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フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
勝手少女と学友生活

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〈コミカライズ十一話更新・コミカライズ2巻発売決定!感謝話〉宰相は反映される。


─ 花が、嫌いだ。


「おはよう、マリア。今日は朝晴れが心地良いよ」

侍女の開く窓から零れる朝日へ僅かに目を凝らす。

愛するマリアが目を覚ますよりも先に身支度を終えた私は、ベッドで眠る彼女の薄桃色の髪に指を通す。昨日のように眩しすぎない心地良い光に、今日は布を一枚隔てなくても良さそうだと考える。

鳥の囀りも聞こえ、穏やかな朝だ。彼女の体温を手で温めながら、窓の向こうに見える鳥を語って聞かせる。握るだけでも折れてしまいそうな彼女へ手の力を強める代わりに指の腹で何度も擦る。


「今日は少し早く目が覚めてね。昨日話しただろう?……大丈夫。無理などはしないから」

薄く目を開く彼女の瞳に己を移す。

何度みても変わらない、美しい瞳だ。膝を折り、ベッドで眠る彼女に顔を近付ける。彼女を温めるのに自分の手だけでは足りず、握ったその手を頬へと運ぶ。ひんやりとした彼女の手が私の熱を受け取ってくれた。

昨晩もなかなか眠れなかった。下準備も徹底し上層部にもできる限り根は回し、入念に策も重ねた。それでもやはり決定打に欠けた現状をどうすればひっくり返せるのかとそればかりを考えた。この日が近付けば比例して私自身の体調が悪化することにももう慣れた。締め付けられるような胃も逆流する感覚も、頭も重みも鈍痛も今更だ。そんなことを気にしている暇など私にない。



彼女の苦しみと比べたら。



「愛している、マリア。また良い報告ができたら戻ってくる。そうでなくても休息時間には戻るから」

マリアは、話さない。呼吸すら浅く小さくなった彼女に私も今更返事などは求めない。ただ生きていてくれればそれで良い。

こうして握った手すら目覚めにも関わらず震え続けている彼女は、笑みを作る余裕すら失った。静かにベッドに寄りかかり、指先一つすら動かすことができない彼女は今もこうして戦い続けてくれている。……きっと、限界は近い。


「それまでゆっくり休んでいてくれ」

こうして私が言葉を掛けても、反応すら示さなくなったのだから。

表情も変わらなければ、眉ひとつ動かさない。昨日は朝日を眩しそうに眉を寄せていたが、今は虚空を眺めるだけだ。目は開いているが私が視界に入っているかも怪しい。優秀な医者達が首を横に振った彼女の病状はこんなに近くで看ている私にも理解ができない。

意識があるか、目は見えているのか、耳は聞こえているのか。少し前までは異変の度に医者を呼んでは狼狽し彼女に何度も呼びかけたが……今はもう、少しずつ擦り切れていく彼女にそれを求めることの方が残酷だ。

心臓に激痛が走り、思わず服越しに鷲摑む。うっかり彼女に気付かれていないかとすぐに解き見つめたが、反応のない彼女からは何も読み取ることができない。最初は不安で仕方なかった止まらない彼女の震えが、今では生きてくれている数少ない証だ。

もう行かねばならないと頭では理解しながらも、横たわる彼女から離れることに言いようもなく不安が渦を巻き足に杭を打つ。

侍女の一人がそっとマリアの視界に入る位置に水を替えた花瓶を飾ってくれた。単色の天井か空しか見上げられない彼女の生活にとって貴重な彩りだ。……その、鮮やかな色の主張に急き立てられるように私は彼女の手をそっとベッドの中へ戻した。


─ 花が嫌いだ。野に咲くでも木を彩るでもない飾られる花が特に。


「……行ってくるよ。またあとで」

愛しい彼女の額に口付けを落とし、笑んで見せながら立ち上がる。

侍女にマリアの体調について医者を呼ぶようにだけ託けし、彼女の部屋を後にした。衛兵に声を掛け、隠し扉を通り廊下に出る。この時間帯は他の者に見られる心配もなく、すんなりと王居へ向かうことができる。

部屋を出た途端、後を追うように今朝の彼女の姿が頭から離れず内臓を内から圧迫した。まるで人形のように反応のない彼女を思い返し、一人歩きながら胸を押さえる。

大丈夫だ、今日の法案協議会さえ上手くいけば間もなくだ。もし通らずとも次の策も考えていると自分に言い聞かし、無理にでも思考を変える。


……花を、視界にすら入れたくなくなったのはいつ頃からだろうか。


昔は、むしろ好んでいた。

彼女に出会ってから美しいと思うようになった。花を摘んでくると彼女が喜ぶから花の咲く季節には日課ですらあった。彼女はどんな花でも喜ぶから、珍しい花を見かければ必ず彼女に会う前に摘んでいった。

花を買う金すらなかった私には、彼女へ贈れる数少ない品だった。私が贈った花を手に、頬を綻ばせて笑う彼女を見るのが好きだった。

婚約し共に住むようになってからは、花束を理由もなく何度も買って帰った。両手に収まりきらない花束を胸に笑ってくれる彼女が好きだった。

彼女が病になり、伏すようになってからは毎日のように買った時期もある。家の中から、部屋から、ベッドから動けなくなった彼女の一日を少しでも彩りたかった。

だが、今ではもう侍女に任すばかりで私から飾ることも滅多になくなった。面倒なのではない。ただ……動かなくなった彼女に花を添えるのが嫌だった。


─ 花が嫌いだ。まるで死者への手向けのような白い花が特に。


「おはようございます、ジルベール宰相殿」

「おはようございます、ジルベール宰相。今日は私も後押しさせて頂きます」

「宰相殿、今日は気合いが入っておりますな。影ながら応援しております。……ちなみに、例の件は」

おはようございます、ありがとうございます感謝致します、ええ勿論ですとも。

王居に入り王宮に近付いた途端に、上層部と言葉を交わし合う。皆、私側についている者達だ。

今日の為に入念に準備してきたことも知っている。一部の王族に疑念を抱く者達は全員今は私の賛同者だ。貴重な票を持つ彼らへにこやかに笑いかけながら先へと向かう。法案協議会の前に王配の補佐業務が私には待ちかねている。……彼らが反感を持ち、影で叩く王配であるアルバートの。

庭園を歩くごとに嫌でも視界に花が目に入る。上層部達の隙間から見える花の色鮮やかさにそれだけで胸の内が不快に苛立った。王宮へ向かう度にちらつくこの花々をいっそ焼き尽くせれば少しは気が晴れるだろうか。

城で働く上で花など飽きるほど目に入る。庭園だけではない、王宮のどこかしこにも侍女による花が毎日水を入れ替え飾られている。


「来たかジルベール。早速ですまないが、ここの資料を纏めてくれ」

「……承知致しました。王配殿下」

アルバートの部屋に入り、視界に消えた花々にやっと息を吐く。

いつものように王配である彼に挨拶を交わし、資料を纏め、協議会へと向かう。終始私に眉を寄せていた彼の眼光も今は殆ど気にならない。分厚く重なった資料を手に待ちに待った時を迎える。特殊能力申請義務令の利について上層部は勿論のこと女王へも語って聞かす。今度こそ、今度こそと指先まで熱が入りながらもあくまで平静を保って見せ



「今年も残念でしたな。ジルベール宰相殿」



…………協議会後、そういって肩を気安く叩かれた。

相手の顔を見てもすぐには名前が浮かばない。ただ決まった笑みで「いつかわかって頂ければ良いのですが」と返し、今回の協力へ感謝を示した。

遅れて回った頭が彼の名前を思い出したが、既に別れを告げた後だ。その後も次々と声をかけてくる上層部に挨拶を返すが、「また来年こそ」と彼らの口からも私の口からも言葉が出る度にその端が歪になりかける。

この場で書類をひっくり返してやりたい気持ちを抑え、今は次の策へと思考を動かした。まだ私がすべきことは、手は残っていると己に言い聞かす。今回も、賛同者は過半数に及んだ。問題はやはり王族の賛同のみだ。


「本日は法案協議会にご参列ありがとうございました。プライド第一王女殿下」

「いえ、こちらこそ勉強になりました。ジルベール宰相」

お先に失礼致します、と。

アルバートに挨拶を交わした彼女に、宰相である私から挨拶をすればすんなりと笑みを見せた。その背後に立つステイル様だけが口を結んだまま僅かに眼差しが強くなる。

気付かぬふりをし、先ずは深々と礼をして彼女を見送った。上層部達に一言断り、それからすぐに王女を追う。


─ 花が嫌いだ。血の色に似た毒々しい深紅の花が特に。


そうだ、まだ私には手が残っている。

来年、来年だ。彼女の合意さえ得られればまだ来年にこそ可能性がある。今や王族のみならず騎士団までも味方につける彼女が。

私が提議した際も、僅かなりとも彼女からは他の王族にはない惑いが見えた。いっそ今からでも遅くない。この法案の味方にさえつけられれば。

王族の最後方を歩む彼女の背を見つめ、小さく息を整えた。笑みを作り、姿勢を正し、あくまで説き伏せる側として声色にも注意を払い、呼びかける。


「……プライド第一王女殿下」

鮮やかな深紅の髪。今日、マリアの部屋に飾られたのと同じ色を振り撒く彼女へ慣れた笑みで取り繕った。




─ 見るだけで、噎せ返る。




諦めたりなどするものか。




……





「おはようございます、ジルベール様」

「おはようございます、旦那様。朝食の準備はできております」


朝日が眩しく、目が眩んだ。

軽い身支度と、そして侍女達へ挨拶を返しながら食卓につく。宰相である私は屋敷から城まで向かう時間も踏まえて朝も早い。朝食を手早く取り、今日の予定を頭の中のみで反芻する。

身支度を完全に終えてから玄関へと向かった。使用人達が勢揃いで私を見送る中、物音に気づき顔を上げれば今日もまたいつものようにそこに居た。


「いってらっしゃいジル。気をつけてね」


愛しい妻が、奥の部屋からわざわざその足で見送りに来てくれた。

わざわざ見送りなどせずともゆっくり休んでいてくれて良いと何度言っても、彼女は必ずこの時には間に合ってくれる。今は身体も重い筈なのに、全く苦を感じさせない彼女は寝衣に身を包んだまま私に微笑んだ。私からも笑みを返し「君も体調には気をつけて」と返せば、今度はパタパタとわかりやすい足取りが近付いてくる。……どうやら彼女も、今日は起きられたらしい。

足音に気付いたマリアも使用人達も察して笑む中、私も敢えて玄関を開けずに立ち止まった。マリアのように毎日ではないが、彼女も時折こうして私を見送りに起きてきてくれる。

到着を待ちながら、ふと視線が玄関脇の花瓶へと向いた。いつも侍女が手入れをしている花だが、昨晩からまた新しい花が飾られている。

私が、愛しい彼女達へ帰りがけに買ってきた花だ。


─花は良い。野に咲くでも木を彩るでもない……飾られる花もしかり。


「とーさま、いってらっしゃい!」

寝ぼけ眼のまま寝室から駆けてくる娘のステラに両膝を折れば、そのまま胸に飛び込んできた。

いってくるよ、と返しながら小さな身体を抱き締めれば寝ぼけ眼とは思えない満面の笑みが返ってくる。最後に頭を撫で、ゆっくりと立ち上がればステラも足音を立てながらマリアの隣に並んだ。

玄関が開かれ、外へ出る前にもう一度だけ背後に並ぶ幸福を振り返り私は屋敷を後にする。屋敷で過ごすマリア達に残す為にも雨の日でない限りは馬車ではなく徒歩で通う私は、足早に城へと向かった。

朝日が温かく、今朝は眩しいと感じたがこうして歩く分はむしろ心地良い。景色も良いこの場所に屋敷を買って良かったとつくづく思う。城からは距離があっても日々の運動にはちょうど良い。

城へ辿り付けば門兵に挨拶し、名を言わずとも通される。城門を抜けたところで王居へ、そして庭園を抜けて王宮へと向かう。

今年も庭園の花々は鮮やかに咲き誇っている。屋敷からの景色も良いと思うが、やはり花の数ではここに敵う場所は滅多にない。私の朝の楽しみの一つでもある。


「……ジルベール。この花はお前だろう」


王配であるアルバートの部屋で早速朝の業務を進めてから、彼がそれに気付いたのはティアラ様が訪れてからだった。

彼の席からは少し遠い窓際に飾った花に、ティアラ様はすぐ気付かれた。「素敵なお花ですねっ」と声を弾まされたティアラ様の賞賛に、アルバートもやっとその存在に気が付いた。

彼も花に興味が無いわけではないのだが、今回は花瓶の位置が悪かったのだろう。書類を睨みながら部屋に入っていたものだから無理もない。


「ええ、昨晩侍女に命じておきました。せっかくティアラ様が通われるようになりましたし、部屋に彩りをと思いまして」

「ありがとうございますっ!とても綺麗なお花でびっくりしました!」

確かにそうだな、とアルバートが頷くのと殆ど同時にティアラ様が目を輝かされる。

以前までは私とアルバート、そしてステイル様が出入りすることが多かったが、女性が働くのであればと思い手配させた。

軽い足取りで窓際へ近付かれるティアラ様は腰をかがめてその花を眺められた。白い花弁を指先で小さく触れながら「なんという名前のお花でしょうか」「お姉様ならきっとわかります!」と自慢げに語られた。

花の名を答え、私から「ティアラ様が少しでも心地良く業務補佐ができれば幸いです」と伝えれば陽だまりのような温かな笑みを浮かべて下さった。


─花は良い。無垢で美しく、ただ可憐に咲く純白の花もまた。


「……さて。そろそろ私は一度失礼致します」

「!いってらっしゃい!ジルベール宰相、宜しくお願いしますっ」

「毎朝すまないな、ジルベール。頼む」

時間になり、私は一度部屋を出る。

すぐ側の宰相である私の執務室へと移動する。ここ最近は、一度こうして席を外さなければならない。私以外いない部屋で少し待てば、ステイル様が瞬間移動でいらっしゃった。その傍らにはプライド様もおられる。

学校の潜入視察。その為に毎朝私の部屋に訪れるこの方々を子どもの姿に変えるのが、最近追加された私の業務だ。

元に戻す時は触れずとも可能だが、姿を変えさせる時は一度触れなければならない。身体が縮んでも問題ないように首から下を簡易の衣服で包んだお二人に、先ずは挨拶から始める。


「おはようございますプライド様、ステイル様」

「おはようございます、ジルベール宰相。今日も宜しくお願いします」

未だに少し申し訳なさそうに首を窄めて笑うプライド様は、私の特殊能力を毎回使わせることを気にして下さっている。プライド様の次はステイル様、そして別室で待たれているであろうアーサー殿だ。

しかし私がこの程度のお手伝いをするなど当然のこと。学校の為、そして救うべき生徒の為に今日も赴かれる方々に、私から胸に手を当て礼をする。


─ 花は良い。焔のように生命の色を放つ鮮やかな深紅の花もまた。


「お望みのままに」

大恩者であるこの方々のお力になることは、私も望むところなのだから。


─ 我が道を照らしてくれる灯火、そのものだ。


ゼロサムオンライン様(http://online.ichijinsha.co.jp/zerosum)より第11話無料公開中です。

今回はまた色々な意味で豪華な回になります!

美しく、煌びやかで格好良い場面が目白押しです。作者も何度も素晴らしい場面に目を奪われました。本当に本当に豪華なので、是非ご確認下さい…!


そして、この度4月にコミカライズ2巻が発売致します…‼︎

本当に本当にありがとうございます。作者も今から楽しみで堪りません。

今後も宜しくお願い致します。

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