Ⅱ156.私欲少女は集まられた。
「ではジャンヌ。ちゃんと二限終わりもこちらで待っていて下さいね」
わかっているわ。そういつものように二限の移動教室へ向かうステイルとアーサーを見送る。
以前に監禁騒ぎをやらかしてからは、特に二人とも私を心配してくれている。男女別の選択授業の為教師の指示通り校庭へ出るべく教室を出た二人は何度も心配そうに私の方を振り返ってくれた。大丈夫よと意思表示で手を振って見せる。
わらわらと男子達がそれぞれ引いていき、また女子だけの教室になると今度は別方向から明るい声が放たれた。
「ジャンヌ!」
たたたっ!と小気味良い足取りで駆けてきてくれるその声の主に私は顔を上げる。
きっとステイル達が退場するまで待っていてくれていたのだろう彼女は、プリントとペンを両手に夏の日差しのような眼差しを私に向けてくれた。三日前から少しだけ距離が縮まった気がする、第二作目の主人公だ。
アムレット、と私が彼女の名前を呼んで笑いかければ、彼女はにっこりと笑いながら私の前方の席に腰を下ろし向かい合った。
「今日も早速前回の続きを教えて貰って良いかな?」
「勿論よ。約束だもの、三日も待たせちゃってごめんなさい」
二日間は家の都合という名のステイルの誕生祭準備と本番の為に学校に来れなかった。
勉強を教えて欲しいと言われたのに、結局前回解けたのも一問だけだ。さぞかし待たせただろうと思って肩を竦めると、アムレットは首を左右に振って「そんなことないよ」と笑ってくれた。
「忙しいのに勉強教えて貰っているんだもの。ジャンヌに会えるのが凄く楽しみだったの。あとね、この問題の後で良いから話したい事もあって。良い?」
かっっっわいいなぁ……。
活発な笑顔でそう言ってくれるアムレットはやはりキミヒカの主人公兼天使だ。勿論よ、と返しながら思わず嬉しい言葉に私まで頬が綻んでしまう。
始めましょうかとアムレットが広げてくれたプリントを確認し、早速二問目に移る。一問目と違って二問目は単純に答えを書きなさいだけの問題だったから、これなら解説にも時間はかからないなと思う。問題を音読しながらペン先でその文面を突くアムレットは、そこで小さく唸り弱弱しい声を出した。
「これね、昔本で読んだの。確か答えはブレンダン・ロイヤル・アイビーだったと思うんだけれど……」
「それ第一王子でしょ。戴冠式を担ったのはクリフトン・ロイヤル・アイビー第三王子。手柄立てた人と美味しいとこ取りした王子は別」
突然、真後ろから覗き込んできた影が会話に押し入ってきた。
えっ、と知っている声に目を丸くして振り返る。背後に誰か来ているのはわかったけれど、てっきりアムレットのお友達かクラスの女の子かと思って気にしなかった。けれど若干高めとはいえ明らかに男の子の声に、どうしてここに⁈と姿を確認する前に私は思う。
「クロイ!ディオス!どうしたのこんなところで……」
振り返ればファーナム兄弟だ。
私の背後から首を伸ばして、じーーっとプリントを見下ろしているのは前髪に二本の可愛らしい星のヘアピンをつけた男の子、クロイだ。更には続くように同じ顔をしたディオスも「本当だ!」とクロイと一緒に私を挟み顔を覗かせた。
「まだ王女がいなくて、第三王子の特殊能力の方が優秀だから任されたんだろ?」
「そうそう。ていうか優秀も何も第一王子は特殊能力者じゃなかったでしょ」
「うん、でも第二王子は特殊能力者だよ。結局王位を継いだのはこの後に存在が判明した第一王女の……」
そこの双子優等生!勝手に授業始めないで‼︎‼︎
もう、おはようの挨拶どころか私の存在ガンガン無視で二人仲良く解説講義を始めちゃっている。アムレットも突然の乱入に口も開いて目をぱちくりだ。
「誰この人達」から始まっているかもしれない。ゲームでは主人公と攻略対象者の三人だけれど、現実で私が知る限りこの子達が知り合いなんてトピックスは無い!
もう一度、叱りつけるような気分で「ディオス!クロイ!」と無視しないでの意思表示を込めて呼ぶ。すると今度は反応する気になってくれたらしく、二人同時に唇を結んで私の方に顔を向けてくれた。
どうしてここに?ともう一度尋ねてみれば、二人は同時に「「どうしてって……」」と綺麗に声を合わせ、それから口を噤んだクロイの代わりにディオスが続けた。
「ジャンヌに会いに。だって今日は学校に来るって言ってたし朝と昼休みも会えないから。それに言いたいこともあって……」
「というか居ちゃ駄目なの?君だって最初の頃はいきなりズカズカ僕らの教室に入ってきたくせに」
う゛……、言い返せない。
ディオスの純度百パーセントの後にクロイがじとーと冷めた目で私を睨む。確かに、確かにクロイとの初対面で先に教室突入恐喝をしたのは私の方だ。
思わず片方だけ引き攣った口端のまま固まっていると、クロイは溜息と一緒に視線を私から今度は正面方向へとずらした。
「…………で、だれこの子。フィリップにもジャックにも見えないけど」
そう言ってぽかんとしたままのアムレットを目で指した。……というか待って。私の友達がステイルとアーサーしか居ないみたいな発言やめて欲しい。女の子の友達が一人くらい居たって良いじゃない!
クロイの投げかけにディオスがやっと「初めまして!」と若葉色の目を輝かせてアムレットに挨拶をしてくれる。ぽかんとしたアムレットもそこでやっと「初めまして……」と押されるように言葉を返した。突然現れてガツガツ勉強に乱入されて驚いているのかもしれない。
「顔、こうやってみると本当にそっくり。貴方達が特待生のファーナム兄弟よね?」
流石アムレット。ちゃんと自分以外の特待生は名前も把握している。
二人のことは私に勉強を教わりに教室へ来た時に見ていたと話していたし、三日前も次は一位を取るわと気合十分だったからライバルとして覚えているのかもしれない。
開いた口は塞がったけれど、目はくるりと丸いままだ。彼女の問いに「そうだけど」と一言返すクロイに反し、ディオスの方はまるでもう褒められた後のようにニコニコだ。……本当にゲームのミステリアスキャラとは別人だ。特にディオス。
「そうだよ!ジャンヌ達に勉強教えて貰ったんだ。ジャンヌはすっっごい勉強教えるの上手だから!それで君の名前は?」
嬉しそうに背後から私の両肩に手を置いて見せるディオスが、そのままアムレットに尋ねる。
すごい、アムレットが押されている。……私のことはお前呼びだったのに、アムレットのことは君呼びしているディオスになんだかちょっぴり凹むけれど。まぁあの時は私が彼らにとって悪人この上なかったのだから仕方ない。
更にはクロイが「君もまさかバーナーズとか⁇」とまるで私の知り合い全員華麗なる貴族一族扱いしてくる。お願いだから一族以外にも友達いるの許して欲しい。ディオスとクロイとファーナムお姉様にだってわりと友達と呼べるくらい仲良くなれたつもりなのに。
「アムレット・エフロンよ。宜しくね、ディオス、クロイ」
にこっ、と落ち着いた明るい笑顔を向けるアムレットはファーナム兄弟よりも年上に見えた。
ゲームではむしろ双子の方が大人っぽかった気がするけれど……少なくともディオスよりは年上雰囲気だ。今も名を聞いた途端、私の肩に両手を置いていたディオスが宜しくの前に「えっ!」と声を上げた。
「アムレット・エフロンって僕らと一緒の特待生じゃんか‼︎ジャンヌ!この子にも教えてたの⁈」
「え、僕らだけじゃなかったの。ていうかよく覚えているねディオス」
クロイは覚えてなかったの?そんな余裕なかったし。と、意外そうに声を上げるディオスと平坦なクロイの声を左右から聞きながら、何とも気まずい気分になる。
いやアムレットに教え始めたのはこの前からだし、というか学年トップ同士の邂逅且つどうして私越しに攻略対象者と主人公の出会いイベントが行われているのかと思ってしまう。ゲームでは初対面にアムレットは遠巻きに眺めるだけだったし、会話するのも隠しキャラルートでぶつかった後に助け起こされるのがきっかけだけども。
アムレットとは最近ね……と私が二人にアムレットとの経緯を簡単に説明する間、ずっとアムレットはディオスとクロイを交互に見比べっぱなしだった。
あまりの茫然としたままの様子に、まさか一目で恋に落ちちゃったとかかしらと思う。セドリックも何だかんだティアラに恋した理由は未だ謎だし、恋なんて何がきっかけでフラグが立つかわかったもんじゃない。……まぁ、レオン以外の恋愛イベント経験数ゼロの私に言える権利はないけれど。
また何かを言うべく細い喉を一度鳴らしたアムレットは、まるで意を決したように口を開いた。
「一応だけど、双子よね?それとも」
「双子。見ればわかるでしょ。それとも目が悪いの?」
ッックロイ‼︎
もう!なんでだからそんなにトゲトゲしてるのか‼︎ディオスと違って彼の塩対応はアムレットにも私にも全く一緒だ。
お願いだからゲームみたいに仲良くとは言わずとも波風立てないで欲しい。ゲームではアムレットに「他に何か僕に御用でも」と氷のような対応のクールなミステリアスキャラだったけれど、今のクロイは氷というより氷柱だ。
ディオスも流石の言い方に「クロイ!」と怒って彼の裾を引っ張った。それでもクロイはツンとしたままだ。けどアムレットはすぐ一人で可笑しそうにフフッと笑ってくれた。
「ごめんね。鏡みたいにそっくりだったからびっくりしちゃった。その髪飾りはお揃い?」
大人なアムレットはそのまま二人の星型のヘアピンをそれぞれ示した。
目と眉だけを上げて自分の額の上かと反応するだけのクロイと、「そうだよ!」と元気よく笑い返すディオスは対極的だった。だけどその後に「素敵ね」「お姉さんが作ったの⁇すごい!」と手を合わせて褒めてくれるアムレットと双子の様子はなかなかに微笑ましい。ヘアピンを褒められてクロイもちょっぴり満更ではないように見えた。
「……やっぱ似たもんばっか集めるよね、君」
ぼそっ、と独り言のように呟いたクロイは仲良しムードのディオスとアムレットを横に私へ視線を投げた。
どういう意味だろう。そんなにアムレットとディオスは似てるように見えないけれども。まぁでもあんなに早速仲良しになっている二人をみると気持ちもわかる。二人とも社交性が高いから相性が良いのだろう。
私から首を傾げて返したけれど、クロイはもう私から顔ごと逸らしてディオスに向けてしまった。




