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フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
勝手少女と学友生活

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Ⅱ125.貿易王子は推察する。


ほんっとにステイル王子、やるなぁ……。


護衛の騎士達を連れ、ティアラと廊下を歩きながら考える。

四限開始の鐘が鳴り、生徒達が教室へ待機しているお陰で大分今は進みやすい。さっきまでは廊下に出ていた生徒でなかなか前に進めなかった。流石に王族の前に飛び出て遮るような子はいなかったけれど、それでも通り過ぎるだけで女生徒が何人か卒倒してしまうから放って置けず何度も足を止めてしまった。……ティアラや教師には僕が足を止める必要はと言われちゃったけれど。

でも、ティアラが駆け寄ったのに恐らく原因である僕だけがのんびり倒れた生徒を通り過ぎるのも気が咎めてしまう。彼女らは皆、フリージア王国の大事な国民なのだから。

それにティアラもティアラで生徒達に握手を求めたり声をかける度、相手が男子生徒だとかなりの確率で放心させている。ぽわり、とまるで蝋燭に火を付けたような顔の火照りがいくつも彼女が笑いかける度に灯っていた。しかも倒れるまではいかなくても、ティアラの場合は男性だけではなく女性まで虜にしている気がする。まるでケーキ菓子のように女の子らしいティアラは、きっと彼女達にとって理想の女性像にも近いのだろう。……そんな、女性にも男性にも好かれる彼女を



まさかプライドの目眩しに立てるなんて。



義理とはいえ、自分にとっても可愛い妹にそんな役を任せちゃうなんてステイル王子くらいだろう。

そして現に彼の策は目論見通りにいった。少なくともティアラが現れてからは教室の男子生徒は全員ティアラに夢中だったし、何人かは心を奪われただろう。僕やステイル王子達にとってはただただ〝可愛い〟女の子であるティアラだけれど、十四歳の彼ら生徒にとっては間違いなくティアラは〝綺麗な〟お姉さんだ。

しかも、庶民に混ざっているジャンヌと違ってティアラは王族。ドレスや化粧だけでなく、その称号だけでも見え方はガラリと変わる。第一王女であるプライド以外でこれ以上印象が残る女性はなかなかいないだろう。それこそ最大権力者であるローザ女王くらいだ。

初めて間近で目にするであろう王女に、平静でいろという方が難しい。きっと今この時もティアラのことで頭がいっぱいになっている生徒が殆どだ。……まさか同じ学級に第一王女がいるとは夢にも思わないで。

それを考えると、もしかすると僕もプライドへの護衛を連れてくる為の理由づけだけでなくステイル王子達の為の目眩しの役目もあったのかもしれない。彼も女性に人気は高いから。

そしてきっと、ステイル王子は〝敢えて〟プライドに今日まで僕の協力を打ち明けていない。プライドのあの表情を見てもそうとしか考えられない。……まぁ、当然だろう。

他国の王子である僕をフリージア王国王女の目眩しや護衛の呼水に使いたいなんて、プライドの合意の上で頼めるわけがない。彼女が頷くか否かじゃない。そういう依頼を彼女が認めたという事実自体を抹消する為、もし万が一にも本来の目的が公になってしまったその時は


補佐である自分だけの責任にする為に。


単純に盟友である僕への極秘視察の開示や学校見学の優先権だけだったら、きっとこうはならなかったのだろう。

彼女の名だけは穢させない、他者に不信感を抱かせることすら許さない、そしてプライド本人にも〝庇った〟と思わせない。彼のそういう徹底しているところは、以前から変わらないなと思う。寧ろ奪還戦以降からは研ぎ澄まされている気すらする。一体、彼のあれだけの覚悟はいつからのものなのか。


「?どうかしましたか、レオン王子」

ぼんやり考えていると、隣からティアラが小さく覗き込んできた。

歩く速度は変えないままとはいえ、少し呆け過ぎたかもしれない。「ううん、なんでもないよ」と笑い掛ければ、僕の顔に何かついていたかのようにクスリと彼女は笑った。

突然の笑みに自分の目が丸くなっていくのを感じる。どうかしたかい、と今度は僕の方から尋ね返してみれば一度周囲の目を確認した後に彼女は再び声を跳ねさせた。


「すっごく可愛かったですよねっ」


悪戯っぽいその笑顔と言葉に、何を指しているのかは考えるまでもなかった。

ぼわん、と一瞬だけ熱に浮かされたように頭に熱がともる。引っ張られるかのように、ついさっきの記憶が鮮明に巡り出す。きっと妹であるティアラは既に潜入する前の姿を何度か見たことがあるだろう。そうじゃなくても、六歳から一緒に育ってきた彼女にとってはきっと懐かしいくらいのものだ。でも僕にとっては間違いなく初めて見る、……愛しい彼女の、あどけない横顔だった。


「…………うん。……そうだね」

そう思った瞬間、愛しさが込み上げた。

十四歳の彼女は今よりもずっと身体も小さく、なのに化粧無しでも気品に溢れていた。美しい髪を一纏めにしてしまっているにも関わらず遠目からでもその鮮やかな深紅は一瞬で視界に捉えられてしまった。

意識して視界から離さなければ絶対にずっと目を奪われていた。それくらいに綺麗だった。十六歳に婚約者として会わず、……もし身分も隠してあの歳の頃に彼女に出逢っていたらと想像までして何故だか無性に照れくさくて胸が高鳴った。だけど……うん、変わらない。きっと僕はそれでも最後には彼女に心を奪われて、そして愛しきアネモネ王国を選ぶのだろう。

そう確信して口元がいつの間にか無意識に緩んでいた僕は、そのままティアラと目を合わす。何故かさっきまで悪戯っぽい笑顔を浮かべていた筈のティアラが、今は顔が火照っていた。ふらり、とさっきまで普通にどころかスキップ混じりに歩いていた筈の彼女が横に揺れて僕はすぐに手を伸ばす。彼女の肩を反対側から抱くように支え、「大丈夫かい?」と覗き込むと火照ったティアラは「失礼しましたっ……」と気恥ずかしそうに自分の頬へ両手を当ててから立ち直した。

ふと、気がついて視線をティアラから近くの教室へと投げると開いた教室の扉からこっちを見ていたであろう女性教師がティアラと同じように顔を真っ赤にしてふらつき、腰を抜かしたように床へ座り込んでいた。…………しまった、またやってしまったみたいだ。


「……ごめん、ティアラ」

「いえ!……私こそ慣れなくてっ……」

口を自分の右手で覆いながら反省する僕に、ティアラも両手で火照る頬を押さえ、必死に覚まそうとぺちぺち叩く。

周囲にいるのが僕のことをよく知るアネモネの騎士達だから察してくれているけれど、これが他の人に見られたら絶対変な噂が立ってしまったなと反省する。第一王子と第二王女がお互い赤面して歩くなんて、むしろ誤解しか招かない。

既に扉の向こうから何人かの生徒には見られちゃったみたいだし、今後の行動にはいつも以上に気をつけないと。折角、次期王妹として立場を確立させたティアラに僕のせいで変な噂を立てたくない。……それに。


『どうか、どうか…願わくば御内密に…』


「……彼に誤解させたら大変だからなぁ……」

「へ??」

思わず零れた一人言に、ティアラが目をくりくりさせながら振り返った。

大分顔の火照りは()いだ様子だけれど、今度は頬を叩きすぎてそこだけが林檎のようになっていた。これはこれで愛らしいけれど、と思いながら僕は彼女に笑みを返す。

なんでもないよ、と言えば一応は頷いてくれた。改めて前を向き直しながら僕は過った記憶を再び振り返る。もう、一年になるのかな。

当時、婚約者候補についての制定が公表された時。セドリック王弟から浮き彫りになっていたティアラへの恋心。あれから式典や奪還戦を通して見ても、彼が心変わりしたとは思えない。けれど、……正直僕の目には全く進展したようにも見えない。

少なくともダンスパーティーの時は必ずステイル王子を除けば一番最初にティアラに踊って貰っている。けれど、それ以外で彼らが親しくしているのを見たことがない。

奪還戦で二人揃って僕の城を訪ねてくれた時も、その前後もずっと彼はあの距離感のままだ。穿った考えをしてしまえば、年頃の男女が同じ船に乗って数日を共にして何もなかったなんてことの方が少ないと思うのだけれど。しかも片方は片思い中だ。まぁあの時はプライドのこともあったし、それどころじゃなかったといえば当然だ。でもその辺の王子や貴族ならこんな可愛らしいティアラがプライドのことで心細い想いをしていたら、夜に肩や胸を貸して慰めるくらいのことはあってもおかしくないと思う。……なんて。僕も少し、友人の邪推が移ったかなと反省する。

セドリック王弟が落ち込んでいる女性の隙につけ込まない、そういうきちんとした誠意ある男性だったというだけの話だ。


「それより、ティアラ。本当に良かったのかい?職員室より先に僕の希望を優先させて」

「勿論ですっ!だってこれはレオン王子の為の見学ですから!」

話を切り替えた僕に、ティアラも何事も無かったように返してくれる。

プライド達への確認の後に職員室へ向かいたいと話していた彼女だけれど、この後が担任授業のロバートから案内役を引き継いだ教師へ僕の希望を優先させるように願ってくれた。

ありがとう、と笑みで感謝を伝えた後、とうとう目的の場所に辿り着く。案内役の教師が扉を開いてくれた教室に足を踏み入れれば、その瞬間にまた悲鳴が上がった。ティアラも一緒だから余計に男性の声も大きいけれど、やっぱり甲高い女性の悲鳴の方がよく響く。

プライドの教室に入った時と同じように挨拶をし、今度はゆっくり中を見回す。もうプライドがいないから安心して生徒全員に目を向けることができる。全、員……、……。


「……⁇⁇」


ふと、ある一点に視線が止まる。

僕の表情が変わったことに気がついたのか、隣でティアラが「っれ、レオン王子っ……」と小さく声を漏らすのが聞こえた。そのまま僕の裾を指先で小さく引いてくれた感触がしたけれど、まだそこで止まるというところまで頭が回らない。

足が勝手に動き、真っ直ぐにそこへ向かえば今度はティアラではなく授業を担当していた教師が「れ、レオン第一王子殿下……‼︎」と声を裏返した。すれ違う度に席に座っていた生徒が悲鳴を上げたり椅子を引いたり口を覆ったり背中を反らす中、彼だけが全く動かない。


……というか、寝ている。


「も、申しわけありません!!そ、その生徒はそのっ……」

もしかして僕が無視されているとかで怒ったと思ったのか。教師がなんとかその場を取り持とうと声を上げる中、僕は彼から目が離せない。

ここまで生徒全員が大騒ぎをして王族が現れたことに目を丸くする中、彼だけが全く動かずぐったりと机に突っ伏していた。片腕を垂らし、もう片腕で頭を抱えるようにして眠っている彼は教室の一番後ろ端の窓際に座っていた。その周囲まで、彼を避けるようにひとつ分の席を空けて座っている。彼の周りだけ見えない壁でもあるみたいだ。

周囲から悲鳴ではなく、息を飲む音まで聞こえてくる。教師が僕に謝りながら、彼を揺り起こすべきかと手を行き場無く持ち上げた時。

ギラリ、と。

頭を抱えた腕の隙間から鋭い眼差しが顔ごと僕に向けられた。フリージア王国には珍しい、褐色肌の顔ごと。


「……ぁー……」

僕は半端な笑みのまま、薄くしか声が出ない。

その間も無言のまま向けられたその鋭い眼差しはその口よりも遥かに雄弁で、「起こすな」「うるせぇ」「見てんじゃねぇ」「帰れ」「消えろ」「余計なこと言ったら殺す」と僕に釘を刺していた。もう間違いなく彼だ。

若干いつもより血走ったように見える目に、多分僕が教室に来るまでは本当に寝ていたんだろうなと思う。折角配達人の仕事で疲れた身体を休ませていたのに、僕の所為で大騒ぎになって目が覚めてしまったのだろう。

しかも僕が現れて、プライドにも口止めされていたであろう〝別件の仕事〟もこうして知られてしまった。

彼の殺意に溢れた今の眼差しは、十八の姿を僕に見られたことの不快さよりもただただ純粋に惰眠を邪魔されたことへの怒りが強いように見えた。……うん、ごめん。

この様子だと、昨日は遅くまで仕事だったのかもしれない。彼が僕に見られても良いと思ってくれたことを嬉しく思いつつ、ここで余計なことや反応をしたら確実に今度お酒を飲んでくれるのはひと月先じゃ済まなくなるなと確信する。

申しわけありません!と謝る教師がとうとう彼を揺り起こそうと決死の覚悟で手を伸ばし、僕がそれを阻む。いえ、結構ですと言葉で断ればすぐに手を引っ込めてくれた。


「すみません、友人に似ていたのでつい。人違いだったのでもう大丈夫です。……ティアラ。やっぱり四限の授業見学は最初から特別教室の方で良いかな」

セドリック王弟もいるし、と。続ければティアラもすぐに合わせてくれた。

教師達が謝る中、怒っていないと否定して僕らは早々に教室を去った。廊下を歩き、階段へと進みながら僕は猛省する。今思えば、あの時のティアラはヴァルと接触する前に僕を止めようとしてくれたのだろう。

簡単に想像できることだった。アネモネ王国の王子である僕や妹のティアラ、そして郵便統括役とはいえ王弟のセドリック王弟まで巻き込んでいるステイル王子が立場の問題も何もない、一番庶民にまざりやすそうな彼を利用しないわけがない。


取り敢えず城に帰ったらきちんとプライド達に謝ろう、と決めながら僕は一段目の段差に足をかけた。


Ⅰ373

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