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フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
勝手少女と学友生活

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Ⅱ135.首席生徒は独り占めする。


「……取り敢えず、聞きたいんだけど。その人も君達の身内とか……じゃないよね?」


フィリップの言葉から、数秒の沈黙を切ったのはクロイが先だった。

指差す先には、ジャンヌ達が来た時から騎士の背後についていたフードの男が佇んでいた。褐色肌の腕と何よりフードだけじゃなく口元まで布で囲っているその人は、騎士とは対照的にまるで裏稼業みたいで一目で怖かった。

フィリップの言い方からしてもこの人が家に何かしたんだとは思うけど、……具体的になにをやったかは全くわからない。特殊能力かな、くらいだ。


「いえ、彼はアランさんの知り合いです。」

今回は僕らがお願いして来てもらいました、と笑うフィリップにジャンヌとジャックが強張った顔で視線をフードの男に注ぐ。

家の揺れが終わってから、僕らを視界にもいれたくないみたいに背中を向けている男は何も話さない。現れた時から舌打ちしか零さなかった男に、騎士の知り合いというと本当に裏稼業の人間じゃないかと思う。昔、アランさんが捕まえたとか、もしかしたら投獄されている人を連れてきたとか。

セドリック様と知り合いのジャンヌやフィリップ達ならそれくらいできるんじゃないかと本気で思えた。今だってにっこりのフィリップの笑顔が外れたのは、ジャックに「家主にぐらい許可ァ取れ」と肘で背中を突かれた時だけだった。ちょっと前のめりに体勢を崩した後、唇を尖らせた顔でジャックに振り返ってからはまた笑ってる。

すみませんでした、驚かせたくてと。そう謝られても首をどっちに振れば良いかすら呆けた頭じゃわからない。何て言えば良いんだろう。


「一応、家中の確認をお願いします。大事な物は避難して頂きましたが、歪になっていたり壁や屋根に巻き込まれている部分があれば、彼が修正してくれるので」

チッ、とまた舌打ちが聞こえた。……なんでこの人はフィリップの言う事を聞くんだろう。

やっぱり騎士が見てるからかな。そう考えると、二人も騎士が付いてきたのもジャンヌ達じゃなくてこの男を見張る為かもと思えてきた。

取り敢えず茫然としている姉さんは椅子に腰掛けて待っていてもらい、僕とクロイは一緒に家の中を回ることにした。少なくともこの部屋は綺麗なままだ。床や壁のヒビも、雨漏りを塞いだ筈の天井も今は塞いだ木材を挟み潰すようにして塞がっている。

一体家に何が起こったのか、まだ少し怖くて気が付けばクロイと手を繋いで歩いていた。僕だけじゃなくクロイの手の平も汗ばんで湿っていて、震えを誤魔化すみたいに指に力が入っていた。

歩く僕らの背後をジャンヌ達とエリックさん、一番背後にフードの男が付いてきて、アランさんが姉さんと居間に残った。


「……音が、しない……」

廊下に出て、最初に気づいたのはそこだった。

足音が残らない。ギシギシと毎回軋んだ筈の音が全くしない。パタパタと僕らの足音しか残らなかった。

家の中でそんなことは初めてで、試しに僕が飛び跳ねてみたらクロイもちょうど強めに足踏みをしたところだった。ダン、ダンと低い音は響くけど、パキリとも言わない。力強い床は信じられないくらいの安心感で、これなら足元が砕けたり抜ける心配もないと思う。

すると今度は背後に続くフィリップがコンコンッと壁を何度か叩いた。「中に空洞はないな」と満足そうに呟くと、また一番背後から舌打ちが聞こえて肩が勝手に震え上がって上下した。やっぱりあの人怖い。


別の部屋の扉を見たら壁が扉にめり込んでいた。

ノブを掴んで引っ張ってみたけれど、全く動かない。たぶん僕が閉め忘れた部屋だ。

中途半端に開いたままだったから頑張れば抜けれるとは思うけど、と扉と格闘しているとまたフードの人が前に出た。怖くて端にクロイと避けると、その人が軽く近付いただけで煉瓦造りの筈の壁がガタガタと震えながら扉の形に合わせて整い、引っ込んだ。ピシピシと隙間を埋め合わせるような音の後、男がノブを乱暴に引っ張れば当然みたいに扉は開いた。

バタンッと壁にぶつかって、今度は扉が壊れるんじゃないかと怖かったけれどその後に男がズカズカ部屋の中に入っていくから急いで僕らも追いかけた。

その部屋は、ずっと物置部屋だった。詰めるほどの物は残っていないし殆ど空っぽの部屋だったけれど、屋根の壊れた範囲が広くて何度穴を塞いでもまた別の部分から水が漏れるから、使わないと決めた部屋だった。でも、今は。……全くその痕跡もなかった。

薄い線みたいに亀裂の入っていた天井に今はなにもない。やっぱり僕らが塞いだ跡はそのまま巻き込まれるみたいに天井の一部になっていたけれど、もう雨水の一滴も落ちてきそうになかった。

口を開いたまま仰いで中に入れば、思いっきり足が引っかかって転んだ。天井の代わりに足元が波立つようにボコついていたと気付いた時には、もう前方に立つ男の背中に思いっきり頭から突っ込んだ後だった。それ以上体勢を崩すよりも前に手を繋いでくれていたクロイが引っ張ってくれたけど、慌てて飛び引いた時にはフードの下から鋭い目が振り返ると同時に僕を睨んでいた。


「ご!ごごごごめんなさい‼」

「ディオスの馬鹿!」

殺される!と反射的に思って怒鳴るクロイの方へ飛びのくと、声の代わりに男からはまた舌打ちだけが返ってきた。

殴られるどころか文句も言われないまま、フードの男はのしのしと僕らの間を割くようにして部屋から出て行く。

フィリップが「この部屋も問題ないようでしたら次へ」と促してくれて、さっきの躓いたところに目を向ければ、もう綺麗に平坦な床だった。さっきの扉みたいにこっちも一瞬で直したみたいだ。

クロイに手を引かれ、僕はまた次の部屋へ向かった。扉をくぐった途端、またすぐ横に男が立っていて思わず声を上げちゃった。

ジャンヌが苦笑気味に「大丈夫よ、怖がることはないわ」と言いきかせるように言ってくれた。ジャックも頷いてくれて少しほっとしたけれど、直後にフィリップが「貴方達に怒ってるわけじゃありませんから」とか言うから、じゃあ誰かには怒ってるんじゃないかとまた怖かった。もう打たれる舌打ち一回一回が怒らせる秒読みみたいで段々視界に入れるのも怖くなる。


また僕らは次の部屋に次の部屋にと一階から二階までの部屋という部屋と扉という扉を全部確認して回った。

ところどころ歪になっているところは全部フードの男が修正してくれて、使える部屋がどんどん増えていく。今まで老朽化が酷くて壊れたり雨漏りとか天井がいつ落ちるかとか、床がいつ崩れるかとかわからなくて使わない物置部屋が増えて使える部屋が限られていたからあまり実感はなかったけれど、……本当に、すごく広い家だったんだなと思った。部屋の数だって多いし、広い。


姉さんの部屋にしていた、元々父さんと母さんの寝室に入ると使っていたベッドや家具が半分飲み込まれるようにして床に埋まっていた。フィリップが大事な物を纏めておけと言っておいてくれた理由がよくわかった。

一回持ち上げなくちゃと思って駆け寄れば、ジャックやエリックさんも手伝ってくれた。殆ど二人の力を借りる形で家具を持ち上げてからすぐに床が平坦に戻る。部屋を確認して、時々直して、家具を動かして、扉を閉めるを繰り返す内に、だんだんと現実感が遠のいていった。僕らは何をしてるんだろうと本気でそう思った。


「この部屋で最後ですかね。エリック副隊長、時間はどうですか?」

「あと十五分というところ、だな」

家が、内側から綺麗に直っている。

一晩とすらいえないくらい、あっという間に。階段を下りてもう一度居間へ戻ったら、姉さんが「ディオスちゃん達が上に上がったのに全然天井が悲鳴を上げなかったわ」と嬉しそうに両手を合わせて笑っていた。いつもなら二人どころか一人でも二階に上がったら、天井が怖い音を立てたのに。

他の部屋はどうだったと聞かれても、僕もクロイも口が空いたまま何も言えなかった。

フードの男が腰を曲げてぼそぼそとフィリップに何か言ったけど、「いや待て。まだ残っている」と一言返した途端に舌打ちが大きく鳴った。今、絶対フィリップ敬語使わずに話してた!……なんか今度はフィリップもちょっと怖い。


「では、最後に外装と流し場やお庭を調整しても宜しいですか」

今夜は満月ですし、とフィリップが僕らに向けて笑う。そういえばまだ家の外は見ていなかった。内側からどこにも穴や亀裂は空いていないことは確認できたけれど、折角の家が見かけがボコボコだったら大変だ。

姉さんにアランさんが手を貸してくれて、そのまま最後に全員で家を出た。扉を開けて、足元が落ちていないか入念に確認しながら外に出る。扉を開けた途端、月明かりが差し込んできた。

僕らからフィリップ、ジャンヌ、ジャック、フードの男、エリックさん、姉さんとアランさんと次々と出てきて、通りまで出て家を見上げた。

ぽっかり夜空に穴をあけたみたいな月が眩しく光っていて、正面からはっきりと僕らの家を照らしてくれた。影だけでいえば、形は全くいつもと変わらない。ただ、月明かりに照らされた外装は、ヒビ一つない綺麗な表面が月明かりにうっすら反射していた。剥げた塗装だけはそのままだったけれど、そんなのどうでも良くなるくらいにそれは、間違いなく




父さんがくれる筈だった〝僕ら〟の家だった。




『楽しみにしていろヘレネ、ディオス、クロイ。今は古いが、父さんが立派に仕上げてやるからな』

そう言って頭を撫でてくれた父さんの声が、鮮明に蘇った。

胸が締め付けられて、熱い。太陽みたいに明るすぎる月が水面みたいに滲んでいた。止まった呼吸を改めるように息を吸い上げたら、喉が震えた。

殆ど同時に隣にいるクロイからも掠れた喉の音が聞こえてきた。


『部屋はたくさんある。お前達の部屋も母さんの部屋も一人一つずつ使えるぞ』

外周もちゃんと確認しましょう、とフィリップに声を掛けられる。

でも見上げたまま僕らは動けなくて、返事も全然できなかった。背後から姉さんの息を飲む音が聞こえて、きっと僕らと一緒だと頭の隅で理解する。月明かりに照らされた僕らの家から目が離せない。

フィリップが「僕らだけで先に確認しておきます」と言ってくれて人影が一つ二つ横切って行った。

その間もただただ綺麗なこの家が、僕らのものだということが信じられない。きっと住んでいない僕ら以外の人にはあまり違いもわからない。でも、僕らにとってはどこも壊れていない、ヒビもない、崩れてもいないその家が、学校の友達に自慢したくなるくらいの大きくて立派な家で。


『友達がまたできたら呼んでもいいぞ。クロイ、お前も今度こそちゃんと作れると良いな』

ひっぐ、と喉を鳴らす音が聞こえた。

込み上げたような喉より先のその音に、やっと視線が家から外れる。顔を向ければクロイだった。

顰めた顔で顎が震えるくらいに食い縛ったクロイが、僕より先に泣いていた。繋いでいる方と反対の手で目を拭って、足りなくて腕をつかって押さえつけたら肩まで震え出した。クロイの気持ちが響くくらいにわかって、握る手にぎゅっと力を込めたらすぐに返ってくる。その途端、月だけじゃなく視界の全部が滲んで見えなくなった。


『庭も広いんだ。井戸は古すぎて使えないが、流し場と……それに母さんが好きな花をいくらでも植えられる。ディオス、またうっかり踏まないようにな』

何度も何度も腕を使ってこすって拭って、口の中を枯れるまで飲み込んだ。

歯を食い縛って、フィリップ達が居なくなった先を見る。まだ、ちゃんと僕らでも確認しなきゃと涙でまた視界が悪くなる中でクロイの手を引いた。

この先には庭がある。手入れどころか花を植える暇なんかなくて、雑草だらけで流し場しか使わなくなったそこにクロイも連れて行く。星を追うような感覚に不思議と足元がふわついた。

扉を使わず柵を越え、月明かりが今は届かない夜へと入る。子どもの頃は越えることを考えすらしなかったのに今は簡単に足を回せた。


「!もう来ましたか。取り敢えず井戸はまた使えそうですよ。ご両親は良い買い物をされましたね」

広くなった視界に、伸び散らかっていた筈の雑草は隅に払い除けられていた。

下から盛り上がって、まるで畑でも作るみたいにボコボコと井戸と流し場までの道が開けてる。しかも、目の前では枯れていた筈の井戸から土や泥が吐き出されていた。土ならわかるけど、泥ということは水が含まれているんだと僕でもわかった。

段々と水気が多くなると、もう泥は上がってこなくてフィリップが「これ以上は無理なようなので、時間がある時にでも泥を掬って下さいね」まるで当然のことみたいに言う。枯れてた筈の井戸をどうやって掘り起こしたのかわからない。フードの男だって、井戸の淵に手をついて覗き込んでいるだけだ。父さん達がもう底が埋まっていて使えないと話していた筈なのに。

目の前のことが夢か幻みたいでわからなくて、いつの間にか僕らはフィリップに付いて歩く。いつの間にか流し場の壁もヒビが消えている。家の外周をゆっくりとした足取りで歩きながら、表面がガタついているのを確認する度に男が壁に手を付いて一瞬で直していた。


「移住しろなんて言いませんよ。帰る家も家族が遺した家の重みも僕だってそれなりには知っていますし。ですが、家が崩壊する心配が無い方が売るにも住むにも都合が良いのは変わりませんから」


尋ねてもいないのに、突然フィリップが鼻歌混じりにそう言った。

ぼてぼて歩く僕らに背中を向けた彼は、少し声が大人びてる。確かに売るとしても前の状態じゃ土地代くらいの大した値段にはならなかった。でも今のこの家なら違う。

本当に、僕らが住むには勿体ないくらいの豪華な家だったから。きっと父さんは、この家を僕らにくれたいと思ってくれて母さんも知ってたんだろうと思ったら、……また凄く込み上げた。

ゆらゆら歩く。住み慣れた筈の家の周りを歩いているだけなのに、森の中に迷い込んでいるかのようだった。静かで、綺麗で、月明かりが頼りのまま帰る場所を探してる。


「流石に塗り替えまではできないので、休みにでも安全に考慮して行って下さい。きっと見違えますよ」

もう見違えてるよ。

そう言いたいけど、もう喉がカラカラだった。目からはボタボタ流れるのに、手も足も重くって、それでも僕らは歩く。父さんと母さんが僕らに見せようとしてくれた家を全部この目で飲み込みたかった。

口の中を噛む僕と、ヒクつく喉のまま手を引かれ続けるクロイ。まるでいつもの僕らと逆で、だけど間違いなく僕はディオスだ。


「ディオスちゃん、クロイちゃんっ……」


姉さんの声がして、やっと一周したんだと気が付いた。

何度見ても僕らの家で間違いない建物が、どこのお屋敷よりも貴族の家よりも学校の寮よりも世界中のお城よりも、ずっと立派で格好良くみえて何度も見惚れちゃって気付かなかった。

姉さん、と僕とクロイは走り出す。立ち止まったフィリップ達を過ぎて、玄関の前でアランさんと一緒に僕らを待っていた姉さんへ飛び込んだ。近づけば近付くほど姉さんも涙が溢れて光ってて、胸を両手で押さえていた姉さんを僕らは揃って抱き締める。


「すごいよ‼︎家が外も凄い綺麗になっていてお金持ちの家みたいだった‼︎庭の井戸が使えるよ!壁も塗り替えよう‼︎」

「庭ッ……‼︎姉さん、花植えてよっ……。……もう、水汲むの困らないし、……僕らも全部手伝うからっ……」

すごいわ、うん、本当に?絶対に、楽しみだわと姉さんが言ってくれる。

もうここが夢の中なら一生見ていたい。死ぬまでずっと夢の中に居たい。それくらいに嬉しくて、なのにどんなに泣いても声を上げても痛いくらいに口の中を噛んでも、腕の中のクロイと姉さんを抱き締め直しても目が覚めない。

嗚咽の中で言葉を絞り出すクロイも、腕の中で震えてる姉さんもきっと一緒の気持ちだと同調しなくてもわかる。……する必要なんてないくらい、今の僕を誰にも譲りたくないと思う。



『さぁここが、今日からお前達の新しい我が家だ』



この嬉しさも、胸の痛みも込み上げる懐かしさも……寂しさも。

全部は僕だけのものだから。


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