〈重版出来1-2・感謝話〉騎士たり得る者 、欲する。
ラス為書籍1巻が再び重版して頂けました!
感謝を込め、特別話を書き下ろさせて頂きました。
少しでも楽しんで頂いて感謝の気持ちが伝われば幸いです。
本日から更新21時からさせて頂きます。よろしくお願い致します。
書籍1巻内でのごぼれ話。
時間軸は〝外道王女と騎士団〟です。
「ったく、逃げやがってあンのクソ親父……」
舌打ちを吐き捨て、道を歩く。
元はといえば親父が剣を忘れた所為だ。お陰で朝食を食ってる間もお袋に根掘り葉掘り聞かれて流すのも大変だった。昨日帰ったばっかだってのに、今日もまた城に向かうことになるとは思わなかった。
一応城下ではあるけど、うちから城までは結構歩く。いつも畑を耕している時間に、こうして暢気に城下街まで歩くのは久々だ。前髪も纏めて括って視界も広いからか、余計新鮮に感じる。
城に一番近い大通りを選びながら、ずっと先にそびえ立つ城をぼんやりと見上げた。今まで親父が働いているところだとか騎士団のあるところぐらいにしか思わなかったけど、今はあそこにプライド様も居るんだなと思う。本当に遠くて高いところにいる。貴族とかなら親父の関係で会ったこともあるけど、王族なんざ会ったのもあの時が初めてだった。っつーか普通は俺なんざが会えるわけがない。
「……そういや、あれ以来全然来ねぇよな」
貴族。と、ふと考えてみたら言葉に零れた。
昔は親父の関係で来ていた貴族も、今はてんで見ない。来るのは馴染みの客ばっかだ。
もともと家族を仕事になるべく巻き込みたくないって言ってクラーク以外は騎士すら連れてきたこともねぇし、今思うと貴族に無理矢理押し切られてたのかなと思う。確かちょうど親父が騎士団長になった頃だったし。
あの親父でも断れねぇことはあったのか。もう来ねぇってことは向こうの貴族も親父の無愛想面に嫌気が差したか。
貴族の人自体はどれも悪そうな人じゃなかった。貴族っつっても別に嫌味な奴とかじゃなくて、店でも普通に飲んで親父やお袋と話していただけだ。別に嫌なことなんざちっともー……
『ほぉ、彼が噂の御子息ですか』
「いや、……あったか」
思い出した途端、勝手に眉が釣る。
もう顔も名前も思い出せねぇけど、当時のことが薄れて浮かんだ。
まだあの時はガキで、騎士も素直に目指してた。ンで、親父が連れてきた貴族の帰り際には裏で手伝っていた俺も呼ばれてお袋と一緒に挨拶させられた。名前言っていくつか聞かれて親父のことを褒められて。俺もあの時は親父に似てることも騎士を目指していることも、全部が全部何でもかんでも褒められた。……ただ。
『君が息子のアーサー君か』
『はい。父がお世話になっています!』
『自慢だろう?何せ君の父上は史上最年少の騎士団長だ』
『はい!俺もいつか父みたいな騎士になるのが夢です。特殊能力もあります!』
最初はそれも褒めてくれた。すごい、まさか親子で、流石騎士団長の御子息だって。
俺も誇らしくて嬉しくてにやにや笑ってた。でもそれがどんな特殊能力かっつった途端、さっきまで目を輝かせてた貴族の人らの表情も全員変わった。
植物?それは操れる?それとも成長をと。色々その人らが知ってる植物関連の特殊能力を尋ねられたけど、全部首を横に振った。
別にそう聞かれるのもあの人らが初めてじゃなかった。特殊能力に目覚めたと話したら当時から常連の客にもすげぇ聞かれたし、その〝後〟のことだっていつものことだ。
親父と同じ特殊能力者になれたことだけではしゃいでいた俺は、大人達がなんでそんなこと気にするのかも最初はわからなかった。特殊能力者ってだけで特別で珍しくてずげぇことなんだとあの時は思えてた。
『残念だね』
……いつものようにその台詞を最後に言われて、肩をポンと叩かれた。
残念って言われるのは初めてじゃなくても、あんな慰めるみたいに肩を叩かれたのは初めてだった。馬鹿にするとか、嗤うとか蔑むとかじゃなくて、本当にただ真っ直ぐ同情する目が嘘じゃなかったことを今でも覚えてる。
口をあんぐり開けてなんでそんな顔するんだろうといつも思った。……いっそ、特殊能力に目覚めてなかったらあんなことも言われなかったんだろう。
「これからが楽しみ」とか「きっと君にもいつか」とか、そんな感じで期待だけ持たされて終わってた。ねぇ方がマシだったクソな特殊能力だって気付いたのは、まだもうちょっと後のことだ。
店の客にも常連にも言われた。特殊能力って聞いてスゲェで、どんなのか言ったら「残念だね」って言われて、そんでまた慰められる。色々言われたけど「最年少騎士団長になれたロデリックさんと、特殊能力で競おうとすること自体が間違っている」が一番きつかった気がする。正論だけど、……一番親父との境界線がわかったから。
親父も一度連れてきたら同じ貴族を連れてこなかったけど、いつからか高そうな馬車が店の前に止められているのを見たら奥に引っ込むか畑に逃げるようになった。
段々、紹介されるのも億劫になった。目の前で親父が褒められるのも、俺の夢を聞かれるのも、特殊能力を聞かれるのも、全部。
あの言葉を言われンのも、肩を優しく叩かれるのも怖くなって。鍛錬サボるようになったのもちょうどあの頃ぐら……
「アーサー?……お前アーサーか⁈」
聞き覚えのある声に、いつのまにか落ちていた視線がそっちに向く。
顔なじみのダチが親父さんと一緒に馬車の乗っていた。もう王都だし、運送の途中だろう。
ダチの方はガキの頃から親父さんの仕事継ぐっつって毎日馬車で親父さんの仕事についていってるけど、近所以外で会うのはお互いかなり久々だ。……っつーか俺が、ダチには会っても親父さんにはあまり会いたくなかった。
軽く手を上げて返したら、直後にはすっげぇ丸い目で髪を指差された。「どうしたその髪」って言われて、そういやぁ今朝括ったばっかだと思い出す。
この間会った時はいつもの頭だったしそりゃ驚くよな。何年もあの髪だったんだ。
わざわざ馬車を停めて俺に話しかけるダチに一から百まで話すわけにもいかねぇし「纏めてみた」とだけ答えた。後頭部の束を片手で掴んでまた払う。後ろに髪が纏まってるのはまだ違和感もある。
似合ってる、そっちの方が絶対良いって褒めてくれっけど、王都の通りど真ん中で言われるから今度は気恥ずかしくなった。すると今度はダチの隣に座っていた親父さんが、御者席から身を乗り出した。
「ほんとにさっぱりしたなアーサー!そうやって見るとますますロデリックさんに似て」
「ッあ!おい親父ッばか‼︎」
笑いながら言う親父さんの口を、途中でダチが慌てて塞ぐ。
突然口を覆われてモゴモゴなにか言った親父さんは、あとちょっとで手綱を手放しかけた。ダチがこそこそと「だからアーサーには………って言っただろ!?」「何度も言わすなよ」と耳打ちで何か言って親父さんも頷いく。パッと口から手を放された途端、「だからって運転中になにすんだ」とダチが殴られたけど。
大体俺のダチはみんな髪伸ばしてた理由ぐらいはわかってくれてる。この親父さんの方は俺のツラ見る度に親父に似てるとか、騎士になんねぇのかとか新兵志願まであと何年だぞとかズカズカ言ってくるからちょっと苦手だった。悪い人じゃあねぇんだけど。
毎回ダチの方が怒るか俺に謝ってくれっけど、親父さんは何度言っても気にしないおおざっぱな人だから結局俺の方が避けるようになった。店に来てもこの人がいる時は、奥にいても呼びかけられるから畑に逃げることが多い。……けど、今は。
「あざっす」
俺の方から、笑ってみせる。
面白いぐらい今は、親父似って言葉も苦しくなくて擽ったいだけだった。歯を向けて笑っちまえば親父さんだけじゃなくダチの方まで目が丸くなった。多分また会ったらすっげぇ聞かれるんだろう。
今は親父に似てると言われることも嫌じゃない。この顔をみて、俺の望む騎士になれって言ってくれた人がいるから。
取り敢えず「じゃあ先急いでるンで」と言ってダチにまたなと手を振る。さっさと親父に届けてぇしと立ち止まった分だけ駆け出せば、地面を蹴った足まで軽かった。
王都を抜け、城へと向かう。
今度店に来たら、あの親父さんにももう一回「騎士になる」って言ってみよっかなと頭の隅で思った。
たぶん、もう何言われても傷つかない。
……
アーサー・ベレスフォード、か。
「ステイル、勉強お疲れ様。早速騎士団に行きたいのだけれど良いかしら?」
勿論です。言葉を返してプライドに並ぶ。
授業後、既に合流していたティアラと三人でプライドを挟んで歩き、移動の為の馬車へ向かいながら僕は考える。授業中にも何度も頭に過ぎったことだ。
アーサー・ベレスフォード。騎士団長の御子息である彼は、昨日無事に家に帰った。
それが今の僕には少し都合が悪い。いっそこんなことになるのなら、城内にいる間になんとか接触を図るべきだったと思う。
これから騎士団演習場へは向かうけれど、そこに彼はいない。騎士どころか新兵ですらない彼はきっと今頃一人で鍛錬でもしているのだろう。いくら騎士団長の息子とはいえ、城を訪れることもきっとない。それこそ次は入団試験の時だ。
……一番確実なのは、やはり騎士団長に紹介して貰うことだろうか。
どう言えば良いだろう。
稽古相手を探しているとでも言えば良いか。いや、それだと先ず騎士団長から断られる。僕は王族で、彼は騎士ですらない青年だ。ならば年の近い友人が欲しいと……いや、そんなの社交界を探せばいくらでもいる。
実力、といってもこれから騎士の鍛錬を始めると言っていた彼じゃ僕がいくら実力を見込んだと言っても納得されない。
騎士団長子息として今後も親交を深めたい……?いや駄目だ。プライドならともかく僕は彼と何の接点もない。騎士団にはいくらか手を貸したけど、あれはプライドが僕に望んでくれたからで僕の意思じゃない。あんな大変な時に、彼が逐一僕の存在を覚えてくれているかも怪しい。
いくら気に入った、友達になりたい、共に腕を磨きたいと言っても信じて貰える気がしない。いっそ彼が社交界にも顔を出してくれていれば、茶会でも夜会でもパーティーで接触を図れたのに。相手が貴族だったら第一王子の立場を使って接触も簡単だ。
騎士団長は……貴族だろうか。少なくとも息子である彼の風貌だけで判断すれば貴族には見えない。
騎士団長のそういった催しには招待されたこともないし、聞いたこともない。でも〝傷無しの騎士〟という異名も持つほどの功績を持った人だ。望めば爵位の一つや二つ母上から受けていてもおかしくはない。父上だって褒めていたし、騎士団長の良い評判ならまだしも悪い噂なんて聞いたこともない。
そう考えれば、むしろ現時点で貴族でない理由の方が見つからない。なら貴族は貴族でもあまり社交界には関わりたくない人なのか。だけど、貴族になって社交界との関係を完全に絶ちつつ良好を保つことは難しい筈だ。それに貴族なら余計に僕ら王族が一度も招待されていないのはおかしい。
……そういえば、いつだか式典で貴族が「是非久し振りにもう一度お伺いを」と騎士団長に言って断られていたような。
「一度だけとのお約束でしたので」と騎士団長も頑としていたし、やはり人を招くのが嫌いか何か事情でもあるのだろうか。
今まで気にしたこともなかったけれど……、まさか招待を受けていて全て父上が断っている?いや父上は騎士団長のことは気に入っている。ならばまさかあのジルベールか。
頭の中にあの卑しい薄水色の眼差しが蘇り、首を振って思考ごと振り払う。プライドとティアラに心配されたけど誤魔化した。
今はあんな奴のことを一秒でも考える暇はない。それよりも彼だ、アーサー・ベレスフォードだ。
いつになったら彼はプライドの元に来てくれるのだろう。
確か、いつかの式典で騎士団長が息子さんの年を話していたことがあった気がする。なら今は……十三か。
騎士の入団募集は十四歳から。けれど、彼が十四から受けに来てくれるかはわからない。これから騎士の鍛錬を始めると言っていたし、もっと後になるかもしれない。正直そんな何年何ヶ月も悠長に待ちたくない。もっと早く彼と知り合いたい。
騎士団長は、信頼できる。プライドに命を助けられたことを感謝してくれているのもあるけれど、何よりプライドの為に怒ってくれた人だ。ただただペコペコ平伏するだけの人だったらきっと信じられなかった。
副団長も、信頼できる。騎士団長が無事だったことを確認した時のあの涙は本物だったと思うし、あれだけ僕にもプライドにも協力的でいてくれた。崖が崩落した時だって訳がわからなくなった僕を引き止めてくれた。それにプライドを瞬間移動した後にも、僕の説得を聞いてくれた大人だ。一つ間違ったら責任を全て被らされたのに。
でも、まだ騎士団全員が完全に信頼できるかなんかわからない。騎士団長や新兵……いや自分が助けられたからって全員がそのままプライドに感謝しているかなんかわからない。
あの時の平伏や言葉だって他の騎士に合わせたとか、〝ふり〟でいくらでも感謝できる。プライドは第一王位継承者なんだから、これを機会に媚びを売ろうとした奴もいるかもしれない。
騎士団長が救われたことを喜んでも、プライドが助かったことまで喜んでくれていたかはわからない。心の底ではジルベールみたいなことを考えている可能性だってある。
だから僕は彼が欲しい。
プライドに誓ってくれた彼が欲しい。初めて僕と同じと思えた人なんだ。僕と同じ誓いを胸に宿してくれた彼じゃないと駄目だ。
他の奴らは信用できない。騎士団長や副団長すら凌ぐ誓いを宣言してくれた彼ならきっとこの先も信頼できる。彼が強くなって騎士としてプライドを守ってくれたらこれ以上心強いことはない。誓いの重みも強さも僕は知っている。
そう考えれば、やっぱり直談判しかない。
今日このまま騎士団長に会いに行くならそこで少し話してみよう。先ずは一度会わせて貰うだけでも良い。奇襲事件の話について作戦会議室にいた彼にも確認を取りたいことがあるとか、それらしい理由を作ろう。最初は親交を深める目的じゃなくても良い、とにかく彼に会いたい。
いつか、絶対彼は騎士になる。その前に新兵だ。
けれど待てない。一年や二年だって待てない。僕より強いプライドがここにいるんだから、一秒でも早く彼には強くなって騎士になって貰いたい。
プライドをあれだけ慕い誓ってくれた彼が、プライドの一番近い騎士になって欲しい。その為には早く本隊騎士になって隊長格になって貰わないと。
本隊騎士でも、有事に単独で王族の護衛を任されるのは隊長格が多い。隊長格なら最優秀騎士に選ばれたら式典でもプライドを守ってくれる!そうでなくでも騎士隊長になってくれれば、その頃には僕かプライドで護衛する隊を希望できるかもしれない。アーサーがいる隊を指名すればそれで良い。
他の騎士隊なんて信用できない。少しでも多く、長くプライドの傍に居て貰う為には新兵なんかで足止めを食わせるわけにはいかない。早く新兵に、騎士になって僕よりもプライドよりも強くなって彼女を守って欲しい。
もっと早く、もっと彼女の近くにアーサーが欲しい。
「突然の訪問申し訳ありません。今日はロデリック騎士団長にお返ししたいものがありまして」
大事なプライドを僕らで護る為に。
〝を〟




