Ⅱ120.勝手少女は合流する。
「大丈夫?ジャック」
昼食を終えた後。
……正確には、私達が食べ終わってからフラフラのアーサーの口にステイルがサンドイッチをねじ込んだ後。予鈴が鳴るまで私達はのんびりと世間話をする余裕ができた。パウエルからはファーナムお姉様が特待生のことでクラスから注目を浴びていて恐縮していたことや、それでももともと美人とはいえ柔らかい雰囲気のお姉様に勉強を教えて欲しい、答案を見せて欲しい、すごいとクラスの女の子達からも話しかけられていたことを教えてくれた。
今までお姉様の体調を気遣ってくれたパウエル以外あまり周囲と関わらなかったらしいし、これを機会にお姉様にもお友達ができてくれたら嬉しい。
「いえ、大丈夫です……本当にすみません」
その間にさっきまで怒ったり照れたりと忙しかったアーサーも今は大分いつも通りに戻ってくれた。
怒らせたのは私の所為だし照れたのはアーサーの謙虚さ故なのだけれど、それでも折角のお話の時間にぐったりさせてしまって申し訳ない。ぺこぺこと頭を下げながら言ってくれるアーサーにステイルが意地の悪い笑みを浮かべていた。
「そろそろ早めに教室に戻りましょうか。今行けば予鈴にも間に合うと思います」
食べ終わったことですし、と続けながらアーサーの背中をポンと叩いた。
私もそれに頷きスカートの皺を伸ばしながら立ち上がると、アーサーも視線を落としながらも私達の分の荷物をまとめてリュックをまた背負い直してくれた。またなにやら無言でステイルが肘でアーサーを突いたり、アーサーも無音で肩を叩いたりと視線も言葉も無しで会話する二人は相変わらず仲が良い。ステイルは悪い笑みなのに反してアーサーはぐったりと疲れたような表情だけれど。
「仲良いよなぁ、フィリップとジャックって。二人は昔っから一緒なのか?」
「まぁな。従兄弟だし、それなりに付き合いも長い」
二人の様子も楽しそうに、半分羨ましそうに言うパウエルにバーナーズ家という設定を忘れずステイルが返す。
もともと山育ちで従兄弟同士一緒に育ちました設定だけれど、実際にステイルとアーサーはもう古い友人だと思う。かれこれもう八年は経っているもの。
だろ?と相槌を求めるステイルにアーサーも低い声ではあるけれど「まァな」と一言で返した。けれど、リュックを持ってやろうかと尋ねるステイルにははっきりと断った。
「お陰で大体こいつの弱みも知っている」
「そりゃァお互い様だろォが」
ぶわぁか。と、ステイルの言葉に今度はアーサーの方から軽く頭を叩いた。
その様子にまたパウエルが「ははっ」と屈託なく笑う。単純に微笑ましいのもあるだろうけれど、ステイルのことが知れて嬉しいのもあるかもしれない。
わかるわかる、と合いの手を入れながら、「付き合いが長くなるとそうなるよな」と続けるパウエルは本当に普通の男の子だ。
木陰を離れ、中等部と高等部の棟まで辿り着いた私達はそこでいつも通りパウエルと別れた。予鈴が鳴っていないし、まだ少し時間に余裕があるしと私達は教室に戻る前に寄り道をすることにした。階段を登らず、早歩きで向かうと早速
「あの!本当の本当に良いんですか⁈本当に!その、僕ら‼︎」
「ディオス、声大き過ぎ。そんな大きくしなくても聞こえているし」
……元気の良いディオスとクロイの声が聞こえてきた。
食堂に向かっていた私達は辿り着く前にディオスの大声ですぐに見つけることができてしまった。更にはその方向を見れば、わかりやすく人集りもできている。
姿は見えなくてもそこい彼らがいることは火を見るより明らかだった。更には「無論だ!」と力強く響かせるその声は間違いなくセドリックだ。
顎の角度を上げて見れば高身の彼の金色の髪がちらちら見える。近くにはアラン隊長らしき団服や茶色がかった金髪も見えた。
「お前達が良いと言うならば、今後も付き合ってくれれば俺も嬉しい。だが、良いのか?折角特待生になれたのならば、休み時間も勉学に集中したいだろう」
「大丈夫です‼︎毎日授業は出れますし!帰ったら毎日勉強します!従者でも何でもやるのでこのまま続けさせてください‼︎」
「じゃあ、……僕もお願いします。ディオスだけじゃ心配ですし、セドリック様にはお世話になったので、ちゃんと出来る限りお返ししたいです」
熱烈プロポーズみたいなことを言うディオスにクロイも続く。
じゃあ、とか言っているけれど、多分後半が本音なのかなと思う。前のめりにお願いしているだろうディオスに続いて、可愛らしいクロイの照れ隠しを想像すると思わず笑ってしまう。直後にはディオスが「なんだよ僕が心配って!」と異議ありを示したけれど、それをクロイが返すより先にセドリックが「そうかそうか」と嬉しそうな声を上げる方が先だった。
「別段恩に着る必要はない。しかし、ならばこれからも頼む。ただし勉学だけは疎かにしないでくれ。俺で良ければ勉強も教えよう。……あまり上手いか保証はできんが」
本当ですか⁈と今度はディオスだけでなくクロイの声も合わさった。
更には周りからも生徒が、おおおぉお!と歓声を上げるのが聞こえる。「良いなぁ」と羨む声がいくつも聞こえる中、ディオスが「クロイ!ノート買おう‼︎」「まだ奨学金貰ってないでしょ!」「この前の残りが」「なら紙だって」と大分ディオスが張り切っている。これ、確実に勉強という名目で王弟の生サインを狙っているのではないかと考えてしまう。
「それに、もしお前達がー……、……」
歓声に紛れてセドリックの声が響くと、また生徒達の声がぴたっと収まる。
食堂ではなく食堂を出たばかりの何もないエントランスだというのに、セドリック効果でライブハウスのようだ。多分別れ際に二人と話し込んでそのまま盛り上がっちゃったんだなと察する。セドリックの一挙一動に生徒皆が夢中になっている。
今度のセドリックの発言には少しだけ騒ついた。さっきまではっきりとした口調で話していたセドリックが突然言い淀んだのだから。なんだ、どうしたのかしらと小声で生徒達が囁き合うのまで聞こえてくるとやっと「いや……」と低めた彼が言葉を続けた。
「これは、一度俺の方で持ち帰らせて貰おう。とにかく、特待生おめでとうディオス、クロイ。俺もお前達の〝友人〟として鼻が高い。明日からも宜しく頼むぞ」
そう言った直後、元気の良い二人分の裏返りそうな声が響き渡った。
本当に二人ともセドリックに懐いたなぁとつくづく思う。それを最後にセドリックは「ではな」と一言で高等部の方向へ去っていった。ずらずらとそのあとも同じ方向に帰る高等部の生徒や特別教室の貴族達に囲まれて、あまり私達からはセドリックの姿が見えなかった。
私も王族として視察に降りた時とか、式典ではよくあることだけど外からみたらこんな感じなんだなと改めて思う。まるで絵本に出てくるネズミ退治の笛吹きだ。
今は食堂の外で且つファーナム兄弟と離れるところだったから、その直後を狙ってセドリックの隣をお傍をとこれだけの人が集まっていたのだろう。……つまり、ファーナム兄弟がくっついていないと食堂とか朝もこんな感じだということだ。休み時間は基本的に護衛にアラン隊長が付いているらしいけれど、本当にこれは大変だなと思う。双子が最初に付き人仕事をした際にアラン隊長本人からも助かると言ってくれていたけれど、私が思っていた以上に切実だった可能性がある。
人集りがセドリックの軌跡に合わせて移動したことで、高等部だけでなく教室の方向が違う中等部の生徒もバラバラとその場から去っていった。人垣がなくなると、ぽかんと棒立ちで頭だけを深々下げ続けているファーナム兄弟だけが残される。
予鈴の鐘が鳴り出すと同時に私からも「ディオス!クロイ!」と声をかけると、二人とも同じ動きで顔ごと振り向いてくれた。私が駆け寄るとディオスが「ジャンヌ!」と呼んで合わせるようにこっちに駆けてくれて
ぼふっ!と。
「セドリック様がまだ従者続けて良いって!今日も一緒にクロイと三人でご飯食べれたし話してくれたし明日も良いって!しかも順番じゃなくて僕ら一緒のままで良いって!またお給料くれたしこれでノート買えるしペン買えるし教室の子とも話せた‼︎それにセドリック様が勉強教えてくれるって‼︎‼︎‼︎」
飛び付く勢いで私に抱き付いてきたディオスは、そのままマシンガントークで最新情報報告をしてくれた。
むぎゅぅううっ!と細腕とはいえ男の子且つ大興奮中のディオスはなかなかの力だった。少なくとも今の私よりは強い。叫びながら抱きついてきたから途中から余計に耳が近くてアーサーに続き二回目に耳がキィンッとする。でも、ディオスの嬉しさ百パーセントは純粋に嬉しいので私からもここは受け止めて背中を捕まえる。
一瞬、今朝のお姉様みたいに倒れそうだったけれど、ここは年長者の維持!と足で踏ん張って堪えた。すぐに背後にいたアーサーとステイルが支えてくれて事なきを得たけれど。重いドレスじゃなくて良かった。
「良かったわね。ディオス達がたくさん頑張ったからよ」
若干息も体勢が苦しいけれど、それよりもディオスの満面の笑顔が嬉しい。
私からも心からの笑顔で返しながら彼の白い髪を撫でた。背中に回した手の片方で撫でればサラサラとした指通りで心地よい。一瞬、前みたいに馬鹿!と怒られるかなと思ったけれどディオスの顔は上機嫌のままだ。へへっ、と顔を綻ばせて私に向けてくれる姿は可愛らしい。どうやらセドリックと一緒に居られるのが何でも許せるレベルで嬉しいらしい。ほくほくと焼き芋よりも温かそうな笑顔に私まで釣られてしまう。これならもう少し頭を撫でても怒られないかなと思った時、ぐいっと突然ディオスの身体が上体から反るように離れた。
「ディオスくっつき過ぎ。もう姉さん以外にそういうことするのやめなよ」
クロイだ。
自分だけ置いてけぼりにされて盛り上がったのが寂しかったのか、少しむくれたような顔でディオスの後ろ首を猫の子みたいに引っ張っていた。引っ張られるまま腕を離したディオスはクロイの方を振り返るなり同じ顔で眉を寄せる。
「良いじゃんか!相手はジャンヌだし‼︎クロイだって今朝……」
「ジャンヌだから駄目なの。あと今朝は別」
なんだよそれ‼︎と噛み付くディオスにクロイも慣れたように淡々と答えている。
これだからディオスは子どもなんだとため息まじりに言う余裕すらある。意外にクロイの躾厳しい。
「ジャンヌも怒ってないし」「そういう問題じゃないから」「嬉しかったのに」「一応アレも女なの考えて」「!まさかクロイ」「違うから」と北風も太陽レベルの温度差で言い合っている。というかどうして私は駄目なのだろう。今朝は少し心を傾けてくれた気もしたのに、やっぱりまだ嫌われているのだろうか。
馬鹿といわれるよりずっと地味にショックを受けて固まっていると、ステイルとアーサーがそっと支えていた手を離した。そういえばさっきまで支えて貰っていたんだと思い出す。
ありがとう、と二人にお礼を言う為に振り返ると一言返してくれたステイルとアーサーも何というか苦笑いでディオス達を眺めていた。ありゃあ〜……という声が聞こえてきそうな笑みだ。二人もクロイの躾っぷりに苦笑している。
「……取り敢えずディオスは気をつけるぞ。」
「今晩、先輩達にも言っとくか?」
そうしよう、と二人とも視線は双子に刺さったまま、ステイルが返した後は同時に頷き合った。
何故ディオスだけなのだろう。聞きたくても双子に向いた二人の視線は一度も私に合わせてくれなかった。もしかして王女相手にタックルレベルで抱き付いたことだろうか。いやでも今のは喜びを共有してくれただけだし、大体私のことを王族と知らないから悪気もないと思うのだけれども。
そう思っているとディオスの不満な訴えをどこ吹く風くらいの感覚で聞き流しているクロイが顔を上げた。私の方を見て、ちょっと気がついたように目蓋を上げた後に無言で一歩前に近づいてくる。
また何か怒られるのかしらと肩が強張ったまま唇を絞って見上げると、クロイはおもむろに私へ手を伸ばしてきた。
「ほらディオスのせいで髪まではねちゃってるし」
さら、さらと私の私の頭を撫でるように触れたと思えば整えてくれる。
まさかのお気遣いだ。この子は本当に優しい時と怒る時の沸点が掴めない。確かにさっきの勢いで纏めていた髪が少し乱れたかもしれないけれど、気になる程じゃないのに。
ディオスが慌てるように「ご、ごめん!」と声を上げてくれるけど、私からこのままで平気よと笑って返す。背後にいたステイルやアーサーも気にならなかったぐらいだし、そんな気にすることない。
「…………髪、下ろさないでよ」
え?
ぼそっ、と独り言のような小声は多分私にしか聞こえなかった。
多分距離感的にもクロイの発言だと思うけど、上目で見上げてもクロイは髪を整え始めてくれた時と同じぶすっとした顔のままだ。私の視線に気付くとすぐに顔ごと逸らして整えてくれていた手も離し、背中を向けた。
「ほらもう昼休み終わるよ。ジャンヌ達も、ただでさえ目立つのに遅刻とかしたくないでしょ」
行くよ、とそのままディオスの手を握ったクロイは早足で先陣を切ってしまった。
確かにそろそろ本鈴だと私達も二人に続く形で急ぐことにする。いつもと違って軽やかに一段飛ばしで階段を登っていくクロイに、彼も何だかんだで機嫌が良いのかしらと小さく思った。
最後それぞれの教室へ別れる際、ステイルが去ろうとする二人を一言引き留めた。「今晩、予定はありますか」と尋ねたステイルは二人が捻った首を揃って横に振ると、にっこりとした笑顔で言い放った。
「では──」
へ⁇
真意のわからないその謎の指令に、ファーナム兄弟だけでなく私とアーサーも首を傾げた。
Ⅱ40




