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フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
崩壊少女と学校

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II15.崩壊少女は戸惑う。


「よし、全員揃っているな。本格的な授業は明日から始まるので今日は全学年三限までとなります。取り敢えず出欠の前に学校について最初から説明をします。昨日聞いた者も改めて聞くように」


簡単な学校の仕組みや規則を規定通りに説明した男性教師が、段取りよく朝礼を進めていく。昨日は学校内の入学手続きや一日の流れ、各施設見学が主だったけれど、初日の今日は具体的な授業内容や学校生活の為の必要事項が主だ。

最初に学校の規則説明の際に「基本的に鍵のかかった場所には入らないように」と、今朝の屋上侵入事件を示唆して苦々しく教師が話した。さっき窓からヴァルに思いっきり叫んでいたロバート・ハルツ先生こそ、今私たちの目の前で朝礼を進めてくれている担任である。

教師も全員がそれなりの経歴か実力がある、且つあのジルベール宰相の眼鏡に叶う方々だった為、子ども相手に乱暴な言葉遣いも横柄な態度もしない良い先生だ。なんか前世だったら誕生日に毎回担任生徒にお祝いしてもらえそうな気がする。そうしてロバート先生が学校についての説明を語り、生徒が全員興味津々でその話を聞く中で私は



見事にわけがわからなくなっていた。



パウエル。

もう、その名前を聞いた瞬間に心臓が口から飛び出すんじゃないかと思った。

彼は、第二作目ではなく第三作目の隠しキャラだ。全員のルートをクリアして初めてプレイできる、第一作目で言えばジルベール宰相のポジション。何故彼が第二作目の舞台であるこの学校にいるのかすら整理がつかない。

彼はゲームでも我が国の民ではあるし、適正年齢ならば確かにいてもおかしくはない。第三作目の攻略対象者で唯一庶民の学校にいてもおかしくない身分でもある!

ゲームで知る彼より明らかに若いし、本来ならさっきの時に彼の学年か年齢を確かめれば良かった。……知れたところで、彼はファンブックや限定生産特典資料ですら第三作目で唯一〝年齢不詳〟だったから、ゲームスタートの何年前かわからないけれど。

なんかもう年齢を置いても、外見というか格好というか風貌があまりにもゲームと違いすぎるし、彼の恩人であるステイルを押し退けて初対面の私が図々しく過去の事情について聞けるわけもないけれど、本音を言えばものすごく質問責めにしたくて仕方がなかった。第三作目であんな境遇だった彼が、今どうしてこうしているのかとか聞きたいし現状が知りたい。それに何より第二作目と第三作目の雲泥の違い!それは私が第三作目の




超絶大ファンだということだ。




正確には前世の私が、だけれど。

私だけではない。キミヒカに第三作目から嵌ったファンは多い。なにせ、キミヒカシリーズで当時初めてアニメ化したシリーズなのだから。

私もアニメを見て嵌り、そこから原作のゲームに嵌り、そして全シリーズを網羅した。けれど、やっぱり私にとって一番最高に嵌ったのは第三作目だ。三作目だけが何度も繰り返しプレイしている。アニメで嵌った所為で一気に登場人物全員好きになってしまって、何度やっても誰のルートをやっても飽きなかった。キミヒカ全シリーズで、もう第三作目全員が私の推しキャラといっても過言ではない。そして隠しキャラであるパウエルも、例に漏れず大好きなキャラの一人である。

正直、もう覚悟はしていた。

第二作目が私が学校制度で作ったプラデストと被っていることから判断すれば、第三作目だってIFではなくてもしかして、と。……他シリーズの辻褄としてはやっぱり色々おかしいけれど。

だけどまさか第三作目の登場人物と学校で会うことになるなんて予想もしなかった。完全な不意打ちだ。


パウエル。

キミヒカの第三作目の隠しキャラ。年齢は不詳だけど、第三作目攻略対象者としては最年長ということは確か。

特殊能力者で不遇な境遇だった彼はゲームでは本当に酷い状態だった。だからこそ彼を幸せにしたいが為に何回も彼のルートだってやったのだけれど!

嵌ったきっかけのアニメだと、いい感じに全員が主人公のお陰でまぁまぁ幸せになってのハーレムエンドだけれど、キミヒカのゲームにはハーレムエンドが無い。誰か一人のハッピーエンドかバッドエンドの二局のみ。

お陰で当時の私は、それはもうパウエルの幸せエンドが何度でも見たくて他の攻略対象者同様に暗記レベルでやりまくった。

その彼が目の前で歩いて動いて話していただけでも心臓にものすっごく悪い。しかも!しかも‼︎見るだけでゲームよりずっとすっごく幸せそうな境遇にいるみたいだし‼︎‼︎ちゃんとした服着て顔を隠してもいなくて言葉もちゃんとスラスラ話してくれて傷もなくて首輪も鎖も枷もしていない‼︎‼︎

もう、本当に本当に嬉しい。

ここが教室じゃなくて自室のベッドだったら喜びでバタバタ転がっていたかもしれない。少なくともパウエルがあのゲームスタートから既に免れているのだということが嬉しくて仕方がない。

しかもステイルと四年前からの知り合い。まさかあの時の奴隷被害者が彼だなんて思いもしなかった。第一、ステイルは彼のことをずっと〝光の特殊能力者〟だなんて言っていたんだもの。

彼は光の特殊能力者ではなく、電気の特殊能力者だ。

ゲームではちゃんと登場人物全員がそう呼んでいた。しかもかなり強力な電気を発生させるから、他にも色々な要素があったことも手伝ってゲームではかなりの危険人物扱いだった。もしかしてアーサーの時みたいに、彼もまだ自分の本当の特殊能力を知らないのかもしれない。確かに電気も光も見るだけならピカピカして一緒だしそれに、………………、……あれ?


「電気……」

口の中だけで私は呟く。

顔をうつ向けたまま、教師の言葉が耳から耳へ通り過ぎる。心臓がまたバクバク収縮して額が冷や汗でじわりと湿る。両肩から指先まで金縛りにあったみたいに固まって、頭だけが演算処理みたいに凄まじい速さで過剰労働を強いられている。頭の中で目の前の現実世界と、前世のキミヒカ第三作目の設定や世界観を思い出す。……やっぱり、おかしい。








この世界に〝電気〟なんて無い。








雷はさておき、電化製品を使うほどの科学は少なくとも我が国と周辺諸国にはまだない。

ランプや灯りやシャンデリアも火だし、乗り物は馬車。騎士団が使っているバイクも原動力は石油でも電気でもなく特殊能力だ。武器も全て火薬を使うものばかりだし、電話どころかポケベルもトランシーバーも電報もない。貿易最大手国のアネモネ王国すら電化製品は一つも取り扱っていない。

そりゃあ頭の良いステイルだってパウエルの特殊能力を〝光〟としか言いようがない!彼もまた電気というものを知らないのだから‼︎……というか、今こうして発覚するとパウエルを逃した後のステイルって結構まずい状況だったんじゃ。

当時、本人は気を失ってしまったとしか言ってなかったけれど、確か地下で光の特殊能力者が何度もピカピカして目が眩んだとか言ってたし、しかも至る所にステイルは火傷もしていた。裏稼業からの爆破に巻き込まれてのものだと思っていたけれど、もしかしてパウエルの電気で火傷していたんじゃ⁈光ならある程度は眩しかったね程度で済むかもしれないけれど、密室で放電していたとしたら状況が全く変わる。

地下の密室で火傷するレベルで発電なんてされたら酸素が薄くなって酸欠を起こすに決まってる!ここまでくるとステイルが倒れた後に裏稼業の人間に一時的でも捕まって良かったかもしれない。地下から引き上げられずに酸素が薄い場所で長時間放置されていたらそれこそ命に関わっていた‼︎

ステイルもまさか電気で酸欠なんて思ってもみなかったから、気を失うまで無茶なんてしたのだろう。知らないって本当に怖い。


「電気……電流……電力……」

ぶつぶつと前世の記憶から、電気の恐ろしさを思い出す。

謎の言葉をぶつぶつと口の中で呟き続ける私は絶対不審者だ。何を話しているかまでは聞こえないだろうけれど、私の怪しい言動が不気味なのか両隣からステイルとアーサーが教師に聞こえないように潜めた声で私を呼んだ。うっかり口から漏れたら気が狂ったとでも思われそうだ。

慌てて顔を上げ、首を左右に振って大丈夫よと示す。纏めた髪から零れた数本を耳にかけ、姿勢を正して教師の言葉に集中している振りをする。

とにかく、問題は第三作目の相互性だ。この世界が他のキミヒカのシリーズとも繋がっているというのなら、これだっておかしい。第三作目ではパウエルが特殊能力を使っていた以外でも電気の概念や電球ぐらいはあった。全部の灯りが電球だったかどうかわからないけれど、パウエルが電球を破裂させる場面もあったし、やっぱり確実に電力を知った世界だ。

他のシリーズはどうだっただろうと考えてみたけれど、……やっぱり三作目以外はそんな細かいところまで思い出せない。大体、全てパラレルストーリーで繋がっていないと思っていたから、そんな細かい関連性なんて考えなかった。

雰囲気やテーマがキミヒカっぽかったら文明開化の一つや二つ気にしないし、正直もし気付いた人がいても普通に〝製作陣都合〟もしくは〝新シリーズ設定〟としか思わない。

文明開化とか科学の進歩なんて恋愛ゲームを楽しむ側からすればわりとどうでも良いし、どっかのシリーズで文明開化っぽいのもあった気はするけれどアレまで現実と繋がっているかもう自信がない。いやでもやっぱり私が知る限りの全作同じ世界軸に詰め込むのって無理がある気がするしそうなると時間軸とかティペットも含めて他にどのシリーズが


「……ーズ……、…………ジャンヌ・バーナーズ?……居ませんか⁇」


「っ、ジャンヌ!呼ばれてますよ!ジャンヌ‼︎」

教師の呼びかけに、隣に座っていたステイルが声を潜めて小さく私を肘で突く。

「はい⁈」と変な裏声が反射的に出てしまう。突然の声に肩が上下して、教師に向けたまま固まっていた視点を何度も瞬きをして焦点を合わせた。

見れば、ロバート先生が困ったような顔で私を見ている。どうやら出欠を確認していたのを私が無視していたらしい。すみません、と慌てて小さく頭を下げると「明日からも出欠確認は毎朝あるぞ」とやんわり窘められた。

学校初日ということもあってか、あまり怒られなかったけれど、また悪目立ちした気がして凄く恥ずかしい。もう着席した時から既に教室中の注目を受けていたのに。

教師が来る前から、教室中の男女が揃って私達に目を向けていた。男女問わずみんなこっちを見ては顔が赤かったし、きっと高等部生徒に怒鳴った私が、彼らの同年代として恥ずかしいものだったのだろうと思う。実際は十九歳だから更に恥ずかしいのだけれど。

まぁ、ステイルとアーサーには少なくとも女子は黄色い悲鳴を上げていたから、そっちの意味で注目を浴びたのもあるかもしれない。男子は私のやらかしか、もしくは女子の視線を奪ったステイルとアーサーに対して嫉妬か。

もう最悪の学校デビューをしたのに、更に出欠でもやらかすとか恥ずかし過ぎる。


顔に熱が上がるのを感じながら肩を狭めて視線を落とすと、続けてアーサーの名前が呼ばれた。順番的にステイルも既に呼ばれたのだろうけど、全く気付かなかった。

このままだと変わり者扱いで友達が一人もできないじゃないかと妙に気が重くなる。別に友達作ることが目的ではないし、大事なのは悲劇を食い止めることなのだけれど。アーサーが「大丈夫すか?」と覗き込んでくれるけれど、逆に恥ずかしくなって両手で顔を覆ってしまう。十九歳で唯一の学校経験者なのに‼︎それが一番だめだめって恥ずかし過ぎる!


「ちょっと……パウエルの事が気になっちゃって」

ごめんなさい、と謝りながら一度思考を止め、素直に答える。

ここでまた大丈夫で黙したら、きっとまた心配や誤解を招くもの。

両手を顔で覆ったままくぐもった声でそう答えると、一瞬左右からピンと張り詰めた空気が流れた気がした。恐る恐る顔を上げると、今度はステイルが真剣な表情で「それは予知ですか……⁈それとも……」と潜めて尋ねてくれる。何というか当たらずとも遠からずな気はするけれど、折角ステイルが再会できたお友達に変な容疑はかけたくない。取り敢えず「そんなのじゃないわ」と返してから、ステイルとアーサーに顔を合わせて笑ってみせた。


「あとで話すから。今は先生の話を聞きましょう」

これ以上お喋りをすると、ヴァルに続いて問題児認定されてしまう。

そう思って二人に断れば、あとで話すということで許して貰えたらしく、無言で頷いた後は口元だけで笑みを返された。そのまま出欠確認を続ける教師へ視線を向ける二人に倣い、私も今度こそロバート先生の言葉に集中する。

出欠確認はどうやら名前順ではなく、入学手続き順らしい。私達三人もジルベール宰相が上手く目立たないようにか、呼び順もクラスで真ん中の位置に配置してくれていた。こういう人を人の中に隠すのは流石ジルベール宰相だなと思う。


「メルヴィン・アルダーソン。……マクシミリアン。……ミッキー」

下級層と中級層が混ざってるから、名前だけの子と苗字も入っている子でバラバラだ。

下級層でも自分の苗字を持っている子はいるけれど、昔から親がいない子や家族代々下級層だったりすると名前がないのも珍しくはない。


「セレスト・ディズリー。……ボブ・()()()()()。」

ピクッッ‼︎と、とある一単語に両隣の二人が肩を揺らして反応した。

視線がグルンッと教師から、出欠確認に返事をした男の子に向けられる。私も二人に釣られるように振り返るけれど、勿論そこにいるのは同じ〝ネペンテス〟ではあっても、あのアダムではない。

若干薄く殺気まで放ち出す二人を私は腕を伸ばし、そっと背中を摩る。二人に睨まれてしまったボブが視線の熱に気付いてしまい、二人に目を向けた瞬間に椅子が音を立てるほどに跳ねて怯えていた。……ごめんなさいボブ。

二人もすぐに落ち着いたように顔を先生の方へ向けてくれたけれど、明らかな過剰反応に、先生も名前を呼びながらこちらへ目を丸くしていた。何かもう私達三人ともがっつり浮きそうだ。

ネペンテスはもともと我が大陸ではよくある苗字だ。きっとボブ以外にも学校内にネペンテスの名前の子どもは何人もいる。その度に二人が殺気を向けないように私も注意をしないと




()()()()()・エフロン」




はい。と、しっかりと意思を込めた声がした。

その途端、私は返事をした最前列の女の子に目が刺さる。自分の息を飲む音が二重になって聞こえた気がした。

教師へ向かい、背筋を伸ばして最前列に座っている女の子の後ろ姿に何となく覚えがある。何より今の名前はどう考えても間違いない。


「アムッ……エフ……⁈」


私ではない声が、彼女の名前を呼んだ。

振り向けば、隣に座っていたステイルが頭を抱えて机に突っ伏している。まるで頭痛でもするかのようにピクピクと抱える指先まで震わす彼は、どうみても平常心ではない。

アーサーがステイルの変化に驚いたように声を掛ける。どうした?と尋ねるアーサーに、ステイルは勢いよく「しっ‼︎」と人差し指を唇に当てて睨んだ。顔を上げたその顔色は若干悪い。更には頭を抱えるのをやめた後も隠れるように姿勢を低くしている。いつも綺麗な姿勢の彼が、今は居眠り中のように前方に座る生徒の陰に隠れていた。

何故、ステイルまで動揺しているのかはわからない。ただ、確かなことは




()()()()()()()が、私達と同じクラスだったということだけだ。




眼鏡の黒縁を押さえつけて小さくなるステイルと、首を傾げるアーサー。そしてパウエルに続いての第二作目主人公登場に頭がショート寸前の私は、こうしてドキドキワクワクヒヤヒヤの学校生活が決定した。


98-2

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