そして挨拶する。
一頻りエリック副隊長が話すと、最初にエリック副隊長の弟さんと思われる男性が席から口を開いた。
「えーと、……確かフィリップがアランさんの一番目のお兄さんの息子さんで、ジャンヌが……」
どうやら設定整理をしてくれているらしい。
年齢が一緒とはいえ、全員兄弟姉妹じゃないから紛らわしいのも仕方ない。若干頭が痛そうに片手で押さえて唱える彼は、パッと見はアーサーの実年齢と同じくらいだろうか。するとエリック副隊長が説明するよりも先にアラン隊長が声を上げてくれる。
「フィリップが自分の十三歳上の兄貴の息子で、ジャックが自分の十二歳上の兄貴の息子で、ジャンヌが十歳上の兄貴の娘ですね!フィリップの父親が長男で、ジャックの父親が次男でジャンヌの父親が三男で、自分が四男です。後は自分の下に一つ下と二つ下と三つ下と五つ下と七つ下と十下と十三下と十四下の弟と妹がいて、そん中にも子どもがいるやつもいますけど、この三人が取りあえず一番頭が良くて優秀で是非王都の学校にと頼まれたんですよ!覚えにくいと思うんで、取りあえず自分の甥と姪って思って頂ければ充分です!」
おおおぉぉぉ……家族設定がすらすらと。
アラン隊長すごい。打ち合わせをしたのは私達の親とアラン隊長との関係だけだったのに。しかも耳で聞くと凄まじい。エリック副隊長がアラン隊長とも話して言い訳は考えてくれたらしいけれど、いきなりこんなに大家族設定にしていいのだろうか。まぁ山向こうにいらっしゃるし、実際にエリック副隊長のご家族と会う事なんてないとは思うけれど。
エリック副隊長の家族も「ほー……」といっそ感心するように目を丸くして聞いている。もうここまでバーナーズ家の登場人物が多いと、まとめて〝アラン隊長の甥と姪〟で完結しちゃうだろう。
すると今度はエリック副隊長のお母様らしき人が、私達に視線を注いだまま、ぽかんとした口を動かした。
「フィリップ君の特殊能力は希少で隠したいのもわかりますし、玄関をお貸しするのも一向に構いませんが、……やっぱりそんなほとんど毎日往復なんて大変じゃないかしら。狭い家ですけれど、学校が連日ある間だけでも我が家で預かっても構いませんが」
エリック副隊長のお母さんすごく優しい‼
まさかのうちにお泊りしたら発言だ。流石エリック副隊長のお母様だと思ってしまう。本当に私がジャンヌ・バーナーズだったらお言葉に甘えてお泊りしたくなってしまう。
エリック副隊長に似て柔らかい雰囲気のお母様は、頬に片手を当てたまま顔を傾けた。すると夫さんらしき人も「やっぱりそうだよなぁ」と呟く。
「玄関までとか可愛そうだろ。兄貴達の部屋貸してやれよ」
どうせ殆ど使ってないんだから、と。弟さんらしき人からも応戦が入る。……あ、エリック副隊長の部屋すごく見てみたい。
だけど、私の心の底の希望とは別にエリック副隊長が「いやいやいやいや……」と手を思い切り左右に振った。更にはアラン隊長がアーサーの両肩を掴んで慌てるように声を張る。
「気持ちだけはありがたく受け取っておきます‼でも学校が終わったら家の手伝いしないといけないんで!人手がいくらあっても本当に足りないですし毎週丸々五日も王都に引き留めたら自分が父に殺されるんで‼」
「さっきも言ったろ!アラン隊長のご実家は忙しいんだから‼」
アラン隊長に並ぶようにエリック副隊長が強めに止める。
どうやら既に私達が来る前にそういうやり取りがあったらしい。二人の猛攻にさらにステイルが「僕らも実家の手伝いをしたいです」と声を上げれば、アーサーも同意した。私もちょっぴり残念に思いながらも「玄関までで十分助かります」と応戦する。
結果として、子ども達本人の希望ということでエリック副隊長のご家族も何とか納得してくれた。「家で寛いでから帰るでも良いからね」「朝食はこっちで食べない?」と重ねてご厚意が続き、お母様には頭を撫でて貰ったり、弟さんにまで「今度三人とも王都に案内してやるからな?城とか本当にすごいぞ!」とお誘い頂いたり、本当にいい人達だなぁと思う。……その様子に何度もエリック副隊長が青い顔をしたけれど。
こうしてエリック副隊長の家に改めての御許可と挨拶を済ませた私達は、無事に玄関を間借りさせて頂けることになった。
最後にエリック副隊長からもご家族を紹介してもらい、お母様と今日の挨拶の為にわざわざ仕事を休んでくれたお父様。エリック副隊長の四つ下の弟のキースさん。最後には奥で休んでいたおじいさまとおばあさまにもご挨拶に行かせてもらった。
お爺様は足が悪いらしくお祖母様も最近は肺が悪いとかで、エリック副隊長は気を遣って私達には会わなくても良いと止めたけれど、御家族から会いたがっているから是非という希望と私達もちゃんとお世話になるなら挨拶をしたかったので、奥まで入って挨拶をさせて貰った。
二人とも、やっぱり柔らかい雰囲気で笑顔の似合うお爺様お祖母様だった。私達にお菓子までくれて、本当に絵に描いたような素敵な御家族だ。
最後には大分ぐったりしたエリック副隊長と、苦笑いのアラン隊長を残してひと足先に私達は帰ることになった。
これから暫く宜しくお願いします、アラン隊長の別の親戚が王都に住む予定もあるから長期間にはなりませんと挨拶をし、私達はその場を去った。
……
「本っ当に……誠に申し訳ありませんでした……‼︎‼︎」
エリック副隊長がご自宅からその足で王居に戻ってきた。
私達もジルベール宰相から特殊能力を解いてもらい、それぞれ着替えを終えた後だったので部屋の外で待ってくれたカラム隊長、ハリソン副隊長、近衛兵のジャックと一緒に入室して貰った。アーサーも今はいつもの騎士の出で立ちだ。ティアラは父上の補佐に行ってこの場にはいないけれど、近衛騎士四人集合という豪華な布陣だった。
息を切らして入ってすぐに頭を深々と下げてくれたエリック副隊長は、急いだ所為か別の理由か顔が真っ赤だった。でも、正直謝られる理由が全くないのだけれど。
「いえっ、とんでもありません。それどころか凄く御親切な方々ばかりで……本当に安心しました」
「いえ、王族の方々と存じなかったとはいえ本当に失礼なことを致しました……!もし、また家族が何かしら誘って来ても全て断って下さって結構ですので……‼︎」
深々と頭を下げるエリック副隊長に顔が引き攣ってしまう。
本当に謝られることなんて全くないのに‼︎それでも、やっぱり王族に敬語無しとかむやみに家に招待とか色々気にしてくれたんだなと思う。今更ながらに騎士の誰もが王族を家に招きたがらなかった理由を思い知る。
ステイルも「どうぞ気にしないで下さい。エリック副隊長の御家族には感謝してます」と重ねて言ってくれるけど、それでもエリック副隊長の火照りも頭の位置も戻らない。「申し訳ありません……‼︎」を繰り返すエリック副隊長に凄く申し訳なくなる。
アーサーがエリック副隊長とその背後にいるカラム隊長とハリソン副隊長を何度も見比べてアタフタしている。現場にいなかったハリソン副隊長に至っては本気で不敬をされたと勘違いしたのか、剣に手を伸ばしてるから余計に怖い。私は慌てて改めてエリック副隊長を弁護する。
「本当に気になさらないで下さい。エリック副隊長の家の方々が皆とても素敵な方々だと知れただけですから。むしろこれからお会いできるのが楽しみなくらいです」
本当に本当に本当に素敵な御家族だったのに‼︎‼︎
初対面で殆ど見ず知らずの私達にあれだけ親切にしてくれるんだから、エリック副隊長が自慢しても良いくらいだ。
そう思いながら私は必死に訴える。そこでやっと頭を下げきったエリック副隊長から謝罪の言葉が止まってくれた。その隙に続けて「どうか、どうか頭を上げて下さい……‼︎」と私の方が懇願する。ゆっくりと頭を上げてくれたエリック副隊長は既に若干涙目だ。どれだけ気を揉んでくれたのかと、私の方が平謝りしたくなった。
「エリック副隊長がこんなにお優しくて素敵な男性な理由がわかっただけです。エリック副隊長も御家族も更に好きになりました。だから今後も礼儀は不要です。どうぞこれからもよろしくお願い致します」
一言ひとこと言い聞かせるように訴える。
エリック副隊長から申し訳なさそうに歪めた顔は収まったけれど、顔の火照りは余計に酷くなった。泣きそうだった目がまん丸になって、口が俄かに開いたまま固まってしまう。もしかして、今後という言葉がまた暫くは次もあるのだと重荷になってしまったのだろうか。
だけど、実際問題本当にエリック副隊長の協力がないと潜入もできない。私は、身体の横に緩く握られたエリック副隊長の右の拳を両手で包み、握り締めて再び懇願する。その途端、表情はそのままに彼の顎だけが反らされた。
「私達のことはお気になさらないで下さい。これから毎日エリック副隊長のご家族に会えるのが楽しみです。私からももっとエリック副隊長の御家族と仲良くなれるように頑張りますから!」
貴方一人ではありません!私達も全力で頑張りますと切に切に訴える。
すると、エリック副隊長が真っ赤な顔のまま小刻みに震わすようにこくこくこくこくと頷いてくれた。瞬きを一回もせずに私を見返してくれる様子にほっとする。
そのままそっと一歩離れようとしたエリック副隊長を、私からさらに強く握って捕まえた。ビクッとエリック副隊長の肩が上下するけど、構わず今は訴える。正直、あんなに素敵なエリック副隊長の御家族になら例え頭を叩かれても許せる自信がある。いっそ私もあんなほっこり素敵家族の一員になりたいと欲が出るくらいだ。
むぎゅぅう、とエリック副隊長の手を握りながら必死に協力の姿勢を示す。
「いっそ、次からは外でお会いする時にはエリック副隊長のことは〝エリックさん〟と呼ばせて頂きたいくらいです。本当に御家族の一員になりたいと思ってしまうくらいに素敵な」
「プライド!プライド‼︎そろそろっ、そろそろもう充分誠意は伝わったのではないでしょうか⁈」
「プライド様御安心下さい。エリックは一度受けた任務は必ずやり遂げる騎士ですから……‼︎」
突然、慌てたようにステイルとカラム隊長が割って入った。
カラム隊長が背後から支えるようにエリック副隊長の両肩を掴み、ステイルが拳を包む私の手をやんわり引かせる。何故かエリック副隊長だけでなく二人とも顔が赤い。もしかして逆に王族としての圧を掛けたようにしか聞こえなかったのだろうか。
「ご、ごめんなさい!」と慌ててエリック副隊長から手を離すと、真っ赤な色のアーサーが「えええエリック副隊長生きてます⁈」と慌てて駆け寄った。
ロッテが差し出してくれた水の入ったグラスをカラム隊長が受け取り、エリック副隊長に手渡す。真っ赤な顔で放心してるエリック副隊長は耳どころか首まで赤い。……しまった。ラスボス顔の威圧力を忘れていた。
駆け寄ろうとする私をステイルが「これ以上やったら卒倒しますから‼︎」と押し留めた。威圧感だけでここまでってどれだけ酷いの私。あまりのショックで固まっていると、カラム隊長がエリック副隊長の救護をしながら「そ、それよりも」と私達に投げかける。
「自己紹介の方は納得して頂けましたでしょうか……⁈プライド様もステイル様もアーサーも、アランには全く似ていないので少し憂いがありましたが……‼︎」
「ッも、んだいありませんでした!そうですよね?プライド!」
カラム隊長の言葉に、珍しくステイルが食い気味で答える。
二人とも顔が真っ赤だし落ちつきのない声が物凄く話を逸らそうとしている感がする。一人いつも通り冷静なのはハリソン副隊長だけだ。
彼だけが、さっきからずっといつもの冷ややかな眼差しで私達を順々に見比べてる。流石に私もここで話を変えようとする空気を読まないわけにもいかず、頷きながら「え、ええ」と問いに答える。
「アラン隊長が上手く話して誤魔化して下さりました……。ただ、すごく大家族みたいな嘘までつかせてしまいましたが……」
すると、私の言葉にカラム隊長が「嘘?」と聞き返した。
更に顔がまだ赤いエリック副隊長も、焦点が合ってなかった眼差しをチラリと私に向けてくれる。さっきの御家族への話を思い出したのかもしれない。一気にグラスの中身を飲み干したエリック副隊長は、マリーに椅子を勧められたけれど断った。
ステイルが私に変わり、アラン隊長が打ち合わせにない設定で兄弟の数をガンガン増やして盛ってくれたことを話してくれる。アーサーがエリック副隊長の隣で「自分もあれは驚きました」とハリソン副隊長に投げかけた。瞬きを何回か繰り返すエリック副隊長が、そこで消え入りそうな声を放った。
「いえ、あれは嘘ではないと思います……」
え⁈
まさかの発言に思わず私もアーサーも同じ声を出してしまう。
ステイルも驚いたように目を丸くする中、カラム隊長が前髪を指先で整えながら「確かに」と言葉を続けた。
「アランは長男ですから。上に兄がいるというのはプライド様方の両親とする為の嘘でしょうが、自分から話した弟妹については恐らく本当の話かと。」
ええええええええええぇぇぇぇえぇぇぇえええ⁈‼︎
ちょっと待って⁈確かあの時、言葉遊びレベルにめちゃくちゃ登場人物多かったのに⁈アラン隊長の家ってそんな大家族だったの⁈
驚きを隠せずに絶句する私達をよそに、エリック副隊長がカラム隊長に同意するように言葉を重ねた。
「自分が今回の為にアラン隊長に御家族の話を聞いた時も、確か妹弟についてはそれくらいは居られたかと……」
自分も最初は驚きました、と苦笑いを浮かべたエリック副隊長は気が逸れたかのように少し顔色が戻ってきていた。
まさかのアラン隊長の家族事情を知れたのは嬉しかったのかもしれない。少なくとも私は今までアラン隊長から御家族の話なんて聞いたこともなかった。なんかすごくさらっと背景を垣間見た気がする。一体何人家族なのだろう。
詳しいことは本人に、とカラム隊長に言われながら、エリック副隊長だけでなくアラン隊長のご自宅にもいつかご挨拶に行ってみたいなと心の隅でちょっぴり思った。
そしてとうとう明日。
今世初めての学校生活が、始まる。




