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フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
勝手少女と学友生活

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そして捕まえる。


二階の安全を確認し、三階へと上がる。


やはり教室は落ち着いたものだった。

特に先日、校内で女生徒を連れ込み退学処分を受けた高等部生徒の噂が広まってからは特に振り返る者が増えていた。一部の危険不良生徒や銀髪中等部生徒により不良生徒が次々と返り討ちに遭ったこともあるが、特待生という制度から徒らに不毛行為を行うよりも勉学に従事して来期の特待生を狙う方が効率的だと考える者も増えた。

特別教室に居る王弟の〝友人〟が特待生になった、今朝からはその特待生が将来城で働くことを打診されたと噂も広まり始めた今では、たった一年から三年しか学校に所属できない高等部の生徒もより勉学に打ち込むことが増えた。自分達も特待生にさえなれば、彼らと同じように誘いを受けることができるかもしれないと希望を抱く。


─ 一限目を終えたら一度ファーナム姉弟に会わなければ。


そして二限の準備を、と。カラムは見回りを終え四階へに上がりながら今日の予定を振り返る。

昨晩、アランが話していたファーナム家の塗り替え作業。そしてジャンヌ達についての口止めについて伝達するのも今日の大事な仕事である。何も知らず家へ帰った途端、殆ど見ず知らずの屈強な男達が集まっていては事情を話す前に驚いて逃げられかねない。下手をすれば衛兵を呼ばれる可能性すらある。


既に今朝、休息日のアランが他の騎士達に王弟絡みで知り合った少年達の家壁塗り替えを手伝って欲しいと声を掛けていた。

休息日を受けていた騎士の内、軽く声を掛けただけで十人近くが快諾したのをカラムは確認している。偶然暇を持てあましていただけでなく気の良い騎士ばかりなのもあるが、それ以上にアランの人徳も大きいとカラムは思う。中には直接頼まれていないのに自分から名乗りを出た騎士もいるのだから。

実際は視野も広く面倒見の良いカラムの方がアラン以上に大勢から慕われているのだが、自分から頼み事をする、声を掛ける、誘うという面では圧倒的にアランが強い。

新兵から後輩、先輩、部下、同期関係なく気軽に誘い、毎晩のように自分の部屋へ連れ込み飲み会を開く彼はプライベートでも騎士達との関わりが多い。

あの面々ならば半日もかからず塗り替え作業が終わるだろうと、カラムは見当付けながら四階の見回りを終えて五階へ上がる。セドリックも所属する特別教室以外、今の時間は使われる教室もない一番人口の少ない階で



ガタンッガタッ。



「!……」

特別教室とは違う方向から、物音が聞こえた。

音量からすれば物が落ちた程度のものだ。暴力行為ともおお事とも思えない音だが、誰もいない筈の教室で発生したこと自体がおかしい。

意識を切り替えたカラムは、気配を消して音源地を探る。端から端まで確認しても良いが、場合によっては逃げられる可能性もある。資料室もあるそこでは泥棒の可能性も大いにあり、また貴族などの上級階級の人間が集まっているそこで身を潜めているのならば内部であれ外部であれ何かしら事件性の可能性も高い。

一歩、また一歩と足音を消し気配を探る。音は特別教室よりも階段に近い教室からだった。生徒の教室と異なり窓のないその扉は覗くこともできない。注意を払い背中を貼り付け、首の角度を変えるだけで内部の気配に意識を集中させる。

自分の呼吸音すら殺して待てば、また少ししてすぐにコトンと物音が奥から零れてきた。その瞬間、扉に添えていた手を掛けて見れば簡単にドアノブを捻られた。

鍵が掛かっていなかったことに、壊す必要もなくなったと安堵しながらカラムは素早く扉を開け放つ。扉の金具音以外、殆ど無音で開かれた扉の向こうには


「…………えっ。あ?!やべ!!!!」


ビクッッ!!と、カラムの登場に二拍ほど遅れて肩を上下させた少年が座っていた。

気配も音も最小限に消したカラムに、入ってこられてもすぐには気づけなかった少年は暢気に崩していた状態から足を立てる。一足早く実力行使にも出れたカラムだが、少年の様子にすぐには動かなかった。


資料室に居たのは少年ただ一人。

しかもプライドの時のように誰かを捕らえたり監禁している様子でもなければ、仲間もいない。そして少年本人も寛いでいる様子でそこに座っていた。ゴーグルを目にがちゃがちゃと手元を弄っていたが、学校の備品ではない。

少なくとも空き教室を勝手に使っていたこと以外の余罪は、鍵の閉め忘れではなかった場合にこの少年が鍵をピッキングをしたか、もしくは鍵を職員室から盗み出したかくらいだ。そして、学校としての問題行動として言えば


「君。そこで何をしている。今は授業中だ。見たところ初等部か中等部の生徒か……名前は?」

授業中のさぼり行為。

恐らく教師が話していた授業中行方不明の生徒かと思いながら、カラムは呼びかける。よりにもよって教師ではなく騎士が目の前に現れたことに怖じける少年、は引き攣った口を最初は閉ざした。

丸く見開いた目をカラムから逸らせないまま、先ほどまで動かしていた手を感覚だけを頼りに動かし床に広げていた私物をリュックに纏め出す。ガチャガチャと嫌でも音がなる中、カラムが「それは何だ」ととうとう後ろ手で扉を閉めて入ってくれば少年の顔から汗がしたたり落ちた。拍動が早まる中、時間を稼ごうと「あー、これは、そのーえーーとー」と無駄に言葉を紡ぐ。

見せてくれ、と本当に彼の私物か学校の備品か確かめようとカラムが早足で少年に歩み寄れば



閃光が、弾けた。



無音、さらには突然に。

突然視界が白に塗りつぶされたカラムは思わず息を止めて目を瞑った。爆破かと思い身構えたが、光以上のものはない。

二年前の防衛戦で聞いたアネモネ王国の閃光弾を彷彿とさせるその光量だ。一体どこで流通もしていないそれを手に入れたのかと過ぎったが、同時にピンを抜いた音がしなかったことも気になった。

待て、何を、と視界を塞がれたまま口を動かせば、その間にガチャガチャガチャンッッ!!と先ほど少年が手元に寄せていた物らしき音が激しく聞こえ出す。まさか撃たれるのかと神経を研ぎ澄ますが、やはり発砲音はしない。

それどころか光が溢れている間に自分へ何もしようとしてこない目の前の気配は、扉がある自分の方へではなくガチャガチャという音ごと窓の方向へと遠のいている。

光の中動ける少年に、目のゴーグルはこの為かと思いながらカラムは追いかける。

目を閉じたまま気配だけを追って少年の位置を定める彼は、閃光弾程度で標的を逃がさない。臆すことなく少年の気配へと駆け込めば、動いたことが予想外だった少年の方から「げぇ?!」と悲鳴に近い声が上げられた。

おかしい、この先は確か、と。視界を潰される前に教室の配置を思い出すカラムは、その声から距離感も掴み手を伸ばす。

ガシッ!と指先が触れた瞬間に掴めば、少年の細い二の腕を確保することができた。途端に「痛ッ‼︎」と大して強く握ったわけでもないのに大袈裟に呻く。直後には、離せよ!なんで動けてっ……と混乱気味に声を上げる。

掴まれた腕をふりほどこうとする少年に、離すまいとカラムも緩めない。段々と閉じたままの目が視界を取り戻してきたことを自覚しながら、少年を掴んだのと反対の手を目の前の壁に付いた。

思った通りそこに壁があったことに、カラムは新たな疑問が頭に浮かぶ。


「騎士が生徒に手ぇ出して良いのかよ?!ふんぞり返って歩くだけの能無し衛兵と変わんねぇくせに!俺は生徒でお前は騎士だろ騎士は城に帰れ!!!!」

「生徒ならば何故授業にも出ず、こんなとこに潜んでいた?先ずはそこから説明して貰おう。それに君は今一体何を……」

身体を捻らせ暴れる少年を、片手一本で引き留める。

暴言にも冷静に返しながら、カラムの視界が少しずつ鮮明になっていく。

目の前の景色にカラムはやはりそうだったと納得した。

頬を風を擦れていった時に確信はしていたが、やっと少年の顔がわかるくらいにはぼやけた視界が正常に戻った。同時に疑問がまた浮かぶ。

捕まえた少年が逃げようとしていたのは扉ではなく、教室の窓だった。しかも自分が腕を掴んだ時には既に窓枠へ足をかけていた。

扉側に騎士がいた以上、窓から逃走自体はおかしくない。だが、ここは一階ではなく最上階の五階だ。

ここから飛び降りて無事で済むのは一般人は疎か騎士隊長であるカラムすら難しい。彼の知る限り、この高さで無事で済むのは特殊能力を抜けばプライドかアーサーくらいのものである。

まさかここが五階であることを忘れていたのか、それにしては引き留めた今も離せと騒いでいる。様子から考えても自殺の意思は感じられない。

だとすればどうやってここから逃げようとしたのか。もしや逃走用の縄でも用意していたのかと明瞭になった視界でカラムは二度の瞬きの後に確かめ、……目を疑った。


「………………は?」

思わず間の抜けた声が漏れてしまう。

はっきりと戻った視界の先には先ほどの少年がいる。窓から身を投げようとしていた彼は、尖らせた目で自分を睨む。

容量以上に膨らんだリュックを背負い、本人の人相の印象すら上塗るゴーグルを掛けた少年が掴まれた方と反対の手に握っていたのは













傘だった。













雨の日でもないのに大きく開かれた、それに。

ぎゃいぎゃいと歯を剥き離せよと喚きながら身投げを試みようとする少年の暴言よりも先ず、彼が知識不足か正気かを疑いカラムは言葉も出なかった。


Ⅱ35.114-外

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