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フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
勝手少女と学友生活

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そして放たれる。


「第一王女殿下の手掛けた学校での事件と聞いた時は本当に大変なことになったと。私も、危惧致しました。」


最後に低めた声に、ぞくっと背筋が冷たく走る。

二人にとって最も現実味のある言葉に指先まで震えが伝染した。まるで今から執行されるのではないかと喉を何度も鳴らす中で、一方的に放られる優雅な声は強制的に二人の耳から脳まで届く。

いやいやと返す男の声にその優雅な声は更に重ねるように説かれた。


「ですが、不要な心配でしたね。私がこうして足を運ぶ必要もありませんでした。賢明なるクロックフォード卿がまさか〝プライド第一王女殿下の本意〟に背くような真似など、天地がひっくり返ろうともあり得ませんから」

「ええ、勿論ですとも。彼らに関しては、当然初めからそのつもりで拘留させておりましたから」

ははは、と明るい笑いが彼らの耳には不吉でしかない。

ぞわぞわと大量の虫が這い迫ってくるような気味の悪さにベンは吐き気すら覚えた。既に目の前に死がぶら下げられているにも関わらず、今更ながら自分が立ち入ってはいけない世界が近付いていると自覚する。

タン、タン、タンと先を全く急がない足音がとうとう檻の前まで辿り着く。殆ど水も通らなかった筈の喉が何度もゴクリゴクリと鳴る中で、震えを押さえつけるように膝を抱える指が食い込むほど力が入る。

タン。と、最後の一音と共にそこで足音は止まった。

まるで死神を迎えるように血色を失った顔を上げる二人へ薄水色の髪を流す宰相は薄く微笑む。



「……間に合ったようで、何よりです」



多くを含んだその言葉に、意味も分からず呼吸が止まった。

公爵と同等の立場かのように並ぶその男は切れ長な目でじっくりと青年二人の顔を見やり、またにっこりと優雅な笑みを公爵へ向けた。怪しく光る瞳に、生命すら吸い込まれそうになる。

まるで悪魔にも天使にも見える威厳と優雅さを兼ね揃えた男は、手で流れるように青年達を指し示した。


「私も、是非彼らとと思っていたもので。クロックフォード卿が処される前に話が聞けて幸いでした」

本当に私が先に話しても?と丁寧な口調で尋ねる男は、快諾する公爵へと深々と頭を下げた。

直後には公爵の指示により閉ざされ続けていた筈の檻の扉が開かれる。屈強な衛兵が一人、腰をかがめて扉を潜り、拘束されている二人へ一歩一歩近付いてくる。

鍵を片手に持つ衛兵は、手足直接の拘束ではなく二人を床や壁から縛り付ける為の鎖だけを解くと立ち上がるようにと命じた。既に逃げる気力を奪われていた二人は震える膝と力の入らない手足を引き摺るようにして命令通りに扉を潜る。檻の前に立っていた公爵と男が一歩だけ扉から引き、彼らを迎えるように佇んだ。

公爵と呼ばれた男はまだわかる。しかし、その公爵と親しげに語るその男が何者かがわからない。

見るからに上等な衣服は国の上層部や貴族にも見えるが、単なる富裕層にも見える。まさか公爵とはいえ裏で自分達は異国に売られるのか、それともこの男こそが処刑の執行人か、一体どうなるのかと考えを巡らせる中で薄水色の男は両手を広げて彼らを迎えた。優雅な動作をそのままに、横に並ぶ〝自分よりも立場の低い〟公爵を立てるかのようにして。



「貴方方もどうぞ感謝して下さい。寛大且つ賢明なクロックフォード卿の判断により、軽罰程度で貴方方は元の生活に戻れるのですから」



「「え……」」

二つの声は、僅かにずれて重なった。

言葉の意味をそのまま受け止めきれず、理解まで及ぶのに時間を要した二人は開いた口が塞がらない。ただ、顔に泥を塗られたにも関わらずにこにこと柔らかな笑みを自分達に向ける公爵と、そして絶対的な勝利を確信するかのように優雅に笑む薄水色の男に尋ねる勇気はなかった。

では、別室へ。と全員の呼吸に合わせるようにしてなだらかに薄水色の男が促せば、公爵も彼らも衛兵も誰もが疑問を口にすることもなく一方向へと歩みを進めていった。


陽の光も殆ど届かない牢屋から、明るい陽の光が部屋一杯に広がった清潔感のある一室へと。



………



「長々と聴取に付き合わせてしまい、申しわけありませんでした。ご協力心より感謝致します」


ガチャン、ガチャンと。

茫然とする二人をよそに、宰相の指示により衛兵が順番に二人の両手足の枷を外していく。

もう最期の瞬間まで外されることがないだろうと思っていた二人は、冷たく重い塊が取り外されている感覚に言葉も出なかった。

牢屋から別室に移されて一時間以上が経過した今、自分達を連れて行く筈だった公爵はついさっき自分達を置いたまま馬車で去ってしまった。去り際に、含みのないにこやかな笑みでわざわざ自分達の肩を叩いた公爵は「もう二度と間違いは犯さず、家族の為にも真っ当に生きるように」と告げ、一瞬も影を放つことすらなかった。

庶民として平坦な人生を送ってきたベンだけでなく、それなりに腹の黒い人間に関わってきたことがあるチャドすら本当に心からの言葉と思える一言だった。

人前だから取り繕っているのではなく、まるで自分達を許したような口調に二人は頭を深々と下げる以上の反応ができなかった。


「いやはや、正直に話して頂けて幸いでした。貴方方も色々と御苦労があったのですねぇ。勿論、だからといって犯罪は未遂であっても推奨されるべきものではありませんが」

去って行った公爵よりも、にこにこと笑みを一向に崩さなかった目の前の男の方がいっそ恐ろしい。

別室に移された後、時間を掛けて一つひとつ男から今回の罪を犯した経緯について尋ねられた。単にどういう計画だったのかだけではない、その考えに至った経緯や動機まで事細かく尋ねられた。

話したくないと口を噤もうと思った場面も何度かあったが、男に尋ねられればまるで催眠術にでもかかったかのように口を何度も滑らせてしまった。巧みな話術にたかだか十八歳に満たない彼らが抗えるわけもない。気がつけば、動機から流れから経緯まで全てを赤裸々に語ってしまった後だった。口裏を合わせる余裕すら、男の尋問では与えられなかった。


「では。先ほども言いましたが、今回のことは他言無用でお願い致します。もし、それを破れば今度こそ取り返しの付かない判断を下すことになるかもしれませんから。……ちゃんと、ご家族を大事になさって下さいね」

公爵が去った後だからか、心なしか男の声は先ほどよりも柔らかく温かい。

そう言って枷を外された後も走り出すことなく棒立ちの二人に、男は冷たくなっていた枷の痕を暖めるように両手で摩り、温めた。

自分達と違う〝勝ち組〟の男が何故触れてくるのかもわからず、穴の開いた目でその手に視線を落とすベンとチャドは、擦れる声で「はい」と言葉を返す。〝家族〟という言葉に、自分達が一生会える筈の無かった存在の顔が鮮明に思い出される。

そこで初めて、じんわりと目の奥に身が震えるほどの熱が込み上げた。今、これから自分達がどうなるのかは、既に目の前の男と公爵により告げられた後だった。込み上げるものを誤魔化すように、そして言葉が話せなくなる前にと先に口を開いたのはベンの方だった。「あの」と畏れ多そうに擦れた声を零し、聴取を受けたときと同じ萎れた声で目の前の男に尋ねる。


「……何故、貴方のような人が僕らを。……寧ろ、僕らを罰するのを望まれた筈ではないのでしょうか……」

正直過ぎる疑問に、チャドは一瞬で目を剥いた。

バカ、そんなこと言うな、気が変わったらどうするんだと心では思ったが口には出せない。そして同時に、自分にとっても疑問ではあった。

聴取を受ける際、最初に自己紹介を受けた彼らは今や目の前の男が何者かも知っている。そして、その職が公爵家よりも国で上の人間であることは学のない彼らでも学校へ通う前から知っていたことだった。

ベンの問いに「いえいえ」と優雅に手を振り、笑う。

謙遜にしかとれない動作で返す彼だが、二人の目から見ても公爵ではなく自分達が助かるように手を回してくれたのは彼の方だというのは察せた。少なくとも、公爵と共に男が現れるまでは、自分達は重罰か闇に葬られるしか道はなかったのだから。

衛兵の口ぶりから考えても、公爵の意思が途中で変わったのだということは明白だった。更には聴取中もずっと公爵は目上な存在であるこの男の顔色を窺うように振る舞っていた。

だが、それでも男は否定する。優雅な動作と笑みで首を振り、納得できない様子の青年達へ言葉を並べる。


「あくまで私は宰相としての職務を全うしたまでです。罪人への裁きが〝正しく〟判断されるかを確認するのも私の役目ですから」


宰相の詳しい職務内容までは二人も知らない。

しかし、宰相であるジルベールの仕事はそれだった。宰相として国内の法律関係や裁判も司る彼は城で行われる大罪人の裁判だけではなく、国中で行われる裁判へ干渉や確認を行う権利がある。

正しく裁判で罪人の罪が裁かれるか、それが必要以上に軽く重くなっていないかを確認し、領主の裁量を計るのも彼の仕事である。

そして今回、〝学校〟という彼も深く携わっている機関で起きた事件。そこに彼自ら足を伸ばし干渉するのも当然のこと。公爵自身、彼ら二人を間違いなく処分すべきと本来は考えていたが、ジルベールが訪れ二人の処分について立ち入ってきた時は疑問も抱かなかった。むしろ、想定できる展開ですらあった。


まさか、ジルベールから罪人二人へ寛大な処置を取ることこそが尤も望ましいと〝気付かされる〟までは。


今も、ジルベールのお陰で首の皮一枚繋がったと思う公爵は、自分が上手く操られたなどとは全く思っていない。

あくまで自分の意思で自分が最も正しい判断を下した結果、罪人の青年二人に現行犯部分に相応するだけの刑罰と、そして公爵である自分自らの〝厳重注意〟で釈放したのだと思っている。そして青年二人も公爵がジルベールに上手く操られたとまではわかっていない。


「私は単に、学校を創設されたプライド第一王女殿下のお望みのままに従ったまでですよ。……貴方方のことでとても胸を痛ませておられましたから」

第一王女、とその言葉に二人は思わず肩を上げたまま身を固くした。

公爵、宰相に続いて更に絶対的権力を持つ王族の名に畏れが湧く。胸を痛ませている?何故罪人の自分達に?とは思ったが、それを宰相相手に問い詰めることなどできはしない。口を結び、無言でじっとジルベールを見つめ続ける二人に、ジルベールは笑みのままそっとその肩にそれぞれ手を置き







メキリ、と。







「貴方方も、痛ませるべき心臓をお持ちではないでしょうか?」

指が食い込む程に鷲掴む。

ぐわ⁈、ああ゛ッ、と。予想もしなかった肩の激痛に二人は殆ど同時に声を漏らし、背中を曲げた。指の跡までつきそうなほど細い手からは信じられない力で掴まれ顔を歪ませる。

しかし相手は命の恩人で宰相。ここで逆らい牢屋に逆戻りされる方が恐ろしい彼らは歯を食い縛りつつも、振り解きはしない。


「どんな嫉妬心があろうとも、本来〝特待生制度〟自体がプライド第一王女殿下による特別な処置です。各学年に〝三名しか選ばれない〟のではなく、元の〝ゼロから三名に増えた〟だけのこと。たとえ一人二人と特待生が確約されようとも、本来全校生徒が得られなかった〝特待生制度そのもの〟が与えられたものであるということをどうぞよくお考え下さい。特待生の枠から外れようとも現状から〝悪化〟するのではなく、単に各学年三名が〝得られる〟だけで貴方方は現状維持のみ。与えられた温情を当然のものとし、得られないことを恨むのは傲りでしかありません。それこそ何処ぞの愚者と同列でしょうか」

ジルベールは知っている。

ファーナム姉弟のみの救済であれば学校でも各学棟ごとでもたった三枠で足りた特待生枠を、なるべく大勢の生徒にとプライドが〝各学年に三枠〟と数を増やしたことも。

もともとディオスの自己破滅を防ぐ為の遠回りな策。それに、これをきっかけに彼ら〝以外〟の生徒にも機会を与えたいという考えのもと枠が増えたに過ぎない。もともと特待生制度自体、彼女が考えなければ存在もしなかった。

それを思い返しながらもジルベールは口を噤む。

歯を食い縛り痛みに耐える青年達に、自分の立場はやはりわかっているようだと確認する。手を離し、肩を解放した直後に今度は手を取り捻り上げた。肩関節ごと捻られた痛みに引っ張られ、二人同時に正面から背中が宰相に向いてしまう。


「勿論、このような事態を予見できなかった我々にも責任はあります、認めましょう。しかし、今回貴方方の行いで特待生制度自体が存続を危ぶまれることを一度でも鑑みて頂けましたでしょうか。その瞬間、たかが一人の枠ではなく十二学年三十六枠全てが廃止になりますが」

トントントントンと流れるように嗜めるジルベールの言葉に、彼らも痛みを忘れて息を引く。

結局バレた時点で自分の弟妹達を追い詰めるのも自分達だったと気が付いてしまう。もともと、家庭教師を雇う金もない弟妹は授業を受けられるだけで喜んでいたことも。


「何より、傷をつけないことのみが被害ではありません。もし貴方方の大事な弟妹が見知らぬ男に閉じ込められ縛り上げられればどう思われますでしょうか。肌の傷よりも胸底に残る傷の方が遥かに癒えるのは遅いでしょう」

これが騎士が助けにきてくれると信じていた王女でなければ。

自分達の罪の重さだけでなく、被害者の気持ちを考えろと痛みにのせてジルベールは教え込む。

捻り上げた手を離し、痛みで捻った身体ごと自分に背中を向けていた彼らの服を今度は軽く捲る。生々しい鞭の痕が残っているが、それだけだ。今は彼らにもわかりやすい代償がここにある。


「たとえばこの鞭打ちと、妹弟を今回の被害者生徒である〝ジャンヌ〟と同じ目に合わせるのとどちらかを選べと言われれば、貴方方も判断はつきやすいかと」

外気に晒され熱のぶり返す鞭の痕よりも、ジルベールの言葉に背筋が凍った。

彼らがそこで迷わず鞭を選ぶ人間であることは、既にジルベールも話を聞いた上で理解している。

めくっていた服を戻し、布越しにそっと掌を当てるようにして彼らの罪痕に触れる。

もし被害を受けたプライド本人が許さなければ、この程度の傷では決して済まなかった。しかしたとえ被害が自分ではなく一般生徒でも、彼女はこの二人に相応の刑罰のみを望み自分を使わせただろうと思う。

監禁罪と暴行未遂。その代償が鞭痕だ。


「貴方方の御事情は理解致しました。ですが、その理論だけで言えば下級層の住民生徒はいかがでしょう。金もなく家もなく家族も学の時間もなく……そういった人物にとって貴方方の妹弟はさぞかし妬みの的でしょう。もし同じ目に遭わされた時、貴方方がそれを「当然の報い」と妹弟の目を見て言えるのならば話は別ですが」

ザクリ、ザクリと彼らの傷を抉り塩を塗りたくる。

上ばかりではなく、下を見てもきりがない事実を思い知らせる。どういった恨みや妬みに突き動かされようとも、彼らが犯したことは〝そういうこと〟だと痛感させる。

闇に葬られていれば逆に知らずに死ねた事実と罪を、代わりに彼らの肩へ音もなく背負わせた。


「あくまで貴方方は、執行猶予がついている身とお考え下さい。長生きしたければ決してこれを〝幸運〟と思われませんように。今後、たとえ軽罪であろうとも犯せば間違いなく貴方方には〝相応以上〟が待っているとご覚悟下さい」

私が忘れません、と。

冷たく放たれた声はまるで氷の刃のようだった。圧迫された肩も捻られた腕も摩る余裕はない。乾いた喉を何度も鳴らし、宰相の言葉を噛み締める。二度目はないと思い知る。

ジルベールから「お返事は」と言われてやっと「はい‼︎」とひっくり返りそうな声が合わさった。

それは何よりと、また最初と同じ物腰の柔らかな声になったと思えば背中から再び正面に向き直る。姿勢をできる限り伸ばしたまま、その宰相の切長な目が鋭く光らないことを祈る。

それにジルベールは満足げに頷くと、これ以上は詳しく話すつもりもないと言わんばかりにゆっくりとした動作で二人と目を合わせた。そして、これが最後とわかる言葉で締めくくる。


「プライド第一王女殿下にとって、退学処分になろうとも過ちを犯そうとも貴方方も大事な民に違いなかったということも。……ゆめゆめお忘れなきように」


それでは、と。

二人の反応も待たずにそこで話を完全に切ったジルべールは衛兵へ合図を出した。

先ほどまで二人を囲い、槍を手に警戒していた衛兵達が一斉に動き出す。枷を外された二人の背後にある扉を開き、ジルベールと彼らの間に立つように入る。下がれ、距離を開けろと二人を背後に後ずさらせる。

衛兵の圧に飲まれ、後ろに一歩一歩下がっていく二人は、ジルベールへまだ何か言いたい筈なのに混乱しすぎて言葉がでない。ぱくぱくと魚のように口を開けては閉じてを繰り返す二人に、ジルベールは何を言おうとしてくれているのか推察する。衛兵の隙間から手を振りながら「お元気で」と軽く告げた。

下がれ、出ろ、もう戻ってくるなよと衛兵達から口々に告げられながら、彼らは下がり続ける。扉を抜け、外の空気を吸い上げ、開かれた門から元の生活への境界線へと近づけば


「兄貴!ベンさん‼︎」

「兄さん!チャド!!」


そこで初めて二人は振り返った。

先ほどまで衛兵の向こう側にいるジルベールへと目を離せなかった二人は、いまやっと自分達が〝戻れた〟のだと実感する。

詰所の門前でずっと自分達の帰りを、釈放を、進退を心配し待っていてくれた家族に正面を向く。兄が捕らえられたなどと親にも言えず、ずっと学校も休んで門前で待ち続けていてくれた弟妹は姿を現した兄の存在に目を潤ませ、叫んだ。

気を失い、衛兵に抱えられ連行された兄が自分の足で立ち、枷も嵌めずに釈放された姿に弟妹もまた目を疑った。彼らもまた学校の授業で兄達と同じ法律の授業を受けていたのだから。


背後の門が閉ざされ、完全に罪人の世界から遮断された二人は自ら駆け寄る気力もなかった。

目の前の諦めていた筈の現実と、涙を浮かべて零し自分達に駆け寄る二人にどうしようもなく込み上げ視界が滲む。震えた膝が限界を超え、その場で崩れたまま待っていてくれた家族をそれぞれ抱き締めた。


ごめん。ごめん。ごめん、本当にごめん。ごめん。ごめん、もう二度としない、ごめん。ごめん。ごめん、ごめん、ごめんと。


良かったと安堵の言葉を零す妹と、馬鹿兄貴なにベンさんを巻き込んでんだと泣く弟の言葉に、兄二人は殆ど同じ言葉しか出なかった。

恐怖が言いようもなく込み上げ溢れ、日が暮れるまでその場から二人は動けなかった。背中に打たれた鞭の跡も今は感じない。

怯え震え情けなく泣き出し、鼻水と嗚咽を耐えられず零して噎び、そして今更ながら後悔を繰り返す。大人として数えられる年齢の二人は声を上げて泣き、先ほどまで茫然と受け入れることしかできなかった現実を腕の中の温もりで思い知る。

嘘のように垂らされた細い糸の存在に、ただただ噎び続けた。



「…………さて。私もそろそろあの御方へ御報告に向かわなくては」



泣き叫び続ける四人の声を聞きながら、口元に笑みを浮かべた謀略家は護衛の衛兵に馬車の手配を命じた。


Ⅰ-64.69

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