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フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
勝手少女と学友生活

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Ⅱ119.勝手少女はかえりみる。


「そうだ、良かったな。弟達も特待生になれたんだろ?」


渡り廊下で合流したパウエルが、思い出すように言ってくれた。

ステイルとアーサーが未だ何やらヒソヒソごにょごにょと言い合い中だったから、今は私がパウエルと並んで歩きながら話す流れになっている。正直、大ファンだった第三作目のパウエルと二人きりで話すと未だに時々緊張してしまう。やっぱり整った顔しているし、何よりも生き生きとした表情をするパウエルを見るとそれだけで嬉しくなって見惚れてしまう。

社交界で鍛えた平常心で普通に話すけれど、正直未だにステイルを挟んで会話したかった気持ちが強い。パウエル本人も本命は私よりも恩人でもあるステイルなのだろうし。

表向きの私達よりも年上十六歳であるパウエルは、全く年上であることを鼻にかけず気さくに話してくれる。友好的なパウエルとか本当にそれすら素敵過ぎて未だ慣れない。


「ええ、お姉様も無事受かったらしくて嬉しいわ」

「すげぇよな。やっぱりジャンヌやフィリップ達の教え方が良かったんだろうな。今度俺にも勉強教えてくれるか?」

ジャンヌならできるだろ?とファーナムお姉様に勉強を教えていた私へまさかのオファーがかかる。ふぇっ⁈!と思わず変な声が思い切り出てしまった。肩が思いっきり跳ね、整えた筈の笑顔が思いっきり引きつってしまう。

私の反応にパウエルがキョトンとした顔で「ダメか?」と聞いてきた。いや絶対駄目とかそんなわけありえないけれども‼︎


「ひっ、昼休みになら、喜んで……。わからないところがあれば相談さえしてくれれば…。その、教室も離れているし、放課後はすぐに帰らないといけないから……」

なんだろう、すごく気恥ずかしくでむずむずする。

頭の中で何度か〝勉強イベント突入!〟の文字が出てくる。駄目だ、第三作目が絡むとまた簡単にゲーム脳が再発する。

主人公がパウエルに勉強をお教えるイベントとかバッチリ覚えている。もう想像するだけで顔が熱い。手がなんだか落ち着かなくて指を何度も組み直してしまう。

そんな私のど緊張を知らずにパウエルは「じゃあ今度わからなかったら相談するな」とカラッとした笑顔で言った。


「俺も昼休みが良い。放課後はこっちも用事も仕事もあるから。ちゃんとジャンヌが忙しくなさそうな時に頼むから」

なんか本当にお約束イベントみたいなんですけれど‼︎

駄目だ、もしかすると現段階でパウエルが一番私は恐ろしいかもしれない。一番シナリオの少なかった隠しキャラパウエルでこれなら、これから先他の第三作目の登場人物に会ったら本当にどうなっちゃうのだろうか。いっそ怖い。またゲーム脳になっちゃったらどうしよう。

そう思うと、だんだん顔が熱いのがサーッと引いていく。気がつけば自分の両手首をぎゅっと掴みながら「じゃあ何かあれば……」と失礼ながらパウエルから顔を逸らしてながら返してしまう。

それでも「ああ、楽しみだ」とさらっと嬉しそうに言ってくれるパウエルさん、本当に心臓に悪い。一体どうすればこんなに純粋培養に育ってくれちゃったのか、とにかくステイルありがとう。

いつもの校門傍の木陰へと向かいながら私は考える。本当にステイルがパウエルを助け出してくれて良かった。当時はまさか第一作目以外の登場人物がこの世界にいるなんて思いもしなかったし、ステイルからも光の特殊能力者としか言われなかったから全く思い出しもしなかった。あの後に彼が辿るべき未来と経過を考えるとぞっとする。

気がつけば手首からそのままざわざわした自分の肩から腕を摩ってしまった。その途端、パウエルが「そんな寒いか?」と上着を貸してくれようとするから全力で丁重にお断りする。もうこれ以上バクバクになったらまともに話せなくなる。


「そっ、それよりもすごいわよね。パウエルは四年間もずっとフィリップのことを覚えていてくれたんだもの。私もフィリップをそこまで想ってくれる人がいて誇らしいわ」

「当然だ。フィリップは本当に俺の恩人だから。あいつが助けてくれなかったら絶対逃げようとすら思えなかった。それに、あいつのお陰でー……」

そこで一度言葉が止まってしまう。

どうしたのかしらと思って隣のパウエルへ顔を向けて覗き込むと、笑った顔のまま目がじわじわと涙目になっていた。色々思い出すことがあったのだろうと思うと私まで泣きたくなってしまう。

何も事情を知らない筈の私がそれ以上の反応をするわけにもいかず、ぐっと飲み込んで堪えるけれど本音は何度でも「良かったわね」と言いたい。

十秒以上涙目で堪えたパウエルはそれから「すまねぇ」と腕で目を擦ると、一度大きく深呼吸をした。スーハーと音に出して息を整えてから、「何話してたっけ」となんでもないように話を戻してくれた。

あんまり辛いことを思い出させるのも詮索も悪いなと思い、私からも「ううん」と首を振る。嬉しさをそのままに今度は真っ直ぐパウエルに笑いかける。


「私もフィリップが話していた子に会えて嬉しいわ。フィリップも貴方を忘れたことなんてなかったもの」

ステイルに聞こえないようにちょっとだけ声を抑える。

しっかりと私に顔ごと向けて聞き取ってくれたパウエルは、涙で赤みがかった目が一度大きく見開かれた。「本当か……?」と彼もまた抑えるような小声で言ってくれるから、力いっぱい笑顔で「本当よ!」と返す。

……うん、本当に本当だ。だって、我が国に学校を作るのを迅速にとステイルが望んだ理由だってパウエルを学校に行かせたいというのが理由だったくらいだもの。貴方の為に特殊能力者の授業までカリキュラムにステイルが希望したのよと言えば、もっとびっくりしただろうなと思う。

そこまで考えて、また涙目を擦り始めたパウエルに私はふと今思ったことを投げかけてみる。


「ところでパウエルは、今のところ気になっている選択授業とかある?男女別でも共通のでも」

「ああ、……取り敢えず特殊能力の選択授業かな。ジャンヌも知ってるだろ?まだ、実はあんまり俺自身もわかってないんだ」

良かったわねステイル‼︎‼︎

未だ背後でアーサーとなにやらお話中のステイルに心の中で叫ぶ。頭の中でガッツポーズをしながらステイルの努力が報われていることに一人はしゃいでしまう。後でちゃんとステイルにも教えてあげなくちゃ。

苦笑ぎみに陰りなくパウエルへ「わかると良いわね」と笑顔で返しながら、電気の特殊能力と判明するのがいつになるかしらと思う。でも、間違いなくパウエルの未来はゲームより明るい。それなら今すぐ教える必要もないと思う。

アーサーの時は仕方なかったけれど、パウエルも知るのなら人間的に少しずつ成長しながら知っていくのもいいと思う。折角授業もあるのだし、そこで特殊能力の利点と危険性とそれぞれに向き合ってから理解していければ良い。いつかきっと彼の未来だって開いてくれる素敵な能力だ。


そうこうしながらとうとう校門前に辿り着く。

いつもの木陰に四人で円を作るように囲みながら腰を下ろした。早速忘れないうちにパウエルが選択授業で特殊能力の授業を楽しみにしていると話すと、期待通りステイルの口元が少し緩んだ。

むにゅ、と引き上がる口端を隠すように手の甲で擦ると、そのまま誤魔化すように「ところでジャンヌ」とアーサーからサンドイッチを受け取りながら私に投げかけてくる。


「ジャックが。……今日もとても心配していましたよ。貴方がまた変な男に絡まれるのではないかと、ずっと」


「ッおまっ……‼︎」

突然の話題にアーサーが目を剥いた。

直後に「それはテメェもだろ‼︎」と真っ赤な顔で怒鳴ったけれど、ステイルは素知らぬ顔だ。アーサーが差し出してくれたサンドイッチの包みを開き、それどころか肘で彼を突く始末だった。……一体どうしたのだろう。

アーサーがステイルと同様に私のことを心配してくれたのはわかっているし、教室を出る前も私の為に急いできてくれたことにお礼も言った。もしかしてあれじゃ言葉足らずで伝わっていないということだろうか。それともまだ私の反省が足りないという意味か。

しかも隣に座るステイルを睨むアーサーは、まるで悪いことがバレたかのような恐る恐るといった表情でちらちら私に視線を向けてくる。駄目だしならともかく、アーサーが私の悪口を言ったとは思えないし……つまりはそれくらい、私が思った以上にすごく心配をしてくれていたということだ。

お詫びを言おうとしたけれど、その前にパウエルから「この前の高等部の連中か?」と投げかけられる。いやそれもなんだけれど……と言葉を濁しながら、そういえば彼は私が特待生試験でひと騒ぎあったことを知らないのだと思い出した。

ステイルが間髪入れず「昨日も少し厄介ごとに巻き込まれたんだ」と説明してくれると、納得したように大きく頷いた。

大ごとにならなくて良かったなと言われ、実際は結構な騒ぎになった事実に苦笑う。まぁ本当にこちらはアラン隊長のお陰で怪我一つなかったのだけれども。

私に渡してくれる分のサンドイッチをリュックの中にいれたまま固まってしまうアーサーに、代わってステイルが彼の膝の上からバッグごと回収して私に手渡してくれる。ありがとうとお礼を言いながら受け取ると、にっこり笑ってくれたステイルはアーサーの膝へ乱暴にバッグを返してから再びドンッと彼の肩に自分の肩をぶつけた。

それに一度だけギラッと鋭い眼差しでステイルを睨んだアーサーだけど、すぐに私へ正面を向けると俯きがちな視線で口を開いてくれた。


「……っ、その、……学校が始まってからもう、絡まれンのも二回目ですから。……ジャンヌは、色々もう目立ちますし……傍にいられねぇとやっぱ、心配で。俺はまだ、……昨日の奴らにも腹ァ立ってる部分はあり、ます……」

言葉を一つ一つ辿るように言ってくれるアーサーは顔が真っ赤だ。

第一王女とはいえ、実年齢十九歳の女性に子ども相手みたいな心配をしたことを明言させられて照れているのかもしれない。最後は少し申し訳なさそうに言ってくれるアーサーに、本当に心配をかけたと改めて痛感する。

アーサーの不在中も、近衛騎士が誰かしら監視してくれてはいるけれど、それでもこれまでのことがあるのだから心配されて当然だ。

それ以上は唇を絞ってしまうアーサーに、私は「心配かけてごめんなさい」と謝り頭を下げる。


「そうよね。……私も、ジャック達に何かあったらきっと許せないわ。こうして貴方達が心配してくれるお陰で、私は安心できて今日も過ごせるんだもの。本当にありがとう。……ジャック達が心配してくれるの、すっごく嬉しいわ」

謝罪のつもりだったのに、口にしてみたらなんだか温かくなって、途中からはお礼になってしまう。

でも本当に心配してくれるのは嬉しい。アーサー達みたいな優秀な護衛がいてくれて、いつも目に見える場所にアーサーやステイルがいるからこうして今も学校生活なんてことができている。そう思うと余計にアーサー達には感謝しなくちゃなと思う。

心配をかけたくないけど、やっぱり心配してくれる人がいるのは嬉しい。アーサーだってそんなわざわざ隠す必要も恥ずかしがる必要もないのに。それだけ彼が優しい騎士である証拠なのだから。むしろ悪いのは全面的に心配かけている私の方だ。

だからアーサーが気負う必要もないし、もっと怒ってくれても良いと続けようとしたところで、……口が止まった。

ぶわり、と唇を絞ったアーサーの顔が茹で蛸のように真っ赤になっていた。

それはもう、本当にワンクリックしたくらいに一瞬で塗り潰されていて。え⁈と思わず素っ頓狂な声を上げてしまうと、アーサーは思いっきり私から身体ごと捻る勢いで顔を逸らしてしまった。なんか逆に怒らせた⁈‼︎

そこまで理解してから、はっとそういえば途中から自分の顔が緩んでいた気がすると思う。慌てて両手で顔を押さえるけれど、今はアーサーの真っ赤に驚いた所為で痕跡はない。

謝罪のつもりがヘラヘラ笑ってしまったら流石にアーサーも怒る!反省してないなと思われて当然だ‼︎いや本当に反省はしているつもりなのだけれども‼︎‼︎でもそれより心配してしてくれるのは嬉しいと思って……ッてそれが反省してないってことじゃない‼︎‼︎

あわわわわと今更になって自分の失言と態度を省みる。「ごっ、ごめんなさい‼︎」と声を上げて、その場からアーサーに改まる。ちゃんと今度こそ謝ろうと近付くべく腰を上げると「ッ大丈夫です‼︎‼︎」と強めに叫ばれ、手で待ったを示された。


「ご!……迷惑じゃなくて、良かった、……です。俺こそ、すんません……」

途切れ途切れに絞れ出された声からは、直前の叫びと打って代わって覇気が削がれていた。

腕ごと使って口を押さえたアーサーはまだこっちは向いてくれないけれど、返事をしてくれたことにほっとする。息を一個分吐いてから、私も大人しく上げた腰を元の位置に下ろした。


「迷惑なわけないじゃない。ジャックが謝る必要もないわ。そんなジャックが私も大好きだもの」

謝るのは私の方よ、と改めてごめんなさいを続ける。

けれど、微妙にそこまで届いたか自信がない。言い終わるよりも前にアーサーがそっぽを向いたままグラつき出していた。

足を組んで座った状態から横に揺れ、慣れていない銀縁の眼鏡が先にこぼれかけた。びっくりして私もパウエルも手を伸ばそうとしたけれど、それよりもステイルが支えるのが早かった。

まるで読んでいたかのようにアーサーの後ろ首の服を捕まえると、反対の手で彼の眼鏡を正面から鷲掴むようにして押さえつけた。流石ステイル。


「校門前なことを忘れるな」

そう言って、正面から眼鏡ごとアーサーの顔面を押しやるようにして起こした。

確かに、校門前には私達の方を向いていないとはいえ騎士が張っている。騎士団の一員であるアーサーが眼鏡を落としたら騎士に気付かれやすいだろう。

アーサーも指摘された途端、真っ赤な顔のまま慌てて両手で眼鏡のつるを押さえつけた。

朝が早かったのが応えているのだろうか。寝ないのは慣れていても、もう一週間上いつもと違う慣れない生活を強いているのだし疲れが溜まっていてもおかしくない。

心配になって、大丈夫?と尋ねてみると今目が覚めたような大声で「大丈夫です!」と返ってきた。

至近距離過ぎたせいでキィンッと頭までアーサーの声が響く。取り敢えず元気そうなのは良かったけど、今度は私とステイルがあまりの声量にグラついた。

それに慌ててアーサーがまた謝ってくれたけれど、これ以上は謝罪のキャッチボールになりそうなので「大丈夫よ」となんとか堪えた。ステイルが「でかすぎだ馬鹿」とアーサーの後頭部を叩く。……なんだろう。何故だかステイルの顔がものすごく「そら見ろどうだ」の顔だ。


「!パウエルごめんなさい。私達ばかり話し込んじゃって。その、昨日は色々私が迷惑を二人にかけちゃって……、……?」

パウエルを蚊帳の外にしてしまっていたことを謝るべく、私は彼の方に振り返り、……止まった。

てっきりポカンとしているか怒っているかしらと思ったパウエルだったけれど、私が言いながら振り返った時には



「……ふはっ」



笑っていた。

齧り掛けのパンを片手に、おかしそうに顔を綻ばしていた。あまりに無邪気にも見えるその笑顔に今度は私が固まってしまう。

待って、その笑顔ずるすぎる。ゲームでも特典でもグッズでもアニメでも漫画でもそんな笑顔みたことないのに。


「ジャンヌもジャックも面白いよな。流石フィリップの友達だな」

本当仲良いな、と笑うパウエルは本当に楽しそうで。

……本当に、ゲームとは別人だなと思うと、ほっとした。

あと一か月もない御忍びだけれど、折角友達になれたのだし今目の前にいる現実の彼とこのまま少しでも仲良くなれたらなと思う。


……この日の、恐ろしいイベントラッシュをまだ知らない私は。


Ⅰ127

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