そしてけしかける。
「では、明日で間違いないんだな?ステイル」
「予定通り国内に入ったと知らせが入り次第、私が騎士団へ通達させて頂きます」
「宜しくお願いします。レオン王子にはいつでも気兼ねなくとお伝えしているので、今後も順次当日判断で……」
「あのっ……」
特待生発表前日。
書類を片手にアルバート、ジルベール、そしてステイルが打ち合わせをする中でぽつんっ、と小玉が落ちたかのような声が彼の話を遮った。思い切ったとはいえ抑えられたその声に、ステイルは言葉を止める。そして自身が口を閉じても続きを言おうとしない彼女へ笑顔を向けた。同時にアルバートとジルベールもまた、ステイルに合わせるように視線の方向を彼女へ変える。
どうした?とわざとらしくステイルが投げかければ、注目を浴びた彼女は恐る恐る口を開いた。
「どうしてっ……そのお話に私もお呼ばれされたのでしょうか……?」
金色の瞳を丸く揺らして顔を強ばらせる彼女は、両手を胸の前に置いたまま置物のように立ち尽くしたままだった。
呼ばれたは良いが、そこからあまりにも自分にお構いなくすらすらと話を進めてしまう兄と父、そしてジルベールに意図が掴みきれず肩を狭くする。
次期王妹として王配であるアルバートの補佐にあたることも多かった彼女は、レオンが代表として見学に訪れることは知っていた。定期訪問でレオンを最初にステイルが呼び出した日から、兄がレオンにも色々と情報を提供したのだろうとはティアラにも察しがついている。だが、今何故この打ち合わせに自分が呼ばれているのかはわからない。
『ティアラ、お前も付き合え』
招いたステイルの口ぶりでは、まるで自分にも関係があるような言い方だったから余計にだ。
にも関わらず話を進めているステイル達に、段々と自分がここに居ていいのかと不安も感じられてしまった。
部屋に入ってきた時よりも小さくなっている妹にステイルは少しだけ意地が悪くフフッと笑うと、わかりやすく悪い笑みをティアラへ向けた。
「言っただろう?〝お前にとってもいい話だ〟と」
指先で黒縁眼鏡の位置をわざと直しながら言うステイルに、ティアラはぱちくりと大きく瞬きを繰り返した。
確かにそう言われた。自分がここへ招かれた時に。だが、それと今の状況は彼女の中で全く結びつかなかった。
どういうこと?と頭を傾けて尋ねれば、今度はティアラよりも先にジルベールが察した。まだステイルはあのことを彼女には話していなかったのだと理解すれば、「意地の悪いお人だ」と思わず自分まで笑んでしまう。ジルベールのその表情に、目に見えてティアラの顔から疑問符ばかりが浮き出された。
いつも自分より少し上手に立つ妹がぽかんとしている様子を少しだけ長く楽しんだ後、ステイルはやっと続きの言葉を言うべくまた口を開いた。「ティアラ」とその名を呼び、身体ごと彼女の方に向けて顔を覗き込む。この上なく、悪い笑みで。
「〝次期王妹〟として、レオン王子に姉君の創設された学校を案内したいとは思わないか?」
……
「こんにちは。第二王女ティアラ・ロイヤル・アイビーです。この度多忙なプライドお姉様に代わり、レオン王子殿下に学校を案内するべくご一緒させて頂きます。ほんの一ヶ月だけですけれど、皆さん宜しくお願い致しますねっ」
にこっ、と彼女が日だまりのような笑顔を浮かべれば、その途端に教室は熱気に包まれた。
小柄な身体ではあるものの、十六歳を迎えたティアラは今や立派な淑女である。王女としての気品も教養も兼ね揃えた彼女の笑みを直接向けられ、平然としていられる者などいなかった。
「レオン・アドニス・コロナリアです。フリージア王国の隣国であるアネモネ王国の第一王子です。この度、フリージア王国のご厚意に甘えてひと月ほど何度か見学にお邪魔します。ぜひ、よろしくお願いします」
滑らかな笑みがフッと降ろされる。
甲高い悲鳴がいくつも上がり、数名の女生徒がふらつき卒倒した。セドリックとはまた違う強い色香を纏った彼の笑みを、心の準備もないまま数メートルしか距離を開けず直視して耐えられるものではなかった。人外、と言いたくなるほどの美しくそして中性的に整った顔は生徒達の目にはこの世のものとすら思えなくなる。
彼らが教室に入ってきてから絶え間なくあがる発熱と悲鳴の渦の最後尾に、プライド達は立っていた。本来ならば挨拶だけ済ませたらそのまま選択授業の風景を見学する筈だったレオンだが、今は完全にそれどころではない。
男子生徒が突然あらわれた美少女に発熱と動悸を発し、女生徒が喉から血を吐くのではないかというほどの悲鳴や腰を抜かして床に座り込み、更には男性講師すら突然現れた豪華すぎるゲスト二名に冷や汗が止まらず指先が痺れて動かない。学校に選ばれた選りすぐりの講師とはいえ、今の選択授業は〝農学〟。畑を営む上でのノウハウや農耕や畜産に関しての座学を行っていた彼は、当然ながら王族など目に出来るような立場にいない。だというのに突然天の上にいる存在二人が自分の授業を見に来たなどテロでしかなかった。
何故、よりにもよって自分の授業に見学へ訪れるのかと、頭の中では何度も思ったがそれを口にできるわけもない。足まで笑いそうになるのを必死に堪えながら彼は喉が干上がっていくのを感じた。
レオンが「農耕か……興味深いな。僕も後ろで聞いていっても良いですか?」と尋ねれば、心臓が口から飛び出しそうになった。更にはティアラまで「良いですねっ」と声を跳ねさせて笑う。あまりにも眩しすぎる存在二人に自分の講義が見られるなど、自分は今日運を使い果たして死ぬんじゃないかと講師は身の危険すら本気で感じた。
ど、どうぞ……!!と講師が深々と頭を下げ、レオンとティアラが大勢のアネモネ騎士を護衛として率いて教室の後ろへ向かい、廊下にはフリージア王国の騎士。
レオンの微笑みを直視すれば女生徒が次々と目眩を起こし、ティアラが「こんにちわっ」とすれ違う度ににこにこと笑い掛ける度に男子生徒が口を開けたまま目を離せず見惚れる中。
─ いいぞティアラ、もっとやれ。
腹黒策士ステイル一人だけが、悠然と悪い笑みを浮かべていた。
Ⅱ92.




