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フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
勝手少女と学友生活

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そして荒れ狂う。


「…………最近。……姉君は、おかしいんです…………」


まるで世にも奇妙な怪談を語る口調で低めた声は、地に垂れたかのようだった。

噛み締めるようにも聞こえたステイルに、全員が無言で返す。視線を真っ直ぐ向けたまま、アーサー一人がグビグビと酒を仰いでごまかした。


「以前は、……ここまで、ではなかったのですが。最近、……本当にあの人は、…………………心臓に悪過ぎる」

若干、怒りも混じっているようなその声と同時に彼から黒い覇気がうずまくように放たれる。

プライドの補佐として、そして今は生徒として側にいることも増えたステイルの心労は誰にも察せられることだったが、それ以上の苛立ちがそこにはあった。

ステイルの沈みようにカラム達は、騎士団長であるロデリックへの報告を終えた後のことを思い出す。元々、昨日の段階でアーサー達を今夜の酒に誘っていたのはアランだ。そしてステイルがその日の気分次第で加わることも今では珍しくない。しかし、今回は少しだけ珍しい様子だった。

アーサーがステイルを飲み会に呼んでも良いかと自分達に尋ねた時。勿論だと快諾する自分らにアーサーは「ありがとうございます!」と頭を下げた後、ぼそりと呟くように続けたのだから。


『アイツもまだ色々……足りねぇと思うンで』


まだ?色々?足りない⁇と彼らにそれぞれ疑問は浮かんだが、何か悩みがあるのなら自分達で聞けることであれば聞きたいとも思い、その場で追求はしなかった。

そして今、低すぎる声を垂らす今のステイルこそがアーサーが心配していた彼の姿なのだろうと理解した。

プライドがおかしい、と言うと不穏も感じられた彼らだが、それにしては隣に座るアーサーが酒を煽ぐだけで考え込む様子もない。何よりステイルの垂れた首から顔までが赤く煮えたぎり眼鏡まで曇りだしているのを見ると、そういう関連かとも心の準備はできた。


「今日も、あんなこと……いや今日だけなんかじゃない、……ほんとに、ほんとになんであんなにさらっと、……こっちは、もう、……ほんとに死にそうなのに……」

低い声に反して酷く弱々しい。

まるで泣き言のようだった。ゆらゆらと前後に揺れながらジョッキを何度もテーブルにドン、ドン、ドンと規則的に叩きつけるステイルはまるで何かに乗り移られているかのように不気味に見えた。

こりゃ溜まってるなぁ、とアランは胸で思う。更には目に見えてわかるほど、ステイルから異常な覇気が放たれていた。その様子に、一瞬だけカラムは部屋の扉がしっかり施錠されているかを確認する。下手をすれば異様な覇気に気づいた騎士が敵襲と勘違いして覗きにくるかもしれないほど、ステイルの黒い覇気は隠し通せていなかった。

もう自分でも何を言っているかわからず、酒が潤滑油になったステイルの舌は止まらない。相手が信頼できる近衛騎士、そして隣にアーサーがいる。更には昨晩吐ききれず倒れてしまったことに駄目押しで先のプライドの台詞が突き刺さり、この場で意味もなく叫び出したい程度には苛立ちも溜まっていた。

ぶつぶつと呟きながら、時折酒に逃げれば無言でアーサーがジョッキへこぼさんばかりに酒を注いでくる。とうとう王子らしからぬグビリと喉を鳴らした飲み方をすれば、アルコールも熱も回りきった。


「さらっと……ほんとうに言うんですよ、最近のあの人は。……俺にもアーサーにも、今朝のエリック副隊長だって恐らく……もう、そういうところはわかっていないくせに……」

ふつふつと沸騰した湯面のようにこぼしながら、ステイルは思い出す。昨晩もアーサーに零したことだ。そして、今日この時までも何度も思い起こしては頭から火が出そうになった


『フィリップもジャックも、本当は凄く格好良いのに』

『だって二人は、本気でそんなこと言う人じゃないものっ』

『私だってもしステイルやアーサーが酷い目に遭わされたら、どんな理由があっても許せなくなると思うのに』

『フィリップが一緒にいないと寂しいわ』

……プライドの暴投を。


『私も、ジャック達に何かあったらきっと許せないわ。こうして貴方達が心配してくれるお陰で、私は安心できて今日も過ごせるんだもの。本当にありがとう。……ジャック達が心配してくれるの、すっごく嬉しいわ』

昨夜、自分がアーサーにやってみろと打診し実践させた結果のプライドを。


『もう、貰ってくれる人はちゃんといるもの』

カラムと自分がいる前で言い放った爆弾を。


恐らくこの被害に遭ったのは、把握していないだけで自分だけではないとステイルは確信する。

もしくはただ単に自分が一番プライドの傍にいることが最近は多かったからそうなっただけだと思う。

実際、アーサーに昨夜その話をすれば明らかに自分も覚えがあるという顔をしていたのだから。


『一番強くて格好良いのはアーサー騎士隊長よ?』


そして、支離滅裂でありながらも吐露するステイルの言葉に、全てではなくともエリックも思い当たることがあるなぁと思い出す。

最近の彼女は以前にも増して、心臓に悪い言動が多い気は確かにする。


『次からは外でお会いする時にはエリック副隊長のことは〝エリックさん〟と呼ばせて頂きたいくらいです。本当に御家族の一員になりたいと思ってしまうくらい』

『私、本当にエリック副隊長が大好きなんです』

『ずっと私はお傍でエリック副隊長にしか触れていませんから』


単純に任務の関係で接することが増えた所為もあるとは思うが、それにしても心臓に悪い。刃物だったら確実にナイフではなくノコギリくらいの殺傷能力はあるとエリックも思う。

今までも彼女が自分達へ不意打ちで嬉しい言葉をくれたことは数知れない。だが、ある日を境にそれが強烈になっているとステイルは確信する。しかも最近の彼女はあまりにも間が抜けすぎている。入学前後のやらかしを思い出せば、すでにあの時から片鱗はあったと思う。

昨夜アーサーと語り合った時も「ほんっっとに……‼︎姉君っ……どうしてああなった⁈」と叫び叩きつけるくらいには取り乱し、論議まで行えば国一番の頭脳を持つステイルが真実に辿り着くのはえげつないほどに容易だった。


奪還戦の後、ではない。

あの時も彼女はまだいつも通りだった。プライドを取り戻したばかりであった自分達には、その〝いつも通り〟のプライドが涙が出るほどに嬉しく眩しかった。

検討会の後、でもない。

セドリックの功績によりティアラも王妹を目指すべく国に残ることが決まり、引き続き次期女王として残ると決意してくれた後の彼女もまたその優しさも言葉も変わりはなく華やいでいた。唯一彼女らしからぬ間違いといえば、婚約者候補が自分達だと口を滑らせた時くらいだ。

祝勝会の後、でもない。

あの時もたくさんの言葉をくれ、ダンスを含めて一人一人に心を傾け語り合っていた。自分を取り戻せたことを全員が喜んでいる、誰も彼女を責めていないと彼女自身が受け止めた。だが、それでもプライドは誰の目から見ても間違いなくいつも通りの花のような笑顔と言葉だった。

真っ直ぐで、誰にでも気遣う言葉と彼らが上気するほど遠慮なしの攻撃を放つのも変わらない。しかしプライドがそこから最近のような発言をするようになったのはと記憶を逆再生し止めれば、彼女の変化のきっかけはほぼ間違いなく

















『今の貴方を欲します』















あの日からだった。

ステイルとアーサーが彼女に誓いを刻んだあの日から変化は開いていた。

逃げ道はいくらでもある。十九歳の誕生日を迎えてからだ、もしくはアダムの予知をしてから、学校の生徒に危機が及んでいる予知をしてからだと。転機といえばそれも充分にあり得る。しかし、今のこのプライドの変化を招いたのに最も適した出来事はといえば、もう真実はたった一つしか残ってくれなかった。


ステイルとアーサーから誓いを受けてから。

予知と前世のゲームに侵されていた思考が、歯車を足し引きしたかのように切り替わった。

初めの頃こそ攻略対象者である彼らはティアラを選ぶのだから邪魔はしないようにと意識し続けた。歳を重ねて現実の方に身が染まっていき、ティアラと彼らに恋愛関係が築かれるかとも思い込まなくなり、現実の彼らを見てそれは無いと判断もできるようにもなってきた。

しかし予知という爪痕と、十年以上前からあった贖罪の意識や罪悪感は、実際にアダムに操られ実行に移されたことによりエンディングを乗り越えた後も残っていた。

十年間張り詰め続けたものも一度は、緩んだ。

信頼できる相手を前に、王女である彼女が、今まで十年も己が予知した結末を胸の内に秘め続けられていた彼女が、……つい婚約者候補の正体を溢してしまったほどに。

しかしそれでも今までと同じように「自分なんか好かれるわけがない」「自分なんかにそんな価値はない」「自分なんかにそんな権利はない」と信じて疑わなかった。



が、手首の誓いと共に払拭された。



自分を必要としてくれる、想ってくれる、誓ってくれた、自分に価値があると示してくれた。

それを刻まれたプライドには、全く躊躇いがなくなっていた。

以前のように「ラスボスなんかに好かれたって」と一歩引くこともなくなった彼女は他者に対し遠慮なく好意を向け、示す。

以前のように自虐じみた気持ちで距離を置くこともない。今はもう、自分には〝二人が欲してくれた〟というこれ以上ない価値がある。二人がそこまで大事に想ってくれている自分を卑下したくないという気持ちの方が強かった。

以前のように慣れ親しんだ相手に対してまで「嫌われている」「好意が迷惑」とまでは思わない。むしろ怒らせても迷惑をかけても呆れられても困らせてもそれでも〝慕ってくれる〟信頼が強い。躊躇いなく一歩相手に近付きたい、大好きだと大切だと好意を伝えたい。たとえ跳ね除けられ、拒まれても今の自分には一人にしないでいてくれる人達がいる。そして相手からの優しさや好意は全力で受け取り応えたい。それほどに、あの手首の誓いは大きかった。

そしてステイル達も知らないプライドの変化のきっかけは、元々親しい相手との距離が近かった彼女には効果も絶大だった。


もう自分の中の相手への好意を隠すことはしなくても良いのだと。


エンディングを乗り越えた彼女にとってそれは強い。

十年の時を得て、やっと自分の人生を謳歌する。

悲劇のエンディングを超えたと、十年間の張り詰めたものが初めて緩む。信頼できる彼らと共にいるからこそ、今までには有り得ない間違いまで簡単にしてしまう。絶対的存在を傍にし、無意識に気が緩む。

ラスボスとして戻ってしまう自分と親しくなれば周りから白い目で見られる、誹謗中傷されると心配もなくなった彼女は、一歩引こうとしていた距離も今は容易に詰める。十年張り詰め続けていたものが解れ、近衛騎士達に対しても既にそういう面を見せている彼女だが特に誓いを残した張本人であるステイルとアーサーに対して遠慮が消えていた。

誓いを残してまで自分を欲し求めてくれた彼らに、安心して好意を言葉にしてしまう。今までティアラのことやラスボスに戻る予知で塞がれていた数歩分の距離感が完全に取り払われてしまった。そしてステイルとアーサーに気を許せば自然と解れるように他の親しい相手にもそうなる。自分を大事に想ってくれる相手にその百倍以上の気持ちで応えるのがプライドなのだから。




結果、彼らの心臓へ安易に致命打と揺さ振りを与えていることが増えているのに本人は気付いていない。




「ほんっとに……そういう……を望んだのでは……いというのに‼︎」

あくまでプライドの自虐や卑下、己の価値を貶める考えを改めたかった。切り捨てられて当然な人間ではないと示したかった。もう二度とそんな風に思わないように間違った認識そのものを打ち消したかった。彼女は多くの人間にとって大切なのだと、少なくともここに二人そう思ってる人間がいるのだと。彼女の心に深く爪痕を残した憎きアダムの痕跡を消炭一粉でも彼女の中から抹消したかった。自分達にとってどれだけ彼女が大切でかけがえのない存在が自覚して欲しかった。

ステイルとアーサーにとってはただそれだけだった。一歩間違えれば彼女から自分だけは一生同じ笑みを向けて貰えなかったとすら思う。それでも彼女の中の間違いを正す為なら厭わなかった。まさかそれが予想の範疇を超える形で返されるなど思いもせずに。


……寧ろ、〝怖かった〟くらいなのに。


そう思い出した途端、ステイルは酒に押されたままうっかり涙目になりかける。

自業自得でもあるとも思う。今度は自分が狙撃されるのも仕方がないと。

しかし今までですら、プライドからの言葉に熱が周り心臓が跳ね上がることは多かった彼らにとって、更に遠慮のなくなったプライドは脅威でしかない。しかも、本人は全く自覚どころかいつも通りに接しているつもりでいることが難点だった。

現状を思い出し、だがこれ以上はエリック達にも言えないと子どものように足をバタつかせ拳を叩きこんで堪えるステイルは、曇った眼鏡がずれたまま外れていた。それにも気づかず感情を露わにするステイルは精神的にも大分疲弊していた。

昨夜せっかくアーサーと語り合って「絶対そうだ!」「ンでそうなった⁈」「知るか馬鹿!」と怒鳴り合い飲んだくれあったというのに、また今夜プライドから致命傷を受けた彼は三日三晩部屋に篭って項垂れていたいくらいの心境だった。


アーサー一人がステイルの言いたいことを正しく理解しながらも、ゴッゴッとジョッキを空にし続けては目敏くステイルのジョッキを満たし続けている。

飲め飲め、と無言のアーサーによる酒にステイルも仰いで応えた。

急激に酒のペースが早くなる二人に、取り敢えずアランは無言でアーサーのジョッキには水を注ぎはじめた。そろそろやべぇなーと思いながら酔うのだけは阻止すべく動けば、アーサーも今回は自分まで潰れるわけにはいかないと思い出す。

今度こそ安全且つ確実に自分は酔い潰れたステイルを朝までに部屋へ帰宅させなければならないのだから。大人しく水をグビのみし始めるアーサーと、未だに酒の手が止まらず自分達にははっきりとはわからない嘆きを吐露し続けるステイルに、カラムも少し頭が冷えた。

今度はアランに促される前に自分でグラスに水を注ぎ、内側からと火照りを冷やす。


「本当に……絶対このままじゃ、確実に……どうせあの人のことだからすぐに他の、…………大体、そぉいう発言ばかりだから……今日だってディオスに……。……な!の!に‼︎」

「ステイル様、少し水を飲みましょう」

「いえステイルには酒だけで良いです」

また酔っ払い独特の熱の上がり下がりが沸点に到達しようとするステイルに水を差し出すカラムへ、珍しくアーサーが濁った声で止める。

水を飲んだお陰で、酔う寸前で踏みとどまったアーサーだが既に少し目がすわっていた。そのままグラスの手を止めるカラムに「すみません」と頭を下げると、飲んだくれる相棒の肩に腕を回しジョッキ同士を叩きつける。


「飲んどけ、ンで忘れろ。そんなンじゃ残りの極秘視察ももたねぇぞ」

「お前だって今日姉君にッ……ンぐ⁉︎」

八つ当たるように暴露しようとするステイルに、アーサーは容赦なく彼のジョッキを口へと押し付けた。

「テメェが焚き付けたンだろォが」と言いながらプライドの前世であれば確実に有罪な酒の飲ませ方だが、どうせ酔ってもアーサーが触れる限りは身体を壊さない。

しかし王子へ無理やり酒を注ぐ行為に流石のアランも今度は止めに入った。「お前本当ステイル様には容赦ねぇよな⁈」と言いながらアーサーを背後から羽交い締めにして止めれば、エリックとカラムが再びステイルに水も勧めた。ステイルの怒りを鎮めるべくエリックが空気を変えようと話題を投げる。


「アラン隊長は今のところは如何ですか⁈その、セドリック王弟の護衛もですが、先日もプライド様を見事に救出されたと聞きましたし……!」

今回の飲み会主催もそうだが、酒を仰いだ後も一人元気だったアランならばと投げかける。

するとアランは「ん⁇」と口を一度結び、……にぃ、と嬉しそうに緩めて見せた。期待通りの上機嫌な反応にほっとするエリックへ、アランは羽交い締めにしたアーサーの頭を手首だけでパシパシと軽く叩きながら抑揚を上げた。


「いやさぁ!助けれたのも勿論良かったけど、プライド様に〝来てくれると思っていたら本当にすぐ助けに来てくれて嬉しくて〟とか言われてさぁ!いや〜騎士としては最高の言葉だよな!」

ハハハハッ!と当時のことを思い出して頬を染めながらも満面の笑みを見せるアランの言葉へ、アーサーが一番に「すげぇ!」と羨ましく目を輝かせた。

第一王女の救出、それだけでも極秘潜入中でなければ表彰ものである。今朝には騎士団長のロデリックと副団長のクラークからもこっそりその件について労われていた。すれ違う間際にクラークから「プライド様を未然に御守りしたらしいな」と囁かれ、更にはロデリックから「引き続き頼むぞ」と肩を叩かれた。

その事実だけでも嬉しいのに、何よりは自分の手でプライドを守れたことだ。プライド本人から最高の言葉を貰って舞い上がらないわけがない。

さっきまでは酒を仰ぐステイルしか見ていなかったアーサーの目が、きらきらと光りながらアランへと向けられる。ジョッキを握ったままの手をぐっと握り、至近距離からその話を詳しく!とアランに輝く視線で迫るアーサーにエリックとカラムは心の中で「よし!」と叫んだ。


「いやアーサーもすげぇだろ〜!まぁでも助けに来ると期待されるのは嬉しいよな!」

「そこで応えられるのがアラン隊長だからですよ‼︎直ぐプライド様を見つけてくれるとか本当に流石っつーか、俺らと違ってすぐ横で護衛してるわけでもねぇのに……‼︎」

褒めてくるアーサーをアランが取り押さえるのもパシパシ叩くのもやめ、わしゃわしゃと可愛がるように撫で回す。長い髪が乱れようと酒の匂いの息が直撃しようと全く気にしないアーサーは、完全に意識がアランへと向いていた。

アランがプライドの救出したことについては、状況こそスカートが破れたこと以外は聞いていたアーサーだが、まだ彼の語り口で詳しくは聞けていない。アランがプライドを助けた、というその一点に於いてアーサーが詳しく聞きたいと思うのは当然だった。

お陰で酒と水をごちゃまぜに仰ぎながら「……ライドは、昔っから……なのに、また学校でも」と愚痴を零し続けるステイルから意識が逸れる。とにかく王子を泥酔以上の状態にしてはならないと、エリックとカラムは「お疲れ様です」「お察し致します。我々にできることがあれば」と相槌を打ちながら宥めていく。


アランの惚気話を夢中で「すげぇ!」「かっけぇ‼︎」と聞くアーサーと、支離滅裂な愚痴を一人で零し続けながらもエリックとカラムに介護されるステイルで一時間はなんとか凌げた。

途中からはエリック達も大声で話すアランの話に「流石はアラン隊長ですねぇ」「アラン、功績は素晴らしいが他の騎士達に話すのは潜入視察を終えてからだぞ」と返す余裕もできてきた。

「わかってるって」と言いながらも、昨日のことがずっと自慢したかったアランはやっと話せたこととアーサーからの眩しい視線に顔が緩んで堪らない。アーサーが思い出すように「プライド様もその後、アラン隊長のお陰でって言ってましたよ!」といえば、嬉しさのあまり腕の中のアーサーの髪が更にもみくちゃなる。


「もうすっっっっげぇ嬉しくってさぁ!それにプライド様が流石とか言ってくれてさぁ!」

「いや本当流石ですよ⁈プライド様助けンとこ俺も見たかったですし!」

「いやいやんな現場いたらお前も見てねぇで絶対助けるって!」

「……そうだ……アーサーだってプライドに褒められよォとすればいくらでも」

「ぶわっかステイル‼︎‼︎ンなこと無しで褒められっからすげぇンだよ‼︎」



「〜〜〜〜っっ俺だって褒められたくてやったわけじゃない‼︎‼︎」



ドンッッと。突如として酔っ払い技の沸点ギレをステイルが放つ。

さっきまで大人しく席に座っていたステイルが、拳とジョッキをテーブルに叩きつけ立ち上がる。ギラッと殺気を放ちそうなほどに鋭くした眼差しでアーサーへと振り返り、歯を食い縛った。

会話にステイルが混ざり始めた時から嫌な予感がしていたアラン達は、その瞬間に素早く三歩退がった。順調に水を飲んでいった筈のステイルと、酒の手が止まって酔い自体は冷め始めていた筈のアーサーが睨み合う。

アァ⁈とまさかのアーサーだけでなくステイルまで互いに唸れば、近衛騎士三人は口端が引き攣った。せっかく引き離した二人がまたがっつりと合わさってしまった。


「アレは‼︎あの人のことを想ってやっただけでそォいうンじゃない‼︎むしろ最悪の結果だって想定した‼︎なのに!なのにそれが真逆になるなど誰がわかった⁈!」

「アァ⁈知るかよ‼︎‼︎テメェが褒められンのはあの人がそォ思ってる証拠だろォが‼︎」

「今の姉君は褒め言葉の境目が大暴落してンだって言ってるだろォォオオが‼︎」

意味不明の発言で殴り合う二人の会話はお互いの中だけでしか成立できていない。

いつにも増して口調がアーサーのように荒ぶっているステイルに、近衛騎士達は言葉も出なかった。しまいにはステイルが怒りのままに回し蹴りを繰り出したが、アーサーはそれを軽々と跳ねて避けてしまう。攻撃にアーサーが「ッにゃろう!」と空中から着地と同時に頭突きを落とそうとしたが、ステイルの瞬間移動の方が速かった。着地したアーサーの上に今度はステイルが現れれば、彼の脳天に肘を叩き込もうとする彼をアーサーは振り返りざまに片手で掴んで止める。

ギギギッと、互いに鬩ぎ合い睨み合い、歯を剥き出しにする様子は何も知らない第三者が見れば殺し合いにも見えた。


「お前の方が強い分際でっ……」

「アァ⁈テメェのが頭回っから仕方ねぇだろォが!学校と戦場はちげぇンだよ‼︎」

「背だって俺より高い分際で‼︎‼︎」

「背は関係ねぇだろォォが‼︎‼︎」

腕を掴まれたまま前蹴りをしようと曲げたステイルの脚をやはりアーサーが反対手で掴む。

両手が塞がれたアーサーと、右腕右足とバランスを奪われたステイルで拮抗する。言葉だけ聞けば褒め合っているようにも聞こえる二人だが、顔は今にも火を吐きそうなほどギラついていた。

また火がついたステイルが瞬間移動をすれば、二戦目がすぐに始まってしまう。


「ッの責任になったらどォする⁈」

「ンな気ィ回んならあの人に百回詫びろぶわっっか‼︎‼︎」

側頭部に回し蹴りを狙うステイルに、アーサーが片腕で防ぎ今度こそ真正面から腹に一撃めり込ます。

最低限の加減こそされたが、それでも大分重い一撃にステイルも歯を食い縛ってとどまった。腹を押さえながらも未だ臨戦態勢を解かずギラリと睨めば「オラ立て‼︎」と逆に怒鳴られた。部下に対してより遥かに厳しいアーサーのスパルタに先輩騎士も苦笑いしてしまう。

二人の関係を良く知るカラム達が諦めて観戦していると、段々と喧嘩というよりもステイルにひたすらアーサーが付き合っているように見えてきた。しかも、ステイルとアーサーとの会話は支離滅裂で意味不明な部分が多いが、時折混ざるアーサーの説教に対してステイルの台詞だけを聞いているとこちらはアーサーへの賛辞と愚痴の混合だ。


「……やっぱ、次期摂政って大変なんだな」

「ですねぇ……ローザ女王とヴェスト摂政と違ってステイル様は妹君も居られますし」

「御不安も多ければ、誕生祭も控えて色々疲れておられるのだろう」

既にプライドのこと以外にも様々な要因で爆発寸前だったステイルに、今は止めずにアーサーと殴り合わせておく方が親切だと判断した彼らはそのまま気配を消した。

足音を消し、テーブルごと二人の喧嘩に巻き込まれないように酒瓶やグラスごと部屋の端の方へ移動させた彼らはそれから静かに飲み直す。

赤面で潰れていたカラムも、大声で自慢していたアランも、ぐったりと項垂れていたエリックも、今はすっかりいつもの調子を取り戻していた。隊長格の広い部屋とはいえ、室内とは思えない弾丸戦を眺めながら、もう二十代にも関わらず未だ若さの塊のアーサーと十代のステイルが微笑ましくなった。


さらに時間が経ち、このままでは明け方も迎えるかと彼らが思った時にとうとうステイルが潰れた。

ハァ、ハァと呼吸を整え、それでもかなりすっきりした様子のステイルは、髪紐がとっくに千切れ落ちてしまったアーサーの銀髪を鷲掴みながら反対の手で口元を拭った。「式典前に口を切ったらどうしてくれる」と低い声で言うステイルにアーサーは「それくらい特殊能力者が治せンだろ」と冷たく言い放つ。

こちらもステイルの頭を上から鷲掴み、反対の手で邪魔な自分の前髪を掻き上げた。そのまま一分ほど無言で息を整え続けた彼らは、殆ど同時に手を緩め離した。


「…………帰る。そろそろ休まないと明日に、響く」

「そォだな。明日は忙しいンだからちゃんと休み取っとけ」

鎮火された二人は、静かな口調でそう言い合うと少し重い足取りで、場所の変わったテーブルに歩み寄った。

すみません、お騒がせしました、といつのまにか蚊帳の外になっていた近衛騎士達に謝る二人に彼らは笑みだけを返した。

テーブルの上に零されたままのステイルの眼鏡をアーサーが掴み、「今度は忘れンなよ」と雑にかけてやる。眉間に皺を寄せながらそれを指先で押さえて調節したステイルは、手探りで髪だけ軽く整えると改めて騎士達に礼をした。明日も宜しくお願いいたします、と言うステイルに、既に今日が翌日であることを指摘する騎士は誰もいなかった。

じゃあな、と。まるで何ごともなかったかのように声をかけるアーサーにステイルも一瞥だけで返した。最後に騎士達三人一人一人と目を合わせ、




「……きっといつか、貴方達の番がくる」




ぼそり、とまるで犯行予告のような言葉を呟いたステイルは彼らの反応を確認するよりも先に瞬間移動で消えた。

酔っ払いの戯言にしてはあまりにも不安を煽るステイルの台詞にエリック達は互いに目を見合わせ、そしてなかったことにする。消える寸前、アーサーとの殴り合いで酒が抜けたにしては大分座っていた漆黒の瞳と、そして仄かに悪く笑んだ口元も、全て。


凄まじい勢いで「ほんっっとにご迷惑お掛けしました‼︎」とアーサーが火がついたように謝り倒してくるまで、ただその記憶の消去に努め続けた。


Ⅱ94.84

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