〈重版出来2-2・感謝話〉騎士達は予想する。
ラス為書籍2巻が再び重版して頂けました!
感謝を込め、特別話を書き下ろさせて頂きました。
少しでも楽しんで頂いて感謝の気持ちが伝われば幸いです。
書籍2巻内でのごぼれ話。
時間軸は〝薄情王女と剣〟と〝冷酷王女とヤメルヒト〟です。
「いやー今年の叙任式はいつにも増して感慨深かったよなぁ」
ぐぐっと腕ごと天に上げて背中を伸ばすアランは、明るい口調でそう笑い掛けた。
つい先ほどまで、年に一度の叙任式に参列していた彼はやっと肩の荷が下りたように四肢を動かす。その様子に背後に続く副隊長も苦笑した。ぞろぞろと騎士達が騎士団演習場へ戻る中、王居を出た途端の第一声だった。
叙任式の出席を許された騎士達だったが、その後の祝会に参加するのは主役である新兵を覗けば騎士団長と副団長のみ。警護以外の騎士達は叙任式後一足先に騎士団演習場へ戻っていた。そんな騎士の一人であるアランの言葉に、周囲も笑みか頷きでそれぞれ返してしまう。
毎年入隊試験を突破した新生騎士が生まれる瞬間である叙任式は、騎士団の中でも参列希望が多い式典である。特に近年では騎士団長の方針のもと、入隊を許される騎士が極端に少ない。今年に至ってはたったの三人である。
新兵の頃から本隊騎士の補助業務を担う新兵の晴れの日、それを目に焼き付けたい騎士は多い。思い入れがある騎士がいれば余計にだ。そして今年は、騎士団の誰もが注目する新兵が本隊騎士に首席で入隊を決めていた。
アーサー・ベレスフォード
たった二年前まで新兵どころか騎士を目指してもいなかった青年の大躍進は誰もが胸を躍らせていた。
彼らが尊敬する騎士団長の子息であることも当然ながら、現騎士団で二年前の騎士団奇襲事件を大勢が知っている。その時に現れた少年が翌年には新兵、そして今年は首席入隊を果たした。しかも去年から叙任式を司ることになった第一王女に任命を受けるとなれば、見たいと思わないことが無理な話だった。
結果として今年の叙任式参列希望者は例年を遥かに上回る数の騎士が殺到した。基本的に出席が確定している隊長以外の全騎士が参列を望んだ為、各隊長で自身の隊から規定の人数を選抜する羽目になった。
一番隊隊長であるアランも例に漏れなかったが、姿勢を正しているだけの叙任式よりも選抜の方が大変だったなぁと思う。いっそ面倒だから殴り合いで済ませれれば良かったとすら考える。
「アラン、気を引き締めろ。あくまで城内であることを忘れるな」
一人気の抜けた振る舞いをするアランに、カラムは早足で歩み寄るとバシッと天に伸ばした彼の手をはたき落とした。
同じ隊長である二人だが、カラムの方が隊長歴は上である。
慣れた注意にアランもわりぃわりぃと軽く肩を竦めて返したが、カラムは前髪を指先で払いながら睨みで窘める。王居こそ抜けたが、城内である以上あまりにも目立つ言動はどこで誰が目にして聞いているかわからない。それこそ上層部や貴族の目に止まれば騎士団全体の評価にも繋がりかねないとカラムは考える。
「でもよ、カラム。お前も思うだろ?だってあのアーサーだぜ?」
「アーサーだけでなく、新兵三名の躍進は変わらず全員喜ばしいものだ」
相変わらずの断じるようなカラムの言葉にアランも「かたいなぁ」と言葉を溢す。
カラムにとってもアーサーの出世は感慨深いことをアランも知っている。当時、まだ騎士ですらならかった彼を初対面から最も気に掛けていたのはカラムである。
アーサーが新兵になった後も必要以上はあまり関わる機会がなかったカラムだが、自分が気に掛けていたことや一度接触したことなどをアーサーにわざわざ知らせるつもりはなかった。
当時父親の危機で精神的に余裕のなかった彼が、自分のことなど覚えているわけもない。今更本隊騎士になった途端、恩着せがましく「あの頃は」と語り聞かせたくもなかった。あくまで今までの新兵と同様に特別扱いはせず、新たな精鋭として自分のできる限りのことをするだけである。
「ハリソンはどうだった?お前隣だったろ」
「参列者としては問題なかった。……退席した途端、消えてしまったが」
はぁ……と溜息交じりに肩を落とすカラムの言葉に、アランは大きく息を吹き出した。
騎士隊長として式典に出席したハリソンだが、アランのように王居を出てからどころか王宮を出た時点で誰よりも先に高速の足で騎士団演習場へ走り去っていた。きっと今頃演習中の部下に問答無用で斬り掛かっているのだろうなと二人は確信する。
二年前から目にかけていたアーサーの晴れの日なのだから間違いない。首席優勝を決めた昨日の入隊試験の時点で、部下に奇襲をかけ続けていたハリソンである。とあるきっかけから髪を伸ばし続けている彼は、よりいっそう襲う相手へ与える恐怖感が増していた。昔と違い、教育係のお陰で手心を加えるようになったにも関わらず。
叙任式中こそ緊張感を張り詰めていただけのハリソンだが、アーサーの叙任が始まってからは瞬き一つせず彼を凝視続けていた。プライドに彼が任命を受けた瞬間、ハリソンが息を引いた音を微かに聞いたカラムだったが敢えてそれは胸の中にしまう。
「本当八番隊は大変だよなぁ……。!……そういやぁよ、どう思う?アーサーの志願先」
「所属志願か。祝会後に騎士団長から説明があるだろうが……まぁ順当にいけばお前の隊だろう、アラン」
本隊所属志願。
本隊騎士として任命を受けた騎士が、己の所属する騎士隊を志願する大事な選択である。各自が今日中に騎士団長へ志願書を提出後、本人の実力と希望を鑑みて翌朝決定が下される。
首席入隊を決めた騎士ならば、大概の希望は通る。そして騎士隊でも最も志願者が多いのがアランの所属する一番隊である。
戦闘における前衛部隊である一番隊だが、志願したところで一番隊ではなく二番隊に所属される場合も多い。本隊入隊時から相応しい実力を示せなければ、同じ前衛でも二番隊に任命される。
立場は同じでも、一番隊と二番隊の差は大きい。騎士として人気の隊である一番隊が現騎士団長ロデリックの元所属であることも人気要因の一つである。歴代騎士団長全員が一番隊というわけではないが、割合も多い。騎士団の頂を目指すのであれば、一番隊と考える騎士も少なくない。
息子であるアーサーが父親の元所属隊を選ぶことは騎士の誰もが容易に想像つくことだった。
「いや~三番隊もあるんじゃねぇ?アーサーの奴、お前にかなり懐いてるみたいだし」
既に、と。
笑い混じりに言うアランに、カラムも否定はしなかった。
アーサーに二年前のことで話したことは一度も無い。そしてアーサーからも一度もない。しかしアーサーが他の騎士達と同様にカラムに尊敬の眼差しを向けていることは見れば誰でもわかることだった。
二年前のことがなくとも、カラムの面倒見と視野の広さは誰もが知るところである。三番隊や四番隊にだけではなく、騎士全員に指導だけでなく時には相談に乗り助言を与えるカラムは支持が高い。本隊騎士への面倒見の良さと慕われようを見ている新兵もまた、カラムへの憧れや尊敬を抱く者が多い。理想的な上司としてカラムを理由に三番隊を希望する新兵も珍しくはなかった。そしてアーサーも新兵の頃からカラムに対し尊敬の眼差しを送っている。
ただし一番隊同様、三番隊も希望したところで四番隊所属になる場合は多い。カラムが騎士隊長に就任してからは過去にも増して三番隊が実績を積んでいるから余計にである。
「アーサーは後衛という類ではないだろう。実動が向いている。剣が最も長けているが、馬の扱いも良い。銃も以前に見かけたが悪くはなかった。それに素早く、気配を消すのにも長けているから九番隊でも躍進できる」
次々とアーサーの可能性を分析していくカラムに、アランは後頭部へ両手を回しながら笑った。
結局は大体の隊ならやっていけるという意味である。とっさの判断力もあるアーサーなら、三番隊……は難しくても四番隊でならやっていけるだろうと思うアランだが、確かに言われた通り後衛よりは実働部隊だと思う。父親の所属した隊か、カラムの所属する隊かとそれだけでも今から明日の所属発表が楽しみになった。
実動……と。そう考えた途端アランの頭にもカラムにも同じ隊がもう一つ過ぎったが、敢えて二人とも口には出さずに飲み込んだ。あそこはアーサーには合わない、と胸の内で判断する。
三、四番隊のように特化型が合わないという意味ではない、人間性としてという意味である。他の隊ならば何所へいっても仲良くやっていけるだろうと思うが、あの隊だけはアーサーと人種が異なり過ぎる。
新兵時から各隊の説明や特徴は当然のことながら、隊の雰囲気程度は補助業務を担う間に自然と察するものである。八番隊の空気を知って入れば、詳細を知らずとも先ずアーサーが選ぶとは思えない。
「あっ、の、アラン隊長」
背後から突然声をかけられ、二人は足だけは止めないまま振り返った。
見れば一番隊の騎士である。「お話中申し訳ありません」と頭を下げながら隊長二人の背後に付く騎士に、カラムが先に片手を上げて応じた。気にしなくて良い、と示す彼と同時にアランからも「どうした?」と軽い調子で言葉を返す。まだ入隊して一年の騎士だが、自分の部下であるアランは勿論、カラムも名前を把握している。
「この度は本当にありがとうございました……‼︎叙任式に選んで頂けて、しかも整列時も」
「あー良いって良いって。本当選んだのも偶然だし、整列もほら俺の近くに偶然いたお前が運良かっただけだって」
二度三度も改めて頭を下げようとする騎士に、アランは笑いながら手を振った。
今回の叙任式参列で選抜基準は各隊長に任された。つまり自身の一番隊選抜を決めたのもアランである。そして実際は適当でも偶然でもなく、なるべく二年前の一件に因縁のある騎士にしておこうと考えた彼の独断と偏見による選抜だった。
特に今自分に頭を下げる騎士は、入隊時からプライドへの思い入れも二年前の後悔も強かった騎士である。なら今回の叙任式は絶対に見逃させられないなと思ったアランにより選ばれ整列時には後列から引っ張り出され、お陰で初めて本隊騎士として参列する叙任式は最前に近い場所で参列することができた。
一年前は自分が叙任を受けたそこに、プライドとそしてアーサーが向かい会う姿は彼の胸にまで焼き付いた。
「それよりよ、お前はどう思うエリック?アーサーがどの隊を志願するか」
「アーサーですか?……そうですね、本音を言えば我が隊に来てくれれば嬉しいです」
はは、と軽く笑みながら頭を掻く本隊騎士エリックにカラムも頷いた。
三番隊はアーサーが好む類ではないと思うが、彼が隊員になってくれたら歓迎すると思う。そしてそれはどの隊も同様である。
所属隊を任命される時には決定事項のみが語られる為、それが本人の第一希望の隊だったかどうかは騎士団長と副団長にしかわからない。しかし、新たな隊員はどの隊も常に歓迎できる体制が整っている。ここ近年は偏って減員した隊もないから余計に想像はつきにくかった。
エリックの答えにアランも楽しそうに同意の笑いを浮かべながら、残す所属隊が決まる可能性は個人の実力とは別の能力かなと考える。
「確かそういやあ、アーサーって特殊能力持ちだったか?なんだっけ」
「特殊能力だけで隊が決まるわけではない。それにどの才を特化させ動くかは個人の自由だ」
特殊能力の有無は気にしないアランに、アーサーの特殊能力を把握しているカラムも敢えて具体的な能力名は言わない。彼が二年前、それをコンプレックスに思っていると吐露したのをカラムは覚えている。
狙撃の特殊能力者が五番隊を、透明や温度感知の特殊能力者が九番隊を志願することが多いように、特殊能力で所属を選ぶ者はいる。それこそ最初からその特殊能力を生かしたくて騎士を志した者も多い。
だが、あくまで入団試験も入隊試験もみられるのは本人の実力である。特殊能力など入隊が決まってからの特化でしかない。それを所属先でどう生かすかは本人の自由である。
たとえ戦闘に使えずとも使わずとも、騎士団が求めているのはその要素を省いた上での実力者なのだから。
確かにな。と、カラムからの少しはぐらかすような返答にアランも軽くだけ答えた。カラムが言わないということは、覚えていない以外の理由なのだろうなと軽く当たりをつける。
隊長二人の会話を聞きながら、エリックは少し昔の記憶を手繰り寄せた。ほんの短期間だが新兵同士として関わった頃、確か新兵同士何人かで本隊に上がったらと語り合ったことがある。新兵の中でも古株の騎士が改めて各隊の特徴や詳細を語った後、アーサーは殆ど迷っていなかった。
寧ろ、それしかないと言わんばかりの眼差しで。
どの隊を選んだかまでは聞かなかったが、きっとあの時から彼の希望は変わっていないのだろうなとエリックは頭の中だけで結論づけた。
……
「……アーサーが八番隊を選んだ時は、私達も驚いたなロデリック」
馴染みの酒場でいつものように二人しかいない中、副団長のクラークはわずかに遠い目で投げかけた。
ああ、と低い声で返す騎士団長のロデリックも重い頭を押さえながら視線を落とす。ひと月前、アーサーから提出された志願書を見た時の驚きはよく覚えている。
所属志願書の説明と配布を終えてすぐ、アーサーは誰より先に提出してきた。「お願いします」とだけ言って自分の胸に叩きつけてきた後は、理由を聞かれるのから逃げるように足早に去ってしまった。志願書を確認した時は何かの書き間違えではないかとロデリックも、そしてクラークも思った。しかしその筆跡には一切迷いもなかった。
「八番隊は本人の希望でもない限りは、連携に適さないと判断された騎士を集めた隊だったからな」
そして本人もそういった自覚がある者が志願しやすい。
ロデリックの言い方は歯に衣を着せたが、結局は人間性の芳しくない者や集団行動を乱す者、実力が他を圧倒し過ぎる者、排他的な人間つまりは個人主義の人間を集めた隊である。自分達の代からそうだったと思い返しながら、ロデリックは何故そこにアーサーが志願したのか未だに謎だと思う。自分のいた一番隊に志願しなかったことが不満なのではないが、何故八番隊にという疑問は強い。八番隊以外であれば、そういう道もあるだろうとすんなり頷けた。
「しかしアーサーの実力なら問題ないと判断した。あくまで任命は本人の意思を参考に、私達が決めたことだ」
そうだな、と一言だけクラークは返す。
今の彼はいつにも増して声が重い。クラークもジョッキを片手に友へではなく、カウンターへ俯きながら歪に笑った。
当時は発表した時のハリソンの反応が楽しみだと自分も笑ったが、今はまた別のことが過ぎってしまう。途中で、はぁぁぁ……と息を吐くクラークを横目に、ロデリックは一気にジョッキを傾け空にした。ガン!とカウンターに底を叩きつけるように置き、また酒を注ぐ。
「あくまで所属先は本人の実力を鑑みた結果だ。他要素は必要ない。本人の意思はあくまで参考であり、血筋も特殊能力も家柄も関係ない」
「ああ、その通りだ。……しかし、なんともこうなると考えてしまうのだよロデリック。アーサーは……」
言葉を切り、眉を垂らして苦笑う。
ロデリックが視線だけをくれたところでクラークは溜息混じりに続きを零した。
「七番隊に所属させるべきだったのではないかと」
「当時は知らなかったのだからどうしようもないだろう。アーサーも今のところ八番隊で無事にやれている。何度も言うが特殊能力は所属に関係ない」
「しかしロデリック。全隊で最も不調が許されない隊だ。救護特化の彼らは戦場では不可欠であり、怪我から病気に派生する例もあるぞ」
「クラーク。もう終わったことだ、諦めろ。まだ酔う量ではないだろう」
「全く酔えてないから困っているんだよ」
アーサーから本当の特殊能力について告白された夜。
いつもの酒場で飲み明かす二人だが、酒瓶をかなりの数空にしたにも関わらず全く飲む手は止まっていなかった。
アーサーが子どもの頃は引け目に感じていた特殊能力が凄まじいものであったことも、それを必要とあらば自分達の為に使うと言ってくれたこともどちらも二人には嬉しくて仕方がない。お陰で何時間も酒が美味かったが、ある程度満足まで飲んだところでどうしても考えてしまった。アーサーの所属隊を間違ったのではないかと。
特殊能力で所属が決まるわけでない。しかし、本人の希望よりもその適性で騎士団長副団長が選んでいることもまた事実である。
たとえば一番隊希望でも接近戦より銃の腕が秀でていれば五番隊へ。逆に、怪我治療の特殊能力者が七番隊に志願しても剣や近接の戦闘能力と連携に秀でていれば一番隊に任命することもある。王国騎士団は趣味でも部活でもない、命を掛けて戦う死と隣り合わせの職務である。
そんな中アーサーの特殊能力を知ってしまったとなれば、今からでも七番隊に転属させるべきではないかと考えてしまう。
とっさの判断力もあり、戦闘でも若くして上位の実力を持つ。しかも!病を癒やす特殊能力を持つアーサーが七番隊で救助の立場に立てば、今以上に騎士や任務先での死亡率が下がるのではないか。特殊能力を隠すのは当然だが、それでもあのダダ漏れた能力である。一年間も無意識に新兵達の病気を防いでいたことを考えても、功績は判を押されたようなものだった。
少なくとも、八番隊よりはずっとアーサーの性格にも合っている。
「ハァ……ははははっ……私もまだまだだなぁ、友よ」
「もっと飲め。友よ」
ドン、と。
新たな酒瓶をカウンターに乗せるロデリックに、クラークも垂れた前髪を掻き上げながら受け取った。
八番隊にアーサーを入隊させたことを後悔はしていない。いまさら本当に異動させるつもりもない。しかしこうまで判断をひっくり返されると感情があまりに混ざった。
アーサーの特殊能力発覚の驚きと嬉しさに、酒に押されて若干の敗北感を錯覚しながら互いのジョッキを満たした二人は数度の乾杯を響かせた。
「アーサーの特殊能力がバレたら七番隊から嘆願が来そうだな」
「だがハリソンが手放さないだろう。アーサーも頑固だ。私の息子なのだから」
それはそうだと、クラークが思わず吹き出せばロデリックも今度は釣られた。
二重の笑い声が溢れる中、二人の酒盛りは朝まで続いた。
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