そして祝われた。
「いえ……!その、……付けるのが勿体無いので、暫くは使わずにとっておいても宜しいでしょうか……?」
一度言葉を止めた二人は、俯く僕を置いたまま「ふふっ」と殆ど一緒に笑い出した。
きっと今顔をあげたら顔を見合わせているのだろうと思いながら、コサージュにしか視線を置けない。今晩使っても良いと本気で思ったけど、プライドとお揃いだと思うと急に気恥ずかしくなった。
普通のお揃いなら望むくらいだけど、正装でなんてと。せめてもっと砕けたものだったら愛用できたのに。家族や一族で、統一した飾りを身に付けることはよくあると教師にも教わったけれど血の繋がっていない彼女とではまるで違う意味のようにも感じられて擽ったかった。まだ家族になって一年どころか半年も経っていないのに。
そう思って押し黙っていると、プライドは「そうねっ」と僕に身体をそっと傾けた。肩で小さく突かれてティアラの方に傾けば、そっと僕の両肩にプライドが手を添えてくれた。
「私もティアラから貰った髪飾りが素敵過ぎて使うのが勿体無いと思ったもの。すごくステイルの気持ちがわかるわ」
そういって添えてくれた両手がすぐ離される。そのままプライドはテーブルに置いたもう一つの包みを手に、改めて僕へまた渡し直してくれた。
「じゃあ次は私のを開けてくれるかしら。……ティアラみたいに、素敵なものじゃなくて恥ずかしいけれど」
話を敢えて変えてくれたプライドと、その両手の包みに視界が開く。
今度はティアラがそっと僕の両手の中にあるコサージュを包みと箱ごと預かってくれた。「どうぞお兄様」と言われ、そのままティアラの手でコサージュ代わりにテーブルへ戻される。
両手でプライドからの贈り物を受け取り、また愛らしい包装を解く作業から始めた。
「私も男の子への贈物ってわからなくて……。でも、ステイルには是非これを贈りたいと思ったの」
がっかりさせたらごめんなさいね、と開ける前から謝るプライドが少し不思議だった。
プライドから貰えるものなら何だって嬉しいに決まっているのに。むしろこの綺麗な包みだけでも充分過ぎるくらいで、もっと言えば二人が朝から迎えてくれたことで嬉しかった。
ならこんな綺麗な包みに何が入っているんだろう、プライドがわざわざ僕に贈りたいと思ってくれたものなんて、と思えばまた忘れかけてた心臓が大きく鳴り出した。
包みを捲る指先が変に震えて、意識的に息を止めて堪える。そしてとうとう包みを反転させるようにして開ければ
……すぐに、理解した。
「わぁ!素敵ですっ!こんなに素敵なの私初めて見ました!」
僕よりも先にティアラが声を上げる。
姿を現したそれを前のめりに覗くティアラが何度も何度も繰り返し褒める中、僕は言葉が出なかった。色々と考えてしまえば、まずいものが込み上げて喉の奥から競り上がりそうで堪える為に飲み込んだ。表情が出にくい顔で良かったと心から今思う。わかりやすい顔だったら絶対に泣きそうだと気づかれていた。
「……気に入らなかったらごめんなさい。やっぱりティアラみたいなもの方が良かったわよね?」
僕が何も反応しないのをがっかりしたと勘違いしたのか、遠慮がちに声を低めるプライドに慌てて首をブンブン横に振る。
気に入らないわけがない。嬉しい。すごく、すごくすごく嬉しい。今すぐ泣きたいくらい嬉しいのに、話せば声が枯れそうで怖かった。未だ一度もプライドの顔すらまともに見れていないのに。
僕の返事に「良かった」と、理解してくれたプライドは言葉を選びながら一言一言話してくれた。どうしてこれを僕に贈ってくれたのか、どんな気持ちで、どういう理由で、どうして欲しいかも全部。
もうこれを見た時点で全部わかったのに、それでも言葉にされると余計に嬉しくて震えそうな唇を噛んで堪えた。俯かせた顔から目の奥のものが本気で溢れそうで、でも顔をあげてプライドの顔をみたらもっと泣きそうで苦しい。
肩にまで力が入って上がってしまう。するとティアラが僕を心配するように「お兄様……?」と、跳ねていた声を今度は細めた。大事なこれを持つ指に力が入り過ぎてしまわないようにとだけ意識をすれば、次の瞬間ふわりと柔らかなものに包まれた。
「お誕生日おめでとう、ステイル。貴方みたいな素敵な弟がいて私は幸せだわ」
細くて柔らかな腕に抱きしめられ、ただでさえくっついていた身体がもっとしっかりプライドに引き寄せられる。
すぐ追うように「私も幸せですっ」とティアラが反対側から腕を回して抱きついてきた。柔らかな感触と香り、そして眠ってしまえそうなほどの温かさに強張った肩が自然と緩んだ。でも一緒に涙腺まで少し緩んで、抱き締められたお陰で顔を見られていない今のうちだけと少し泣いた。
目尻から一粒分溜まって、鼻の横に伝ったからそれ以上は二人を抱き締め返す腕で堪えた。プライドの前で、ティアラの前で、こんなにすぐ泣くのを見られるのは恥ずかしくて。
「ありがとう……ございます。僕も…………幸せ、です」
顰めたくらいの声になってしまったけれど、返事代わりに両側から溢れるような笑み音が耳をかすめた。
膝に置かれた大好きな二つの贈物。まだ誕生祭すら始まっていないのに、すごく幸せな誕生日になったと心から思えた。
嘘でも誤魔化しでも社交辞令でも計算でも外面でもなく、本当に。
……
「それでね、ステイル」
二人から貰った贈物をそれぞれ鍵を掛けて保管した後、朝食へ向かう時にプライドが投げかけてきた。
贈物を仕舞ってからやっとまともに顔を見ることができるようになった僕を、今は彼女とティアラが左右から手を繋いでくれている。
本当なら僕が階段で手を貸す方なのに、ティアラに両手で左手を包まれ、プライドに「今日だけ、だめ?」と右手を掴まれたら頷くしかない。手を繋ぐだけなら未だしも真ん中が自分なことが恥ずかしくなりながら歩いた時だった。
「代わりに、私に何かして欲しいこととかはあるかしら?」
プライドのその爆弾発言に、僕は思わず握る手に力が入りそうになった。
今は表情に出なくても、手の平ごしに焦りが伝わってしまうのに。しかも両手をプライドとティアラに防がれて今は顔も口も隠せない。
プライドの話は、自分が渡した贈物の補填にという話だった。僕にあんな素敵なものを贈ってくれた彼女は、それでもまだ僕への贈物としては不満らしい。正確にはティアラのコサージュを見たら本気で僕に申し訳なくなって、形に残らないかもしれないものを贈っちゃう代わりに、という意味だった。
本当に、僕はプライドからあれを貰えて嬉しかったし気に入ったのにどうにもまだ伝わらない。こんなことになるならもっと表情にあの時出しておくんだったと思う。でもあの時はあまりにも嬉しくて泣くのを堪えるのに必死で、意識して表情に出す余裕なんてなかった。
プライドからの、ありあまり過ぎる贈物の追撃に言葉が見つからない。えっと……口籠ってしまうと更に「私にできることなら何でもするわ」と言われて、第一王女にそんなことを言われることが恐れ多くなってしまう。視界までぼやけてしまって、足も止まりかける。
もうプライドはいつだって僕の欲しいものを何でもこれ以上ないくらい与えてくれている。今日だって抱き締めてくれて、あんな素敵な物をくれて、しかも部屋の前で─……、……。
「…………本当に、なんでもいいですか」
ぽつりと自分の足音で消えてしまいそうなほどの声になってしまった。
けれどプライドは「ええ良いわ」と躊躇いなく返してくれた。いま頭に過ったことはきっと僕には贅沢で、ここでそれを願いするのは狡いと思う。ただ、それでも頭の中で無理やり〝弟らしい願いだ〟と納得させる。
第一王女相手だぞと、それ以上に大きく叫ぶ頭の声を今だけは聞かないふりをする。
「こっ、これから、は……ぼ、僕の誕生日に、そのっ……許される間だけで構わないのでっ──……」
勿論よ、と。
僕の恥ずかしい我儘にやっぱり彼女は一言で答えてくれた。
ティアラが「素敵ですね」と笑って、嬉しそうに僕と結ばれた手を前後に揺らした。「嬉しいわ」とプライドまでそれを見て同じように揺らすから、僕の両手がブランコのように前後に揺らされ歩くことになる。
それ以上に僕の視界も頭もくらくら揺れた。
〝愛しています愛しています〟
〝僕の気持ちは変わらない〟
〝忘れる日なんて一生ないって言えるから〟
〝たとえ死んだって〟
〝ずっと〟〝僕は〟
昨日、活動報告にて質問コーナー回答致しました。
また訂正箇所の記述含み、一部修正致しました。
ご確認頂けると幸いです。




