Ⅱ151.勝手少女は語り合う。
「ティアラとは、……話せて、いない。ダンス中も彼女の手を取るだけで精一杯だった」
ぽっぽっと、顔を火照らせながら口調を戻すセドリックは顔が真っ赤だ。
それに反して声だけは何処か落ち込んでいる様子なのが、不謹慎ながら可愛く思えてしまう。
ティアラにまた一番に手を取ってもらったセドリックだけど、いまだにティアラとの距離は変わらないらしい。今や同じ城に住んでいて、ファーナム兄弟の話とかで私越しにだけど会う回数もあったのに。……殆ど無に近いほど会話をしない。時々セドリックが居た堪れなくなるくらいだ。
「だが、あのひと時は何にも代え難いほどに良い時間だった。……理由はどうであれ、この手を彼女が選んでくれたのだから」
そう言ってぽわりと男性的に整った顔を柔らかく緩ますセドリックに、思わず胸を押さえてしまう。なんだかもうお姉ちゃん気分で良かったわねと抱き締めたくなる。
ティアラが未だにセドリックを一番に指名してあげている理由はわからない。けれど、少なくともダンス中は楽しそうに笑んでいるティアラを見ると、まだセドリックに希望があると思いたくなる。……駄目だ。完全にセドリック推しに傾いている。
だってもう二年もの片思いを見せつけられたら応援したくなってしまう。今までだって何度も思ったけど、せめてもうちょっと、もうちょっとだけでも良いからセドリックがティアラと仲良くなれれば良いのに!
もちろんセドリックと仲良くするか選択の権利はティアラにあるし、あの子に本命がこっそりいる可能性だってゼロではない。婚約者候補は三人もいるし、現時点でセドリックが入っているかどうかも謎のままだ。
少なくとも私と違ってティアラは一回がっっっつりと母上達と婚約者候補を再検討している。流石にそれはアイビー王家でもないセドリックに言えないけれど、その再検討にセドリックが弾かれたどうかは正直五分五分だ。いまだにお怒り率が高いティアラのセドリックへの好感度は姉の私でも未知数だ。せめてもの救いは、セドリック本人が兄であるステイルとは以前よりも少し打ち解けた気がすることくらいだろうか。
「さっきのダンス、本当に素敵だったわ。ティアラもとても楽しそうだったわよ」
「本当か?!」
キラッ、と私の言葉に目の奥の焔が燃えた。
嬉しそうに顔全体を輝かせるセドリックにフフッと声を漏らして笑ってしまう。ええ、本当よと心からの言葉で返せばセドリックの頬が林檎になった。「光栄だ」と独り言のように呟くセドリックは、大分肩の力も抜けてきていた。
折角の式典なのにランス国王やヨアン国王に会えなくて落ち込んでいないかと少し心配だったけれど、平気そうで何よりだ。兄二人が居なくても、もともと目立つ容姿と国際郵便機関の統括役という肩書を持っている彼は、式典が始まってからすぐに来賓に囲まれていた。例によって女性に大人気且つ卒倒させかけていたセドリックだけど、貴族や他国王族とも色々話を咲かせていたようだった。
「ところでどう?国際郵便機関の方は。そろそろ人員募集を始めるのでしょう?」
「!ああ。元々人員募集内容はとうに決まっていたからな。最終確認もこの数日で終えた。そろそろフリージア王国内でも人材募集の広布を始める予定だ。来月からは選考も始め、上級層から下級層関わらず人員を確保していく。〝能力か適性があれば家柄・身分は問わず〟とする予定だ」
心強いわ、と返しながら私はこの数日のセドリックとジルベール宰相を思い出す。
元々、各所轄によって色々な人材を集めようとは国際郵便機関発足から決めていたことだった。特殊能力者は我が国の民だったら誰にでも可能性はあるし、その中に郵便に適した特殊能力も少なからず存在している。
騎士団に入団というほどではなくても、先行部隊みたいに移動に適した特殊能力者や、長旅にも対応できる能力を持った人間もいる。その中で下級層の就職先機会も作りたいというのは私だけでなくジルベール宰相の希望でもあった。
その為、ここ数日は特にセドリックは学校から帰って私に報告をしてくれた後は上層部やジルベール宰相と相談をすることも増えていた。国際郵便機関の最高責任者であるセドリックにジルベール宰相がきっちりと下級層も採用の視野に入れた募集をと色々な役職や面談も話をつけた。まだ、募集人員の系統詳細は採用が決まってからだけど幅広く有用な人員を求めることから始めるらしい。
能力だけでなく間違った人間を採用しない為にもなるべく採用面接と適性判断はセドリックとジルベール宰相も加わる方向で落ち着いたらしい。まぁセドリックはうっかり人の良さで騙されちゃう可能性もあるし、ジルベール宰相が見てくれれば平気だろう。逆にセドリックならきっとどんな相手であろうとちゃんと肩書きや外面ではなくてその人の内面や意思に目を向けてくれる。ある意味二人の面接官で完璧な飴と鞭形式だろうか。
「後は、少しジルベール宰相と未だ検討中のものもあるが……、だが、ジルベール宰相のご意見だ。なるべく俺も歩み寄り、前向きに検討したいと、……思う……!」
そう言って何か自分に気合を入れるようにセドリックが拳を強く握って見せてくれた。……なんだろう。
首を傾けて見返す私にセドリックは一度目だけで周囲を確認すると、すぐ思いとどまるように首を横に振った。「ここで話すことではない」と声を潜めて言うと、滑りそうな言葉ごと飲み込むようにグラスを一口分傾けた。なんだかそう言われると余計に気になる。もしかしてこれが、今朝ステイルとティアラが話していたジルベール宰相からの贈り物大作戦関連だろうかとも思うけれどまったく結びつかなかった。
セドリックがよりによってジルベール宰相からの提案をすぐに飲み込めないともなるとなかなかの案件だ。国際郵便機関もあくまで主はフリージア王国だけれど、ハナズオ連合王国の合同機関でもある。そして最高責任者が女王の母上と国王のランス国王でも、やはり国際郵便機関の最終判断が任されているのはセドリックだ。そのセドリックの許可無しではジルベール宰相もあくまで提案しかできない。彼が頷かなければ、通らない案も勿論ある。だからこその〝検討中〟なのだろうけれど……。無駄に瞬きだけを繰り返してしまう私は、どう頭をひねらせても結論には至らなかった。
セドリックもやはりここで話すつもりはないらしく、代わりに「ところで」と話を切り返してきた。
「ファーナム兄弟のことだが、……二人とも無事に頷いてくれた。寛大な判断、ローザ女王陛下へと共に心より感謝する」
ファーナム兄弟。
その言葉にほっと私は息を吐いてしまう。やっぱり二人ともセドリックの提案には承諾したらしい。本当に良かった。
二日前、学校から帰ってきて色々な情報錯綜飽和状態だった私の元へ訪れたセドリックが提案してくれたのがそれだった。今からでなくても良い、ファーナム兄弟を将来的に国際郵便機関で自分の補佐に置きたいと。そしてその為に、……というか二人が四年以上後のことに不安を抱かないように来月から自分の使用人として雇いたいというセドリックからの希望だった。
単純にセドリックが二人のことが気に入ったということもあるけれど、それ以上にもっとフリージア王国の民のことを知りたい、そしてたった数日で特待生にもなれてしまえた二人に期待したいということだった。
母上にも、セドリックが学校で有望な人材を見つけたから城に通わせて将来的に育てたいという旨を伝えたら承諾してくれた。セドリックのお墨付きと今回初の特待生ということも強みになった。
極秘視察を終えた後ならば構わない。ただしその時には二人にしっかりと私達の正体について口止めすることを条件にその場で許可を降ろしてくれた。
「お礼を言うのは私の方よ。セドリックが二人を気に入ってくれて嬉しいわ。きっと二人とも将来の貴方の役に立ってくれると私も思うもの」
頬を緩ませながらそう返せば、セドリックも力強く頷いてくれた。
まさか第二作目の隠しキャラでもある二人との関係が今後も続きそうなことは色々とびっくりだけれど、故郷から移住してくれたセドリックが信頼できる従者を我が国に見つけてくれたことは純粋に嬉しい。ファーナム姉弟の将来安泰が約束されたこともだけれど、セドリックにとって友人とも言いたい仲の人が増えることは良いことだ。彼はもう我が国の民なのだから。
それに、贔屓目に見なくても二人は絶対将来的にセドリックの力になる優秀な部下になる。…………うん。ぜっっっったいに。
第二作目でも、超激優秀な従者だった彼らなら絶対に。
「ああ。ディオスもクロイも優秀な人間だと俺は思う。単に特待生になれたこともそうだが、従者など初めてだというのにディオスはよく気も回るし、クロイは冷静で判断にも長けている」
「二人ともお姉様の身の回りのことをずっとしてあげていたからでしょうね。優しい子達よ、仲良くしてくれると私も嬉しいわ」
優秀に決まっている。第一作目でいう腹黒策士ステイルポジションだもの。
しかもゲームでは、私達が勉強を見てなくてお金もなくてお姉様の看護に追われていた状態での飛び級生徒。そんなあの子達が今から勉学に集中できる環境を手に入れて猛勉強を始めている。希望もなかった状態から、今や特待生キープとそして将来はセドリックの元へ永久就職。お菓子の家を目の前にした少年少女より遥かに夢と希望いっぱいの二人だ。きっと、このまま努力を続ければ私達が手伝わなくても特待生キープどころか将来的にも優秀な人材に育ってくれるだろうと思う。
そう思うと、セドリックの人を見る目というか先見の明は侮れない。流石はランス国王の実の弟だ。
よく考えれば恋した相手だって中身も天使なティアラだし、やっぱり人の内面を見る目はセドリックにもあるなぁと思う。残す課題は相手の性格の悪さにも気付けるようになればだろうか。ゲームではその所為で女王プライドに騙された子だし。……。……あ、まずい。なんだか私までセドリックがやっぱり心配になってきた。過保護かもしれないけれど、やっぱりジルベール宰相にお願いして私も採用面接に加えてもらおうかしら。
「?どうした」
思わず考えたことが顔に出て眉を中央に寄せてしまった私にセドリックが大きく瞬きをした。
なんでもないわ、と返しながら頭を抱えそうになった手を意識的に降ろす。まさか急にセドリックが心配になっちゃったとかそんな過保護親みたいなこと言えるわけがない。いやでも、本当に人材は大切だ。間違いない。だって
「……今後の学校についての人材について思い出しちゃって。……お話中にごめんなさい」
気にするな、と一言で許してくれたセドリックは、そのまま何か悩みでもと逆に労って相談に乗ってくれた。でもそれこそ今ここでいうようなことじゃない。
今度は私から首を振って返すと、彼もすぐに「何かあればまたいつでも言ってくれ」と引いてくれた。本当にこういうお気遣い覚えてくれてありがたい。
話を今度はヨアン国王に当日は会えなくて残念だったわねの話をし、彼との語らいは一度区切りをつけた。
てっきり当日は寂しかったんじゃないかと思ったけれど、セドリック曰く我が国に到着したその日既に誕生日祝いの手紙のお届けは済ませていたらしい。十一日も前なら当日には間に合った筈だと嬉しそうに言うセドリックにふとその日のことを思い出した。そういえばセドリックへ相談に言った日に彼の従者が手紙を手に通り過ぎていた。
再び他の来賓に囲まれ始めるセドリックの背中を横目に眺めながら、私は改めて次の来賓からの挨拶に応えた。
「プライド第一王女殿下。ところでプラデストについてはー……」
国内の貴族からの問い掛けに私も苦笑いにならないように気をつけながら言葉を返した。
人材選出。それは本当に大切だ。新機関を作ることに置いて制度と同じくらいの要の一つでもあると言っても過言ではない。それはセドリックの国際郵便機関がそうであるように
プラデストもまた、同様に。
二日前に知った問題告発をうっかり口から滑らさないようにと意識しつつ私は問いに答えた。
極秘視察終了まであと半月。攻略対象者全員を思い出すことよりも優先事項が増えてしまったことが、今の私の悩みだった。
Ⅱ-9




