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フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
勝手少女と学友生活

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配り、


「後ほどゆっくり頂きます。毎年のお心遣い、ありがとうございます」


任務中に食べられないからこそ、言葉と共に礼儀を尽くして頭を下げるカラムにアランも口を閉じて合わせた。

包みごと懐に小箱を仕舞ってから、今年は熱で全く溶ける心配のないブラウニーであることが幸いだったと思う。

今までプライドからのチョコというだけでも近衛騎士特権という言葉を噛み締めた二人だが、今回はその上にプライドの手製となれば喜びも一入である。特にカラムは今まで気にしなかったハート型にすら妙に緊張を覚えてしまう。


「今から味わうのが楽しみです。大事に頂かせて頂きます」

「嬉しいわ。きっとカラム隊長のお口にも合うと思いますから」

そう言って眩しいほどの花のような笑みを向けてくるプライドに、思わずカラムは唇を絞る。

今すぐ包みを開けて中身を確認したい欲求が湧いてしまうのを近衛中だと理性に呼びかけた。中身がステイルともアランとも変わりなければそれで良し。しかし、仮にも今自分やアーサーはステイルと同じ婚約者候補だと思えば〝まさか〟〝うっかり〟〝仮にとはいえ〟箱の中身をそれに合わせて分けられてはいないかと考えてしまう。……考え過ぎていっそ期待しているのではないかとまで思考が辿り着けば、やっと一人首を横に振って振り払った。少なくとも絶対に箱の中身を安全確認する時は一人の時だと心に決める。


近衛騎士として初めてプライドからバレンタインを受け取った時も、嬉しさと光栄さで目が回った。

義理チョコだとわかっていても光栄が上回り、演習後の夜には一人自室で珍しくブランデーまで開けてしまったことをよく覚えている。甘い菓子相手に、わざわざ酒まで開けるなどカラムには珍しいことだった。

バレンタインにも社交界の付き合いで縁がなかったわけでもない。その度に貰ったチョコ菓子も、一口は必ず味わい感謝もお返しも一人たりとも欠かしたことがない。しかしその時は紅茶や珈琲などの茶請けが殆どである。

そして騎士館の自室でも紅茶や珈琲豆ならばともかく酒を常置しない為、仕方なく急遽アランから一本買い取ったことが当時少し気恥ずかしかった。それ以降はしっかり贔屓の店で事前に上等な酒を一本購入している。


「いやー食べるの勿体ないですね!他の騎士達に取られないように気をつけます」

ハハハッ、と冗談まじりの口ぶりでアランが笑うが、全て本音だ。

近衛騎士として初めてプライドからチョコを受け取った時は、大っぴらに騎士団で自慢したアランである。結果、こっそり貰った事実を隠していたアーサー達の努力も虚しく近衛騎士全員が同僚の騎士達に強制持ち物検査をされかけた。特に大声で自慢して回ったアランには一口よこせと大勢詰め寄るが、それを見事に逃亡成功するまでが毎年のことだった。

最終的にはカラムと同じく自室で夜食に味わうアランだが、今年は少し日を空けてにしようと考える。その時もいつもの倍は味わって食べるだろうと今から自覚した。プライドの手作りであれば余計にである。

贈り物が消え物であることが惜しいと感じるようになったのも、プライドへの感情を自覚してからだった。彼女の手製であればいくら山のように食べても飽きはしない。

バレンタインなどそれこそ今までは身内友人くらいのもの。貰ったらその場で食べて礼を言う。それが今までのバレンタインでのアランの礼儀だった。まさかチョコ一つ食べるのが惜しくなる日が来るなど思いもしなかった。


「ステイル、今年はティアラと一緒に父上達とジルベール宰相へお願いできるかしら?」

「ええ、勿論です」

同じ王居とはいえ、公務で忙しい父親達にはバレンタインも基本的に従者を通しての提供である。

場合によっては打ち合わせに来たジルベールに託すこともあったが、近年は摂政であるヴェストに付いているステイルに託していた。男性側への贈り物の為、プライドもティアラもわざわざ取りに来てとも言いにくかった。

プライドが女王の補佐として王宮に運良く呼ばれれば別だが、用も無く訪れることはできない。昔はティアラと一緒に王宮へ突入したこともあったが、父親やジルベールはともかく規律に厳しいヴェストには「今は公務中だ」「わざわざ来なくても従者に預けなさい」と注意されてしまった。


まさか、王配であるアルバートやヴェストがプライド達から受け取ったのを知る度に女王が影で羨ましがって落ち込むからとは言えない。


昔は「どうせ駄目な母親だもの」とアルバートの前で沈むこともあったローザだが、今では単純に自分の性別を嘆く始末である。

バレンタインはあくまで男性への贈り物という風習が強い為、プライドとティアラも母親には一つも用意していない。直接ではなく従者越しでも落ち込むのに、娘達が母親を素通りしてアルバート、ヴェスト、ジルベールに配って回ったらそれこそ女王が公務に支障を来たしかねない。

今年から王妹確立したティアラのお陰で王宮にいる父親達に娘が直接配れるのも、ローザがどれだけ私情を公務に出さずに済むかをヴェスト一人が気を揉んでいる。


「ごめんなさいね、ステイル。毎年お願いしちゃって」

「いえ、これくらいは。それに今年はティアラのお陰でジルベールの惚気を聞かずに済みますし楽なものです」

眼鏡の黒縁の位置を軽く直すステイルに、思わずプライドだけでなくティアラまで苦笑する。

毎年、バレンタインにジルベールに会うと機嫌が凄まじく良いことは二人もよく知っている。ただでさえ魔神級な仕事の早さも増すが、それ以上に嫁からの甘い贈り物に日中幸せが飽和している。

特にプライド達がジルベールに手渡すのはバレンタイン翌日の為、既に妻であるマリアンヌからチョコを受け取った後である。あまりの幸せオーラに、プライドもティアラも、そしてステイルさえも指摘せずにいられないほどだった。

去年などステイルが「またマリアから貰えたようだな」と呆れるように言えば「今年はステラからも貰いまして」とこの上なく甘い柔らかな声で言われ、悪態を吐く気力もなくなった。その日だけは頭に花が咲いているように見えるのに、優秀さは寧ろ増しているところがステイルにとっても腹立たしいところである。


「セドリックやランス国王とヨアン国王にも渡せれば良かったのだけれど」

「……~っ、ら……ランス国王とヨアン国王にはっ、渡したかったです……」

残念そうに肩を落とすプライドに、今度はティアラもすぐには返せなかった。

さっきまでの陽だまりのようなホクホクとした笑顔が嘘のように、ぎゅっと唇を絞ってそっぽを向いてしまう。敢えてセドリックの名前を抜かしたことに他の誰よりもプライドが胸を痛めつつ、金色のウェーブ髪を優しく撫でた。未だにセドリックが嫌われているらしいことを心から残念に思うが、せめて「セドリック王弟には渡したくありません!」と頬を膨らませられなかっただけ良い方向かなとも思う。

せめて義理でもティアラからチョコレートを貰えたかもしれない機会を失わせてしまったのが残念でならない。ティアラの誕生祭も翌日も彼はちょうどフリージアに居たのだから。……そして、その残念な気持ちはティアラも胸の底では一緒である。

一年前であれば、確実に義理チョコどころか用意するのも全力で拒んでいた。だが今ならセドリックに〝義理ではない〟チョコを渡してみたかったと思う。しかし、この場でそれを大好きな姉兄達に悟られるのは、この上なく恥ずかしくて駄目だった。


「仕方が在りません。セドリック王弟なら来年のバレンタインは城に居ますし、その時で充分でしょう。……さぁ、朝食に向かいましょう。今日はレオン王子の定期訪問も控えているのですから」

だからバレンタインを今日に合わせたのですよね?と察しを付けたステイルが振り返る。

満面の笑みで返す姉妹二人があまりに微笑ましく、ステイルも小さく笑って返す。「先に行っていて下さい」と、階段を降りた途中で二人を先に行かせた彼は、自分の足で貰ったチョコを自室へ置きに向かった。


朝食後の配布に胸を弾ませる姉の隣でぷすぷすとまだ顔の紅潮が収まっていない妹にも気付かない程度には、彼の気持ちも浮いていた。





……





「こちらがジルベール宰相にですっ!お姉様と私からです」


休憩の時にでも召し上がってくださいと、鈴の音のような声で笑い掛けるティアラにジルベールは柔らかく笑みを返した。

今年のバレンタインはステイルがヴェストへ、そしてティアラが父親であるアルバートと補佐のジルベールに届け役を担った。まさかの今日バレンタインのチョコを受け取るとは予想もしなかったジルベールも最初は目が丸くなる。

ティアラから遅くなったバレンタインですと言われれば納得できたが、来年に繰り越さずわざわざ作るのがあの御方らしいと思うと愛しさすら沸いてしまう。すぐ隣で娘から直接チョコを受け取ったアルバートも今は鋭い眼がいつもより開かれている。

包みを開けて中身を確認しているところから見ても、きっと父親として娘から直接受け取るのは嬉しいのだろうと思う。自分も彼に倣い、早速中身を改めようとすればティアラがこそこそとつま先立ちでジルベールの耳へと顔を近付けた。ジルベールからも腰を曲げて顔を近付ければ「中身は父上と叔父様に見られないようにして下さいねっ」と擽るような声で助言を受ける。

それを受け、アルバートが中身を覗き込む間にと手早く自分も包みを解いて見ればすぐにその意味も分かった。口元だけで笑み、すぐに元通りに包みを直してからアルバートに歩み寄ればやはりである。


「……今年はいつもと違いますねぇ。もしや先日仰っていた噂の店で購入されたのですか?」

「はいっ、すっごく美味しいって噂だったので‼︎」

目も舌の肥えている王族に、流石に素人の手製菓子では作ったこともバレてしまう。

そう考えたジルベールからの助け船にすんなりとティアラも乗った。アルバートもそれを言われればなるほどと納得して頷く。包みの中には粉砂糖をこれでもかと掛けられ雪模様となったチョコブラウニーが鎮座していた。

ジルベール宛と違い、アルバートとヴェスト宛は市販品に見せるべくチョコソースの名入れはされていない。ティアラもプライドも、二人にバレたら勝手に料理をしたことを怒られるということはわかっている。

ありがとうございます、と言葉を返しながらジルベールはそっと受け取った包みを自身の執務室へと避難すべく一度席を外した。


……少し長めに外すべきかな。


アルバートの執務室の扉が閉ざされたところでこっそり彼はそう思う。

二人きりにしておけば、きっとティアラは自分の手から直接父親の口に食べさせようとするだろうと考える。流石に自分がその場にいればティアラもアルバートも遠慮すると、ここは友として気を利かせることにした。

娘達と妻からのこういう押しには意外に弱いと、ジルベールはよく知っている。そして包みを持ってきたティアラが〝何故か〟フォークを持参してきたことにも気付いていた。


……その後、充分な時間を置いて戻って来たジルベールだが、この上なく上機嫌なティアラと口元のチョコを布で拭うアルバートを見逃さなかった。


「……さて。仕事前にとお茶をご用意致しましたので、殿下もティアラ様もどうぞ」

意外にギリギリまで躊躇いはしたらしいと思いながら、敢えて指摘はせずに空き箱と使用済みのフォークを彼の机から片付けた。


活動報告を更新致しました。

宜しければ是非ご覧下さい。


重版出来、ありがとうございます。

本当に本当に皆様のお陰です。心から感謝しております。

これからもどうか宜しくお願い致します。

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