Ⅱ123.義弟は暗躍し、
「レオン王子、正式に我が国はアネモネ王国の学校見学にレオン王子をお迎えします」
六日前。
プライド達と共に晩餐を終えた彼は、ステイルに招かれるまま客間へ訪れその旨を受けた。
ありがとうございます、と嬉しそうに笑顔を浮かべるレオンにステイルも心からの笑みで返す。プライドが〝潜入視察〟として学校に生徒として紛れ込んでいることを早々に伝えたステイルだったが、それだけでは終わらなかった。
女王であるローザにはあくまで「プライド第一王女の盟友であるレオン王子を、優先的に学校見学へ招くのはいかがでしょう」と提案したステイルは、彼をプライドが通学するこの一ヶ月の間にこそ複数回見学へ招くことを提案した。
もともと学校見学を希望する王侯貴族は国内外関わらず多い。十八歳以上の年齢の人間が学校内を直接目にするにはそれしか方法がない。しかし、最初の一ヶ月間だけはプライドが極秘潜入していることもあり、彼女の姿を直接目にしたことがあるであろう彼らから秘密が露見しないようにする為に誰も学校見学が通る者はいなかった。そして
だからこその、レオンをと。ステイルは進言した。
奪還戦でも窮地に駆けつけ、プライドの盟友でもあるレオンならば必ず〝潜入視察〟という彼女の秘密も守ってくれると。
当然、見目の若返りの特殊能力者の存在も彼は守秘し続ける。次期国王である彼へ、その能力者が存在することを示すだけでも充分にフリージア王国からアネモネ王国への新たな信頼の証だった。更には表向きとしても最初の一ヶ月は創設者であるプライドの盟友である彼が優先されて何度も訪問したところで誰も疑問には思わない。プライドの元婚約者でもあるレオンは、今では文字通りプライドにとって特別な存在なのだから。
最初の一ヶ月は初動として学校見学者を絞り、国際郵便機関の統括役である王弟セドリックの体験入学と、プライドの盟友であり古き関係を持つ隣国の王子、レオンであれば誰も文句は言わない。数ヶ月前の奪還戦の祝勝会で女王直々に紹介された彼らこそが最初の一ヶ月の最優先権利を得たのだと納得する。
結果、アネモネ王国第一王子レオンはこの一ヶ月だけ他国のどこよりも先に何度でも学校見学に足を運ぶ権利を女王から許された。
─ レオン王子を巻き込んだことも、見目の若返りの特殊能力の存在を知られることになったことも全ては俺が負えば良い。
「一週間もお待たせして申しわけありませんでした。来週からいつでも学校見学へいらして下さって構いません。お忙しい中、アネモネ王国から往復されることは大変だと思いますが」
「とんでもありません。フリージア王国の学校を優先的に見学させて頂けるなんて嬉しい限りです。それに、……プライドのことは僕も心配でしたから」
あくまで〝潜入視察〟中であるプライドの事情を知ることを、ローザは許した。表向きの事情だけで伝えれば、盟友であるレオンに知られても問題はない。むしろ協力してくれる形で、第一王子が訪問するということは生徒達への充分に良い目眩ましだった。
─……そうすれば俺も、躊躇わずに済む。
プライドが暫くは晩餐でしか会えないと話したその時から、ステイルは彼にプライドの予知のみを隠したままあくまで学校の成功を願う彼女の〝極秘視察〟を明らかにしていた。そしてプライドの身を案じる彼を一ヶ月だけでも学校見学という形で協力者にするべく、学校が始まる前から暗躍した。
「ステイル王子には感謝しかありません。お陰で僕もこれから微力ながらプライドに協力できるのですから」
「いえいえ、〝約束〟ですから。それにレオン王子は姉君の盟友です。信頼できる貴方ならば、知って頂いても問題ないと判断したまでです」
侍女が部屋を出る前に淹れた紅茶を一口味わいながら、二人は笑い会う。
既にステイルからの信頼を得ていたレオン自身もまた、プライドが予知したというラジヤ帝国の皇太子達への警戒の為に協力は惜しまない。護衛を連れ歩く大義名分として、学校見学へ頻繁に足を運ぶことを決めた。
生徒ではない、そして王族である彼ならば何人でも自国の騎士や望めば来賓の護衛としてフリージア王国の騎士をも連れて歩くことも許される。定期的に彼が学校を闊歩すれはそれだけで大規模な騎士の見回りがそのまま校内の安全確認となる。何より、レオン自身が自分の目でしっかりとプライドの無事を確認したいと思った。
『協力して下さい。プライドと、僕のことを』
奪還戦の祝勝会。
そこで今回の礼にと望むステイルへそう望んで良かったと、心からレオンは思う。あの時の言葉があったからこそ彼は女王ですら知らされなかったラジヤ帝国の大事な情報を自分に流して貰えたのだから。そして、こうしてプライドを助ける為の協力者としてまで自分を内側から引き込んでくれた。
義弟且つ補佐であるステイルは、彼女の力となる為にこれ以上ない味方である。ただでさえ、プライド本人は自分で全てを解決しようとするところがある。そこでフリージア王国の民ならまだしも、隣国の第一王子である自分はなかなか巻き込んで貰えない。だからステイルに自分を巻き込んで欲しいと望んだあの時の判断は間違っていなかったと彼は思う。
しかも、結果として新たな信頼の証とフリージア王国の同盟国の何処よりも優先的に学校を見学することまで叶ってしまった。この利点もまた大きい。つまりは自国でどこよりも先に完成度の高い学校設立へ取りかかれるのだから。
正しいモデルケースを目にして取りかかるのと、表面の建物や噂だけを便りに〝学校〟という機関を作るのでは難易度も完成度も全く違う。そしてアネモネ王国は最初の一ヶ月、何度でも確認できる。それは他国へ一歩も二歩も先に差をつけられる絶好の機会でもあった。
「それでは早速、……来週の二日目から訪問させて頂きます。本当に事前に学校や城へ使者でお伝えはしなくて宜しいのですか?」
「ええ。ご遠慮なく。この旨はジルベール宰相から理事長にも書状で伝えています。レオン王子が国内に入られたと報告がきた時点ですぐ騎士団へも護衛を派遣しますから。……ただ」
そこで言葉を切る。
翡翠色の眼差しを丸くするレオンへ目を合わせ、にこりと笑うステイルはそこで軽くグラスを掲げてみせた。
「一つ、ご提案が」
Ⅰ639




