Ⅱ126.勝手少女は把握しようとする。
「ええと、……それでフィリップ。あの、彼は……?」
四限終了後。
教師が去ってから早速私はずっと我慢していた疑問を潜めた声で投げかけた。
放心のあまり、また一年のクラスへ攻略対象者探しに行けなかった私達だけど今はそれよりも大事件が発生した。一応言葉こそ伏せる中、すぐにステイルもアーサーも私が言いたいことを察して互いに体を向き合う。にっこりと笑ったステイルの笑顔がサプライズ成功をしたかのように輝いていた。
「ああ、僕がお呼びしました。ちゃんと許可も得ましたし、問題はありません。今朝にはジャックのお父上のところにも話が通っていると思います」
レオンとティアラのことだ。
許可、というのは母上のことだろうけども、アーサーのお父上つまりは騎士団長にも当然ながら話は通っていると。アーサーも表向きは休息日で演習場にもまだ行ってないし、本人が知らなかったのも無理はない。……そういえばこの前レオンに「御都合が合う日はどうぞいくらでも」と言っていたような。
「因みに、ジャンヌの〝事情〟までは僕の口からまだ話していないのでご安心下さい。ジャンヌが通っていることだけならばと母上にもちゃんと許可は頂きましたから」
つまりは予知のことは知らさず、私が極秘視察していることだけ伝え済みということだ。
確かにそれなら、母上もレオンに許可を下ろしてくれたのも納得いく。けれど年齢操作……じゃなくて見目の若返りの特殊能力者の存在まで知らせたなんて、流石は我が国の古き仲である同盟国。そして盟友レオンだ。
三限に現れた二人は四限が始まる寸前まで私達の教室にいたから、すぐに授業が始まってステイルを一言も問い詰められなかった。さっきの悪い笑顔と一言で、確実に二人が現れたことにステイルが噛んでいることは確信できたけれども。お陰で四限中はずっとステイルへの質問ばっかりが浮かんでうずうずして堪らなかった。
私を挟んで左右に座るステイルとアーサーは時折無言のまま目だけで会話しているように見えたけど、悔しいことに私にはさっぱりだ。何となくアーサーから「お前なぁ……」とステイルから「どうだ驚いただろう」みたいな空気だけは長年の経験で伝わってきた。こういう時に二人の仲って羨ましい。私も言葉で混ざりたかったけれど、これ以上お喋りでロバート先生に怒られるわけにもいかなかった。
「僕とジャックもそれなりに初日から目立ってしまいましたが、噂の王弟殿下が食堂に現れた途端に大分注目も逸れたので。……やはり第二王女殿下の来訪は衝撃でしたね」
落ち着いた声で言ったステイルは、そのまま眼鏡の黒縁を押さえて悪い笑みを浮かべた。
アーサーが「俺も⁈」とまさかの無自覚に声を上げたけれども、それすらスルーしたステイルの視線の先ではクラスの子達が四限終了後で終業だというのにわいわいと騒いでいる。
男女関係なくダムの決壊のように堰を切って話し続けるのは、全て三限サプライズについてばかりだ。「どうしようまだ立てない」「すごく綺麗だった……‼︎」「レオン王子⁈ティアラ王女⁈」「両方‼︎」「レオン王子って王子様よね⁈」「色っぽくてもう……」「ティアラ様に手!手握られっ」「すっげぇ美人だった!あんなの人間じゃねぇ!」ともう興奮が収まらない様子だ。……うん、まぁ気持ちはわかる。
王族も見慣れていない彼らにとって、その中でも上位に食い込むレオンとティアラは人外の域だ。ティアラは昔から美少女だったけれど今や十六歳のレディだし、レオンに至っては美術品のような顔立ちだもの。……美術品、という表現だけで言えば元の姿のステイルも同域に達した美青年だけれども。
第一作目主人公のティアラ降臨。それに平然としていられる人間はまずいないだろう。そして今のステイルの言い方だとどうやら私〝達〟が目立たないようにするために印象の上書き役としてティアラとレオンを呼んでくれたらしい。
セドリックだけでなく、彼とは違うタイプのイケメン王子レオンと同性にも愛される天使ティアラのダブル攻撃なんて、流石策士ステイル。確かにこれならステイルとアーサーの人気も王族三人の印象で上塗れる。それどころか私が起こしたやらかしとか問題行動とか事件とかも全て新しいニュースで上書きする為に呼んでくれた可能性もある。
そもそもステイルがレオンに恐らく私の潜入視察を話したのは学校が始まる前だ。そして二度目はほんの六日前。つまりは、可能性としてティアラまで巻き込むと決めたのは最初からではなくて……
「最初は彼だけで良いかなと思ったのですが、僕の〝故郷の彼女〟に協力を依頼した方がジャンヌにとっても都合が良いと思いまして」
っっっやっぱり‼!
さらっと隠語で意図を話し続けるステイルに私もアーサーも開いた口が未だに塞がらない。やっぱり!やっぱりティアラも急遽巻き込むことにしたんじゃない‼︎
私にとっても、という言葉の意味が解らず目だけで詳細説明をと求めるけれど、ステイルはにっこり笑ったままそこからは教えてくれない。もうこれは帰りにがっつり説明してもらわないと‼︎私にとって都合が良いどころか、可愛い妹まで巻き込んじゃって物凄く申し訳ないのだけれど⁈
確かに、確かに生徒達の頭をいっぱいにするなら美男美女は一人でも多いに越したことはない。セドリックもレオンもティアラも、世界規模の美男美女を見慣れている社交界の王侯貴族相手ですら絶対的人気を博している大物様だ。その彼らを召喚しちゃうなんてステイルの隠ぺい工作本当に本気過ぎる。……あれ。もしかして試験で満点を取ったことを始めとして私があまりに悪目立ちする行動を取り過ぎたから⁇
あり得る。思い返してみれば試験からじゃない、その前にも上級生の姿をしたヴァルに窓から怒鳴っているしその後はディオスを連れて教師から逃げ出したり授業中に注意されたり調理実習で皿を割ったり色々やらかしている。
山育ちの世間知らずということで全部無理やり通しているけれど、そろそろ「ヤバいやつ」と認識されても仕方ない。クラスの女の子も男の子も今のところ普通に話しかけてくれるし良い子達ばかりだけれど、ロバート先生にも確実に〝目立つ生徒〟認識はされてしまっている。
多分山育ちを超えて原始人レベルまで見られているのだろうけれど、……せめて悪役令嬢とは思われないようにとだけ願う。第二作目のラスボスはどちらかというと非力だったところを考えてもラスボスよりそっちの系統が強かったし、余計に第一作目のラスボスの私がそこに置かれる可能性が怖い。既にファーナム兄弟脅したり高等部不良生徒をアーサーに頼って追い払ったり私の依頼で動いているヴァルが四階から突き落としちゃっているし、なかなかの悪役条件が揃っている。
お願いだからゲームの強制力がそこまで行きませんようにとだけ願う。もう色々ゲームと現実は違うし、ファーナム兄弟も含めて大丈夫とは思いたいのだけれども……。
「じゃあね、ジャンヌ。また明日」
そんなことを考えて頭を抱えそうになっていると、突然斜め前方から声が掛けられる。アムレットだ。
顔を上げてみるとアムレットがわざわざ私に挨拶する為に歩み寄ってきてくれていた。いつもは早々に帰っている筈の彼女が、最前列から近い前の扉からではなく私の席を通って後ろの扉から出るようにルートを変えてくれたらしい。
にこっと明るい笑顔で返してくれたアムレットに不意打ちで背筋が伸びる。え、ええ!と返した私だけれど、すぐに大事なことを思い出して引き留める。
「あっ、ごめんなさい。明日なのだけれど……」
慌てて謝り、これだけはちゃんと言っておかなければと伝えればアムレットはぱちりぱちりと瞬きを繰り返した。
そうなんだ……と少し残念そうに肩を落とした後、すぐにまた優しい笑顔で返してくれる。折角仲良くなれたばかりなのに申し訳ない。
それでもアムレットはわかったわ、と一言うなずいた後、今度こそお友達と一緒に後ろの扉から去っていった。
「じゃあまた明日ね、ジャンヌ、ジャック達も」
ええ、また。と私からも軽く手を振って返した。
本当に可愛らしいしすごくいい子だ。まだ十四歳だけれど、やっぱりゲームと同じアムレットだなぁと思う。
ゲームでは特待生制度なんてなかったし、このまま彼女もゲームとは関係なく幸せをつかみ取ってくれれば一番なのだけれど。……特に恋愛方面はどうなるか。いや恋愛が全てではないし、第一作目主人公のティアラだってセドリックに片思いされているだけのバリバリキャリアウーマンだけれど。
アムレットの背中を見送ってから、私もゆっくり腰を上げる。そろそろ私達も帰りましょうか、と二人に振り替えれば
「……もう少し、時間を空けてから行きませんか……」
ぐ、と。私の手首を若干力なく掴んでステイルが引き留めた。
振り返れば、さっきまで上機嫌だったステイルが席に座ったまま頭を重そうに俯いていた。私の手を掴んでいない方の手で眼鏡の黒縁を押さえた彼は大分ぐったり疲れている。
そうだ、ステイルはアムレットとは関わりたくないんだった。多分今もこの後に昇降口でアムレットと鉢合わせするのを避けたいのだろう。うっかり仲良くなったのが嬉しすぎて頭から抜け落ちかけていた。
「ごめんなさい、フィリップ。そうね、もう少しお話してから帰りましょうか」
「……申し訳ありません、……ありがとうございます」
いえこちらこそ、と謝りながら再び腰を降ろす。今のアムレットの登場たった数秒で大分疲弊している。私を挟んで窓際に座るアーサーが「気にすンな」と後ろからステイルの背中を叩いた。バシ、と軽く叩かれたら無抵抗に俯くステイルが前のめる。……本当に、ここまでステイルを疲れさせるなんてと思うとだんだんアムレットとの関係も気になってしまう。
でもステイルは隠したがっているし、聞くわけにいかない。やっぱりアーサーは知っているのだろうか。知り合いだとしたら確実に養子になる前だろうけれど、……それ関連は色々と規則で決められている。ステイルは王家に養子に入った瞬間から完全に〝王族〟として人生を区切られているから。そう思うと、私の補佐とはいえ元庶民のステイルを過去関係者に会う可能性の多い学校に連れてきてしまったのは間違いだったかもしれない。
アムレットから他の生徒も少しずつ興奮を覚めないまま教室から出て行く。一緒に帰ろうと誘ってくれた男の子達も今回は丁重に断り、私達の近くに着席していた生徒も居なくなったところで一度口の中を飲み込んだ私はそっと項垂れるステイルに提案してみる。
「フィリップ。もし、その、……難しいようであれば無理はしなくて良いわ。貴方はやっぱり学校には」
「嫌です。ジャンヌが行くならば離れません絶対に」
ガン、と斧を下ろすようにステイルから遮られる。
私の声を上塗りしたステイルにびっくりして言葉を止めてしまう。すると俯いていたステイルは黒縁を押さえたまま顔を私に向けて眉間を狭めた。怒っているようにも聞こえるステイルの頑なな声が、更に続けられる。
「大丈夫です。俺達の露見を恐れるような事態や規則関連というわけではありません。ただ、……っ。…………俺の、我儘です」
強い言い方に反して、最後だけ声が萎れて濁された。
少し歯切れも悪いステイルの言い方に大きく瞬きで返すと、今度は続きの代わりに目を逸らす。
規則関連ではない、と言葉ではいうけれど平民である彼女をステイルが避ける理由なんてそれ以外思いつかない。規則は私も全て頭に入っている。ならやっぱり、〝あの〟辺りの内容が接触する恐れがあるのだろうと思ってしまえば、本当に悪いことをしたと思う。
ステイルにとって間違いなく王族になる前の過去は悪いものではなかった筈だもの。それを私の所為でこうして向き合わせて本人の意思とは関係なく拒むような態度を取らせているのかもしれないと思おうとひたすらに胸まで痛くなる。
「……ごめんね」
胸を押さえる代わりにステイルへ手を伸ばす。
本当にステイルには昔から辛い思いや我慢をさせてばかりだ。全然約束を守れていない。
自分でも正直過ぎると思うくらいにか細い声が漏れて、そのままステイルの髪を撫でてしまう。今は十四歳の姿のステイルだけど、本当にこれよりもずっと小さい頃からステイルはずっと頑張って堪えてきてくれたのだから。
さらりさらりと細い髪が指の隙間を薄く抜ける。そのまま頭の輪郭にそって撫でおろそうとしたら、途中でステイルの頭が僅かに沈んだ。俯くように頭の角度を下げたステイルは肩から吐くように力を抜くと、そのまま両手で顔を覆ってしまった。やっぱり大分疲れている。
「違います。……本当に。本当に、彼女に関しては俺の、……我儘なので、気にしないで下さい……、本当に……~っ」
大分覇気のない声で気を遣ってくれるステイルは、私が何を考えているか予想できたような言葉だった。
頭を撫でるのを繰り返しながらステイルの顔色が悪くなっていないかとそっと覗き込む。すると……?赤い。
てっきり暗い色合いになっていないか心配だった私は、思わず丸くした目でアーサーに顔を上げる。するとアーサーがなんとも言えないような表情でステイルとそして私を見返した。
やっぱり熱⁈とアーサーに念のため触れて貰うように目で訴えたら、一度大きく蒼い目が逸らされた。まるで逃げ場所を探すみたい私達とは別方向の窓へ向いた後、ゴクンと喉を鳴らす音がきこえた。どうしたのだろうと思うのもつかの間に、次にはアーサーが思いっきり平手をステイルの背中へと二度目を叩き込んだ。
「ッオラ!帰ンぞフィリップ‼!」
バシン!と。なかなかに痛そうな音が響いたのに驚いて私も手を引っ込めてしまう。
アーサーのことだから手加減はしているのだろうけれど、沈んでいたステイルも突然の衝撃に「ぐぁ」と短く声を上げていた。それを塗り潰す勢いでアーサーが「もう向かっても平気だろ」と廊下を顎で指す。確かに、もうアムレットも昇降口から去っている頃だろう。
ああ、と叩かれた背中を押さえつけながらふらふらと身体を起こすステイルも、アーサーのお陰でか顔色が元に戻っている。代わりに叩かれた背中がまだちょっと痛そうだ。
あまりに衝撃的なアーサーからの気合注入に茫然としている私に、ステイルは席から立つと一度俯けた目をゆっくり合わせてくれた。
「行きましょう、ジャンヌ。今夜は予定もできましたし、エリック副隊長達にもご相談しようと思っています。それに、彼らのことも気になるでしょう?」
もう話はここまで。と言わんばかりに切り替えるステイルに私も頷く。
今度こそ席を立ちあがり、言葉を飲み込んだまま扉へと向かった。アーサーが三人分の荷物を担いでくれて私達の後ろに控えると、同時にステイルの頭をわしゃわしゃと撫でた。
髪型を乱すような容赦ない撫で方にステイルは眼鏡を落とさないように片手で押さえつけたけれど、それだけだった。
敢えてのような無表情で淡々と振り返ることもなく前を向くステイルとアーサーは、きっとまた無言で会話しているんだろうなと思う。
Ⅱ49.20-1.6




