Ⅱ129.勝手少女は猛省し、
「……ということでして、取りあえずは穏便に済ませることができました」
ありがとうございます‼と私はジルベール宰相の話に力いっぱい感謝の意を示した。
学校から帰還後、城に戻った私達は一度元の姿に戻ってから早速ジルベール宰相に今夜の相談と昨日衛兵に連行された彼らの詳細と顛末について話を聞かせてもらった。ティアラはまだレオンと一緒に帰ってきてないけれど、ステイル、そして近衛としてアーサーとカラム隊長が私の部屋に並んでいる。
ジルベール宰相の話によると、アラン隊長に気絶させられた彼らは今朝目を覚ましたらしい。衛兵曰く目を覚ました後も大分大人しく、彼らも捕まった時点で騎士の現行犯というところから逃げようとか暴れることもなかった。先に手を打ってくれたジルベール宰相が公爵とも話をつけてくれて、早々と忖度で重罰を科す前に彼らの話を聞いて処罰を規定通りに済ますように〝説得〟してくれた。……たぶんまた上手く言いくるめてくれたんだろうなと、もう笑顔で大体察しがついた。
ジルベール宰相曰く、やっぱり公爵は最初こそ鞭打ち程度で終わらせずにかなり重罰どころかそれ以上を与えるつもりの様子だったらしい。その為に彼らを裁きを下すだけではなく、引き取る準備も進めていたところでジルベール宰相が干渉し押し止めてくれた。
平民でも後ろ盾のない庶民だと、特にこういうスキャンダルは犯行者ごと闇に葬られやすい。
「ですから先に詰所ではなく公爵家に伺いました」と言うジルベール宰相は本当に流石過ぎる。その話を聞いた途端ステイルが「まぁ、裁判で捕まった罪人と太い関係を作って繋がることもジルベールなら余裕でできるでしょうし」と、ざっくりジルベール宰相の前科を示唆した時は私もアーサーも顔が正直に強張った。ジルベール宰相本人はにっこりと含みを持たせた笑顔で「宰相として経験も積んでおりますから。ステイル様も頑張ってください?」と返し手をする余裕があったけれど。
もうカラム隊長がいるからとはいえ、ギリギリと奥歯を噛み締めているステイルはうっすらと黒い覇気まで放っていた。自分の次期摂政としての経験不足指摘攻撃はけっこう響いた様子だ。
いや、実際ステイルはすごく仕事は進んでいるし、行き遅れた私の婚約者をサポートする為にまさかの王配業務まで平行して習ってくれていたし、むしろ経験値というか学習量とかでいえば私やティアラより圧倒的上なのだけれど。
最近王配業務を勉強し始めたティアラと、そして奪還戦の責任で女王業務教育を停止され中の私とはえらい違いだ。
それでもやっぱり、本人としては宰相歴の長いジルベール宰相に勝てないのはなかなか悔しいらしい。苛立たしげに黒い覇気を放つステイルに、ジルベール宰相は笑顔のまま視線を受け流して私へ向ける。そして捕らえられた彼らの事情を一つ一つ段階にわけて説明してくれた。本当に、……血が凍った。
ステイルが推理を聞かせてくれた時に大体の覚悟はできていたけれど、聞けば聞くほどに私の無責任な発言の所為だ。
まさかあの時の職員室に彼らの片方が居たなんて思いもしなかった。ヴァルが話していた私の噂を聞き回っているのが片方だったことは納得だけれど、職員室に毎回教師の手伝いをしていたような優等生さんまで私の無神経な発言のせいで道を踏み外してしまった。
他にも誘発する無責任な発言を通りすがりに掛けられたり鍵の場所とか空き教室とか私が都合良く一人だったとか不幸な偶然が重なったとはいえ、刑こそジルベール宰相が上手くまとめてくれたものの結局退学にまで行きついてしまった。本当に本当に二人には悪いことをしてしまった。これで公爵家に始末でもされたら私の責任だ。
無神経な言葉でその人の人生まで狂わせるとかそれこそ第二作目のラスボスと一緒じゃない!
そう思うと余計に私がまた第二作目のラスボスに再設定されているんじゃないかと怖くなる。
「プライド。……先日も言いましたが、貴方の責任ではありません。動機はどうあれ、罪に手を染めたのは彼らの意志であり、責任です。自分達よりもできる人間を蹴落とそうという判断自体が大間違いなのですから」
きっぱり、と。
私の混乱ぶりを察したようにステイルが釘をさす。あまりにピッタリ私の思考が読まれていたことに、肩が上下してしまった。
「はい……」ともうそう考えてしまったことを認めるように頭を下げれば、今度はステイルだけでなくジルベール宰相からも小さく息を吐く音が聞こえてきた。いやでも……本当に、今この世界がどこまでゲームに影響されているのかわからないのだもの。
少なくともパウエルやファーナムお姉様は問題ない。ゲーム開始時までラスボスと接点のないアムレットも今は安全だ。でも、やっぱりファーナム兄弟は同調を繰り返そうとしていたし、他の攻略対象者も一人は存在が確認できた。どこまでがゲーム通りに反映されて、どこまでが変わってくれているかもわからない。大体、パラレルストーリーだと思っていたシリーズが繋がっていたということ自体が不吉だ。
けど、それを皆に言えるわけもなく。私は膝の上で両手を真っ直ぐ置いたまま首を引っ込めてしまう。
その様子にジルベール宰相が今度は少し気を使ってくれるような声色で話に戻った。
「……本人達は、本当に〝女生徒〟にそれ以上を犯すつもりはなかったようです。必要であれは相応の追刑も鑑みましたが、あれ以上は必要ないと判断させて頂きました。彼らの家では相応の罰金徴収が不可能な為、鞭打ちには処されましたがあとは公爵と私の軽い説教程度です。私怨以外にも悪戯に魔を刺された部分もありますし、彼らの罪状は〝監禁〟のみの上、〝未遂〟で済みましたから」
本当に本当に、ジルベール宰相には頭が下がる。
私としても道を踏み外させた元凶として、彼らには必要以上に重い罰は受けて欲しくない。確かに彼らの言い分を聞くと、そんな嫌味たらしい子がいたら殺意を持つ気持ちも少しはわかるし実際私も彼らにあれ以上の乱暴は受けていない。
容疑を抜いて罪状だけで判断すれば〝監禁と未遂〟だけだし、人身売買と繋がっていたわけでもない。暴力も振るわず監禁も未遂で終わった彼らなら公爵本人の裁量さえ確かなら最終通告を伴う軽罰でも許される。合計で一日は投獄もされたわけだし、彼らの正しい刑罰としてはこれぐらいが相応だろう。……だた、犯した場所とタイミングが最悪過ぎた所為で、恐れた通り一気に重罰になりかけていたのが本当に恐ろしい。昨日相談した時点でジルベール宰相が快く承諾してくれなかったらどうなっていたことか。
一体どうやって言いくるめたのか、と尋ねるステイルにジルベール宰相はさらりと当然のことのような口振りで言い放った。
「単に、プライド第一王女殿下が折角未来への機会を与えるべく創設された学校で、退学処分を受けただけでなく〝己の〟生徒がまさか切り捨てられたり無慈悲な処分を受ければさぞかし悲しまれるでしょうと。何より、学校制度の根幹を理解していれば決して、間違っても相応以上は処さないと私もプライド様も〝理解〟して公爵殿下に一任していると。……そう遠回しにお伝えしただけですとも」
つまりは、国家権力を最大値にして圧迫したということだ。
実際間違ってはいないし、それで平和に済んだなら今は何よりだ。
普通に彼らを大目に見てやれと上から圧力をかければ彼ら二人が釈放された後に報復を受ける可能性もあるけれど、きっとジルベール宰相なら上手く円満解決してくれるとは思った。そして、期待以上のフォローをしてくれたらしい。
公爵からすれば、うっかり二人を処分して私やジルベール宰相の信用を無くしてしまうと生きた心地もしなかっただろう。……むしろ何か公爵にすら申し訳なくなる。
事情を知らなかったら、彼がやろうとした判断も最良最速手の一つでもあったのは違わない。前世でだって、学生が公園で打ち上げ花火をしてもお巡りさんにがっつり怒られるか、学校と保護者に報告程度で済むけど、国宝の建物のど真ん中で式典中に打ち上げ花火なんかしたら大事件のテロ扱い且つSNSで袋叩きだ。
状況と本人達の意図で罪の裁量は大きく変わる。今回はその恐ろしい例になってしまったなと思う。
そして最後に、二人とも深く後悔をしていたしジャンヌに報復なども考えている様子はなかったと教えてくれたジルベール宰相に、私は改めてお礼をした。
「彼らの犯したことは許されませんが、まぁ良い薬にもなったでしょう。投獄されている間に本来であれば自分達がどうなるかも察しはついていたようですから」
……怖かっただろうな。
ふと、その想いが過れば胸が痛んだ。二人とも十八歳とはいえ、今まで投獄なんてされたことのない一般人だ。人を殺そうとしたわけでもないのに、目を覚ましたら大ごとになって死罰の手前なんて怖かったに違いない。
彼らを退学処分にせざるを得なかったのは仕方ないけれど、せめてその手前で留められて良かった。
「私の考えの……甘さもありました。彼らにとって、〝特待生〟導入の重さを測り損ねた結果です」




