Ⅱ149.騎士は想う。
『これ〝で〟良いじゃない。俺はこれ〝が〟良いんだ』
大昔にそう言って、ステイルが俺に悪い顔を作ってみせてきた時を思い出す。
元々は、誕生日でも何でもねぇ日に贈ったもんだった。それが次からはステイルの誕生日に毎回新しい眼鏡を贈ることになった。度入りじゃねぇし、別に顔のサイズさえ合ってりゃあ良いから買うのも困らねぇけど、ンなもん俺が贈らなくてもステイルならもっと良いやつを買えるだろって毎回思う。
それまでは誕生日に何か贈ろうとしても買う前に「言っておくが僕には不要だ。こうして稽古に付き合ってくれるだけで充分過ぎる」「どうしてもというのなら、その分もっと早く強くなってくれ」と断られた。
代わりに僕も贈らない、と。ンなこと言って、代わりにアイツの方は稽古相手に稽古場にプライド様とティアラとの時間とか物よりずっと良いもんくれたくせにと今でも思う。あん時は金もなかったし、結局俺の方が貰ってばっかだった。
眼鏡だってアイツに似合うとは思ったけど、別に贈り物って言えるほど上等なもんでもない。まだ本隊騎士になったばっかの俺は金もなかったし、城から出た昇進祝い金で買えたぐらいの額だ。父上と母上に贈った額を差し引けば大した額じゃない。ただ祝会で悩んでいたあいつにしてやれることで、俺が思いついたのはあれくらいだった。
伊達眼鏡を贈って一年後には、ステイルが自分から「今年の誕生日祝いにまた〝これ〟が欲しい」と眼鏡を指で押さえながら言ってきた。
今まで贈物なんか要らねぇって言ってきたくせに、いきなりなんだと思えばそれだ。気に入ったなら城で仕立てさせれば良い、視察で王都に行けばもっと良いもんがあると何度も言った。っつーか、年に一回じゃなくて王族なら絶対もっと頻繁に変える。一年も眼鏡ひとつ使い回すのはステイルぐらいだ。
大体俺も騎士になったし、そんなんじゃなくてもっと良いもん贈れるし見つけてやると言ったら、……「これ〝が〟良い」って返された。
どっかで聞いた事のある言い回しでわざと言いやがって、見返した時にはすげぇ勝ち誇ったように笑われた。俺も鼻で笑い返してやったけど、結局そのまま希望通り今もステイルに同じもんを贈ることになっている。
今はもう眼鏡なんか無くてもあんなことで悩まねぇだろと思うけど、俺もプライド様もティアラもなんだかんだで今のステイルが見慣れて馴染んだ。
結局その年からステイルも俺の誕生日に返してくるようになったし、それからはもうお互いにそういう遠慮もなくなった。……未だに全ッ然釣り合いは取れてねぇ気はするけど。
でも毎年こうして贈ると嬉しそうにしてくれるし、すぐに愛用もしてくれるのも見るとまぁいっかと思う。少なくとも俺が贈れるもんでステイルが一番だと思ってくれてるのがアレなんだろう。
デザインを変えるとか、そういうの考えるのもあんま得意じゃねぇし見慣れるともうそれしか考えられなくて結局毎年同じ店で同じ種類のを買ってる。お陰で店にも顔を覚えられた。王都つっても小さい店だし、まさかこの国の第一王子が愛用してるだなんて夢にも思わねぇだろう。
「そういえば兄様。結局ジルベール宰相からは何か届いた?」
向かう途中でティアラが思い出したように、ステイルが眼鏡を掛けることになった大元の名前を出す。
ジルベール宰相も、ステイルの十三の誕生日からは公的用とは別に個人的に贈り物をするようになっていた。いつもは誕生日前に頃合いを見て渡すジルベール宰相だけど、そういや俺も貰ったって話を聞いても見てもいない。
プライド様も同じなのか、気になるようにステイルへ顔を向けた。ステイルもジルベール宰相の話題が出た途端、一度眼鏡の黒淵を指先で押さえながら「ああ」と一言零した。
「少なくとも俺の記憶ではまだだ。……あの男が手配を間違えるとも思えない」
「?どういうこと⁇」
どこか含むような言い方で返すステイルに、プライド様が尋ねる。
ティアラの方はわかってるみてぇにコクコクと小さく何度も頷いたけど、プライド様は逆に傾げた。重々しそうに言うステイルの話だと、二週間近く前にティアラと一緒に王配の部屋に入った時言われたらしい。王配が女王に呼ばれて席を外していたらしく、部屋にステイルとティアラ、ンで自分の三人の時に狙ってというのがジルべール宰相らしい。でも渡すんじゃなく話題だけっつーのは初めてだ。
「なんでも、「なにぶん、届くのに調整がつかないものでして。御誕生日から前後してしまう可能性もありますがご了承ください」とのことでした。今度はどの国を巻き込んだのやら」
まるで謎かけみてぇにそう言われたと、ジルベール宰相の口調を真似しながら説明する。
その時のことを思い出したのか、言いながら段々と声が低まった。多分こいつのことだから、またそれでジルベール宰相に皮肉を言って倍返しでもされたんだろう。
ジルベール宰相はステイルにだけは毎年違う物ばっか贈る。俺やティアラ、プライド様には毎年同じ系統の物を贈っているけど、ステイルにだけはまるで反応を試すように変えてくる。
「去年の品はお気に召して頂けなかったようなので」って、そう言って毎年毎年違う物でしかも全部が全部ステイルが気に入るもんばっかだ。ジルベール宰相のことだから、貰った時にステイルが言う嫌味や皮肉も全部嘘だってわかってるンだろうけど。
毎年ひと言でも文句をステイルが言う度に「では来年こそはお気に召して頂きましょう」と叩きつけてくる。正直、俺が知る限りジルベール宰相からステイルが貰った物で気に入らなかったものはない。
どれも「あの男から貰ったものなど使いたくはありませんが物に罪はないので」とか「ジルベールの品なら遠慮なく使い潰せる」とか言って大事に取っといているか、もしくは愛用かのどっちかだ。絶対ジルベール宰相もステイルの反応を見て楽しんでる。むしろ、毎年本音では気に入った品をあいつがどう言ってケチつけてくるか楽しんでいるとこもある気がする。
あの人は本当に人の好みをわかってるよなと思う。あの人が贈り物を外すなんて想像もつかない。……いや、確かステイルの話だと、プライド様にだけ嫌がらせみてぇな物が多かった時期もあるらしいけど。
でも確実にそれもわざとだろう。現にティアラやステイルには一度も外したことがねぇみたいだし。……そう思うと、寧ろステイルだけ逆にすげぇ可愛がられてたんじゃねぇのかとも思えてくる。
ティアラと違ってジルベール宰相に昔から敵意剥き出しだった筈なのに、プライド様とは違って毎年いい品ばっか貰ってるし。しかも今じゃ、俺達の中で考えるっていう点では一番手間暇掛けられている。俺らと違って毎年違うもんなんだから。ステイルと一緒でジルベール宰相も結構素直じゃない。
「まぁ、ジルベールから貰えずとも俺は別に気にしませんが」
公的の方は手配できているでしょうし、と言うステイルを直後にはティアラがぐにっと頬を摘んで引っ張った。
プライド様も苦笑いを浮かべている。それでもやっぱ昔よりは変わったよなと思う。ちょっと前まではジルベール宰相がプライド様に態度が変わった後もずっと「あの男からの品など貰いたくもありませんが」だった。それが今じゃ「貰えなくても良い」程度には落ち着いている。
プライド様に昔犯したことを許せねぇのは仕方ねぇけど、貰った物が気に入ったのなら素直に言ってやってもいいのに。昔贈られたモンとかも使いやすくてちょいちょい使ってンの知ってンだぞこっちは。
「気長に待ちましょう。どちらにせよ今年も誕生祭は楽しみね。ランス国王とヨアン国王が来れないのは残念だわ」
「それは仕方がありません。昨年同様、ハナズオではヨアン国王の誕生祭の兼ね合いがありましたから。むしろ残念なのはセドリック王弟の方でしょう」
変えた話題へすんなり続けるステイルに、俺も黙って頷く。
ステイルの誕生日はヨアン国王と近い。その所為で去年もステイルの誕生祭に来れたのはセドリック王弟だけだった。しかもあの時は同盟を結んだばっかで大事な時期だったから女王がハナズオに訪問して、その帰りに特殊能力者の移動に同乗したからセドリック王弟だけでもステイルの誕生祭に参加できた。船と港も都合良くはいかねぇし、騎士団の先行部隊の送迎かステイルの瞬間移動でもないと難しい。そして今年は女王も王配もヨアン国王の誕生祭には出席していない。セドリック王弟もずっとフリージアだ。
「そうね。ヨアン国王の誕生日も変わりはなかったけれど、心配だわ」
「……大丈夫ですよ。あの人だってもう良い大人なんですからっ」
ふんっ、とティアラが最後に鼻を鳴らしてそっぽを向いた。
あいも変わらずティアラはセドリック王弟を嫌っているらしい。……嫌ってるっつーか、怒ってるのか苦手か。そのわりには奪還戦で一緒に行動してるし、ダンスも毎回最初に選んでるしよくわかんねぇ。最近じゃ特にセドリック王弟を前にしてる時は何にも緊張隠すように取り繕ってたり、逆に眉間に皺を寄せてる顔に違和感を感じる時がある。顔は赤いし怒ってはいる筈なのに変な感じだ。
騎士団の一部ではティアラがセドリック王弟に惚れてるとか告白したとか口付けしたとか色々噂は出てたけど、あんまりピンとこねぇ。少なくとも俺らが見てきた限りはティアラとセドリック王弟にそんな雰囲気はない。
セドリック王弟が惚れてることだけは知ってるし、時々ティアラにすげぇこと言うし本気なのもわかっけど、ティアラからは何もない。
今だって他の奴相手じゃあり得ない手厳しいティアラの言葉だ。プライド様も苦笑いしてる。
「確かにそうだけれど……」と肩を竦めてから、口を閉じた。妙に長い間に俺とエリック副隊長だけでなくステイルとティアラもプライド様に注目する。複数の視線を感じてか、ぴくりとプライド様の肩が少し上がってから俺たちを見回してまた頬を指で掻いた。
「……ごめんなさい。私だったらやっぱり寂しいわ。ステイルやティアラの誕生日に会えないなんて。駄目な姉でごめんなさいね」
照れたように頬を染めながら眉を垂らすプライド様の横顔を、うっかり直視した。
可愛い、と思った瞬間に一度顔を俯け口の中を噛む。飲み込んで、それからすぐ上げた。まだ口が緩みかけてたけど何とか堪えられた。
けどステイルは近過ぎたらしく、手の甲で口を押さえつけたまま床を睨んでた。頭を垂らした所為で背後からだと火照った首筋がはっきり見える。
多分すげぇ緩んだ顔してンだろうなと思ったら、今度は普通に俺の方が笑っちまう。ピクピクと肩を震わすステイルにプライド様も気付くと慌てたように「!ごめんなさい大人げないこと言っちゃって」と謝り出した。
いえ、そんなことは……と零すステイルの声は無理矢理絞り出したみてぇに掠れてた。
ティアラもプライド様の言葉は予想外だったらしく、頬を膨らますと隣にいるステイルの腕へやつ当たるように両腕でしがみついた。
「私もっ、……」と小さく聞こえた気がしたけど、それ以上は言わなかった。セドリック王弟にきついこと言っておいて、プライド様に言われた途端自分も寂しいとか言いたくなったンだろうなと思う。付き合いが長いからそれくらいは何となくわかる。
いつもなら絶対ここで「私も寂しいですっ!」とか言うとこだ。わりとティアラもこういう変なところで素直に認められねぇのは、ステイルに似ちまったンだろうなと思う。
ステイルにしがみ付くティアラにプライド様も気が付いた。
兄貴にくっつく妹の姿が微笑ましかったのか、静かに微笑んだ後そのまま無言でステイルの反対の腕に手を回す。口を押さえていた手を腕から、よりによってプライド様に絡め取られてステイルの肩が今度はハッキリ跳ねた。
「プラッ……」から先が言えなくなったのを見て、完全に黙殺されたなと理解する。階段を降り切った後の所為で逃げ場もなく、湯気を蒸したまま結局最初のティアラの提案通り三人でくっついて食堂まで歩くことになった。
背後から見てもわかるくらい頭から湯気を出すステイルに、エリック副隊長と顔を見合わせてバレねぇように笑った。
ステイルに気付かれたら睨まれンだろうけど、やっぱコイツがプライド様やティアラに好かれてンのはすげぇ好きだ。
食堂に辿り着き、それぞれの席に着く為に自然とプライド様とティアラの手が緩む。そのままそれぞれ席へと移動すれば、棒立ちのステイルだけがテーブルの前に残された。仕方なく俺が背後から肩を引っ掴むことになる。
「おい、ステイル」
肩に手を置き赤い耳の傍で強めに呼べば、目が覚めたみてぇに間抜けな顔で俺に振り向いた。
唇がまだ僅かに震わせたまま俺を見るステイルは真っ赤だ。泳いだ目がこっちに向けられながら、口の百倍は叫んでる。
ぷはっ、と思わず軽く吹き出しながら、二度そのままステイルの肩を叩いた。最近は特にプライド様からの発言が別の意味で容赦なさ過ぎて心臓が保たねぇらしい。
俺と違ってここ数年はプライド様から離れて摂政補佐とかで忙しかったのに、いきなりここ最近で一番浴びてちゃ無理もない。俺だったら絶対ぶっ倒れてる。こいつの心労も気持ちもよくわかる。…………まぁ、それでも。
コイツが今まですっっっっっっげぇ頑張ってきた結果だと思えば仕方ねぇンじゃねぇかなと、心の隅で思う。
ただでさえ今も学校でパウエルとかアムレット関係で忙しなくしてるくせに、なんだかんだファーナムの勉強も面倒をみていた。その上ヴァルに依頼してまで合格祝いで家の大改装だ。
それをプライド様は全部よく見てる。
奪還戦の祝勝会じゃあ第一王子なのにプライド様の補佐だからって理由で表彰もされなかったコイツに、今がそういう全部が巡り巡ってきたような気もする。ちょっと空回ってン時は見過ごせねぇけど、それでもやっぱプライド様にはステイルを褒めて欲しいし、もっとこの先に良い事があって良いと思う。
どうせコイツのことだからンなこと言っても「充分もう俺は報われてる」とか言うンだろうけど。
でもやっぱもっとあって良い。例えば他国に嫁ぐ筈だったティアラが、ああしてプライド様と並んで誕生日の贈り物を渡してくれる今日の始まりとか。……例えば
「なァ」
からかうように笑い掛け、耳に顔を近づけたまま囁きかける。
俺の言葉で少しは気が紛れたのか、目が溺れずには済んだステイルが眼差しを俺に向ける。
にっ、と歯を見せてやりながら俺は決めてた言葉で相棒に尋ねた。
「どォだった今朝は。良い朝だったか?」
……例えば。また、今まで通りプライド様から誰より先に「誕生日おめでとう」を言ってもらえる朝とか。
そういう、コイツにとって一年で一番大事なこの日がもっと良いことづくめになってくれりゃあ良い。
「……〜っ。当たり前だ」
俺に言われたのが恥ずかしかったのかそれとも思い出したのか、肩にある俺の手を軽く叩いた後、緩みそうな唇を強く絞った。
ステイルは毎年、プライド様に一番に誕生日を祝って貰っているらしい。その為だけに二人とも早朝から一人で身支度しているし、子どもの頃なんかはプライド様が直接起こしにも来てくれたらしい。
子どもの頃の下らない願いを今でも叶え続けてくれていると、そう俺に教えてくれた時のステイルは気づかずに笑ってた。
「姉君に早朝から祝われ、ティアラと揃って部屋の前で迎えてくれ贈り物をくれ朝食前から早速放火された。……いつもと変わらない、最高の誕生日だ」
全部、あの時に死に物狂いで取り返したからだ。
そうじゃなかったら、今頃プライド様のいない誕生日でステイルも笑うことができなかったと確信できる。それどころか、俺もコイツもまともに生きてるか怪しいかもなと自覚する。
「それに」
破顔っつっても良いくらいにステイルが笑みを溢す。
昔は意識しねぇと表情に出せなかったコイツが、今じゃコロコロ表情を変えては緩む。自他共に認める正真正銘一番大事な日に、ステイルがこうしていられるのが俺まで嬉しくなる。
しししっとステイルが続きを言い終わる前から音に出れば、次の瞬間真っ直ぐ俺と合わせた漆黒の視線が光のように差し込んだ。
「お前もいる」
パシッと。
手の甲で叩かれ、ステイルが自分の席へと向かい出す。
まだ馴染んでいない眼鏡の位置をまた直しながら、冷静を取り繕った顔で口がまだ笑んでいた。……そォいや、本当はここに俺も居なかったかもしれねぇンだなと思えば何だか少し妙な感じがした。
プライド様の背後に控えるエリック副隊長に、早く定位置に戻れと手招きされて早足をしながら改めて俺は見直す。
プライド様が居て。ティアラが居て、俺がエリック副隊長と一緒に近衛についている。
多分、今のアイツの笑顔は自分を周り全部に向けてのもんなんだろう。アイツにとって〝今〟は
『アムレットは、俺の──』
間違いなく〝こっち〟なんだと。
そう思った途端、ほっとするような嬉しさと……同時にほんの隙間風みてぇな哀しさが胸を過ぎ抜けた。
Ⅰ62-1.50-1
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