセドリックの元で雇って貰えることをジャンヌに報告する為に、自分達は一限後に急いで彼女の元へ向かった。しかし、行ってみればプライドの目の前にはアムレット。プライドとセドリックの関係については口止めをされている二人はアムレットが目の前にいるところで王弟の話題を出せるわけもなかった。「セドリック様に雇って貰える」くらいは言えても、その後に続けたい「これもジャンヌのお陰」は決して言えないのだから。

ディオスとしても、本当なら一番に飛び込んで抱きついてこっそり内緒話で報告をしてジャンヌを驚かせたかった。フィリップとジャックにも勿論お礼と報告をしたいと思ったが、やはり一番大好きなジャンヌに最初に言いたいと思うのは当然だった。

次に会うときには必ずジャンヌだけではなく、フィリップとジャックもいる。だが、それはそれで三人を一気に驚かせて喜ばせられるのも楽しいと心からディオスは思う。なのに、ちょっとお邪魔だからといってアムレットに冷たく対応し、ふて腐れ、かと思えば明日から三人での勉強会まで提案したクロイの意図はわからなかった。

基本的にお互いの思っていることや考えていることが手に取るようにわかることが多いからこそ、歯がゆい。特に自分は読むよりクロイに読まれることが方が圧倒的に多いから余計にだった。


今も、その呟きを最後に会話を止めてくれたディオスの考えていることも大体はクロイに読めていた。

確かにジャンヌに報告をしたかった気持ちは一緒である。しかし、自分は別に報告自体はジャックやフィリップが居るかどうかは拘らない。セドリックとジャンヌの関係を生徒の前で安易に言えないが、報告だけなら三人纏めてでもアムレットの前でも良いと思う。それより何よりクロイが不満に思ったことは



……せっかく〝僕らだけ〟の時間になると思ったのに。



銀髪眼鏡の番犬と黒髪眼鏡の番犬二人を思い返し、クロイは僅かに肩を落として息を吐いた。

クロイ自身、ジャックのこともフィリップのこともそれなりに感謝しているし、好きだと思う。だが、それでもいつもジャンヌにべったり張り付いている二人が唯一離れる一限目終わりは試験勉強という名目で知れた貴重な情報だった。その時だけは二人の目に監視されることなく、遠慮無しにジャンヌと語らえるのだから。

なのに、今日行ってみればジャンヌは二人がいない間にまた新たな友人を作ってべったりだった。しかも今回は女子。ディオスはさておき女子と仲良くすることにも慣れていない自分は、共通の会話も距離感もはかれない。しかも相手がジャンヌと同じクラスでは、クラスが違う自分達がどんなに急いでも確実にジャンヌの隣は彼女に奪われてしまう。まるでハンデ付きの椅子取りゲームだ。

折角ジャンヌと自分とディオスだけで話せると思えば、もう先約がいる。正直な感想を一言で言えばアムレットは完全に「邪魔」そのものだった。

折角のジャンヌとの時間を、毎回アムレットが勉強を教わるという名目で占領し続けるのだと言われてしまえば敵意を向けたくもなる。僕らの方が先に勉強を教わってた筈なのに、絶対僕らの方が仲が良いのに、僕らの方が先に知り合ったに決まっているのにと。閉じた言葉数以上に頭の中は渦巻いた。

だからこそアムレットとジャンヌの勉強に無理矢理でも良いから混ざると決めた。フィリップとジャックばかりかアムレットにまでジャンヌを盗られて堪るかという意思が、衝動的に駆り立てた。寧ろ心の隅ではチクチクと「なんでディオスじゃなくて僕がこんなに苛々しなきゃいけないの」「なんでディオスは気にしないの」という不満と苛立ちまで尖ってくる。

ただでさえ、女子同士は仲良くなるのも早い上にあっさり〝親友〟と呼べるくらい親しい関係になりやすいことをクロイも遠巻きに女子達を見てきて理解している。異性の自分達より仲良くなるのは時間の問題だと真剣に思う。

しかもアムレットは自分達と同じ特待生。ジャンヌに勉強を教わっていると聞けば楽観的なディオスと違い、多少は危機感という意味でも心穏やかではなくなる。ディオスにも成績で抜かれた自分は、このままではアムレットにまで抜かれるんじゃ無いかとも思った。にも関わらずジャンヌは平然とアムレットに勉強を教えている。

どうして、なんで、僕らの味方のくせに、勉強を教えてくれるのは僕らにだけじゃなかったの、と。その不安や不満はクロイにしては珍しく、……あまりにも幼い嫉妬だった。


「…………絶対アムレットには負けない」


口の中だけでぼやいたそれは、空に戻って殆ど声にはならなかった。

彼女が悪いわけでも、彼女自身が良い子なことも分かった上でクロイは思う。他でもないアムレットにだけは絶対に負けたくないと。

特待生を維持することは当然だが、順位でも絶対負けたくない。そして同時に、これから四人で勉強会をするならば今度は自分達がアムレットに教える形でジャンヌとの時間を盗ってやると子どものようなことまで考えてしまった。フィリップにもジャックにもディオスにも思わなかったその対抗心は、教師が資料と共に戻ってきた後もメラメラと彼の胸奥で燃え続けた。


人間関係に慣れているディオスと違う、自分だけの〝友達〟が居なかったクロイの初嫉妬は女性であるアムレットへ密かに集中投下されていた。


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