そして詰められる。
「……時間だ」
あ、とその言葉に振り替えるとちょうど騎士団長との約束の時間五分前だった。
うっかり話に夢中になり過ぎて忘れていた。時計を確かめるとそれぞれ「やっべ」「そうですね」「申し訳ありません長居し過ぎました」「ステイル送ってくれ‼︎」とアラン隊長、エリック副隊長、カラム隊長、そしてアーサーが少し慌てた様子で目を見開いた。
ハリソン副隊長に至っては自分の足で急ごうとしたのか、部屋の窓を開けていた。そこ出入り口じゃないのだけれども。
アーサーがステイルにお願いする旨を聞いたらそっちの方が早いと判断したのか、私達が止める前に開けた窓から身を引いてくれた。焦る気持ちはわかる。私にとっても騎士団長と副団長を待たせるわけにはいかない。
ステイルの手に触れる前に「失礼致します」と深々頭を下げたハリソン副隊長も含め、近衛騎士達が私に礼をしてくれる。おやすみなさい、と私からもお礼を兼ねて言葉を返した。
一度で全員瞬間移動できるステイルだけど、最初に一番急いでいそうなハリソン副隊長から瞬間移動させた。次に手の届く距離に居たアーサーに「じゃあな」と何やら意味深に目を合わせると背中を叩くようにして瞬間移動させる。次にどうぞと手を差し伸べれば、アラン隊長とエリック副隊長が重ねるようにして瞬間移動された。カラム隊長一人が、ハリソン副隊長が開けっ放しにした窓を閉める為に窓へ向かって出遅れる。
私からわざわざ窓までと謝ると「まだ間に合いますので」と断ってくれた。それでも残業には変わりないのに。
「!……ップライド。一つ気になったのですが確認しても宜しいでしょうか」
パタンと窓が閉められ丁寧にカーテンをカラム隊長の手で整えられる中、ステイルが思い出したように少し険しい表情で私をみた。
何かしら、とその視線に少しぎくりとしながら返すと、カラム隊長も気になったように歩み寄りながら前髪を押さえていた。私とステイルの話を遮らないように二歩ほど離れた位置で待ってくれる。待たせるのを申し訳ないなと思いながらも、今は深刻そうな様子のステイルの言葉を待った。
一度唇をぎゅっと結んだステイルは視線を床に落とした後、「蒸し返すようで申し訳ありませんが」と険しい表情を私へ向けた。
「先ほどのディオスの言葉で戸惑われたということは、……まさかまだ女王継承権を返還して〝ジャンヌ〟として生きるのも良いなどとは思っていませんよね?」
おっ…………と。
まさかの変化球を投げられたような衝撃に私はうっかり言葉に詰まる。もしかしてそのことでも心配をかけていたのかしらと今更気付く。
以前、奪還戦後にうっかりステイル達の前で言ってしまった言葉を思い出す。そういえばあの時もすごくびっくりされてしまった。
ステイルもティアラも今や私を支える為に頑張ってくれているのに、さっきのことでディオスの言葉に私がややこしい態度をとったから「平民になりたいと思った」と心配させてしまったのかしら。でも、ヴァル達と旅ならともかく流石にディオスの冗談を間に受けるほど逃避はしていない。
「そ、んなことないわ。あれは本当に驚いちゃっただけで……」
「本当ですか?」
ずいっ、と一歩踏み込むようにステイルが言葉を重ねる。
どうやらまだ信頼して貰えていないらしい。確かに継承権の話し合いでもティアラに押し負けなかったら身分を捨てて配達人御一行に混ぜてもらおうと思ったし、身から出た錆としか言えなそうなのだけれど。
ぐぐぐぐぐと若干ステイルから怖い気配まで感じてきて、事情聴取を受ける容疑者みたいになる。日頃の言動ってこういう時にものを言うんだなとヒシヒシ思い知る。
笑おうとしたけれど、口端がピクピク震えてしまう。黒縁眼鏡の奥が漆黒に光ってちょっと怖い。
なんとか頭の平静な部分だけを回してステイルに納得して貰えるように言葉を並べる。
「本当よ。心配しなくても今はちゃんと第一王女でいようと思っているわ。揺れたわけでもないし、本当の本当にディオスの冗談に驚いただけだから」
「ディオスが本気だったらどうするんですか?」
容赦ない‼︎
チェスみたいにじわじわ逃げ場と言い訳を潰されていく感覚に、前世の痴漢容疑みたいに嘘でも認めてごめんなさいした方が楽なんじゃないかと魔が刺してしまう。いや誠意にかけるから言えないけれど!
どうやら次期摂政として頑張ってくれてる上、アーサーとカラム隊長と同じく私にがっつり巻き込まれるステイルには白黒つけないと気が済まないらしい。「大丈夫よ」と首を絞められているようにか細い声を漏らしながら弁明を続ける。
もうこうなったら恥ずかしくても、誠心誠意ディオスのもしも理論に付き合うしかない。真っ直ぐ睨むように見つめてくるステイルに、私はわずかに首ごと頭を引きながら意を決する。
「じょ、冗談じゃなくても。きっと断るわ。だって、ディオスはまだ私の正体なんて知らないし……」
もう、ディオスは冗談なのに冗談じゃない前提で話すのすごく恥ずかしい。
真面目に受け止めちゃっている感に足の先までむず痒くなる。もしかしたら、冗談まじりで求婚されたくらいで本気になったとかも心配されたのかもしれない。元婚約者のレオンはさておき、私は社交界でティアラみたいに真正面から求婚されたことなんてないもの。
ここまで言ってもステイルは納得いかない表情のままだ。口を一文字に結んでいて、私がこのまま引き攣って開いた口を閉じれば確実に第二弾第三弾の詰問が飛んでくるのだろう。
その前に「それに」と言葉を紡ぎ、駄目押しで策士ステイルが納得してくれるように弁明と証拠を提出にする。
「もう、貰ってくれる人はちゃんといるもの」
その瞬間。さっきまで疑り百パーセントだったステイルの目が大きく見開かれた。
前のめり且つ内側に入っていた肩が、大きく揺れた後に背中ごと逸らされる。
えっ、とまた何か失言したかしらと考えられたのも束の間にステイルの顔色が塗ったように真っ赤になるのに驚いた。
ステイル⁈と尋ねて反射的にアーサーの居た方向を見る。でももう彼はいないから発熱の応急処置はできない。それどころかカラム隊長が代わりに居たと思えば、こちらまで顔が真っ赤だった。真っ直ぐに身体の横に手を下ろして兵隊人形みたいに固まっている。強く開いた目が痛いくらい私を凝視していたけれど、口までぴっしり閉じられたままだ。
へ、えっ⁈と交互に二人を見比べるけれど、全くそれ以外の反応がない。遅れてやっと「やってしまった!」と自分の失言に口の中を噛む。
仮にも婚約者候補である二人の前でこんなこと言ったら「貰ってくれるのよねぇ?」と圧をかけているのと一緒だ。第一王女のくせに押し掛け女房みたいな発言を言ってしまったし圧が強過ぎて緊張させてしまったのか、むしろそういう物言いをした事自体を怒らせたのかもしれない。
ご、ごめんなさい!と謝るけれど、もう二人とも返事どころか頷きもくれなかった。子どもの姿で二人に平謝る私は確実にやらかした問題児だ。
ここはちゃんと頭も下げるべきかと首を下に向けた瞬間、今度はステイルとカラム隊長同時に揃って手で止められてしまう。「いえ……!」と声もまばらに重なった二人を見返せば、片手で口を覆うカラム隊長と手の甲で押さえるステイルはどちらも私とは別方向に目を向けていた。下げる頭も見たくないというのならば、いよいよ激怒の域じゃ
「……〜っっ‼︎プライド、様。〜恐れ、多くも少し宜しいでしょうか……⁈」
はい⁈と思わず背が伸びる。
絞り出したようなカラム隊長の声に意識的にも姿勢を正せば、口を押さえた手を離したカラム隊長は何度も前髪を指先で整えてから私へ向き直った。まだ顔色は変わらない、むしろさっきより悪化している気さえする。
固まったまま盗み見るように視線だけくれるステイルの横を抜け、私の前に歩みを詰める。心なしかフラリと足元が覚束ないのが心配になる。
叱られる、と肩まで強張らす私にカラム隊長は正面で立ち止まった。表情が間違いなく私以上に強張っている。唇を結んで私からも見返せば、女性相手に圧を掛けないようにかそっとそのまま片膝をついて見上げてくれた。丁寧なカラム隊長らしいその姿勢に、もしかしたら怒るつもりはないのかしらと頭の隅で思う。けれど、その眼差しは真剣そのものだ。
「騎士の立場としては、このような発言は恐れ多いと存じております。先に謝罪致します。しかし、別の立場で言わせて頂きます。……年頃の女性が。ッ仮、にも!婚約者候補の前で、そのような発言をされるのは、少々無防備が過ぎるかと……‼︎」
……いや、やっぱり怒られた。
胸の前に両手を結んで身構えてしまいながら、カラム隊長の言葉を一文字一文字を飲み込む。詰まらせながらも必死とも取れる形相で訴えてくれるこの言葉は真面目に受けないと私が失礼だ。
取り敢えず圧を掛けたと思われたわけじゃないらしいことにほっとしながらも、確かにちょっと甘えた言葉を言い過ぎたかなとまた反省する。
私からも反省を示しながら控えめに「……はい」と頷けば、何故か更に難しそうに一瞬眉を寄せたカラム隊長は一言断りながら私の右手を両手でそっと挟むように包んだ。
「ッ我々を信頼して頂けるのは光栄です。しかし深夜の、他に咎める者も不在の自室で、且つ私も、そしてステイル様もここには不在のアーサーも今や成人であり〝男性〟です。……どうか、発言の際には時と場所と相手をご確認の上、〝覚悟〟を持ってお願い致します……‼︎」
ところどころ強調される言葉が、低めた声で噛み締められているのがよくわかる。
ステイルもその場に佇んだまま無言でブンブンと首を縦に振っている。口を押さえるのと逆の手が小さくガッツポーズのように拳を握ってるのがチラリと見えた。カラム隊長に完全同意という意味だろう。
つまりはこういう状況で……と、言葉の意味に頭を回し始めれば今度こそカラム隊長のお叱りしたい意味を理解する。
はっと息を飲み、目だけで照明の控えめな部屋と月明かりの溢れる窓辺に背後の寝室と、ステイルにカラム隊長という並びを改める。しまった!婚約者候補という二人しかいないなら話しても問題ないくらいにしか考えなかった‼︎‼︎
「〜〜っ‼︎」
言われてみればレオンと初めて話した夜も更にはつい最近にもと色々思いだせば、唇を絞ったままぶわりと頭に熱が膨らんだ。いやあれは違う‼︎と直後に頭で叫んでもどんな顔をすれば良いかわからず表情だけ固まったまま脈がドクドクと全身に流れるのを感じた。
目の前で手を取って跪いてくれてるカラム隊長が、今はもの凄く恥ずかしくなる。すると表情にはまだ出てない筈の私に、カラム隊長がほっと全身から力を抜くように突然息を吐いた。
「……畏れ多く、大変失礼致しました。ですが、ご理解頂きありがとうございます」
ッ駄目だ顔色でバレた‼︎
流石カラム隊長。アーサーが昔から言っていた評価を改めて思い出す。私が言葉を出すよりもそっと手を解かれる方が先だった。いっそもっと部屋を真っ暗にしておくんだったと的外れな後悔まで思う。
ゆっくりと私から目を離さず立ち上がるカラム隊長を、見下ろす首が今度は見上げるべく角度が上がる。口、というよりも喉から「ごめんなさい……」と声が出た。
未だに表情は強張ったままのカラム隊長は無言で深々と頭を下げて返してくれたけれど、その途端にきらりと汗の滴が落ちたのが月明かりに反射して見えた。
王族相手にわざわざ咎めてくれたのだから当然だ。そのまま足だけでステイルの背後まで後退するカラム隊長は、一度も自分から汗を拭わなかった。退がるカラム隊長に代わり、佇んだままのステイルが再び最前になる。そうだ、謝罪すべきはカラム隊長にだけじゃない。
「あ、の……ステイルも、本当にごめんなさい。ちょっと、ついステイル達だと気が緩んで……いえ、言い訳です。その、場所と時間が無防備過ぎ、ました。次からはもう少し自粛するように気をつけます……」
「ッの必要はっ!……〜〜、いえ。わ……かって頂けていたなら、良いです。……俺の方こそ元はと言えば出過ぎた発言でした……」
申し訳ありません……、と苦しそうに絞り出すステイルはさっきと比べて全く棘がなかった。
ぷすぷすと一歩近付いただけで熱を感じたステイルが心配になったけれど、私が近づけば近づくほど同歩数で退がられてしまった。本当に怒っていないのだろうか。
体調は平気なのか尋ねようとすると、それより先に今度はカラム隊長が「ッす、テイル様……!」と遠慮がちに声を抑えながら進言した。
ステイルもそれに「そうでした……!」と力一杯身体ごと振り向くと、カラム隊長を帰すべく手を差し出した。そして最後に首が壊れるんじゃないかという勢いで二人は私に顔を向ける。
「それではプライド!俺も失礼します‼︎今日はお付き合い戴きありがとうございました!」
「失礼致します、プライド様。ごゆっくりお休み下さい……‼︎」
カラム隊長を騎士団長の元へ返すべく焦ったせいか、二人とも若干声が途中からひっくり返っていた。
え、ええ……と私も返し、弱弱しくながらも小さく手を振れば、カラム隊長が消えた直後にステイルも姿を消した。
カラム隊長はこれからアーサーに会うのだろうけれどステイルも大丈夫かしらと、心配になる。カラム隊長も遅刻とかで騎士団長に怒られなければ良いのだけれども。
一応明日エリック副隊長達にカラム隊長が怒られなかったかの確認と、調子が悪そうだったらアーサーにこっそりお願いしよう。特にステイルは体調を崩したままでは大変だ。だって明後日は
ステイルの誕生日なんだから。
一抹の不安と、明後日の楽しみを思いながら私は早速着替えを始めた。
明日の誕生祭準備の為にも身体を休めなくちゃ。
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