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フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
勝手少女と学友生活

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Ⅱ130.勝手少女は積らせる。


コンコンッ。


「すまないプライド、少し遅くなった。アラン隊長とハリソン副隊長も一緒だ」

城に戻ってきたセドリックは、一度宮殿に戻り身支度を整えた後に衛兵へ伝言とプライドからの許可を得て彼女の元へ訪れた。

ファーナム兄弟についての定期報告の必要がなくなったセドリックだが、今回は私用で彼女を尋ねた。ちょうどプライドの近衛任務交代になるアランと、そしてハリソンと共に訪れた彼に扉の向こうにいる彼女は一言で返した。

内側から近衛兵のジャックが扉を開き、セドリックは護衛と共に部屋へ入る。すまない、失礼すると第一王女である彼女の部屋に足を踏み入れた。いつもならば客間をと望んだ彼だが、今回は既に彼女の部屋にステイルやジルベールまで共に居ることを聞き、場所を移させることよりも自分が足を運ぶことを選んだ。扉を潜った彼は、目の前に揃う豪華な並びに……首を、傾げる。


「…………どうした?」

セドリックのその問いにすぐには返答は上げられなかった。

彼に続き、プライド達へと礼をしたアランとハリソンも頭を微妙に傾ける。明らかに尋常ではない空気がそこにはあった。

プライドが頭を抱えるように重く俯け、ステイルが眼鏡の黒縁を押さえて顔を硬ばらせ、アーサーとカラムがそれぞれなんとも気まずそうに顔を曇らせ、ジルベールすらも口を片手で覆い視線を落としたままだった。

あまりにも重過ぎる空気は窓を開けた方が良いのではないかと思うほどに濁り淀み切っていた。

まさか何か問題でも、とセドリックが心配そうに声を掛ければ肩を小さく上下したプライドが顔を硬ばらせる。同時にジルベールがにこやかな笑みで「いえいえとんでもない」と顔を上げる。セドリック相手に隠し立てが必須でもないが、身内の恥をわざわざ第一王女の前で語る必要もない。


「少々、今後の展開について新たな検討案件が見つかりまして。大変失礼を致しましたセドリック王弟殿下。では、プライド様。この話はまた後ほど」

「あっ……!まっ、待ってくださいジルベール宰相!」

早々に話を切り上げて空気を入れ替えるべく腰を上げるジルベールを、慌てて引き止める。

突然プライドに声をあげられたことに切れ長な目が開かれすぐに足を止めた。どうかなさいましたか、と上げかけた腰をまた下ろす。

逆にプライドの方が勢い余って立ち上がってしまった。思わず声を上げ過ぎたと心の中で焦るが、既にもう戻れない。少し大袈裟だったことを反省しながら、改まるようにプライドは胸の前で指を組んだ。ごめんなさい、と一言切ってから上目でジルベールに笑い掛ける。


「お陰様で無事ファーナム姉弟三人は特待生になれました。……本当に、お世話になりました」

ありがとうございました、と改めてお礼を伝える。

その途端、丸くした目が柔らかく緩んだ。今日が特待生の発表日であることはジルベールも把握していた。プライド達の会話から察し程度はついた。しかし、まだ特待生の詳細までは学校側からも受けていない。

プライドに倣うようにアーサーも無言で頭を下げ、事情を知っているカラムもこれには肩の力を抜いた。そして少し間を開けてから、ステイルが肯定することを敢えて避けるようにプイと顔を背けた。皮肉も言わずに噤んだ口だけで充分にジルベールにはステイルからの賞賛の意は受け取れた。


「それは何よりです。元々覚えも良かったのですが、教えた甲斐がありました。……勿論。優秀な第一王子殿下には敵いませんが」

「見え透いた世辞は一度で済ませろ」

本心ですとも。と、自分の発言を一刀両断するステイルに、にっこりと大らかな声で返した。

折角大人しく嫌味も言わず口を噤んだステイルへ、敢えて蜂の巣を突く真似をするジルベールにプライドは思わず苦笑う。まさかジルベールはステイルに嫌味を言われないと気が済まないのだろうかとまで考えてしまう。

その間も上機嫌なジルベールが「わざわざご報告ありがとうございます」と自分へ頭を下げれば、彼女はそのまま乗るようにジルベールへ今夜のことについても相談をした。

今晩、城を抜ける旨とファーナム姉弟に会う為にまた〝見かけ年齢を変える特殊能力者〟に協力を願いたいと告げれば、ジルベールは少しだけ考えるように首を傾けた。自分がプライド達に特殊能力を施すこと自体は構わないが、深夜に城を抜け出すことに関しては宰相としてやはり頷きにくい。緊急事態ならともかく、今回は本当に純然たる御忍びだ。

そうですねぇ……と言葉を濁すジルベールは、視線をプライド達から彼女とセドリックの背後へ移した。切れ長な目がすっと指し示すように交互に注がれれば、彼女らの注目もそちらへ向く。同時に、自然と発言権も彼らへ移った。


「あ、じゃあ俺から騎士団長に報告しておきますね!」

「流石に身分を隠してとはいえ、深夜に護衛がアーサーやエリックだけでは。騎士団長にもお許しを頂き、我々も御同行願います」


ジルベールの意図を汲み、アランとそしてカラムが発言を放った。

セドリックが「抜け出すのか⁈」とそれ以前に驚愕で開いた口が塞がらない中、アランとカラムは決定事項と言わんばかりに断る。プライドとステイルのお忍びを聞いた以上、彼らは騎士団長に報告をせずにはいられない。そしてその上で、自分達も護衛として付いていく意思を告げた。

聖騎士であり、ステイルとも友人であるアーサーと違い、ここで進言しないと自分達は置いていかれる可能性は充分ある。

続けてずっと黙して話を聞いていたハリソンも「御同行します」と告げれば、あまりに大所帯な移動になりそうだとプライドの顔が引き攣った。しかも、騎士団長に報告という言葉に肩まで上がっていく。

城内をちょこちょこ移動していることすら怒られる案件なのに、城下の中級層の端へ行くなどまた長く深い溜息と眉間に皺を寄せられる案件だと確信する。

いえ、そんな大袈裟な、大して時間を取ることもないと思いますし、と言い訳を辿々しく言ったが、アランもカラムもそこは全く譲らなかった。

例えここでその場凌ぎに「やっぱり行くのやめます」と言っても、確実に騎士団長に報告されるだろうと確信すれば、プライドは無意味にアラン達から一歩後退ってしまう。

ステイルは既にこの場でプライドが発言した時点で想定できた展開だったが、それでも小さく息を吐いた。本来ならジルベールとアーサーとプライドとエリックだけが最も不自然ではなかったが、仕方ない。身内役のアランはさておき、カラムとハリソンには人目につかない場所での身を隠しての護衛であればと提案すれば騎士達全員が同時に頷いた。その様子にジルベールも満足したように笑みを浮かべる。


「信頼できる近衛騎士の方々が全員護衛について下さるならば安心ですね。畏まりました。件の特殊能力者には私から伝えておきましょう」

「プライド。……もしや、このように抜け出すことはよくあるのか……?」

実際は自分こそがそうであるにも関わらず快諾だけ伝えるジルベールに、セドリックが続く。

彼自身、一度はプライド達が城からどころか国から瞬間移動で抜け出したことを知っている。しかし、ジルベールや近衛騎士達の慣れた対応にまさかと若干疑うように眉を寄せた。王族が城から無断で抜け出すことが規則に反するものであることを今のセドリックは当然知っている。

自分自身、プライド達がファーナム姉弟のもとへ行くと言うならば同行したいと喉から舌の上まで迫り上がったが、そこで堪えた。自分がここで図々しく便乗することが憚られたこともあるが、それ以上にハナズオ連合王国から城に移住した自分が早速フリージア王家の規則に背くことはできないという思いが強い。

今の自分は、ハナズオ連合王国の信頼を背負っているのだから。今できることは、知ってしまった情報を胸に止めることくらいだ。


セドリックからの問いに、プライドはぎこちないまま笑顔が強張った。

あはは……と、枯れた笑いだけを溢してそれ以上は肯定も否定もできない。実際、彼女が私用のみで外部に出るのは今回が初めてだが、誰かの為に、本人にとって仕方のない理由での外出を数えれば決して少なくないと今更ながらに自覚する。

冷や汗を垂らすプライドに代わり、にっこりと笑みを浮かべて見せたステイルがセドリックの前に立った。「秘密にしてくれるだろう?」と半ば圧をかけるように声に深みを加えれば、セドリックは小刻みに頷いた。

無意識に喉仏を上下させ、首筋を汗でうっすら湿らせるセドリックがプライドは不憫にすら思えてしまう。まさかセドリックを脅すことになるなんて‼︎と申し訳ない気分になる。

唇を絞ったセドリックに、プライドは話を変えるべくそっと前を立つステイルへ歩み寄り腕を引く。弟をセドリックの眼前から退け、安心させるようにセドリックへ笑いかけた。


「そ、それでセドリック。貴方からのお話は何かしら?」

待たせてごめんなさいね、と続けるプライドの言葉にやっとセドリックの干上がった喉が治った。

まだ困り笑顔ではあるが、それでも間近にプライドが微笑みかければほっと息を吐ける。あ、ああ……と声を漏らし、やっと本題を思い出す。自分が彼女の元へ足を運んだ本来の目的を。


「実は、プライドに折り入って相談が……」

ジルベールやステイルを待たせている中、自分の為にプライドの時間を割いてしまうことに息苦しさを感じながらも口を開く。

申し訳ありません、と彼らに一度頭を下げ、それから悪さが見つかった仔犬のような眼差しで上目にプライドを見つめあげた。彼女からの「何かしら」という優しい促しに、一瞬躊躇った口を動かす。そして



「…………へ⁇」



次々と舞い込んでくる新し過ぎる情報と依頼に、プライドはとうとう気が遠くなり始めた。


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