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フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
崩壊少女と学校
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Ⅱ12.崩壊少女は初登校する。


乙女ゲーム「君と一筋の光を」第二作目。


世界で唯一の特殊能力者の国、フリージア王国が平和な時を取り戻して数年。

とある理由で学校に入学した主人公は、初めての学校生活に戸惑いながら攻略対象者の心の傷に触れ、それを癒し、最後には攻略対象者と共に学校の危機を止め、ラスボスのいなくなった学校で攻略対象者と共に幸せな学校生活を送るようになる。

……と、確かそれがキミヒカ二作目のざっくりとしたあらすじだ。

キミヒカは大きなテーマだけは変わらない。辛い過去や心の傷を負った攻略対象者を癒して事件解決だ。

そして舞台となるのがゲームでは〝バド・ガーデン〟という学園。

第一作目と比べたら全体的に丸みを帯びた内容だったことは何となく覚えている。

ただし、ネットのレビューではその所為で「物足りない」「学パロw」「前作より薄い」「その前に無印のFDを出して欲しい」「王族の攻略キャラも欲しかった」「学パロなら前作キャラでやって欲しかった」とわりと叩かれ気味の作品だった。まぁ当時は初のキミヒカの学園物だった上に、人気作の第二作目なんて総じてそういう扱いはあるあるだ。総合評価は悪くなかったからこそ長きにわたる長編シリーズとしてその後も続いたのだろうし。

そして第二作目は、前世で私が一番記憶の薄いゲームでもある。

何せ、第一作目よりも前にやったゲームだ。お陰で今も、何度もやった大筋以外はゲームの攻略対象者どころか、主人公やラスボスの名前すらも思い出せない。


だからこそ


「…………来た」

昨日も訪れた筈の校門を前に、口の中で呟いた。

背が縮んだ私は一度立ち止まったまま、両隣に並ぶステイルとアーサーと共に茫然とそれを見上げる。私とステイル、そして私達三人分のリュックを背負ってくれているアーサーもそこに並んだ。背後にエリック副隊長も控えてくれている中、私達の左右を何人もの子どもが通り過ぎる。

フリージア王国独自機関、プラデスト学校。

今日から私達はここの生徒だ。

自身で作り上げた、そしてゲームではジルベール宰相が数年後には築いている筈の教育機関。民の生活と教育水準を上げる為の機関。そして今は将来的に同盟共同政策の為の足掛かり。

絶対に失敗もスキャンダルも許されない、私達の学校だ。


「では、時間になったらお迎えに上がります。どうぞお気をつけて」

校門の前で私達を見送ってくれるエリック副隊長が、声を潜めながら腰を曲げてくれた。

あくまで送迎のみのエリック副隊長の役目はここまでだ。今朝も予定通りにギルクリスト家で待っていてくれたエリック副隊長は、御家族が構ってくれるのを強引に押し退けて私達を学校まで送迎してくれた。今日はお父様も弟のキースさんも仕事に出ていて居なかったけれど、お母様がちょうど見送ってくれた。


「ありがとうございます、エリック副隊長」

振り返り、笑いかければエリック副隊長が唇を結ぶ。

頭を下げようとしてくれたようだけれど、この場でそれをしたら怪しまれてしまう。代わりにアーサーの肩に手を置いて「目を離すなよ……⁈」と念押ししてくれた。背筋を伸ばして返事をするアーサーは、今は私達と同い年だけど一番背が高い。もう一、二学年上でも通じるくらいだ。

そのままステイルとも挨拶をしたエリック副隊長と、とうとうこの場で別れることになる。エリック副隊長の他にも生徒の御家族らしき大人が何人もいた。城下も年々治安は良くなっているけれど、やっぱり比較的治安の悪い印象のある下級層にも近い場所の為、こうして送迎してくれる身内は私達以外にも珍しくない。前世ではあっても小学校低学年までだったけれど、こっちでは中等部ぐらいまでの子どもはまだ下級層に近付くことに身を案じられる。家の都合や方針にもよるだろうけれど、そう比べるとまだまだこの世界も治安に改善の余地はあるなと思う。

放課後の時間には迎えに来てくれるので、待ち合わせの時間を確認した私達は最後にエリック副隊長へと手を振った。


「じゃあまた後でね!エリックさんっ!」


うん!ちゃんと子どもらしく自然に言えた‼︎

何気に騎士を呼び捨てはあってもさん付けしたのは初めてかもしれない。エリック副隊長も驚いたらしく、手を軽く振り返すように肩の上で上げたまま固まった。ひと仕事終えた安心からか、じわじわと後から緊張が追ってきたように遠目でもうっすら顔が赤らいでいる。

校門を潜りながらステイルに「エリック副隊長の心臓が保ちませんから……」やアーサーに「エリック副隊長呼びでも大丈夫だと思いますよ⁈」と耳打ちされた。……もしかして、調子に乗って慣れ慣れ過ぎたということだろうか。

確かにエリック副隊長は保護者ポジションだし、近衛騎士だと知られない為にも距離を詰め過ぎも考えるべきかもしれない。なら、やっぱり敬語と副隊長呼びのままの方が良いか。今日帰ったらまたエリック副隊長にも相談しよう。


…………だけど。


ええわかったわ、と返しながら私は視線を振り返った先のエリック副隊長から両隣のステイルとアーサーに向ける。確かにエリック副隊長については一理あるけれど、今は先ず


「フィリップとジャックも、私のことは敬語無しで話してね。今は同い年だし、ただの親戚なんだから」

上級層の生徒なら未だしも、中級層からそれ以下で同い年なのに敬語で話す子なんていないだろう。身分を偽る為にも普通に話して貰わないと困る。

そう思って私がお願いすると、目に見えてアーサーの口が「い」の形で固まった。喉を反らしてさっきのエリック副隊長みたいな顔色になっている。

昔から私に対しては敬語で接してくれたステイルもアーサーも、今更第一王女相手に敬語なしは緊張するらしい。ステイルが眼鏡の黒縁を押さえて私から顔を逸らした。「いえっ……ですが」ともごもご声が聞こえるけれど、こればかりは避けようがない。歩きながらも了承の言葉をなかなか言ってくれない二人に私は説得すべく言葉を重ねる。


「遠慮しないで良いわ。この姿と年齢なら敬語で話さないのが普通よ」

「いえ!ですが俺が貴方に敬語で話したのは八歳の頃からなので……!」

「俺も十三の時なンで……!」

だから今は王女じゃなくて庶民なんだってば‼︎‼︎

珍しく理路整然としないステイルと、それに全力で乗っかるアーサーに叫びたくなる。だけど大声でそんなことを言うわけにもいかず、せめて校舎の中に入るまでには白黒つけたいと声を潜めながら必死に説得を試みる。こんなに躊躇われるなら城でティアラにも説得を手伝ってもらえば良かった。

「けど、ちゃんと普通に振る舞わないと。アラン隊長の親戚なのにそんな私にだけ敬語とかじゃ絶対におかし」



「ケメト!良い⁈ちゃんと良い子にしていてね?何かあったら絶対に私のところに来て!」

「はい。セフェクもいつでも遊びに来て下さいね。寮には途中までは一緒に行きましょう」



……あれ?なんか凄く聞いた声が。

覚えのある声に両肩が反射的に思い切り上がる。見れば、ちょうど初等部と中等部の校舎が分かれる道で、見覚えしかない二人が両手をぎゅっと握り合っていた。

セフェクとケメトだ。遠目から見てもわかるくらいにガチガチに緊張してるセフェクに、ケメトがにっこりと笑って答えている。セフェクより背が小さいケメトだけど、こうしてみると彼の方が大人びて見える。というか、若干セフェクの方がなかなかケメトから離れられないように見える。……何十分前からあそこで固まっているのだろう。

一瞬声を掛けたくなったけれど、正体がバレない為にも出来る限り避けないといけない。セフェクとケメトの視界に入らないように人波に紛れてこそこそと移動することにする。


「確か、ヴァルが朝一番に二人を送り出した筈ですが……」

ぼそっ、と声を潜めて唱えるステイルに私も頷く。

ケメトとセフェクは今日から寮に住むことになる。今日から一ヶ月は別だけど、それ以降は仕事のない放課後や最低でも二日に一回はヴァルが会いに来るという約束で学校に通うことになった。

けど今日はヴァルの事情で開門と同時くらいの早さで送り出された筈だ。なのにまだ校舎にも寮にも入っていないように見える。……どうしよう、すごく私が心配になってきた。

学校の寮に近い幼等部と初等部、そして校門から緑の広がった中庭を突っ切った先にある中等部と高等部。幼等部と初等部、中等部と高等部は校舎となる棟は違うけれど、渡り廊下で繋がって学食や科目室、実技室、資料室とかの設備は全て共有している。城ほどじゃないにしろ、寮も入れると結構広い。初等部のケメトと中等部のセフェクは棟からして離れ離れだからきっとあそこで止まったままなのだろう。


「そういやぁ、なんでケメトって敬語なんだ?」

ふいに放たれたアーサーの呟きに、私とステイルは同時に顔を向ける。

ステイルもそれに「確かに」と興味深そうにケメトへ視線を向けた。そういえば……と、私は大分昔にティアラがセフェクから聞いたという話を思い出す。


「確か……ケメトが将来城で働く為、だったかしら?」

確かに城で働いたら敬語は必要不可欠になるものね、とそのまま続ければステイルとアーサーは同時に顔を見合わせた。

二人とも皿のように目が丸い。そんなに衝撃的事実だっただろうかと首を傾ければ、次の瞬間にステイルとアーサーは「俺も」と息ぴったりに声を合わせた。


「俺っ、……僕も、将来城で働きたいので敬語を勉強中です!なのでジャンヌにも敬語で話させて頂きます!アランさんにもギルクリスト家での紹介で特別優秀と言って頂いたので全く問題はありません!」

「自分、もです!将来騎士になりたいので敬語を身に付け中ってことで‼︎実際この頃に敬語は習得中でしたし、アラン隊……さんの甥なら騎士目指していてもおかしくないと思います‼︎‼︎」


……次期摂政と聖騎士が何を言っているのだろう。

慌てた様子で足並み揃える二人に私は口の端がピクピク引き攣って笑ってしまう。その間にもステイルは「ジャックとは兄弟同然で育ったので敬語不要で話しますが、他の人間には敬語で話させて頂きます!」とアーサーだけ敬語除外するし、それにアーサーも「自分もです!」と全力で乗っかってしまう。なんだろう、凄く仲間外れ感がして寂しい。

でも、私の心情など全く知らないまま二人はそれに決定してしまった。そういうことで‼︎と強制的に話を切ると、鐘がなるまでに教室へ急ぎましょうとステイルに急かされた。

確かに、初日から遅刻なんて悪目立ちしすぎる。そうね、と仕方なく私も二人の意見に折れ、早歩きで中等部の校舎へと向かった。……既に目立ってはいるけれど。

今も横を通り過ぎる生徒が何人もこっちを振り返っている。流石は前作攻略対象者のステイルとアーサー。女子だけでなく男子の注目まで根刮ぎ浚っている。女子はまだしも男子から振り向かれる度に、ステイルもアーサーもまるで威嚇するように軽く睨み返していた。女の子は未だしも男子には変なやっかみを受ける前に出る杭は打つつもりらしい。流石年長者。

子ども姿でも男前な二人にこうして王女でもない私が挟まれると、女子にヤキモチを焼かれたらどうしようと若干心配になる。ロッカーも下駄箱もない昇降口を通り抜け、臨時で作られた受付に向かう。

列に並べば書類の束を持った教師が私達の名前から教室を教えてくれた。中等部の学年は現時点で五クラス。私達はちょうど真ん中の三組だ。前世で通っていた私の学校と比べたら多い方だけど、国内にまだ一つしかないのにも関わらず五クラスだけだと考えると少ない。

けど、この年代の子どもにもなると無料の教育でも勉強より仕事を優先させたい子が増え始めているからだろう。一応、階段を間で挟んで反対側にも生徒が増えた時用に教室は確保されているけど、今は倉庫や書庫と空き教室だ。

城下は中級層なら安定した生活をしてる子もいるから、これでも国内としては多い方になるだろう。根本を変えるのはなかなか難しい。代わりに衣食住が無料で提供もされる幼等部、初等部は全体的に中等部高等部とは比べ物にならないほどのクラス数と収容人数だ。

そしてそれとは別に幼、初、中、高等部ごとに全学年纏めて一クラスずつ上級層用の教師と教室、いわゆる特別教室がある。

私達は今回庶民ということになっているから、普通に二年生用のクラスだ。なんとか鐘がなる前に余裕を持って教室に入れた私は、早速クラスメイトとなる生徒達を見回した。ここで都合良く第二作目の登場人物が一人でも現れてくれれば、ゲームが何年後かもわかる。

ぐるぐると一人一人の顔を見回し、けれどピンとくる人は今のところいなかった。攻略対象者なら顔も絶対目立つし、乙女ゲームのベタなキャラといえば問題児や不良とかもいるかもしれないし、何か目立つイベント的な行動とか……


「ロバート先生‼︎高等部の生徒が屋上に上がっています!」

「まさか‼︎確かに今朝ちゃんと施錠を……!」


……急に廊下が騒がしい。

確か屋上解放は一ヶ月後からだった筈だけれど。教室に入ったばかりの私達は、教師の騒ぎ声につられるように廊下に出る。廊下の窓から身を乗り出して向かいの校舎へ教師が「そこにいる君ー!どこから入った⁈」と声を荒げていた。通りかかりの生徒も野次馬根性で他の窓から何だ何だと覗いている。

人の壁が厚くて私にはよく見えないけれど、アーサーが軽く背筋を伸ばすようにして覗いた。これはもしかして……!と期待を込めてアーサーに「誰か見える⁈」と聞いてみる。すると


「…………プ、……ジャンヌ、フィリップ。早速アイツ、やらかしてますけど」


ぐんなりとしたアーサーの低い声と共に苦々しい表情が返ってきた。

それは、と私も期待が真っ二つに折られながら顔が引き攣ると、ステイルが「ここからだと見えますよ」と少し離れた位置の窓の前で手招きをしてくれた。

なんかもう見たくないパンドラの箱気分で窓を覗けば、高等部の屋上がちらりと見える。そこに確かに寝転んでいる影は、教師の怒鳴り声にも糠に釘といった様子で寝返りを打って背中を向けていた。多分、今朝も早くて眠いのだろうし、二人を送ってからのジルベール宰相に会って再び学校へのとんぼ返りで疲れてるだろうし、始業時間までよっぽと暇だったんだろうなぁと思いながら、肩を落とす。そしてステイルとアーサーが窓越しに呆れたように彼を睨む中、私は締め切った窓の鍵を無言で開く。

「プッ、ジャンヌ⁈!」「ジャンヌ、それより僕が」とアーサーとステイルが言うけど問答無用。外の心地の良い風が校舎の中に入ってくる中、私は軽く身を乗り出して一気に息を吸い上げた。教師の声と同じように彼へ届くようにと喉を張り、叫ぶ。



「ヴァル‼︎今すぐ渡り廊下に来なさい‼︎‼︎」



高等部三年生の問題児且つ確実に不良なヴァルを、中等部二年生の私が大声で呼び出す。


プライド・ロイヤル・アイビー改めジャンヌ・バーナーズの学校生活が、最悪の悪目立ちから幕を開けた。


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