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フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
勝手少女と式典

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〈コミカライズ十二話更新・感謝話〉義弟は仕事をする。

本日、コミカライズ第十二話更新致しました。

感謝を込めて特別エピソードを書き下ろさせて頂きました。

時間軸自体は「最低王女と家族」と「外道王女と騎士団

」の間です。


「じゃ、私は部屋で休んでいるから。今日こそちゃあんと見通しが立つまで休んじゃ駄目よ?」


じゃあね、と淡々と命じた女は、朝食を終えた後も欠伸混じりに自室へ消えていった。

廊下で足を止め、奴が自室に消えるのを見届けてからやっと息を吐く。可能な限り同じ空気を吸いたくなかった僕は、視界から消えた赤の残像も強く目を瞑って打ち消した。……その間も、意思とは関係なく足は一方向へと動く。

女王から離れ、王配の執務室を横切りここ数日で見慣れた部屋まで歩んで止まる。見張りの衛兵が頭を垂らしたけど無視をする。我が身可愛さにたかが十歳の女王に逆らうことすらできない役立たずなんか視界に入れたくすらない。勝手に扉を開け、俺が通ればまた締める。あんな大人に自分の意思すらあるのかも疑問だ。


「…………」

数日前と比べ、酷く散らかって荒れた部屋を前に溜息すら零れない。

机の上どころか机の周り、床にも棚上にもどこかしこに積み上げ整頓だけされた紙束が積み上がっている。全部が全部あの能なし女王が僕に押しつけた〝仕事〟だ。

報告書以外も全て書類の山。使える従者か上層部に押しつけようにもこれ全てが〝押しつけた後の〟残骸だから無理だ。これ以上は僕がやるしかないし、奴らに聞いたところでわかるわけもない。だって


これは〝摂政〟の仕事だ。


あの能なし女王が満足するようにこの紙の束を少ない量に纏めさせるまではやらせても、解決策をいくつも僕の代わりに考えさせても、最終的に選ぶのも女王に提案して許可を取るのも僕じゃないといけない。

その為に一冊書類の束を読み込まないといけないし、内容を理解しないと署名も能なし女王に説明もできない。わからないから最初は適当に済ませたら「三日寝なければ怠慢癖も治るかしら」と酷い目に遭わされた。ただの疲労じゃなくて、眠れないことがあんなに酷くて頭もおかしくなることなんだって初めて知った。


「……どうせ今日も寝れないか」

誰もいない空間で独り言だけの空間は、落ち着く。

ただ単純に署名を書いて判を押すところだけでも一日じゃ足りない。

これから始まることに胸が気持ち悪く炙られる感覚に襲われたけど、それ以上は感想も沸かない。奴からの無理難題は今に始まったことじゃない。また暫くティアラに会えないのは辛いけど、そんなこと独り言でも口にできない。もし女王に知られたらと思うと誰の耳にも届けたくない。

むしろ今日は「返事は?」と返事の強制もされなかったし、会話も少なく済んだ。休んじゃ駄目だと言われた限り、暫くは仕事に埋まって奴を視界にいれることもこれ以上命じられることもなく済むんだと思えば少しはマシになる。書類仕事なんか楽な方だ。また証拠をみつけろとか、探れとか、……誰かを殺せとか言われないだけ、ずっと。


そんなふうに、自分で自分を無駄に慰めながら自分の机にまで歩く。

昨日までだって毎日ちゃんと僕なりに仕事はやった。ただ、それでもどうしても時間が足りない。一日掛けて少し仕事が片付いても、その間に倍以上の量の仕事が積み上がる。手近な資料を手にバラバラ眺めながら、目が滑るのがわかる。やっぱり今日も従者に読み上げさせよう。

文字が読めるようにはなったけど、まだ普通の人よりは読むのも僕は遅い。誰かに読み上げさせた方がずっと早いし、その間に署名だけでも進ませられる。一度に二個も考えたりすると、お昼頃から頭が張るように痛くなるけれどこうでもしないと進まない。

女王みたいに部屋に十何人も使用人を並べたくない僕は、基本的に必要以外は部屋に入れない。仕事を手伝わせる時も別室でやらせてこうして運ばせているから、扉の向こうじゃないと誰にも命令できない。わざわざ頑張って声も張りたくない僕は、自分で歩き手をかけて扉を開けた。……その時。



「おや、ちょうどでしたか。失礼致しました、ステイル第一王子殿下」



「……ジルベール宰相、殿」

どうも。と、その言葉がついでみたいにだけ続けて零れた。

衛兵が扉の傍に立つその横で、薄水色の髪をした宰相が僕を見下ろした。最近のこの人は僕と同じくらい感情が死んでいる。

僕に何か用事があったのか、衛兵に扉を叩かせるより先に僕が扉を開けてしまったらしい。色んな気まずさが口の中を不味くする間、ジルベール宰相は深々と子どもの僕相手に頭を下げた。

確認して欲しい資料がある、一度部屋に入っても良いかと確認を取ってくるジルベール宰相に僕も不思議と押されるように頷いた。まだ、僕はこの人に強くは断れない。……絶対僕は悪くないのに。

どうぞ、と扉から引いてみれば扉の間を縫うように細い身体を滑り込ませる。失礼致しますと断るジルベール宰相から、僕は見えない壁に押されるように自分の机まで下がった。


「衛兵には宜しいので?なにか御用事があって扉を開けられたのでは」

「いえ、大した用事じゃありません。それよりどの資料を見ればいいでしょうか」

早く読んで終わって帰って欲しい。

部屋中に積み上がったどの資料より一番最初に終わらせる為に、僕は近付いてくるジルベール宰相へ視線を向ける。今度は逃げないように意識しながら手を伸ばせば、ジルベール宰相は小脇に抱えていた紙の束を僕に手渡した。

お忙しい中申し訳ありませんと白々しく断るジルベール宰相に、適当に座って待っていて下さいとだけ断る。また取りに来られるのも、わからないところがあった時に確認しにまた呼ぶのも嫌だ。

書面を読むより先に、僕は目だけでジルベール宰相を覗いた。ついこの間と比べると大分持ち直しているなと、頭の隅で思う。この人に会ってまだ二年くらいしか経っていない僕だけど、〝あれ〟だけ狼狽えていたのを見るのもそれこそ二年ぶりだった。……僕が知らなかっただけで、結構仲が良かったのかな。




〝秘密裏に処刑された〟ヴェスト叔父様と。




『ヴェスト摂政殿が……⁈何故、あの御方は今の我が国に必要なっ……』

『だぁって煩いんだもの。せっかく女王になった後も一度も褒めてくれなかったし、もう私は十よ?それに摂政ならもう代替わりの筈だわ』

表向きは死んだことにされたヴェスト叔父様は、今も地下牢に繋がれている。

そのことを知っているのは女王と、僕を含む女王に掌握されきった極一部の人間だけ。女王が即位してからもずっと一人逆らい政策も拒み続けたヴェスト叔父様は、とうとうこの先の歴史から抹消された。

「あの御方は先代女王の大事な弟君で」「貴方様の叔父上であるというのに」と、珍しく女王に抗言して狼狽えたジルベール宰相だったけれど……最後に突きつけられた奴の言葉の後は顔を覆って泣くだけだった。




『これで例の〝約束〟を邪魔する人間もいなくなったわねぇ?』




アッハハハハハハ!と、最後に大笑いをした女王は上機嫌でその場を去って行った。

膝から崩れ落ちて、自分の所為だと床に蹲るジルベール宰相をそのまま置いて。

ジルベール宰相が提唱していた〝特殊能力申請義務令〟に、王族として昔から反対していたのがヴェスト叔父様だった。女王と違って、国や民のことを考えての反対だ。

まるでその為に叔父様を殺したかのように言う女王に、三日はジルベール宰相もまともに働けていなかった。むしろ今こうして持ち直したのも早い方だなと思う。やっぱりこういうのは大人だからか。

そんなことを考えながら書類に目を通すと、……ふと妙な違和感に気が付いた。資料と言って渡された書類に書かれていたのは、報告書の類いじゃなかった。次第にわからなくなって目が滑る僕は、そのまま口だけを彼に向けて動かす。


「……すみません、ジルベール宰相。この資料は……?」

「私の方で簡潔に纏めさせて頂きました。うろ覚え程度ではありますが、ヴェスト摂政の功績になぞって制作させて頂いたので間違いはないかと」

カサ、ガサ、パサリと。僕じゃ無い手が紙を捲る音が聞こえる。

顔を上げたくても目の前の資料から目が離せない。ジルベール宰相から渡されたのは、摂政業務についての記載表だった。

本来、先代摂政から直接教えられないと知ることができない筈の業務の全てが年月順に纏められている。ジルベール宰相は宰相の筈なのにどうしてと、あまりの詳細さに意味がわからなくなる。


「どうぞステイル様はそちらをご一読されれば宜しいかと。侍女に茶を頼みましたので、どうぞそのまま席で御熟読下さい」

いえ、僕は……。断ろうと口を動かしている間も、必死に目だけは紐を手繰るように滑りながら書類の文字を読み返す。

この上なく今の僕には助かる資料だ。だけど、今はゆっくり読んでいる暇なんかない。それよりも積み上がった資料を片付けないと一生終わらない。いくら摂政の仕事の為でも、女王はそんな言い訳を許すわけがない。

区切りの良いところまで目を滑らさず読み切ってから顔を上げる。その途端、また僕は視界に入ったそれに口がぽかんと開いたまま言葉が出なかった。

棚に積み上がった書類にジルベール宰相が次々とペンを走らせている。あの人が僕の部屋に持参したのは摂政についてのこの書類だけだ。つまり、今彼が手を施しているのは全部この部屋に積み上がっていた僕の仕事だということになる。


「ジルベール宰相それは僕、……私の」

「ステイル様が優秀であらせられるのは勿論存じております。ですが私の業務の方は滞りなく進めており、余裕もありますので。どうぞお気になさらず」

淡々と言いながら、信じられない早さで目の前の資料が片付けられていく。

余裕があるなんてあり得ない。ジルベール宰相は宰相業務だけでなく王配業務まで全て一人でこなしている。……それが、女王との〝約束〟だ。

ヴェスト叔父様も、従者や上層部達もみんな一人でそんなのは不可能だって言っていた。二年近く滞ったことがないからって摂政業務まで手伝う暇なんか在るはず無い。

信じられず眺めている間にも、ジルベール宰相は次々と仕事の山を減らしていく。侍女のお茶が届く前に、棚上の山が一つ片付いたのに目を疑った。でもどうみても手を抜いているようには見えない。


「……どうして」

「十にも満たない摂政殿下に、この仕事量は困難かと判断したまでです」

ジルベール宰相は一瞥もくれない。

摂政の業務を片付ける手を一秒も休めないまま、言葉だけは突き放すみたいにひややかなそれを理解する方が難しかった。まだヴェスト叔父様なら納得できる。女王に捕らえられるまでだって何度も僕を庇ってくれた人だ。「ステイルはお前の補佐であって奴隷じゃない」「ステイルに押しつけるな」「女王として振る舞いたいのならば先ずはステイルへの振る舞いから改めなさい」「それが女王のすることか」と何度も何度も言ってくれた。誰も逆らえなかった女王から唯一僕のことも庇ってくれた人だ。……だけどジルベール宰相は。



僕を、恨んでる筈なのに。



『ステイル、命令よ。次はジルベール宰相のことを調べなさい。……弱みの一つでも掴んできなさいな』

そう命じた女王に、この人の婚約者のことも隠し部屋の存在も全部を密告したのは僕だ。この人もそれを知っている。

僕は、……悪くない。隷属の契約で僕は女王に逆らえない。瞬間移動を使った程度で、僕なんかに秘密を暴かれたり簡単に殺される大人が悪い。ジルベール宰相だって同じだ。後を付けたら休息時間の度に隠し部屋へのこのこ入って、病人にべらべら語りかけるから悪い。僕は何も悪くない。…………たとえ、隷属の契約なんか関係なく庇うつもりがなかったとしても。

だって僕の人生に少しも関係がなかった人だ。妹のティアラならともかく、この人がどうなろうともうどうでも良い。僕の利になるなら、何人でも女王に売り渡すし殺しても良いと思う。


「お若い内から身体に鞭を打たれるのはお勧め致しません。少なくとも今日は午後までお手伝いできますので、必要であれば仮眠もどうぞ」

「………………」

唇を絞った僕は、書類にも目を戻せなくなる。

僕はこの人も、この人の好きな人も売り渡したのに。隷属の契約のことだって知らないくせに。なのにどうしてこんなことをするのか理解できない。

あの女王みたいに甘い言葉で僕を陥れる気なのかとも考える。目の前でただただ仕事を片付けては次の山に取りかかる宰相に眉間を寄せて睨み続ける。

僕の視線に気付いて逸らしているのかそれとも気付いてもいないのか、ペンを走らせては書類をまとめてを繰り返すジルベール宰相はまた書類の山を両手で抱えるとテーブルに固まる僕の前に「サインのみお願い致します」とそれを積み置いた。入れ替わりに机の上にあった別の山を抱えて客用のテーブルに移動する。



『アッハハハ‼︎ジルベールったら本当にやるつもりだわ。馬鹿ねぇ?五年じゃあ間に合うわけもないのに!』



「……何が、お望みですか」

「叔父上よりも長生きして頂ければ幸いです」

口の中を噛む以外、言い返せなかった。

生地の広い服の下から、手も首も頬も全部がガリガリのこの人がどうして僕にそんなことを言うんだ。自分の方が一分でも休んだ方が良い筈なのに。

いっそ、婚約者のことで女王になにか取り立てて欲しいとか言われた方が楽だった。こんな風に、……胃の中から淀むように重くてもどかしくて気持ち悪くなんてならなかった。

紅茶のカップに口をつければ、ふんわりと優しい香りがした。毒入りだったら全部楽になるのにと思いながら飲んだけど、ただの美味しいお茶だった。渡された資料に自然と目がいって、さっきよりも目を滑らすこともなくなれば頭がすっとして文字もずっと読み込めた。

僕が黙れば、ジルベール宰相も何も話さない。ペンの音と紙を捲る音だけが続く空間は、僕一人じゃないのに不思議と心地が悪くは無かった。ぼんやりと眠気のように頭が霧がかると、まるで綿で首を絞められるように昔の記憶が呼吸を咎めた。




『どうせ、汚い元庶民の貴方のことなんて誰も気にも留めないでしょうけど』




「…………。…………。…………ご………なさい」

カップにつけた口の中だけで呟いた言葉は、静けきった部屋の中でも音にはならなかった。

ジルベール宰相のペンを走らせる音の方がずっと大きい。

記憶の中であの悪魔に言われた言葉を、ヴェスト叔父様以外で否定してくれたこの人にやったことが初めて胸を引っ掻いた。きっと僕の顔はいつもと変わらない。けれど胸の中はぐちゃぐちゃで。


いっそこの場で泣き出してしまえれば、贖罪にもなったのかなと頭の隅で思った。




……




「おや、ちょうどでしたか。失礼致しました、ステイル様」


「……ジルベール宰相」

間が悪い。

ヴェスト叔父様の執務室。そこから出て行こうと扉を開けたところで、奴がちょうど立っていた。

王配である父上への提出書類を持っていた俺と同じく、恐らくジルベールもヴェスト叔父様への書類だろう。こんな扉前で偶然噛み合うとは。

まるで俺の行方を阻むように立つジルベールを、思わずいつもの調子で睨んだ。今日いまこの時によりによってヴェスト叔父様の前で会うことになるとは。

俺の睨みに、ジルベールもその意図を汲み取ったらしく逆ににこりと笑いかけてきた。ヴェスト叔父様さえいなければはっきりと皮肉を言ってやれたものを‼︎


「ジルベール。ちょうど良かった、アルバートに提出したいものがあるから頼まれてくれるか?」

「勿論ですとも。こちら、ステイル様がお持ちの資料で宜しいでしょうか?」

ではこの場で、と。

そう言って書類を抱えるのとは反対の手を俺に差し出してくるジルベールに、仕方なく書類を譲る。

にこやかに笑いながらヴェスト叔父様の座る机まで進むジルベールの背中をひと睨みしてから、俺は再び自分の机に戻った。

書類を任せられること自体は良い。俺だって今では補佐としてそれなりに忙しい。

ヴェスト叔父様に書類を提出するジルベールから目を逸らし、代わりに机の上の仕事を睨む。この後に来るであろう奴の嫌味に今から腹の底を渦巻かせながら無表情を繕う。

カリカリとペンを走らせる中で、ジルベールと話を終えたヴェスト叔父様から「ところで」と言葉が入る。もうこの時点でペンを走らせる動きが止まらないようにと意識した。


「この花。お前が侍女に依頼してくれたらしいなジルベール」

「ええ、王配殿下の元にもティアラ様をきっかけに彩りを加えさせて頂きましたので是非ヴェスト摂政殿とステイル様にもいかがかと」

白々しい。

そう思いながら口には出さずに絞る。叔父様からジルベールへの賛辞を聞きながら、今だけは気配を消す。

最近、父上の部屋に花が飾られた。ティアラ曰くジルベールからの気遣いらしい。女性であるティアラの通う執務室にも彩りを飾ったと聞き、……父上達が居ない内にとついいつものように皮肉を言ってやったのが昨日のことだった。


『ほう、それは素晴らしい気遣いだな。俺の時にそんな配慮は皆無だったが』


……直後、「兄様!」とティアラに怒られた。

別に俺の時に花が飾られていなかったことが本気で不満なわけではない。女性であるティアラが訪れることが増えたからこその気遣いだとわかっている。ただでさえ、我が国で初の王妹として立場確立の為に努力しているティアラに嬉しい気遣いだったことも理解している。ただいつもの調子で言ってやっただけだ。…………その、結果。


『おやおやステイル様も彩りに()()()()()()()()()()とは気付きませんでした。これは大変な失礼を。そこまで仰るのであれば、早速ステイル様が付かれておられるヴェスト摂政殿下の執務室にも()()()()()()()添えさせて頂きましょう?』


結構だ、摂政業務中までもお前の存在を感じたくないとすぐに言い返したが、全て「ご遠慮なく」と受け流された。

そして今日、ヴェスト叔父様の執務室に入れば本当に見事なまでの色鮮やかな花が添えられていた。見当がついていながらも叔父様に確認すれば、やはりジルベールからだった。あいつは宰相業務だけでなくこういう仕事も早いから余計に腹立たしい。

だからこそ今日はこのまま奴に会わずに済ませたかったが、計ったように鉢合わせてしまった。いっそコイツのことだから本当に敢えて計ったんじゃないかとも本気で考える。


「いかがでしょうか?ステイル様にもお気に召して頂けていれば幸いなのですが」


とうとう話題の矛先が俺にも向けられる。

ピキリとペンを握る指に力が入りながらも、なんとか留めた。敢えて俺からの嫌味があったことは話さず、ヴェスト叔父様へ語ったジルベールになんとか社交的に笑ってやるが目が笑ってはいないと鏡を見ずとも断言できる。


「……とても素晴らしい彩りです。ありがとうございます」


この野朗。

敢えてヴェスト叔父様の前で尋ねてきたのも、奴からの意趣返しだろう。にこにこと笑みを浮かべて俺の机前まで歩み寄る奴が、そこで自身の背中でヴェスト叔父様から俺を隠した。本音もどうぞと言わんばかりのジルベールに、ギリリと奥歯を噛み締めてから口を動かす。

最初にあの花が目に入った時から、確実にジルベールの選別だとわかっていた。何故ならば



「…………花の趣味〝だけ〟は褒めてやる」



深紅と黄色の鮮やかな花。

寄り添うように花瓶に纏められた花は、悔しいがプライドにもティアラにも見せたいと思う鮮やかさだった。きっとプライドならば、花の名もすぐにわかるのだろう。

ヴェスト叔父様の部屋に入ったのに、ほんの一瞬だが姉妹に迎えられたような錯覚は認めたくは無いが心地良かった。

叔父様に聞こえないように低い声で呟き言い返した俺の言葉に、上目で見上げればジルベールからこの上ない笑みが返ってきた。切れ長な目を緩めた、生暖かい笑みに一度だけ目を合わせてから再び書面に視線を戻す。

お褒めにあずかり何よりです。と頭を深々下げてくるジルベールに一言返せば、あとは何事もなかったように退室していった。

奴がいなくなってから音に出ないように息を吐き、もう一度花瓶へ目を向ける。寄り添い合う花の彩りに、やはりもっと前から花はあって良かったかもしれないと胸の中だけで負けを認めた。


花の趣味()()良いジルベールが、やはりまだ腹立たしくはあったが。


Ⅰ391.383.

Ⅱ137-感謝

書籍1

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