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フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
勝手少女と学友生活

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Ⅱ116.勝手少女は受諾する。


「では一限目はここまで。まだ授業中のクラスもいるから騒がないように」


私達のクラスは一限目が少し早めに終わった。

ロバート先生が極厚の資料本を閉じると同時に私達も配布された資料から目を離す。

時間で言うと五分前程度だろうか。鐘が鳴る前に区切りが良いところで授業を終えた私達は、前の席に使い終えた資料の本を回した。男子は選択授業の為に移動教室だけれど、五分早く教室から出ようとする生徒はいない。他クラスは授業中だと思えば余計に出にくいだろう。

ステイルとアーサーも席に着いたまま腕を前方や真上に上げて伸びをしている。大きく欠伸を零すアーサーに釣られるようにステイルも口を片手で塞いだまま俯いた。目がぎゅっと絞られた後にすぐ手を離したから、多分彼も欠伸だろう。そう思った途端私まで釣られてしまいそうになり、歯を食い縛って欠伸を噛み殺す。代わりにステイルより涙目になってしまったけれど、指先で払って誤魔化した。三人とも睡眠不足だから仕方ない。

他の生徒達も結構眠そうで同じ様子だ。きっと私達以外にも特待生試験の結果をみる為に早起きした生徒は多いだろう。緊張感が解けた上にじっと動かなければ眠くなるのも無理がない。

しかも男子は選択授業の殆どが前世でいえば体育系の実技授業だ。この後の移動教室前に体力温存したい生徒もいるのかもしれない。


「二人とも大丈夫?疲れていない?」

あまり無理しないでね、と早朝から付き合わせてしまった二人に投げ掛ける。

いえ。と一言で返してくれた二人はパッチリ目で見返してくれた。欠伸した時は眠そうに見えたけれど、今は二人ともいつもの顔つきだ。

良かった、医務室を出た時よりも顔色が良い。座学で少しは休めたのかもしれない。ステイルと私は座学自体は城の勉学の時間でも慣れている。アーサーに至っては座ったまま身体をストレッチするように伸ばして「俺はむしろ身体動かせるンで次が一番楽です」と答えた。

本当なら今頃近衛騎士業務さえなければ騎士団で演習している頃だものねと思うと、改めて今の時間はアーサーにはキツいだろうなと思う。ずっと立ちっぱなしなら目も少しは覚めるかもだけど、座って授業で寝不足の中起きていないといけないとかある意味拷問な時があるもの。

基本的に男子も次の選択授業は事前に把握はしていない。運動場か庭園か別教室か移動先だけ指定されて、そこで担当教諭や講師が待ちかねている形だ。来月からは選択授業を各自生徒が選んで履修する形式だし、今はとにかくそれまでに全て体験させることが目的だ。

ある意味毎日が何の日かわからないどきどきだし、アーサーはいつ騎士の授業か結構楽しみらしい。単純に騎士の訓練に少しでも近い事ができるのもそうだけど、カラム隊長の講師ぶりを見れるのも楽しみなんだろうなと



「……あの、ジャンヌ」



不意に、二人の方を向いていた私に声が掛けられた。

反射的に振り返った後に覚えのある声だなと思うと、予想外の人物が私達の席の前に立っていた。

胡桃色の短髪と少しはねた髪先、きめ細かい白い肌と朱色の眼差し……アムレットだ。

え⁈と、私は目の前に突然現れた第二作目主人公様に声を上げたいところを飲み込んだ。代わりに目がぐわっと勝手に丸くなって、僅かに背中を反らしてしまう。

それでもまだ私は我慢できた方だ。私の隣に座っていたステイルなんて明らかに椅子をアムレットから距離を取るように引いてしまった。最後列だからぶつかる机もないステイルは面白いくらいにひとっ飛びで離れてしまう。更にはアーサーもガタンッと立ち上がったと思えば、そそくさと殆ど音もなくアムレットの視界にステイルが入らないように間に立った。学校初日の時にステイルがアムレットとは関わりたくないと話していたし気を遣ってくれたのだろう。流石はアーサー。

アムレットもステイルやアーサーではなく私を名指ししたからか、二人の動きは気にせず真っ直ぐにこっちを見据えてくる。私が目だけ見開いたまま口を開けないからか、アムレットもその間はずっと唇を結んだままだ。

両手を背中の後ろに回して立っているアムレットは、今朝までクラス中に囲まれていた注目人物だ。そんな子がどうしてここに?と疑問ばかりがポンポン浮かぶ。しまいには私何か悪いことしたかしらと全く覚えがないのに不安にまでなってくる。

すると、私が黙りこくり続けてしまったからか先に「いきなりごめんね」と気が付いたように謝ってくれた。いや怒ってはいないのだけれども‼︎と意思を込めて首を横に振れば、少しほっとしたかのように顔の筋肉を緩めたアムレットは更に言葉を続けた。


「実はお願いがあるの。……これなんだけど」

パラッ、とそう言って後ろ手から見せてくれた物を私は穴が開くほど見つめてしまう。

これ……と呟きながら、まじまじと見れば明らかに見覚えのある用紙だ。更には一枚だけじゃない。パラパラと見せてくれた用紙は全部で七枚、その内の二枚だけは見覚えはないけれど、何かはわかる。

「さっき返却された特待生の試験用紙と初日の実力試験用紙。ジャンヌは一番頭が良いから、……教えてくれないかな?」


『今日の試験なんだけど、どうしてもわからないところがあって。クロイ君は飛び級だし、……教えてくれないかな?』


……少し照れたような表情で眉間を狭めるアムレットに、前世のゲームの台詞が蘇る。

しかも間違いなくディオスルートだ。ゲームで小テストを返されたアムレットが飛び級のディオスを頼る場面だ。……でもなんでそれが私に。ディオスもクロイも今は飛び級ではなくても立派に特待生の首席と次席様なのに。

茫然としたまま頭の中だけが忙しい私にアムレットが「お願い!」と今度は勢いよく顔を前のめりに出してきた。眉を垂らしたまま試験用紙を掴む手に力を込める彼女はどう見ても大真面目だ。いや私もアムレットと接点とかできればなとかは思ったけれど、何故いきなりここで⁈今まで殆ど話すらしたこともなかったのに!話しかけてくれたのは嬉しいけれど‼︎

様子を窺ってくれているであろうアーサーもステイルも見事に無言だ。ステイルは接点作りたくないと言っていたし、むしろこの機会を逃せば私個人とアムレット個人だけが関係を作るのは難しいかもしれない。何より折角親しくもない私を頼って話しかけてくれるアムレットを無碍にはできない。


「も、勿論よ。私で良ければ。……でも、どうして私に?」

取り敢えず快諾してから、大事な疑問を投げつける。

一番私が頭が良いって、今はその称号は特待生枠に入り込んだアムレットにこそ相応しい。それに第一、試験の解説なら先生達にってロバート先生も言っていたのに。

そう思いながら、社交界で鍛えられた顔の筋肉を意識的に使って笑い掛けてみせる。にっこりと苦笑いに見えないように笑えば彼女は私の前に掲げたプリントを下ろして口を開いた。


「ジャンヌは初日の実力試験が満点だったでしょ?実はずっと私じゃ解けなくて……ロバート先生や他の先生にお願いしたけれど、あの範囲はあくまで実力確認の為だけだから勉強の必要はないって断られちゃって」

あぁ……、と私はそこでやっと口の筋肉にも力が抜けた。

そういえばロバート先生が解説してくれると言っていたのも特待生試験の方だけだ。実力確認試験の方は成績も関係ないし、いま覚える必要もない。

幼等部から高等部の範囲まであるし流石に全部の範囲の解説は教師に難しいだろう。時間も掛かるし、一人の生徒に受けたら全校生徒からも受けないといけない。授業は既にカリキュラムがびっしり練られているし、授業中に解説する必要もない内容だ。だって全ての範囲で言えば、あれは高等部卒業までにやる授業範囲なだけなのだもの。


『そこを何とかっ……お願いできませんか?授業以外の時間でも』


先週、アムレットがロバート先生にお願いしていたのを思い出す。

もしかしてアレがお願いしていた時だったのだろうか。試しにその時のことをふんわり尋ねてみると、やはり即答だった。ロバート先生以外にもお願いしたけど、皆答えは一貫していたらしい。

そういえばアムレットって真面目だから返された試験問題もちゃんと解き直して復習するような子だった。……ゲームでもわからないところがあって調べる為に図書館へ訪れて、そこでディオスが勉強を教えようかと声をかける場面があった。


「それに、特待生試験の方も最後の問題がこんな感じで……これって実力確認試験にも出てきたのと似てるでしょ?」

そう言って二枚の問題用紙を机の上に並べて指差す。

確かに、どっちも同じ形式問題だ。最後の問題の数問は実力確認試験から中等部の範囲を内容だけ変えて抜粋したものだった。試験を終えたファーナム兄弟も範囲が出たって言っていたし、これのことだろう。パラッと見、どうやらボーナス問題として載せられていたらしい。これが解けなくても満点だけど、これが解けると加点するよ形式だ。

気になってアムレットからもう一枚の特待生試験用紙を見せて貰えば配点は書いてないけど、問題数的にも間違いない。


「ここだけはどうしても解けなくて。……あと、こことここも」

更にはアムレットがいくつか指差したのは、今度は試験範囲内の問題だ。

でも他はわかったというなら、ざっくり八十点から九十点というところだろうか。すごい、初めての試験で他は全部解けたというなら充分優秀だ。


「だからちゃんと理解したいの。空いてる時間だけで良いから。……先生にも頼れないし、わかるのは中等部じゃジャンヌだけだと思うの」

最後は萎んだ声で上目に覗いてくる。

すっごい可愛い。活発な女の子にこんな風にしおらしくお願いされたら断れるわけない。しかも私は既に承知済みだ。

可愛らしいアムレットに「わかったわ」と改めて返す。その途端、パッとアムレットの笑顔が輝いた。確実にゲームだったらファーナム兄弟が向けられたであろう百万ドルの笑顔だ。

ありがとう!と声を跳ねさせると早速アムレットはそのままテーブルに問題用紙を広げた。早速解説をして欲しいということだろう。私も望むところだと実力試験の解答に一度目を通す。

「ジャンヌ」と、そこでまたアムレットではない右後方から呼びかけられた。振り向けば、ステイルがアーサーの背中越しの位置で立っていた。ステイルが立った椅子をアーサーが無言で元の私の隣に戻してくれる。


「……僕達はそろそろ移動教室なので失礼します。どうぞごゆっくり」

トーンだけでなく声自体を低くした様子のステイルは、それだけを言うとくるっと背中を向けた。

やはりアムレットとは確実に接点も印象にも残りたくないらしい。私からすぐ返事を返せば、そのままスタスタスタと見事に早足で教室の外に出てしまう。時間を確認しようと時計を見ると、ちょうど授業終了の鐘の音が降ってきた。

「失礼します!どうぞ、ごゆっくり」とアーサーも私とアムレットに頭を下げると少しだけ忙しない足取りでステイルを追いかけていった。何だか今だけはアーサーは私ではなくステイルの護衛みたいだ。私の補佐とはいえ、第一王子でもあるから別におかしくはないのだけれども。


「ごめんなさい、もしかして私なにか悪いことを……?」

「!いいえ、そんなことないわ。気にしないで」

少し心配そうにステイル達の消えた扉と私を見比べるアムレットが声まで抑えるから全力で否定する。

会話の最中に無理やり乱入したわけでもないし、実際あれは怒ったとかではなく単にアムレットをなるべく自然に避けたいだけだろう。

私からもなるべく彼女がステイルに印象を抱かないように余計な言葉を言わないように意識する。最近は特に不用意な発言でやらかして怒られたり呆れられたりするしちゃんと注意しないと。ステイルとの関係は気になるけれど、巻き込んでいる側の私がすべきなのは深堀りよりもこれ以上彼に迷惑をかけないことだ。

「じゃあここから始めましょうか」とアムレットが最初に解けなかった問題を指し示して話を逸らす。

すると彼女も合わせるように一言で返し、自然に私の前方席に移って椅子ごと向けた。まさかのアムレットと一緒の机‼︎と心の中で驚きの叫びを上げながら、私は解説を始めた。


……突然の主人公との急接近が、予想外の事態を招くとはまだ知りもせず。


Ⅱ51

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