〈コミカライズ十話更新・感謝話〉罪人は選ばされる。
本日、コミカライズ第十話更新致しました。
感謝を込めて特別エピソードを書き下ろさせて頂きました。
時間軸は「自己中王女と被告人」です。
本編に繋がっております。
…………やりやがってクソが。
何度飲み込もうと血の味がとまらねぇ。
牢屋で何度吐き出しても無駄に赤いままだ。衛兵に肩を掴み押され、突き歩かされりゃあそれだけで縛られた手が痛む。縄が食い込む度に真新しい傷に肩までギシリと響いた。
薄暗い檻から出されたと思えば、散々歩かされた先は一際でかい宮殿だった。何処かしこも一枚剥がせば当分食っていける。どうせなら歩くとしても仕事で来れりゃあと思ったが、自由だったら自由で城に盗みに入るなんざ死んでも願い下げだ。
城どころかこのフリージアにも二度と近づきたくなかった。今回だって俺だけはあの崖で上手く生き逃びれる筈だった。騎士共だって地の利で撒けた。
あの、バケモンさえいなけりゃあ。
「ここで待て。逃げようとした時点で処刑する」
ふん縛られて逃げられるかよ。
吐き捨てたくてももう口は布を咬まされている。偉そうに命じる衛兵の声通り、扉の前で立ち止まった。前に佇む見張りの衛兵も冷めた目だけでこっちを一瞥する。どいつもこいつも殺してやりてぇ。
一際ギラギラと飾り付けられた重厚な扉の向こうは、目の前に立っても何も聞こえなかった。身体を揺らすだけでも殺してきそうなほど張り詰め槍を構えてくる衛兵に、微動だにすらできねぇ。
……どうせ、今死のうと何日後だろうと大した差はねぇが。
『これからお前の罪状を言い渡す』
そう、檻から出される前に告げられた。
王宮にまで引っ張り出された理由なんざ考えるまでもねぇ。目の前の扉に何が待っているか、開く前から知っている。裁判に突き出され、わざわざ偉そうな口上を聞かされてから殺される。それぐらい俺でもわかる。〝俺達〟の行く末なんざ大概決まってる。
重たい扉が開かれたのは、何の前触れもなかった。内側から開かれ、背中を軽くつき飛ばされる。正面を見据えれば、思った通りの無駄に豪奢で広い間だ。最初に目に入ったのは一番高い位置で見下ろす王族共。その次が、……見覚えのあるガキだった。
バケモン、と気付けば口が動いたが、噛まされた布で言葉にならねぇ。下手に言えばこの場で串刺されていたと後から気付く。
「罪人、名をヴァルといいます。この男曰く、捕虜にしたアネモネ国の騎士団はまだ生きていると。そして件の崖地帯から離れた場所に拘束しているとのことです」
王族の代わりに語る偉そうな優男の言葉も頭に入らねぇ。
目に入るのは、ヒラついたドレスを着るガキ共の内一匹。間違いねぇ、あのバケモンだ。
小綺麗な格好をしちゃいるが、派手な赤髪に吊り上がった目をした十一のガキ。その姿をしたバケモンが、チビと並んで俺を見据えていた。あのガキだ、あのガキさえいなけりゃあこうして捕まることもなかった。
なんで王族が崖なんざに現れたのか、あの剣に銃捌きは何だったのか。女王の国じゃとうとう女も戦えるように仕込むようになったのか。ガキの姿をしたバケモンを前に答えもでねぇ。偉そうな王族共の会話なんざ今更どうでもよく耳から耳へ通り抜け
「永久投獄。悪くて処刑、といったところでしょうか。今回は隣国との同盟にも影響を及ぼした可能性がある為、処刑が妥当かと」
……耳まで、鼓動が轟いた。
勝手に瞼が限界まで開かれ、息を引く。わかりきっていた筈の言葉にテメェでも信じられねぇほど心臓が脈打った。たかが十一のガキに処刑を言い渡されたからか、それとも単に死を突きつけられたからか。
顔色も変えず死を垂らすガキに、バケモンがただのバケモンじゃなく王族なんだと思い知らされる。テメェらより下の人間なんざ気にも止めねぇ。死んでも生きても変わらねぇ、所詮そこらの石ころと一緒だ。
〝隷属の契約〟と、その名を唱えられても薄ら寒さしか感じねぇ。裏家業連中間で聞いたことがある、奴隷制のねぇフリージアが唯一作る〝隷属〟の生産方法だと。まさかテメェに降り掛かってくるとは思いもしなかった。
「考えられる処置は3つ」
処刑か、隷属して処刑か、隷属での解放か。
どれを選んでもクソな先しか待っていねぇ。平然とした口で語るガキを前に膝をつく。
ガキの背丈より低くなった位置で睨み上げようと、眉すらピクリともしなかった。やっぱりあの時のバケモンだ。
裏家業連中を倒し、バケモン騎士団に命令し、騎士団長にすら指図していたクソガキだ。横でびくついているガキ王女の方が幾分人間に見える。商品もそれ以外も、俺を見るガキの顔は全員こっちだ。明らかに甘っちょろいぬるま湯の生き方しかしらねぇ、お幸せなクソガキだ。
「では、プライド。その中でどれが適したその者への処罰か、貴方自身が選びなさい」
ぞわりと背筋を冷たいものが走り抜けた。
ふざけんじゃねぇ、何故よりにもよってこのガキに。俺を殺したくて堪らねぇ、それどころか俺をただ殺し〝そびれた〟だけのバケモンだ。
特殊能力さえ知られなけりゃあ間違いなく他の連中と一緒に見殺しにされていた。王女の乱入なんざ王族全体が絡んでいたかバケモン王女本人のお遊びかは知らねぇが。
タラタラと能弁垂れるガキの言葉も頭に入ってこねぇ。ただただ衛兵の槍よりも鋭いものが喉元に突きつけられる感覚に、気味悪く喉が干上がった。
処刑以外ありえねぇと、ただ決まりきったその言葉をただただ待つのが気持ち悪ぃほど心臓を脈立たせる。わかっていた、諦めていた筈の死が目の前で笑ってる。
バケモンが俺の口布を解かせても、何も頭は回らねぇ。あれだけどうせ死刑だと知っていた分際で「余計な事を言えばその場で処罰します」の一言に、口が勝手に閉じる。
テメェでテメェがわからねぇ、最後は死ぬとわかっていながら一秒でも長らえようとバケモンの言いなりだ。唾を吐きかける欲すら沸いてこねぇ。殺してぇのに逆らえられ
「ヴァル、貴方はどちらの刑罰を望みますか?」
……、……?
意味がわからなかった。
何トチ狂ったことを言ってるのか、何故それを俺に尋ねやがる。まさかここまで来てテメェで決めることに怖じけたか。ンなことあれだけの裏家業連中を見捨て、助かる為に俺まで使ったバケモンに考えられねぇ。
「隷属の契約を行った時点で、貴方はもう罪を犯すことはできません。国から出ることも叶わず、真っ当な仕事でのみ生計を立てることが許されます。生きられたとしても、今までのような生活は一生叶わず、たとえ不条理な目に合ったとしても貴方は己が力で報復することはできません。いくら殴られても、大事な物を奪われても、貴方の拳が相手に届くことはありません。生き方によっては死よりも辛い地獄が貴方を待っていることでしょう」
ンな生き方、知るわけもねぇ。
クソみてぇなフリージア王国から出れず、犯罪もできねぇなら今の俺に稼げる方法も生きる方法もありえねぇ。血反吐吐いて泥水啜って塵を漁る昔に逆戻る以外何がある。
今までだって特殊能力があるから甘い汁を吸えただけだ。いっそ奴隷堕ちの方がわかりやすく生きていける。それとも遠回しに奴隷狩りに食われろって言いてぇのか。
奴隷制もねぇで、ただ下級層で野垂れ死にさせるだけのフリージアで他人から奪わずどう生きりゃあ良い。
黙するバケモンは俺の答えをまさかとは思ったが、どうやら待っていた。
これ以上考えるまでもねぇ、最初からまともな死に方はしねぇとわかってた。どうせこのまま生きてもろくな事もなけりゃあ、フリージアじゃいつかは人身売買に狙われ更にクソな目に遭う。生きていてもクソがつくだけで意味も何もねぇのなら
─ 死にたくねぇ……
「…死に…たくはねぇ。隷属でもなんでも…する。だから…」
王族に命を乞う。
身体がバラける感覚と吐き気。視線が落ちたまま、屈辱で軋む程に歯を食い縛った。
さっさと殺せ、と。その一言を言うことができなかった。王族の、目の前で見下ろしやがるバケモンに唾を吐きつけながらそう言えればどれだけ気が晴れたか。
罪人の意見なんざいくら言ったところで変わることもねぇとわかっている筈だってのに。それでも最後の最後に惨めに生命線に縋りつく。
死にたくねぇとこの場で無様に暴れ回りたくなるほどに手足が疼く。傷んだ手首にどれだけ力を込めても痺れたように何も感じねぇ。王族連中の趣味の悪さを浴びながら、膝をついて首を垂らす。いっそこのまま何も言われず首を切られりゃあ楽だった。
「わかりました。彼は隷属の契約後、解放に処しましょう」
その言葉を告げられた後、やっと圧迫された肺に息が通った。
生かされるんだと理解しながら、信じられず言葉も出ねぇ。ガキだからか、本気で俺の命乞い程度で判決を決めやがった。
息の音すら殺されかねねぇ静寂で、女王が口を開くまでは鼓動だけが耳まで遅く届いた。生かされるのか、生きていられるのか、死なずに済むのか、……どう生きるのか。たりねぇ頭が血の巡りに合わせて無駄に回っては、同じ意味の言葉で内側を掻き乱す。
「我が愛しき娘。貴方は今、第一王女としてその者を裁きました。ならば、隷属の契約も貴方が今行いなさい」
隷属の主。それが目の前のバケモンになるんだと、それを理解した瞬間に身の毛がよだつ。
たかがガキだと思うこともできねぇほどに、このガキだけは異質だった。王族の前に、同じ人間かも怪しいバケモンだ。崖の崩落で俺に剣先突きつけて脅して知ってる筈のねぇ特殊能力を使わせたバケモンだ。そいつに生涯縛られ死ぬまで逆らえなくなる。どんな先か、それこそ死んだ方がマシな生き方なんざ腐るほどある。やっぱり死ぬべきか、ここで適当に罵詈雑言吐いて暴れ回れば簡単に殺される。その方が確実にまともに死ねる。よりにもよって俺の人生を狂わせやがったバケモンに一生隷属を刻まれるなんざとそう頭の中だけが暴れ回った、その時。
震える細い手に、目が吸い込まれた。
楽しみでもなんでもねぇ、むしろ心底嫌そうにガキが初めて顔を歪めてペンを取っていた。
嫌がりながらペンを走らせる王女の横顔に、これがただの生かされる為だけの作業なのだと頭の隅で理解する。俺を生かした理由なんざ、生死を尋ねた意味なんざしらねぇが。
ただ間違いなく俺が生かされるには〝これしかねぇ〟んだと突きつけられた。
バケモンが名を記し終え、とうとう俺の前にも紙が置かれる。手の縄を解かれ、同時に今まで以上に鋭く寸前まで槍先を構えられた。少しでも妙な動きをすれば殺される。……妙な動きさえすれば死ねるんだと、そう思いながらペンを取る。
死ねば最後に騎士共にも泡を吹かせてやれる。隣国騎士共を見つけれずにせいぜい苦しめば良い。あの場所を見つけることはバケモン騎士共にも不可能だ。
頭ではグダグダ考え首や額に汗が湿りながら、ナイフより軽いペンを持つ手が震える。書いたら終わりだ隷属だひと泡もクソも吐かせられねぇと思いながら。…………テメェの名を、書き殴った。
クソでまともじゃねぇ死に方が待ってるとわかっちゃいるのに、ここで全てが終わるのがそれに勝って吐き気が湧くほどに嫌だった。いくら死んだ方がマシな理由が浮かぼうと、騎士共や王族共に泡を食わせられる最後の手段だと思いつこうと、死にたくねぇ死にたくねぇと心臓が本能が喚き散らしやがる。
奴隷を売り飛ばしていた俺が、生と引き換えにテメェの隷属へ自ら縋り付く。今まで何度捨てられても殴られても唾を吐きつけられても躪られても駒にされても嬲られても今以上の屈辱も恥晒しもなかった。テメェの血全てが熱になる。
書き終えた瞬間、目の前で俺を生かしたバケモンと確かに繋がったんだと鼓動で理解した。続いてうだうだと気が遠くなるほどの命令を重ねられ、頭に入りきらねぇ内から禁じられたその殆どが今まで日常的にやってきたものだと気付く。テメェの生き方全てを封じられる。身体に巻き付けらた縄なんざ比べ物にならねぇほどの縛りだ。それ以外の生き方なんざ忘れた俺が。
命令後、やっと縄を解かれても不自由さは抜けなかった。衛兵に引っ張られ背中を突かれるまま歩かされ、痛む傷を掴み押さえながら広間を出る。この後は騎士団だと言われても、うんざりと息を吐く余裕も舌を打つ気力すら残っていなかった。どんな目に遭おうと騎士共の方が中身は人間だ。
崖で暴れ回って脅し俺を捕らえ、契約以外殺すも生かすも平然としたツラでこなしやがったあのバケモンと比べれば、遥かに。
「…ッ……」
一生外せねぇ首輪を、括られた。
……
「ヴァル‼︎今すぐ渡り廊下に来なさい‼︎‼︎」
……朝っぱらからキンキンうるせぇ声でまた起こされる。
セフェクに続いてこれで二度目だと思えば、頭を掻きたくなったがそれより先に誰の声が理解した身体が勝手に起きる。〝今すぐ〟と命じられた所為で、欠伸をする間にも命令通り屋上を降りるべく歩き出す。
めんどくせぇと思う俺の意思とは関係なく、主の命令を遂行する。屋上を降りる前にもう一度別方向に目を向ければ、思った通りまだセフェクとケメトがそこに突っ立っていた。
「がっ、学校じゃヴァルは頼れないんだからね⁈困ったらちゃんと私のところに来るのよ!良い⁈」
「はい!学校が終わったら何があったか三人で色々話しましょうね!」
ここからじゃあ声は聞こえねぇが、セフェクも何時間あそこで怖じけてやがる。どうせケメトの方が長々付き合っているんだろう。
校門に向かう時から「寂しくなったら私のところに来て良いからね⁈」「虐められたら私に言うのよ!」と言いながら一番怯えていたのはセフェクだ。
教師共に能力は見られねぇよう、中等部の校舎と反対側の壁面から足場を作り滑り降りる。飛び降りたと勘違いした教師共の叫びが何重も響いた。テメェらのすぐ傍にいるバケモン王女と騎士のガキじゃねぇんだ、この高さから飛べるかよ。
地上に降り、そこから大股で主に指定された通り渡り廊下に向かう。主の声で振り返った時にチラリとしか見えなかったが、多分あれが渡り廊下だろう。大体二階かと目測をつけながら昇降口に入り、階段を登る。何人かのガキがこっちを見ては肩を揺らしたが、舌打ちか睨めばすぐ顔ごと逸らした。やり過ごし方は下級層と一緒だ。
朝っぱらから潜入してるガキが目立ってどうすると。遅れた頭で思ったが、どうせあの主じゃ浮くか目立つのは時間の問題だ。十一の時に騎士団と盗賊の間で大暴れしたクソガキが、十四の姿で何をやらかすかなんざ目に見えている。
「ヴァル‼︎わざわざ禁止区域に入る必要がどこにあるのですか‼︎‼︎」
渡り廊下に入ったところで開口一番に主が怒鳴る。
大量の汗を掻いていつもより足幅広く早足で俺に歩み寄る。いくら怒ろうと昔と同じガキの姿に庶民の格好じゃあ威厳も何もねぇ。またガキが更にガキらしい格好になったもんだと思う。
敢えて馬鹿にするように鼻で笑ってやりながら、主の問いに口が「ねぇだろうな」と答える。もともとあの屋上が禁止区域ってことすら知りゃあしなかった。壁から登った時は人がいねぇから都合が良いとは思ったが、どうやら扉も施錠されていたらしい。大概の建物は誰の屋根に登ろうが気にも止められねぇから気にもしなかった。
「寝るのにちょうど良かっただけだ。別に禁止区域を選んだわけじゃねぇ」
「教師が必死に注意してたでしょう⁈その時に素直に降りればあんな騒ぎにはなりませんでした‼︎」
「生憎、王族じゃねぇ連中には命令権もないんでな。いくら違反しても〝違法〟じゃなけりゃあ問題ねぇ」
「ッッ王族の名をここで軽はずみに出さないで下さい‼︎」
声を潜めてヒソヒソ怒鳴る主と、その左右に控える王子と騎士のガキも泡を食ったように誰もいねぇ渡り廊下で視線を確認し出す。
今ここで王族だとバレりゃあ即日で潜入視察も終了だ。分かりやすく慌てるガキ共を見下ろしながら嘲笑う。どいつも見下ろしやすい位置にまで縮んだもんだ。
そんなにバレたくねぇなら俺を止めるよりも他人の振りすりゃあ良かった。もともと肌の色だけでも白い目で見られる俺と関わりゃあそれだけで目立つ。
さっさとここで話を終わらせようと、鼻息荒く怒る主共をパタパタ手で払う。
「俺様がどんだけやらかそうとテメェらとは関係ねぇだろ。バレたくねぇならテメェも最初から俺に構うんじゃ……」
「で、す、か、ら!貴方の為にも言っているのです‼︎」
めんどくせぇ。
声を潜めてぎゃんぎゃん騒ぐ主に呆れながら、相槌だけを打ち返す。
背が縮もうと髪や服が変わろうと、言ってることはまんま主だ。八年前の〝ガキ〟となんら変わらねぇ。
『私の元へ来なさい』
……本当に、変わらねぇ。
Ⅱ12.13
ゼロサムオンライン様(http://online.ichijinsha.co.jp/zerosum)より第十話無料公開中です。
今回の感謝話エピソードは、当時のWEB更新中に第一部の108話の冒頭前に書きたかったヴァル目線の話です。こうして時間を経てからまさかの書かせて頂く機会を得て嬉しいです。ありがとうございます。




