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フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
勝手少女と学友生活

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Ⅱ140.次席生徒は危機感を持った。


「ん?その髪留め、昨日と一本違うな。昨日の話ではてっきり無二の品だと思っていたが」


─ それは僕のじゃない、ディオスの記憶だ。


〝クロイ〟としてディオスが初めてセドリック様と学食に行った日。

その夜に同調した僕らは互いの記憶も全て共有させた。だからディオスの話を聞くよりずっと鮮明にその時のことは自分の記憶みたいに知っている。もう既に互いの感情まで同調させちゃうようにはなってたし、あの時のディオスの気持ちだって大体わかる。

ディオスがどれだけ傷付いて、……そして嬉しかったのかも。


「あっ……、はい。予備が、少しだけ」

食後にセドリック様からそう指摘された時、二本の髪留めを押さえたディオスはすごく動揺していた。

単純に王族であるセドリック様にまだ慣れてなかったり朝から別人だと指摘されたからもあるけど、まさかたった二本の髪留めの一本が別物なんて気付かれるとはディオスも僕も思わなかった。

だって形だって大きさだって同じなんだから。作った本人である姉さんだって気付いたことがないのにどうしてセドリック様が気付いたのか今でもわからない。一本は元々のディオスの。もう一本は入れ替わる度に僕が貸していたものだ。

言い当てられたことに驚いてすぐに言い訳が出なかったディオスは、戸惑いながら前日の記憶を思い出していた。正確には前日の僕とセドリック様との会話を。そして、……その時の感情も。


『良いことだ。姉君は良い弟達を持って幸いだな』


思考まで同調したせいで、今はディオスが思い出したことすら知っている。そして、あの時のディオスは僕の記憶と〝感情だけ〟同調しちゃっていた。

純粋過ぎるような言葉に戸惑っていた僕に、セドリック様がおもむろに指してきた一点に尋ねてきた時のことを。


『それも揃いか?』


僕が姉さんから少し話題が逸れた気がしてほっとして、セドリック様の指先は僕の髪留めを示していた。

その時は、……きっとセドリック様は内心では僕らを馬鹿にしてるんだろうなと思った。だって、この年で男のくせに星の髪留めなんて、おかしいに決まってる。

子どもの頃は今よりもっと女みたいな顔だったのもあったし周りも僕らも気にしなかったけれど、十四になった今僕の方は時々恥ずかしかった。ディオスは全く気にしなかったけれど、やっぱり女の子みたいだし。ただでさえ男らしくない顔で僕らは揃ってヒョロヒョロで、薄着じゃないと本当に女の子にも間違われるくらいだったから、髪留めなんてしていたら余計にだ。大体、この年でお揃いなんてことだけでも恥ずかしい。

しかも女の子が好きそうな星の飾りがついていて、姉さんのお手製だなんて誰かに聞かれると僕はいつも恥ずかしかった。男のくせに、いい年してと笑われるのが凄く嫌で。

それでも、ディオスはずっと当然のようにつけているのに、僕だけ恥ずかしいからって外したら作ってくれた姉さんもお揃いを嫌がられたディオスも傷付けると思ってつけ続けた。それに、……姉さんが僕達の為に作ってくれたことも、ディオスとお揃いであることもそれ自体は僕にとっても大切だったから。


そして、その時の感情がまるまる同調したディオスにバレた。


「…………変、ですよね。こんな……」

セドリック様を前に、ディオスは当時の僕の感情に引っ張られるように自分の髪留めに触れて俯いた。

僕が髪留めのことをセドリック様に指摘されて恥ずかしく思ったことも、気後れしたことも、隠したいと思ってしまったことも全部がディオスにも共有されちゃって、僕の感情がディオスを傷付けた。

〝クロイは恥ずかしいと思ってたんだ〟〝僕とのお揃いが〟〝やっぱり僕みたいな兄とお揃いなんて〟〝子どもっぽいのかな〟〝女の子みたいだから?〟〝どうして〟と。

あの時はまだディオスも僕の思考は同調されず、感情だけが同調されていたから余計に誤解を生んだ。

別にディオスとお揃いだから嫌だったわけでもないし、今だったらなんでそんなに自分を卑下するのとか色々言ってやりたいこともあるけど。


「おと、……兄、とお揃いとか。この年で、こんな。……申し訳ありません、セドリック様。王族の方のお側にいるのに、こんな、こんな恥ずかしい……」

恥ずかしい、恥ずかしかったんだ、嫌だったんだといくつもディオスの感情も思考も波立っていた。

食堂で、さっきまで気にもならなくなっていた筈の生徒の視線まで急に一つひとつ突き刺すように気になって、勝手に肩幅まで狭くなって縮こまった。全員の視線がセドリック様どころか自分の顔ですらなく髪留めに向いている気までして、馬鹿にされたり笑われたり軽蔑されている気がして言われてもない生徒の嘲りの声が頭の中でいくつも聞こえるようだった。

セドリック様やオムライスにあんなにも跳ねていた感情が一気に沈んでいって、泣くのを堪えるくらいまでいっていた。セドリック様の顔も見れなくて座ったまま自分の膝に視線を落としたディオスは、声が細くなって自分でも沈む感情がどうにもならなくなっていた。

本当にあのままだったら泣いてたし、それこそセドリック様相手じゃなくても昨日の僕と様子が違うと食堂の生徒に思われていたかもしれない。けれどセドリック様は




チャラリ、と。

一つのペンダントを、俯くディオスの眼前に垂らしてくれた。




驚いて目から顔を上げてよくみれば、クロスの形をしたペンダントだった。

そのクロスは僕らでもわかるくらい高級感こそあったけれど、髪の先まで眩しくなるくらいに煌びやかなセドリック様には違和感まであった。それまで一度も身に付けているのを見た事もないそれに、ディオスは何処から出したのかもわからず何度も瞬きを繰り返した。

裏側に宝石とかが飾られているのかなと思っても何もなくて。口をぽかりと開けたままさっきまで落ち込んでいたのも忘れて見つめ続けるディオスの前に、セドリック様は変わらずペンダントを手で持ち掲げ掲げたままだった。

何度見ても、何度瞬きして確かめても、何度覗きこんでみても、クロス以上の装飾も飾りもないペンダントだ。どうしてそれを突然セドリック様が見せてくれたのかわからなかった。けれど


「俺の身に付ける装飾で、最も大事な品だ。故郷であるハナズオ連合王国のサーシスと並ぶ片翼、チャイネンシス王国の宗教的象徴でもある」


迷いなくそう言った言葉が、ディオスは最初飲み込めなかった。

セドリック様が身につけている装飾はどれも煌びやかで高そうなものばかりだ。なのにそのどれよりも大事な品がこれなのだということと、聞いたこともない国名が羅列された所為で頭がとっちらかった。

ハナズオは知っているけれど、サーシスとかチャイネンシスとかは初めて聞いた名前だ。ただ、セドリック様の言い方から自分の故郷〝じゃない〟方の国の宗教の飾りなんだなということはなんとなくわかった。


「宗教……というと、じゃあハナズオはこれが国の象徴なんですか」

「いや、チャイネンシスだけだ。俺が生まれたサーシスではフリージアと同じく神を信仰はしていない」

戸惑いながらも状況を理解しようとするディオスがなんとか口にした問いも、余計に謎が深まるだけだった。

他国にこういう、国が王族より神様を敬うとか信仰とかがあるのくらいは僕もディオスも聞いたことはある。けれど、どうして信仰もしていない神様の象徴をセドリック様が掲げているのかがわからなかった。まさかセドリック様だけはそのチャイネンシスの神様をこっそり信じているのかとか、もしかしてお兄さんである国王と仲が悪いのかとかいろいろ邪推までした。

なんだか気まずくなって、「そう、ですか……」としか出ないディオスにセドリック様は掲げていたペンダントをゆっくりと自分の首に潜らせた。食堂内で見ている生徒達の視線も気にせず〝他国〟の筈の象徴を掲げ、はっきりと言い放った。


「兄達と揃いの品だ。実の兄であるサーシスのランス国王とチャイネンシスのヨアン国王と俺との、世界に三つしかない兄弟の証だ。昨日もそのヨアン国王の誕生日でな、十一日前に手紙も送った。〝兄さん〟とも呼んでいる。……血こそ繋がっていないが、俺にとってランス国王と変わらないもう一人の兄だ」

途中からだんだんと懐かしそうで穏やかな声になっていったセドリック様は、瞳の焔が優しく揺れていた。

ランス国王のことを話す時もヨアン国王のことを話す時も同じくらい嬉しそうで、すごく大事な人達なんだなとすぐにわかった。

直後には〝兄弟の証〟という言葉が遅れて強く、馬車の荷下ろしよりずっと重い振動でディオスに襲い掛かった。

それくらいの、衝撃だった。


「一時期は今の二倍から五倍の装飾をつけ回す時期もあったが、このペンダントだけは一度も首から下ろしたことはない」

懐かしそうに首から下げたクロスを摘み上げたセドリック様は、思いを馳せるように視線をそこに注いでいた。

まるで今この場に国王二人がいるかのような微笑と横顔に、ディオスも同調した後の僕も胸が締め付けられた。

身分も国も何もかも違うセドリック様が急に近く感じられた。何より、そんな大事な品を僕らなんかに見せてくれたことが信じられなかった。

何も言えないディオスの前で、慣れた様子で自分の服の下にそれをしまえば何重にもなった上等な服と金色の髪に紛れてペンダントは見えなくなった。きっと今までもそうやって身につけていたんだなとすぐに思った。


「俺も同じだ。……変だと思うか?」

ふ、と。そう言って静かに顔ごと向けて笑いかけてきたセドリック様に心臓が高鳴った。

いいえ、全然、とんでもありませんとディオスは繰り返しながら血の巡りがどんどん激しくなるのを感じてた。

もしかして知らず知らずのうちにセドリック様に失礼なことを言っちゃったんじゃないかという焦りと、僕らと一緒だという緊張が一度に大波で襲いかかってきた。

今にも謝ろうとするディオスにセドリック様は「だろう?」と顔を綻ばせると「落とさない為にもこうして服の下にいれているが」と続けながら、ディオスの髪留めをまた指し示した。


「兄弟が居る、ということはこの世に生まれ落ちた上で幸いなことだ。その絆を形で残せることや示せる間柄であることは間違いなく〝恥〟ではなく〝幸福〟だ。全ての人間に兄弟姉妹がいるわけでも、想い合っているわけでもないのだから」

泣きたくなった。

ディオスも、そして僕も。今までそんな風に言ってくれる人なんて一人もいなかったから。

揃いの髪留めを「可愛い」「良いね」とか「似合ってる」と言ってくれる人は居たけれど、それ以上の価値を見つけてくれる人なんていなかった。なのにセドリック様にそう言われると、姉さんが形にして作ってくれたことも、ずっとお揃いで付けて居られるぐらいディオスと仲が良い方だったことも凄く幸せなことだと改めて思えた。

ディオスも、僕と同じくらい嬉しくて、息ができないくらい苦しくなって込み上げた喉がぴったり内側で張り付いた。唇を強く絞っても、歯を食い縛っても感情だけは抑えきれなかった。


「俺はお前達が羨ましい。そうして兄弟の証も姉の愛情も大勢の前で掲げ、自慢することができるのだから」


そういって笑う目の中の焔はやっぱり優しくて。

頰杖を突いてディオスの髪留めに視線を注ぐセドリック様は、本当に羨ましそうでキラキラ焔が輝いているようだった。

皮肉なんて僕の頭でもたった一欠片も感じさせない賞賛は、僕らの小さい心臓には収まりきらないくらいに大きくて、眩しかった。王族に褒められて羨ましいとまで言って貰えた髪留めがまるで魔法のように価値を変えられた。そして恥ずかしいと思った筈の髪留めは誇らしくて、……そんな兄弟や姉さんがいることが本当に幸せで。父さんと母さんが死んでから、食い扶持が自分以外に二人もいることも身体の弱い姉がいることも〝負担〟や〝不運〟みたいな扱いで見られることが多くなっていた僕らには余計響いた。

最終的には耐えらなくなって涙目をぐしぐし擦り始めたディオスを、セドリック様は「やはり気が合いそうだ」と嬉しそうに声を弾ませながら頭をわしゃわしゃ撫でてくれた。髪型がぐしゃぐしゃになるくらいに撫で回されて、その力強い撫で方がディオスは凄く嬉しかった。

姉さんとも違う撫で方で、しかもずっと僕の〝兄〟として気を張ることも多かったディオスにとって、昔の父さんみたいに頭を撫でて慰めてあんなに嬉しい言葉で道筋を照らしてくれたセドリック様は、まるで夜道の星のようだった。

その後も、泣くのを隠そうと俯いて目を擦り続けるディオスにセドリック様は「髪留めでそれくらいならば問題ない」「俺などはもっと派手な髪飾りをつけようとして止められたこともある」って冗談まで言って慰めてくれて、最後には「よく似合っている」とまた褒めてくれた。ディオスはあの時からきっともう



完全に(ほだ)されていたと思う。



そして僕も。……同時に、絶対姉さんを近付けちゃまずいという危機感も。

あんな格好良い人、好きにならない女性がいる筈ないから。


Ⅱ101-2.104

Ⅰ322

Ⅱ9


Ⅰ324

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