表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
勝手少女と学友生活

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

170/1000

Ⅱ124.来訪者は笑いかける。


「……により隣国と離れた内陸方面へ進めば都市部から離れ、同時に農耕可能範囲は広くなっています。先ほど説明した通りー……」


緊張に背筋をいつも以上に張り詰めた講師の講義を聞きながら、最後列の壁に寄りかかることなくレオンは腕を組む。

貿易王国の王子として優秀な教師から様々な教育を受けているレオンだが、フリージア王国の地理や農耕など民の生活に直接関わる知識に関しての授業は興味深いものばかりである。うん、うん、と一人頷きながら、最初の自分が現れた時よりは落ち着きを取り戻した講師と生徒にほっと心の中だけで胸を撫で下ろす。

城から学校にも伝わっているとはいえ、せっかくの大事な授業を自分達の所為で一時的にも中断させてしまったことはレオンにとっても申し訳なかった。しかも、自分がすれ違った教室からすらレオンを一目見ただけで女性が目眩や腰を砕かれる事件が多発した為、余計に他の教室にまで授業妨害をしてしまったと自覚する。

常に滑らかな笑みを崩さず微笑みながら講師の授業を聞くレオンに、前を向く生徒達も女性は一人も振り返れない。目を合わせればそれだけで心臓が飛び出てしまうと本気で思う。そして男子生徒こそ、時折ちらちらと盗み見るように振り返るが、その度にレオンの隣に並ぶティアラが視線に気付いて微笑みかけてくる為、撃沈された彼らに二度目はなかった。

そうしてやっと緊張感こそ張り詰めたままとはいえ静けさを取り戻した教室で、レオンは音もなく息を吸い上げた。教師の話に耳を傾けながら一度だけ目を閉じる。自分の心臓が正常に動いているのを確認しながら、彼は正面を向いたままそっとある一点へ視線だけを初めて向けた。


最後列で授業を受ける、プライド達の姿に。


「〜っ、……」

可愛い、と。最初にレオンが堪らず思った感想はそこだった。

覚悟して気持ちも落ち着けて挑んだ筈なのに、彼女の子どもながらに凛とした横顔が見えた途端に心臓がうるさく高鳴った。破顔を隠すように片手で口を押さえたレオンは、顔の熱が増していくのを感じながら一度彼女から目を逸らす。

彼が初めてプライドに出会ったのは、彼女が十六歳の頃。それからたった二歳しか変わらない歳だが、今年で二十になったレオンにとっては充分に今のプライドは可愛らしい歳だった。ドレスも化粧もなく、民に馴染むように煌びやかな格好ではない彼女だがそれが余計にあどけなさを演じている。しかもいつもは靡かせている長い深紅の髪をまとめ上げている姿を見れば、それだけでもこの期間に学校見学の許可をもぎ取ってくれたステイルに感謝してしまう。よくあんな可愛らしい姿の彼女を隣に置いて、ステイルもアーサーも平然としていられるなと思う。

実際は、彼らもそして近衛騎士達も最初のお披露目で全く同じ症状に見舞われていたことをレオンは知らない。過去の記録を姿絵でしか残せないこの世界で、プライドの十四歳の姿は充分心臓に悪かった。


……これ、プライドは本当に目立たずにいられているのかな。


彼女から視線を逸らし、口の中を噛みながらそう思う。

社交界でそれなりに美しい女性は見慣れているレオンでも、やはり十四歳の彼女はこの学校で群を抜いて綺麗だと思う。正体を知らずとも突然こんな美少女が、近い存在として現れて誰も興味を持たないとは思えない。

そこまで考えてからレオンは、次の視線をプライドの左右に座る二人に向けた。ある意味、彼ら二人の存在が物理的な護衛以上の効果をもたらしているのだろうと見当付ける。彼らは彼らで女性から目を引くだろうが、プライドのことだけ考えればそれも都合は良い。彼女を高嶺の花だと思わせておけばそれだけ手は出しにくくなり、強敵が二人もいると思えば安易に動かない。

ただしその分確実にまた目立つだろうけれど。と、レオンは最初の疑問に再び帰結した。

王弟であるセドリックの体験入学やまだ生徒達にとっても目新しい学校という機関と設備、授業。そして特待生。関心を向ける的は多く、だからこそ今だけは目立つ存在の〝一部〟としてプライドは受け入れられているのかもしれない。だが、少なくとも年頃の男性にとってはやはりー……、とそこまで考えた時。


…………まさか、ステイル王子。


ふと、一人の存在に気が付いた。

提案された時も大して疑問にも思わなかった。むしろプライドの味方を増やし、警備体制を確かなものにする為にも効果的だと納得した。

現に、今自分達の身の回りを警護してくれているのは自身が連れてきたアネモネ騎士団だ。しかし、代わりに自分達が訪れている間に学校の周辺から建物の周り、様々な入口出口を囲い、完璧な警護体制を取っているのはフリージア騎士団。

昼前にフリージア王国に訪れたレオンは、一足先に使者へ城に報告させてから追うようにフリージア王国の城へ辿り着いた。そして自分が着いた頃には既に使者の報告から、王配により任命を受けたフリージア王国騎士団とそして……


「では、ここで以上になります。将来農業を継ぐ者や志す者、そして農家に嫁入りを考えている生徒はぜひ私の授業を選んでください」


鐘の音が鳴るのに合わせ、講師は声を上擦らせないように細心の注意を払いながら締め括った。

レオンも半分思考が飛びかけていたことを自覚し、慌てて目の前のことに意識を向けた。パチパチ、と拍手を鳴らせば隣からも弾むような拍手が放たれた。


「とても興味深い講義でしたっ!ドレーク先生、これからも生徒の皆さんを宜しくお願いしますね」

どの生徒よりも先に称賛の声を上げたティアラは、そのまま満面の笑顔で講師に歩み寄る。

更にはレオンも彼女に続くように教師へと歩み寄れば、また女子からは悲鳴が短く上がった。自分の横を蒼色の美青年が通り過ぎていくだけで動悸が荒くなる。ひやぁぁあぁっ……と、かすれるような悲鳴を上げる者も少なくない中で一番悲鳴を上げたいのは二人に歩み寄られた講師本人だった。


「僕も、とても興味深い講義でした。もし宜しければ今度我が城に招待させて頂けませんか。もっとちゃんとじっくりお話を聞いてみたいと思いました」

うっかりプライドのことで思考が途切れてしまったことが勿体無いと後悔しながら、レオンは笑い掛ける。

ティアラも「良いですねっ!」と声を弾ませれば、講師は枯れそうな喉をゴクリと鳴らしてしまう。社交辞令に決まっていると思いながらも、自分が極めてきたことが認められた瞬間は天にも昇るような幸福だった。今この瞬間の為に勉学をしてきたのではとまで考えてしまったところで、新たな衝撃に思考が途切れる。


「今後も生徒の為になる授業を宜しくお願い致しますっ!」

きゅっ、と。

陽だまりのような笑顔で笑んだティアラがそのまま握手を求めるように手を伸ばし、そして掴めば両手で包んできた。

その瞬間、講師の全身に雷が落ちたような衝撃が走り抜けた。自国の、第二王女。しかも最近注目を浴び始めた次期王妹。そんな天上の存在に握手を求められ両手で握り返されるなど、人生で普通はありえない。

パクパクと口を動かすだけで息と同音の返事しかできない講師に、ティアラはにこっと嬉しそうに笑い優しく手を離した。そのままくるりとドレスを翻すと、教卓に佇んでいた教師から今度は生徒達へと向き直る。授業が終了したにも関わらず、席を立とうとする生徒は未だ一人もいなかった。


「ところでロバート先生っ。こちらの教室にも特待生さんがいらっしゃるのですよね?」

案内に同行していたクラスの担当教諭でもあるロバートにティアラは小首を傾げる。

最初に校門で迎えられた際、今日が特待生の公表日だとプライド達からもジルベールからも聞いていたティアラは既に各棟前の掲示で確認済みだった。名前と共に、教師からどこのクラスの生徒かも確認すればその一人がプライド達のクラスの生徒だということも把握済みである。

ステイルから「三限目の時間に〝中等部の男女共有の選択授業が見たい〟と言え」と指示を受けていたティアラは、掲示で確認したその名前も忘れていなかった。

「確かアムレット・エフロン、だったと思うのですけれど」と続ければ、最前列に座っていたアムレットの肩が上下に跳ねた。同時に教師が告げるより前にほとんどの生徒達の視線が彼女に集中した為、ティアラもレオンもすぐに察しがつく。

貴方が……?とティアラは、予想外に近くに座っていた少女に尋ねかける。王族に話しかけられたアムレットは、肩幅を急激に狭くさせながらもコクンッと小さく頷いた。

言葉でも返そうとはしたが、唇を震えただけで声より先に顔の熱の方が上がってしまった。「わっ……私っ……」と眩い金色の王女に目を眩ませる少女に、ティアラは嬉しそうに顔を輝かせると視線を合わせるべく膝へ両手をついて背中を丸くする。

アムレットと目を合わせ、心からの笑みを彼女に向けた。


「おめでとうございますっ!同じ女性として心から貴方を尊敬します!きっとたくさん勉強されて頑張られたのですよねっ!」

自分より年上なのに同じくらい小さな顔が更に近づけられ、アムレットは唇を結んだまま息を止めた。

瞬きすることすら躊躇われて目蓋を震わせながら、混乱気味の頭が必死に第二王女の言葉を飲み込んだ。

ありがとうございます、とその言葉を震える喉で吃りながら続ければ、ティアラは彼女の右手を自ら両手で包む。


「私もアムレットに負けないようにこれからも頑張りますっ。一緒に頑張りましょうね」

きらきらと言葉そのものが真夏の水面のように輝いていた。

ぽわん、と顔を火照らせたアムレットがそれに一言細い声で返せば、ティアラの笑顔は更に綻んだ。ふふっ、と笑う彼女はそのまま流れるようにまた近くにいる生徒に笑い掛ける。こんにちわ、と気さくに挨拶をした彼女はその生徒の名前を尋ねた。生徒が浮ついた声のまま「ラディ、……です」と名前しか持たず下級層の身の上を恥じいるように絞り出せば、やはりティアラは変わらぬ笑みで手を差し出した。

握手を求めるその手に、彼は目を皿にして疑った。まさか、と格好こそ他の生徒とは大して変わらないが、それでも下級層と察しはつくだろうにとボサボサの髪の彼は思う。だが、握手を求め続けるティアラの手は引っ込められず、恐る恐る彼がその手をとればまた両手で包まれた。


「プライドお姉様の学校に入学して下さってありがとうございますっ。たくさん学んで、ラディが将来をより良いものにして下さるのを願ってますね」

ふわり、と鈴の音のような声と陽だまりのような笑顔に生徒達は息が止まる。

王女、とその称号が相応しく気品を持ち合わせながら、柔らかく女性らしい美しさを持ち合わせたティアラに誰もが目を離せない。講師、特待生、一般生徒、誰とも分け隔てなく関わり、笑い、そして一瞬でその心を掴む彼女に男子生徒だけでなく、レオンに魅了されていた女子生徒すら目を奪われた。

レオンもその姿を微笑ましく思いながら滑らかに笑んだ。やっぱりプライドの妹だな、と思いながらその人懐こい笑みや誰にも萎縮され過ぎず受け入れられてしまえるそれはティアラ自身の才能だと思う。

彼女に倣いレオンも近くの生徒に挨拶を交わすが、やはり女性はあまりに綺麗な顔と色香も香らせる彼に熱が上がる生徒が多い。それでも気さくに笑い掛け、紳士に且つ親しげに語る彼に今度は女子生徒だけでなく男子生徒も尊敬や憧れの眼差しを強めていった。

最前列から順々に近い生徒から語り掛け、その足で歩み寄り、手を取り、笑い掛ける王族二人の握手会に誰もが時間を忘れた。ほんの合間の休息時間が一瞬にも、永遠にも感じた中で次の授業の予鈴が鳴れば二人は促される前に退出すべく扉へ引いた。

これ以上生徒達の授業の邪魔にならないようにと彼らに笑い掛け「また来ます」と手を振り、アネモネ騎士が扉を閉め切るまで佇んだ。


「次は職員室にご案内しても宜しいですかっ?教師の皆さんのお話も聞きたいです!」

「良いね。僕も賛成だ。あと高等部のクラスも見たいな。特別教室のセドリック王弟にも挨拶を」

フフフッ、ははっと上品且つ楽しそうな笑い声と共に足音が遠ざかっていく。

彼らの音が完全に聞こえなくなるまで、プライドのクラスは誰一人身動ぎ一つせずに静まり返ったままだった。目の前に起きたことを処理しきれず放心した彼らが爆発的に騒ぎ出すのは、四限目が始まるわずか一分前の出来事だ。


「……まぁ、これで彼らの中の〝ジャンヌ〟への印象も薄まるでしょう」

きゃあきゃあと一気にライブ会場かのようなお祭り騒ぎの中で、ステイルは独り言のような声でそう呟いた。

嘘だろ、喋っちゃった!アムレット良いなぁ、ラディ俺と握手してくれ、俺も俺も、と男女の興奮が覚めきらぬ中で最も落ち着き払った彼は、未だに固まったままのプライドと茫然とするアーサーに笑い掛ける。




「何せ、我が国の麗しきティアラ第二王女殿下が見えて下さったのですから」




ニンマリ、と。

策が成功した時のステイルの上機嫌な悪い笑みに、プライドとアーサーは同時に顔が引き攣った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ