Ⅱ146.義弟は目覚め、
〝愛しています〟
〝ずっとずっと愛しています〟
〝たとえ何年経っても、十年でも百年でもずっとずっと愛しているから〟
「……テイル様、……ステイル様?……起きて下さい、ステイル第一王子殿下」
……眩しい。
カーテンから溢れる太陽の光と侍女の声で目が覚める。反射的に腕で光を遮断しながら目を絞れば、ぼんやりともう朝なのだと理解した。
おはようございます、と挨拶してくれる侍女に言葉を返し、薄くから目を開いて身体を起こせばもう朝だ。
今日はお目覚めが少し遅かったですね、と続ける侍女の言葉にそういえば昨日は寝るのが遅くなったのだと思い出す。いつもより二時間近く遅く眠ってしまったせいでまだ寝不足だ。
「御誕生日おめでとうございます、ステイル様」
一人の侍女の言葉を合図に、部屋に居る侍女達が一斉に頭を下げてきた。
改めて今日が誕生日なのだと実感する。……なのに、こんなに寝不足じゃこの後が思いやられる。
礼を伝え、ベッドから降りた後は侍女の手を借りて身支度を整え今日の予定を考える。昨日もただただ忙しくて時間が経つのもあっという間だった。
気が付けば夜になっていて、プライドやティアラと過ごす時間も少なかった。仕方がないとわかっていても、やっぱり自室に戻った時は少し寂しいと思ってしまう。
「……昨日は忙しかったですから。今からもう緊張してしまいます」
照れるように笑って返し、服を着替える。
侍女達がそれぞれ配慮した言葉で鼓舞してくれるのを聞きながら、確かに自分で言ってみた通り緊張はしているようだと心音で思う。
昨日もやっとベッドへ入った後もいつもより寝つきが悪かったことは覚えている。他愛もない会話を侍女達と交わしながら、時計を確認した。いつもより二分遅れてる。
少し急がないとと動き、最後に鏡で全身を確認してから早足で扉に向かった。朝食前の大事な用事を今日に限って遅らせるわけにはいかない。
衛兵によって扉が開かれる。すぐに階段へと向かうべく、扉が開ききる前にと空いた隙間から縫うように足を踏み出せば
「八歳のお誕生日おめでとうステイル‼︎」
「八歳のお誕生日おめでとうございます!お兄様!」
「⁈……ありがとう、……ございます……?」
突然のことに反応が上手くできなかった。
自分でも目が丸くなっているのがわかる。意識して笑顔を作ることも難しいくらい、いつも以上感情に表情がついていってくれなかった。
ぽかりと口を開けたまま見返せば、にこにこと嬉しそうに二人が並んで僕に笑いかけていた。いつもなら僕もティアラもプライドの部屋の前で待っている時間なのに。
「今日はステイルが養子になってから初めての誕生日でしょう?だから二人で一番にステイルを迎えましょうってティアラと話したの」
ねっ、とプライドがティアラに笑みをむければ、「はいっ!」と跳ねた声が返ってきた。
サプライズが成功したことを喜ぶように悪戯っぽく笑うティアラは、下から僕を見上げて「兄様驚いた?」と覗いてくる。驚いたに決まってる。
正直に一言で答えれば、ティアラとプライドが一緒に手を合わせて喜んだ。一体いつの間にこんな相談をしたんだろう。それに……
「僕の為に……待っていてくれたのですか……?僕はプライドの補佐なのに」
「家族じゃないっ!それにいつもはステイルとティアラが待っていてくれるものっ」
どうしよう、すごく嬉しい。
当たり前のようにそう言ってくれるプライドに、頬が熱くなる。僕は補佐で、義弟なのに主であるプライドが部屋の前で待っていてくれた。つまりはいつもより僕の為に早起きして身支度をしてくれたということになる。いつも定時に部屋から出てくるプライドを迎える為に早起きしていた僕より、更に早く。ティアラだってそうだ。
「それでね、ステイル。朝食まで時間はまだあるし、……少し良いかしら?」
まだぽわぽわと頭に花が咲いたような気分になる僕に、プライドまで悪戯っぽく笑いかけてくる。
僕と目を合わせてそして次に部屋を目で指した。廊下にプライドとティアラを立たせておくわけにも行かず、振り返って部屋が片付いているのを確認してから頷いた。
昨夜も全部片付けてから寝たし、朝支度も既に侍女が片付けてくれている。プライドの言葉にすぐ気が付いた侍女達が客用のテーブルとソファーの周りを空けた。
先に二人を前に通す為に横に避けようとすれば、すかさずプライドとティアラが片手ずつ左右から僕の背を押した。
えっ、と驚いて思わず声を漏らしながら、押される勢いのまま足が早くなる。そのままソファーに飛び込むくらいの勢いで一番に座らされたから、僕も二人へ振り返った。一体何が、とまだ二人が迎えてくれたことの驚きすら抜けきれていない僕に向けられていたのは、……可愛らしい二つの包みだった。
プライドとティアラ、二人が一個ずつ片手に隠していたであろうそれは大きさも形も違ったけれど、どちらも可愛らしい包装だ。扉の前で迎えてくれていた時からずっと二人が両手や片手を背中に回していた理由をいま理解する。
いつもだったらすぐにおかしいなと思えたのに、二人のことで完全に考えが及ばなかった。
「私と、ティアラからよ。誰よりも先にステイルに渡したくて」
「私達もお互いの贈り物は何か知らないんです。ぜひ見せてください!」
ティアラの言葉に、私も知りたいわとプライドが続く。
つまりはこの場で開けて良いということだろうかと、一秒も我慢できないまま早速僕はそれぞれ受け取った包みを一つずつテーブルに置いて見比べた。
すると、二人も僕を間に挟むようにして同じソファーに腰を下ろす。大人用のソファーに、僕を挟むのが細い二人だからこそできたけれど、それでもぎゅうぎゅうだ。
ティアラとプライドが左右にくっつき嬉しそうに声を漏らせば、心臓がうるさい理由が目の前の包みなのかそれともプライドがくっついているからかもわからなくなる。
心臓の音が二人に聞こえていると思うと、並べた包みへ伸ばす筈の手で自分の胸の中心を押さえてしまう。動悸が落ち着くのを必死で願いながら、どちらから開けるべきか悩めばプライドが「最初にティアラのから開けてあげて」と僕の耳に囁いた。
柔らかな声と息が耳を直接擽って、押さえていた筈の心臓が余計に高鳴った。思わず肩を大きく上下させてしまいながら頷いた僕は、誤魔化すようにティアラがくれた包みへ手を伸ばす。もう真横にいるプライドの顔が近過ぎて振り返れない。しかも花のような香りがさっきから両側から薫ってる。
ティアラの包みを一つ一つ慎重に指先で解き、開ける。
男性用のコサージュだ。
「男の人への贈物ってよくわからなくって……。でも、これならちゃんとお兄様も長く使えるし、眺めるだけでも素敵だと思いました!」
横目で見れば、正面から照れ笑いを浮かべていた。
プライドが「すごく素敵だわ‼︎」と絶賛するのを聞いてから一拍遅れて僕も頷く。本当に素敵だ。
「ありがとう」と一言返してからも、まじまじとコサージュを眺めてしまう。職人に発注してくれたのだろうそれは、素人目の僕から見ても本物の花と間違えるくらい精巧だし男性らしい落ち着いた色合いだった。今日の誕生祭でも問題なく使えそうだ。ただ、……何処かで見たことのある気が─……。
「私の誕生日でティアラがくれた髪飾りとお揃いねっ」
⁈‼︎⁈お揃い⁈⁈‼︎
風を切る勢いで今度こそ顔ごと振り返れば、この上なく表情を綻ばすティアラが上目遣いに僕を見返してきた。
木漏れ日のようなその笑顔が何よりの証拠だ。以前、プライドの誕生日に僕とティアラはそれぞれ贈り物をしたが、ティアラがその時にプライドへ贈ったのが髪飾りだった。……まさに、この花と同じ飾りの。
「お姉様もお兄様も私の大事な家族なので、お揃いを持てばきっと素敵だなと思いました。また来年もお揃いをお贈りしますねっ」
毎年お揃いを付けろと⁈
いや違う。別に、同じ機会に一緒に付けろとまではティアラも言っていない。あくまでお揃いの品を贈ってくれるというだけの話だ。それ自体は僕だって嬉しい。妹のティアラからの贈り物がプライドと揃いの品なんてこの上なく贅沢過ぎる。
そう思っている矢先にティアラが「いつかお揃いを付ける御二人が見てみたいですっ」と声を跳ねさせた。
その一言だけでも血流が回って身体が熱くなり始めるのを感じたのに、プライドまで「良いわね!」と同じように声を跳ねさせた。更には早速今日の誕生祭にお揃いで付けようかと提案してくるから、僕も慌てて理由をつける。
「いえ……!その、……付けるのが勿体無いので、暫くは使わずにとっておいても宜しいでしょうか……?」
我ながら恥ずかしい理由だけど、今はそれしか思いつかなかった。
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