表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
勝手少女と学友生活

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

205/1000

Ⅱ144.騎士隊長は語り、


「お疲れ様ですアラン隊長」


よっ!と。背後から掛けられた声に返したアランは、顔だけで振り返る。

そこにいた人物に、もう騎士団の演習は終わったんだなと時計を持たないアランは理解した。プライドの近衛任務後、騎士団で演習に加わっていた筈の彼がここにいるのだから。

呼吸を整え周囲を見回せば、始めた時は日が暮れかけていた程度だった空も今は真っ暗だった。予め灯していた複数の明かりだけがボワリと彼とその周囲の視界を照らしてくれている。

訪れた彼がどんな用事で自分の元に来たのかはおおよそ見当が付いたアランは軽く「どうした?」と続きを促した。そのまま再び腕を動かすのを再開させる。


「お前も今から鍛錬か?アーサー」

「いえ、……その」

騎士団演習場内の鍛錬所である一角。

演習以外で鍛錬を自主的に臨みたい騎士。そして非番や謹慎などで演習に加われない騎士が鍛錬を行う為に設けられた演習所の一つでもある。そこで一人淡々と鍛錬を行っていたアランは、地に片手を付いたまま身体を浮かせていた。

逆立ち状態で且つ片手での腕立て伏せを繰り返す彼は、上半身に何も纏っていない。軽い口調に反し、ポタポタと滴る汗が服に吸われることなく地面へ落ちていく。

相手がアーサー一人だとわかれば、そのまま中断させることなく腕立て伏せを続ける彼は回数を数え忘れたことを思い出し、そのまま残りも気にせずに自分の満足するところまで継続することに決めた。


「もう終わったンすか?ファーナム家の壁の塗り替え」

「おう!非番の連中が結構集まってくれてさー、お陰でファーナム姉弟が帰ってきてからでも暮れる前には全部終えたよ」

いやー助かった助かった、と言いながら明るく笑うアランに彼は「流石です」と一言返す。それだけの人数を一言で集められるアランの人望に心から尊敬の意を示した。逆立ちしながら笑うその頬や首にはまだ拭っていないペンキの跡がべったり残っている。

賛辞を受けアランは苦笑気味に「八番隊はやっぱ来なかったけどな」と冗談交じりに言った。嫌味ではなく、ただ単純にアーサーの予想が当たったことが面白かったという彼の言葉に、それでもアーサーは肩を強ばらせながら「申しわけありません!!」と勢いよく頭を下げた。

いやいや、と笑いながら返すアランは、今日がハリソンも非番だったらアーサーのひと声で確実に手伝ったんだろうなと小さく思う。

もともと任務ではなければ命令でもないそれに騎士団が集まる必要などない。アラン自身、八番隊の騎士とは飲んだことも殆どない。八番隊に所属する前の新兵の頃から、大概彼らは飲みの誘いを断るタイプの人間ばかりだった。その中で唯一、軽く声を掛けただけで「是非!!」と目を輝かせてついてきてくれた当時のアーサーを思い出せば、本当に彼が八番隊を選んだ時は驚いたなぁと思う。未だにアーサーがどうして八番隊を選んだのかアランは知らない。


「昨晩のアレで充分見違えてたけどさー、やっぱ塗り替えると変わるよな。今度見に行ってみろよ、新築みてぇになったから」

顔だけを向けてニッと笑うアランにアーサーもゆっくり頭を上げた。

その途端「はい!」と元気よく返すアーサーにアランは機嫌良くファーナム家での流れを話す。まだ自分が使っている鍛錬所には誰もいないことだけ確認し、腕立てを続けながらもその口調は縁側で語るかのように伸びやかだった。

非番の騎士達を連れ、買い漁った色とりどりのペンキを手にアランは家の前で待ちかねた。ファーナム姉弟もそれを確認した途端、……双子が最初に駆け出した。急ごうとする姉に「無理しないで!」と声を掛け、一足早くに待たせてしまっていたアランへと挨拶へ急いだ。

「お待たせしてすみません!!」と声を揃えるファーナム兄弟にアランは明るく笑い掛けると、カラムが彼らに伝えた伝言通りの旨を知らせた。アランの背後にいる屈強な男達に最初こそビクビクと視線を配ったディオス達だが、誤解を防ぐようにアランが「ああ、こいつらも騎士だから」と親指で背後を指せば、また双子の頭が風を切る勢いで下がった。

騎士一人でも畏れ多いにもかかわらず、十人近い騎士がそこに並んでいれば怖じけるのは当然だった。しかもアランを含め全員が非番のこともあり、ペンキで汚れても良い軽装備な私服で現れたから余計に警戒してしまった。誰もが屈強な身体つきの為、騎士の団服がなければ別の組織に間違われかねないほどに目立っていた。

早速ペンキを変えようぜと促すアランに、クロイは「いえ悪いですし」と断ったが、既に大量のペンキを用意していたアランの王手だった。「大安売りに調子乗ってこんな買って来ちまったし」と笑いながら指させば、ここまでの厚意を断る事の方が失礼にあたってしまうと彼らが折れた。


「屋根と壁とどんな色が良いかって聞いたらさー、悩んでいる間に姉貴の方が「ピンクの壁が」とか言って。その途端すげぇ双子が慌てだしたらその慌て方も一緒だからおもしろかったよ」

ははっ、と思い出し笑いを浮かべるアランはその間も余念がない。既にアーサーと話し始めてから反対の腕と同数は腕立てを終えているにも関わらず断行した。

最終的に家は屋根を緑、壁を灰色で統一することで落ち着いたと話せばアーサーもほっと息を吐いた。女性であるプライドやティアラならピンクの壁も良いと思うが、男性であるアーサーには家の壁が可愛らしい色で統一されるのを防げたことは良かったと思う。

ディオスとクロイが「姉さんと母さんの目の色と一緒だし!!」と既に以前から考えていた色を提案すれば、ヘレネも「じゃあ屋根はお父さんとディオスちゃんとクロイちゃんと同じ目の色にしましょうね」とすぐに快諾した。結果として汚れも目立ちにくく落ち着いた色合いの家が決定したことに、話を聞いていた騎士達も胸中だけで安堵した。

そして早速作業にかかれば、騎士十人の作業量は専門の業者に引けを取らなかった。身軽な上に連携の取れた彼らは広範囲の壁を次々と明るい灰色で塗りつぶし、中には脚立すら使わず特殊能力で塗り上げた騎士もいた。

何か手伝うことはっ……と、ペンキの臭いに酔わない内にヘレネを家の中に避難させた二人にできることは、ペンキのバケツを騎士達の近くに運び続けることくらいだった。


「ついでに家の家具とかの移動も手伝ってあとコーディが井戸の汲み上げも仕上げてくれたからもう完璧に使えるぜ」

ペンキで汚れる前に二人の騎士がヘレネ達の希望通りに家具を運び、移動させた。

無駄なく荷物でいっぱいになる物置部屋もあれば逆にそれ以外が綺麗に空き部屋になり、中にはこれから使用用途専用の部屋になる部屋もできた。

荷ほどきこそファーナム姉弟の仕事だが、三人では運ぶのに時間がかかる荷物や大型家具を騎士は余裕で持ち運んだ。ベッドの位置も雨漏りを避ける為だけに配置されていた物も多かった為、無駄なく配置され直しただけでも部屋のイメージは大きく変わり、風通しも良くなった。


「あ、コーディさん水の特殊能力者ですもんね」

コーディ、という騎士の名にアーサーも納得したように頷く。

水系統の特殊能力自体は珍しくない。そしてコーディの特殊能力は水自体を操る特殊能力だ。セフェクのように水を生み出すことはできないが、代わりに操ることのできるその能力は戦闘でも役立つだけではなく井戸の汲み上げでも大いに活躍した。

何度も汲み上げ作業を行わなくても、井戸の底へ縄を使って降下した彼の能力で一定距離以上水面に近付けばあとは特殊能力で勝手に泥水が吹き上がった。噴水のように吹き上げた泥水が次第に透明化していくまでに時間もかからなかった。

日が暮れる前には屋根も壁も塗り終わり、家具もすべき配置を終え、井戸も蘇った彼らの家はアランの言うとおり新築同然だった。見た目だけでもこの一日で大きく変わった彼らの家に、近所の住民が何人も見上げては口を開けた。昨日までは廃屋同然だった家が新築にリフォームされていれば記憶すら疑いたくなった。


「誘った連中も皆結構楽しんでたし、終わった後はファーナム姉弟もすげぇ感謝してくれたし良い休日だったよ」

ありがとうございました!!と三人で声を合わせて頭を下げられた。何かお礼をと少ない金を手に詰め寄る彼らに「セドリック様を宜しくな」と言えば、期待通りの返事が返ってきた。

前日にセドリックがプライドへ彼らを極秘視察後も個人的に雇いたいと許可を望んだことを知っていたアランは、彼らがセドリックにどんな返事をしたかも予想はできていた。

アランの目からみても間違いなくディオスもクロイもセドリックを慕っていたのだから。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ