表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
我儘王女と準備
2/1000

Ⅱ1.宰相は隠す。


「そうですか……。やはり、死体は見つかりませんでしたか」


……ここ、は……?


騎士団と衛兵による報告書書を確認しながら、息を吐く。

もう慣れた筈のこの身体に、未だ違和感が拭えない。書類を持ちながら、視力も問題ないというのに癖で文字を追う為に顔を近付けてしまう。

申し訳ありません、という衛兵の声を聞きながら私は彼らに応えた。


「まぁ、あの崩壊では無理もありません。……瓦礫の撤去作業だけで二ヶ月以上掛かりましたから」

崩壊……?瓦礫……何のことだ。確か、あの塔の撤去作業ならばもうとっくにー……。これは……皇太子の話か……?


「引き続き、女王の死体捜索をお願いします。可能ならば、頭蓋一つでも残っていれば民への示しにもなるのですが」

女王……⁈ローザ様の……⁈

何故、ローザ様が、一体これはどうなって




「ジルッ!……あ、ジルベール宰相っ!私に何かお手伝いできることはありませんかっ?」




……ティアラ様。

この国の、救世主。嗚呼……そうだ、今私はこの御方の為に。


「〝ジル〟でも構いませんよティアラ様。ですが、民の前でだけはお気をつけ下さい」

「その通りだティアラ。女王としてお前はもう少し自覚を持て」

書類を机の上に下ろし、報告に来た衛兵を下がらせる。

二ヶ月ほど前、女王に即位されたティアラ様と共に摂政であるステイル様が続いて来られる。

民に女王として認められたティアラ様は、今は急ぎ女王として必要な勉学に励まれていた。そして合間にはこうして宰相である私の元に足を運んで下さる。

私のような大罪人にも変わらず陽の光のような笑顔を向けてくださる。……本当にお優しい御方だ。彼女がいなければ、私は未だに老人か子どもかどちらかの姿しか保つこともできずにいただろう。

ごめんなさい、と謝りながら彼女は前に出る。部屋を見回し、昨日より書類が増えていることを確認すると「書類の片付けをお手伝いしますっ」と張り切りだした。


「ティアラ、以前にも言っただろう。それは女王の仕事ではない。暫くは公務も俺とジルベール宰相に任せて、お前は女王としての勉学に励むんだ。」

兄として、そしてティアラ様の補佐として厳しく嗜めるステイル様だがその顔は以前と比べ物にならないほど生気に満ちていた。

時折ティアラ様の前だけではあるが、笑顔を見せて下さることもある。以前のあの方では信じられない変貌だ。女王の身から解放されたという事実が彼にやっと本当の意味での安らぎをあたえてくれているのだろう。……いや、やはりそれ以上にティアラ様だ。

この御方が私だけではなく、ステイル様の御心も救って下さったのだろう。女王が消えてからか、それとも私が知らぬほど遥か前からか。人形のように無表情の多い彼が、ティアラ様にだけは笑み、そして兄らしく接している姿は微笑ましくもあった。

ステイル様へ頬を膨らませながら「今は休息時間だもの」と返すティアラ様も愛らしい。


「私だって民の為に役に立ちたいわ。兄様は全然私に手伝わせてくれないのだもの」

「お前は女王だろう?気持ちは嬉しいが、摂政である俺の手伝いなんてするものじゃない。……ジルベール宰相。ティアラに書類を触らせるのは控えて下さい。彼女は昔から一度文字に触れると離れないので。」

ティアラ様とは打って変わり、静まり切った彼の声に私は肩を竦める。

未だに私のこの姿が慣れない彼は、目が合った途端僅かに眉を寄せた。今まで老人の姿でしか彼に関わらなかったのだから当然だろう。ティアラ様に勉学に専念して欲しい彼の気持ちもよくわかる。しかし、ティアラ様の民の為に何かをしたいという想いも無下にはできない。何より、彼女に強くせがまれてしまえばどうにも抗えない。……だが。


「……そうですねぇ。では、取り合えず今日は城下に視察へ降りられみてはいかがでしょうか。まだ治安が良いとは言えませんが、騎士団長に護衛を任せれば問題ないかと。女王陛下、畏多くはありますが〝学園〟の建設予定地をその目で御確認頂けませんでしょうか?」

途端に、ティアラ様の目がぱっと輝く。

良いですねっ!と声を弾ませ、胸の前で両手を合わせた。

ステイル様もそれならばティアラ様の気分転換にも良いと考えられたのだろう。黒縁の眼鏡を押さえながら、諦めたように近くの衛兵へ至急騎士団長に命じるようにと伝えられた。……「騎士団長」と、その言葉を放つ時、僅かに苦々しそうな色合いが声から感じ取れた。

以前から彼とアーサー騎士団長は折り合いが悪い。平和な時を取り戻しても未だ彼らの不和は変わらない。まぁ、清廉潔白な騎士団長と女王の片腕として振舞ってきた彼とでは難しいだろう。女王亡き今も、未だに騎士団からステイル様への不信感は強かった。


以前、私からもステイル様を良く思うようにと騎士団へ足を運んでみたことはあったが、なかなか難しい。

特に騎士団長は私の手をもってしても簡単には懐柔されない。むしろ以前の老人姿の方がまだ普通に応じられていた気すらする。笑んでみたところで、騎士団長からの眼差しは厳しく強張るばかりだった。


『ティアラ女王陛下には感謝しております。しかし、あの男はどうにも薄気味悪い。そして貴方も。……彼と同じ気配がする』


……まるで、私の取り繕い全てを読み取っているようにも見えた。

ステイル様もステイル様で「騎士団に許される気も、許されたいとも思っていません。それだけのことを僕は犯しましたから」と溝を埋める気は全くないようだった。

私も詳しくは把握していないが、彼は女王の命令でその手を染めていたという情報は当時からあった。噂を流した本人が近日中に謎の死を遂げることが多かった為、広まるには至らなかったが、……恐らくステイル様はそれも生涯隠し通すおつもりだ。妹君でもあるティアラ様にも、また。

今こうして書類仕事に触れさせたくないのも、彼の過去の過ちを彼女に気取らせたくないことが大きいだろう。彼はティアラ様の前でだけは良き兄を演じているように見える。

しかし、塔に軟禁されていたティアラ様と違い、民はステイル様の犯した全てを知らぬわけではない。いくら隠滅を図ろうと、……隠しきれない事実もある。女王の名の下、彼は民の前ですらその手や能力を振るってきたのだから。六年前の惨劇が良い例だ。

私もなるべく〝誘導〟すべく、ステイル様も含めた王族の支持向上の為に情報操作に努めているが、十年の傷を隠蔽するのは容易ではない。その為にティアラ様と違いステイル様は未だ城下へ降りられない。王族の不信感を払拭する為にも今は己は民の前に出るべきではないというお考えだった。視察でも必ず代わりに騎士団長に護衛を任せている。

王族の罪を闇へ葬る為、ティアラ様が知る前に民の記憶からも速やかに葬る為、あの御方はその全てを〝過去〟にすることを望んでおられる。


……そして、私も。


包み隠したいものはある。

パサリ、とティアラ様が外出準備の為に部屋を去ってから、私は再び書類に視線を落とす。彼女には決して見せてはならない報告書を。

二ヶ月ほど前に起こった革命。それにより悪しき女王は葬られ、ラジヤを退かせ、我が国は奴隷生産国の未来を防げた。

ティアラ様が女王に即位し、女王に縛られていた民も解放された。この国は再び昔のような美しい姿を取り戻すべく進んでいる。しかし


女王の亡骸は、見つかっていない。


仕方のないことだ。

女王は私と彼らの手で、拷問塔の瓦礫の下へと沈んだのだから。跡形もなく潰れ、砕けていてもおかしくない。

化物じみた女王とはいえ、あの高さと瓦礫からは逃れられない。いくら予知をしようとも無情に落ちてくる瓦礫を空中で避けることも、押し退けることもできるわけがない。

万が一それで生きていたとしても助けられる筈もない。我が国の騎士団でさえ瓦礫の撤去だけで二ヶ月近く掛けた。その瓦礫の下から女王を発見し、騎士にも見つからず救出することなどあり得ない。


何より、女王の味方などこの世界の何処にも居はしない。


もし、女王を連れ去ったとして得することといえば、女王を幽閉して復讐し続けられることくらいだ。

あの女王は最後まで敵しか作らなかった。女王を討ったあの日、右腕と称されたステイル様でさえ、私や騎士団長、レオン王子、セドリック王子と共に協力してくださったのだから。……万が一あり得るとして、ラジヤ帝国くらいのものか。

しかし、所詮は我が国の奴隷制に目が眩んだだけのこと。立場を失った女王などに用はないだろう。

ティアラ様と共に女王の隠し通路を通った時に立ちはだかってきた皇太子も、己が不利を悟るや否や瞬く間の内に逃亡した。あの程度の男やラジヤの兵に、我が国の騎士団より先に女王を発見し、回収できるとは思えない。

何より、そこまでの危険を冒して女王を回収する理由がない。元王族の予知能力者として売れば高値がつくだろうが、たかだか高価な奴隷一人の為に皇太子が危険を冒すとは思えない。私一人相手にも逃げ帰ったような男が、騎士団を恐れぬわけがない。


「……くだらない妄想をする暇はないな」

一人首を振り、気を取り直す為声に出す。

そうだ、私には無駄な杞憂よりも考えるべきことがある。新体制はもう始まっているのだから。

この二ヶ月で私から新たな上層部も選出し、ステイル様も国内で姿を現せない分、国外へ精を出されておられる。


特に隣国のアネモネ王国やハナズオ連合王国は結び付きを継続しやすい。

アネモネ王国には、女王の婚約者だったレオン王子を前国王と王弟の望み通りアネモネ王国へ返還し、代わりにフリージア王国との条約を改めて締結させた。

ハナズオ連合王国も、国王代理であるセドリック王子がティアラ様の命を狙おうとした贖罪故か、我が国には協力的な意向を示してくれている。

フリージア王国の大国としての威厳だけは衰えていないことも救いだった。〝恐れられている〟とも言えるが、お陰で外交も再度締結することは難しくない。

ステイル様が摂政として各国に瞬間移動で赴き、締結をして……いや。締結を〝させて〟下さるお陰で、順調だ。些か、ティアラ様の為にとはいえ脅しのような方法を使われていることだけが不安だが。

できることなら、ティアラ様の治世の間にフリージア王国への恐怖や誤認を払拭したい。そしてステイル様にもその必要性を理解して頂きたい。やはりあの御方は女王と共にいた期間が長過ぎる。私以外であの御方が耳を傾けて下さる存在など残すはティアラ様か、もしくはー……、……。……いや、あの御方にはまだ療養に専念して頂きたい。生きていて下さっていただけで、充分過ぎるほどに喜ばしいのだから。

ステイル様の手で救出された後もすぐ、民の為にと連日あのような無理をされた御方だ。このような相談をすれば、すぐにでもベッドから身を起こすに決まっている。今は、私一人で向き合うべきだ。

学園を創設し、貧困に苦しむ民への救済処置もティアラ様から許された。結果さえ出ればすぐにでも国内のいたるところに増設させたい。今は女王の被害が最も大きかった城下を優先させるが、貧困で苦しむ民は国中にいる。


もう悲劇を、これ以上繰り返させてはならない。


民の為、償いの為に生き続けると。

愛するマリアに、そして私を救って下さった女王ティアラ様にそう誓ったのだから。



……






「……ということになります。母上」


凛とした、強い意志の声に呆けた頭が覚醒する。

くらり、と目眩のようなものを感じ、反射的に片手で頭を押さえた。

……しまった、このような時に一瞬でも呆けてしまうなど。


「ですから、どうか御許し下さい。学校制度と〝プラデスト〟は、どちらも私の手掛けた大事な機関です。今後の同盟共同政策の為にも失敗させるわけにはいきません」


……やはり、私もそれなりに動揺していたらしい。

打ち合わせ中に突然、プライド様の異変とその口から予知を語られた時はなるべく平静を保ったが、実際は耳を疑うことばかりだった。

こうしてプライド様がステイル様とティアラ様と共に玉座の間に進言にいらっしゃるのを前に、改めて事の重大さを思い知った所為だろう。ティアラ様も緊張の所為か顔を強張らせ、ステイル様の表情も真剣もそのものだ。


「お願いします。三ヵ月……いえ、一ヵ月で構いません。私をプラデストに極秘入学させて下さい。もし身分を知られた場合はすぐに戻ります。その後の処置もお任せすると誓います」

打ち合わせ通りの言葉をローザ様に進言するプライド様に私は静かに息を整える。……ここまでは、予定通りだ。

プライド様からの予知と宣言を聞いた後、いくらか討論を重ねた。結果、学校制度と国際郵便機関の打ち合わせの後に倍の長さを要する別の打ち合わせが行われた。……仕方がない。この御方がどういう人間なのかを私はよく知っている。

それに、学校制度とプラデストの成功は私にとっても悲願の一つ。プライド様の予知の実現は絶対に防がなければならない。

ならば私はプライド様の御望みのままに、そして宰相として最善を尽くすのみ。


プライド様の言葉に、ローザ様が惑いの言葉を返す。

更にヴェスト摂政も続き、それならば別の対策をと提案される。確かにそれこそが正攻法であり、プライド様にも危険はない。

しかし、それでは確実にこの御方は納得されない。そして、……納得されないこの御方が何を捨て、どういう行動に出るか。それこそが最も恐ろしい。


「……まぁ、ですが。潜入も、悪いものではないかと」


場の空気を壊さないように声色を注意し、放つ。

にこやかに笑みを作りこの場の全員に目を向ければ、隣に佇むアルバートが鋭い眼差しで私を睨んだ。恐らく彼には既に勘付かれているだろう。

私がプライド様をお慕いしているのを彼はよく知っている。……あとでしっかり叱られるのだろうと、今から覚悟しよう。たとえここで私が全員を納得させても確実に嗜められる。

だが、今はただあの御方の味方につかせて貰う。最も確実に学校制度の存続と救うべき民を守り、今後も国内に広めていく為にも見逃せない。それに何より




『どうか私に皆さんの力を貸して下さい』




「プラデスト学校の創設者であるプライド様による学校機関の〝極秘視察〟として。……またとない機会と、充分な期間かと」

あの御方が、やっと正面から私共の協力を望んで下さったのだから。


応えぬ理由など、在りはしない。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ