Ⅱ117.勝手少女は惚ける。
「ジャンヌって教えるの上手いね。すごくわかりやすい」
良かった、と笑い返しながら私は隣に並ぶアムレットと一緒に文字を辿る。
ステイル達が去ってからアムレットに教え始めてみれば、彼女はやはり頭も良かった。ファーナム兄弟の方が飲み込みは良かったけれど、彼女もなかなかだ。ハツラツとした見かけで、勉強が始まると問題の歴史背景にも一つ一つこと細かく解説を求めた。単純に問題の答えが知りたいのではなく、どうしてその答えになるのかも理解したいらしい。本当に真面目な子だ。
私が口頭で一から説明すると、凄く真剣な顔でうんうんと一字一句逃さないように聴いてくれた。あまりに興味を持って聞いてくれるものだから、私も調子に乗って深堀りし過ぎていないか不安になる。まだ一つ目なのに時間をかけ過ぎちゃっている。これじゃ確実に今の休み時間だけじゃ一問で終わってしまう。
「昔は国内婚しか許されていなかったなんて。……特殊能力の所為で国民は苦労ばっかり」
ふぅ、と溜息を吐くアムレットに私は思わず苦笑する。
確かアムレットは特殊能力者じゃない。本当に普通な女の子が特別な攻略対象者達を救うのが第二作目だ。まだ攻略対象者と絡みも出会いもないであろう彼女にとっては、特殊能力者自体が縁の遠い存在なのかもしれない。
「そうね。だけど、その特殊能力者のお陰でフリージアは栄えてきたとも言えるわ」
「あ、違うの。特殊能力者の人達は悪くないわ。生まれ持って才能があるって私は羨ましいし。ただ、……望んだわけでもない特殊能力の存在で苦労する人が居るのは嫌だなって」
少し慌てた様子で否定したアムレットは、その後に少しだけ悲しげな影を落とした。
優しい子だなと思う。自分には関係ないで済ますんじゃなくて、ちゃんと彼らの人権を考えてくれている。楽で良いとかずるいとか羨ましいとか、逆に化け物とかどちらかに偏る人は我が国ですら珍しくない。この子はその両方の視点をちゃんと持っている。……うん、是非とも将来的に我が城に欲しい。
そう一人思っていれば、アムレットがそのままなにも言わなくなった。見れば両手で頬杖を突きながら私をじっと見つめている。「へ⁈」と思わず変な声が出ながら背中を反らしてしまう。しまった、脱線どころかうっかり私から中断しちゃっていた!
ごめんなさいと謝りながら改めて解説の続きをしようとすれば、アムレットはおかしそうにフフッと声を漏らして首を横に振った。
「ごめん。ただ、ジャンヌとこうして話せて良かったなと思って。やっぱり優しい子だったし、友達になれて嬉しい!」
トモダチ。
ドスッッッ‼︎と胸がクリーンヒットで射抜かれる。純度百パーセントの笑顔でそんなこと言われたら嬉しくて死んでしまう。どうしよう、今日までの学校生活でいまが一番薔薇色かもしれない。
この前も女の子達とわいわい帰れたし仲良く話せたしみんな凄く良い子だったけれど、まさかこんなにはっきり友達とか言われると‼︎
王女として生まれてからは同性同年齢の友達……というか前世みたいな砕けた女の子友達はいなかったのに、さらっと友達にランクインしたとか言われると衝撃が大きい。第一作目のティアラに続き、今度はアムレットに攻略されてしまう。
前世地味に生きてきた私は、正直恋バナとかお洒落とかよりもこういう勉強しながら脱線してしまうくらいの雑談の方が多かった。懐かしさまで湧き上がるとちょっぴり泣きたくなる。
「私も、友達になれて嬉しいわ。特待生もおめでとう。きっと努力が実ったのね」
過剰反応しないように‼︎と意識し振る舞う。
本音はもっと「友達って呼んでくれてありがとう‼︎」とか叫びたいけれど、そこでドン引きされたら一生のトラウマだ。細心の注意を払って仲良くなりたい。
けれど、私がそう言った途端にアムレットの顔が少し曇った。笑った口のまま何処か気まずそうに私から目を逸らしてしまう。
え⁈どうして?と戸惑っていると、アムレットが突然さっきまでのハツラツとは打って変わった潜める声を放った。
「……あの、……ジャンヌは特待生の試験を受けなかったのは本当に家の都合……?」
凄く申し訳なさそうに言うアムレットは、目だけでチラチラと周囲まで気にしていた。
誰も聞いていないのを確認し、それから私とおでこがくっつくくらいまで至近距離に寄って潜める。それからさらにヒソヒソと掠めた声で「もし言いたくないなら平気だから」と続けてくれた。どうやら彼女も私がクラスの子達に話した内容は知ってるらしい。
ティアラ以外でこんなにもくっついてくれる女の子も珍しくて思わず肩に力が入ってしまう。瞬きも忘れてアムレットを見返せば、彼女はさらに私以外に聞こえない音量まで絞ってくれた。
「もしかして勉強でき過ぎて遠慮してくれたとか、他の子の目を気にしてとか、誰かに厄介みとか……本当は特待生になりたかったのにわざと」
「!ない、ないわ‼︎本当の本当よ!」
すっっごいお気遣いさん‼︎‼︎
まさかの私が何か事情があってと気にしてくれたらしい。いやある意味事情といえば事情だけれども‼︎
流石はアムレット!ティアラと同じく鋭いのかもしれない。確かにアムレットの言う通りだったら、私の前で特待生である自分がいるのも気がひけるかもしれない。むしろ貴方達の為の制度なんだから存分に使って下さいと言いたい!
私が全力で首を振りまくって否定すると、やっとアムレットも納得してくれたように「そう……良かった」と息を吐いた。本当に私のことまで気を遣わせてしまって申し訳ない。
「私、今回は三位で本当にギリギリだったから。ジャンヌが特待生の試験を受けていたら私は絶対落ちていたと思うの。……一位と二位のファーナムって、昨日ジャンヌが教室で一緒に勉強していた子でしょ?」
確かディオスとクロイって呼んでたし、と続けるアムレットの言葉にぎくっと肩が上下する。
そうだ、二人とも明らかに双子で兄弟でしかも名前で呼び合っていた。クラスの子達も私が勉強を一緒にやっているのを見ていて、だから双子と三人で特待生を目指していると勘違いされたんだった。
既に私と違って仲良しの友達もクラスにいるアムレットがそれを知らないわけがない。
「あれも一緒に勉強というよりもきっとジャンヌが教えてあげていたのよね。二人ともそれで首席と次席なんて本当にすごい」
にっこり優しく笑いながら言ってくれるアムレットに冷や汗まで染みてくる。
今のところ黒さは感じないけれど……大丈夫よね?これ怒ってないわよね⁈私がファーナム兄弟に勉強を教えた所為で自分は三位になったとか逆恨みされてないわよね⁇いやアムレットがそういう子じゃないってわかってるけれども‼︎‼︎
でもこの発言が彼女じゃなくてステイルかジルベール宰相だったら確実に今私は平謝りしていた。いやでもファーナム兄弟に勉強を教えることは不正じゃないし‼︎ちゃんと最終的には二人の実力でのし上がったもの!
駄目だ、前世でもあったけど女子の遠回しの圧って嫌でも警戒してしまう。今世は王女だから滅多に女性から嫌味を言われることはなかったけれど、前世はわりと目にしていた会話だ。女子同士は空気を読まないと背中を刺される。
そう思って気がつけば視線が隣で笑いかけてくれるアムレットから問題用紙へと逃げてしまう。ここは話を逸らすべきか、それともしっかりと彼女の言い分を聞くべきかと考えた時
「だから、もしジャンヌが自分の意思じゃなく特待生を諦めてたらちゃんとお礼とごめんねがしたかったの」
ん⁇
予想外の言葉に自分の目が丸くなるのを感じる。お礼⁇お詫び⁇
気のせいかなと一瞬だけ耳を疑ったけれど、顔を向ければちょっぴり苦笑気味のアムレットが朱色の瞳で私を見つめていた。淀みも含みもない、きらきらとした眼差しだ。
「ファーナム君達だけじゃなくて、私もジャンヌのお陰で特待生になれたようなものだから。……私、親も居ないからお金もなくて。でも勉強はしたいし、大事な家族にこれ以上負担もかけたくなくて、絶対に特待生になりたかったの」
彼女の言葉を聞きながら、ゲームの設定をうっすら思い出す。
そういえばアムレットはゲームでも生活が苦しかった設定だった。周りの親切な人達の助けがあってなんとかここまでやってこれたと攻略対象者に吐露する場面もある。なんか他にも色々告白していたことがルートによってはあった気がするけれど、まだはっきりとは思い出せない。共通して貧しい生活だったということは彼女自身のナレーションで冒頭に語られていた。
私のお陰で特待生、という言葉に猛否定したかったけれど、その後に続けたアムレットの言葉にそれも飲み込んだ。やっぱりファーナム兄弟だけじゃない、彼らほど危機迫っていなくても生活の為にと特待生を望むことは多かったのだと改めて痛感する。
「でも、今のジャンヌの話を聞いたらそれも駄目だよね。ここで私がお礼とか謝ったら逆に失礼になっちゃう」
そう言って明るい笑顔で肩を竦めてみせたアムレットは本当に可愛らしかった。
まだ十四歳くらいなのにちょっぴり大人びているような気さえする。それだけ今日まで彼女も苦労をしてきたのだろう。
もう誤解は解けたわ、と言わんばかりに態度で示してくれるアムレットは一度ぐぐっと空気を変えるように両腕をあげて伸びをした。「んーーーっ……」と気持ちよさそうに声を漏らした後、隣の席にいる私に身体ごと正面を向けて両目をばっちり合わせてくれた。
「だからこれだけお礼させてね。私にも勉強を教えてくれてありがとう、友達になってくれてありがとう。それで次は私が首席取っちゃうんだから!」
負けないわ!と最後には悪戯っぽく力強い笑顔を見せてくれた彼女は、まるで夏の日差しのように眩しかった。……うん、本当にこの子も良い子すぎる。
流石は全シリーズにわたり好感を持てると評判だったキミヒカの主人公、と心からの賛辞を送りたくなってしまうのをぐっと堪える。もうティアラといいアムレットといい本当に天使だ。
私こそ、と。アムレットにこちらからもお礼とこれから宜しくねと女性らしく返したけれど、もう私は私で幸せ過ぎて机をバンバン叩きたい衝動に駆られる。もしアムレットが本当に誰かと恋に落ちたら全力で応援しようと心の中で決めた。
それからなんとか一問目をアムレットが納得いくまで解説し終えたところで二限目の時間になった。慌てて元の席に戻ろうとするアムレットに「また次ね」と約束してから手を振る。
席に着くアムレットの背中と、講師が今日の授業はと説明する中で、あんな良い子と友達になれたという衝撃事実が後から滲みてきて、暫くは頭がぽやぽやと呆けてしまう。
……なんだか無性に、元祖天使のティアラに会いたくなった。




