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フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
勝手少女と学友生活

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番外 騎士隊長は口を噤む。


「本当に。今日は早朝から賑やかでしたね……」


ふわぁぁ、と。発言直後に放った教師の欠伸から連鎖するようにいくつもの教師達の顎が外れる声がする。

今日行われた特待生試験の結果発表。その為にいつもより一時間以上早くの出勤を余儀なくされた学校関係者は多い。教師だけではなく、講師や騎士を含む守衛と警備等大勢の関係者が生徒の早期登校を予見して動いていた。中には昨晩遅くまで答案の点数付けと集計でそのまま学校に泊まった者も多いようだ。導入後即刻実施にまで切り込んだジルベール宰相だけではなく、プラデスト最高責任者である理事長からも翌日には結果と特待生の結果発表をと指示が学校に届いたらしい。翌日が早朝だったこともあり、結果として学校の教職員用の寮に住む者以外も校内の教職員用仮眠室に敷き詰まって泊まる結果となった。

仕事とはいえまだ開校から一カ月も経っていないにも関わらず、疲労の色を濃くさせる彼らに私も頭が下がる。


「おつかれ様です、マイク先生。宜しければどうぞ」

学校敷地内の井戸で汲んできた水をグラスに注ぎ、各教師に差し出す。

ありがとうございます、と彼らも驚いたように目を丸くして受け取った。珈琲でも入れられれば良かったが、この人数分は時間も掛かる。何より、この気温では冷えた水の方が良いだろう。太陽が上がってくるのに比例して大分職員室内も暑くなってきた。これから仕事が始まる彼らに、少しでも英気を養って貰えれば良いのだが。

水差しからグラスに注ぎ、エイダ先生に手渡す。調理の講師である彼女も担当学級が無いにもかかわらず朝まで教師達の集計処理を手伝っていたらしい。両手で私からグラスを受け取った彼女は椅子から僅かに腰を上げたまま私に深々と頭を下げた。


「ありがとうございます、カラム隊長。騎士様ともあろう方に水汲みなどさせてしまい、申し訳ありません」


とんでもありません、と彼女に言葉を返し、私は次の教師にグラスを差し出した。

プライド様達が早朝から学校に向かわれるのに合わせ、講師である私も特待生告知を理由にして早々に学校へ足を運んでいた。もうアランとハリソンもセドリック王弟と共に学校へ到着している頃だろうが、一応はそれまでの緊急時に控えるべきだと騎士団長も私自身も判断した。

つい昨日あのようなことがあったばかりだ。ここは一秒でもプライド様の警備が薄い状態を作りたくはない。


「ところで、エイブラム先生。……昨日の生徒についてはいかがでしょうか」

机の前でぐったりと天井を仰ぐ教師にグラスを差し出した後、前髪を指先で払いながら投げかける。

昨日の一件。プライド様を空き教室へ連れ込んだ生徒の内一名の担任である最年長教師にそう尋ねれば、「あぁ……」と疲れ切った顔を余計に顰め、低い声を漏らされた。


「まだわかりませんね……。昨晩もここに泊まっていましたが、衛兵が連れていってからこちらには何も音沙汰はありませんし。一応、今日の放課後に私とメイナード先生で聞きに行こうかと思います」

メイナード。もう一人の生徒の担当教師だ。

それが良いでしょうと私からも返すが、エイブラム先生の顔色は優れない。疲労一色の顔で目頭を摘み、「どちらにせよ退学は免れませんが……」と低い声がそのまま続いた。

退学処分とはいえ、何があったかの事実確認は今後の対策にも関わる。人身売買の可能性があれば、他にも仲間が校内に潜んでいる可能性もある。何故プライド様が襲われたのかその全貌真偽もはっきりしていない今、私としても言及は望むところだった。……アランが手加減を間違えなければ、昨日のうちに究明できたのだが。

まぁ仕方ない。プライド様の失踪し襲われているところを目撃したアランが骨を折らなかっただけマシだ。あの時に警護についていたのが彼で本当に良かった。ハリソンであれば骨どころか命を奪いかねない。


「参りましたよ……もう、まだ一週間ほどしか経っていないというのに」

はぁぁぁあぁ……とグラスを一気に傾けた教師は疲労とは別で、かなり鬱憤が溜まっているように見える。

最後の一人にグラスを渡し終えた私は先ず彼の話を傾聴すべく空いている隣の椅子に腰を下ろした。こういう苦労を重ねている者は、一度愚痴でも良いから吐露した方が楽になる。生徒のみでなく教師の労働環境や意見をお伝えするのも間違いなくプライド様の学校制度を維持することに必要だろう。それに、学校関係者である彼らの話は昨日の一件やプライド様がされた予知に何かしらの手がかりになる可能性もある。

隣に座ったことに一度目を丸くした彼だが「私で良ければ」と一言返せば、力なく笑んだ後こくこくと鬱憤を吐き出した。


「幼等部や初等部はまだしも、こちらの中等部高等部は問題が絶えず……施錠していた屋上に入り込む生徒に突然早退する生徒。授業中に寝るだけならまだしも空き教室に潜んで授業にすら出ない。いくつかの学級では既に途中早退したまま登校してこなくなった生徒まで。無断不登校は三カ月で除名処分だと入学登録の際にも伝えたというのに……。しかも先日には城から異性間交流についての規定追加がされたことで生徒間を見回ってみれば高等部三年は特に指導の嵐で」

ああぁぁぁ……と、嘆く彼はやはり大分疲れている。

睡眠不足で弱っている所為もあるだろうが、やはり新機関は立ち上げから維持までが最も難しい。同盟共同政策の為にも、問題点が今明らかになることは良いことだが、現場の関係者の苦悩は計り知れない。問題点の報告だけではなく、そこから改善にも乗り出さなければならないのだから。

しかも話を聞けば無断不登校生徒は殆どが下級層の生徒らしい。幼等部、初等部までは衣食住を保証されていることもあってか下級層も中級層も関係なく教師の指導や教育に従っているが、それ以上の年齢になると無償での教育だけではどうやら持続の理由としては弱いらしい。特に高等部にもなれば成人もいる。既に仕事に付いている者が大半の為、余計にその価値を理解するのは難しいだろう。

より良い生活水準や労働環境の為にもプライド様が考えられた教育水準強化は十八まで行って間違いない。しかし、それを理解できない者がいるのもまた無理のない話だ。

教師の現場に関しては私からプライド様やステイル様に報告しておくのも良いかもしれない。教師からは王族へは当然理事長へ早々に意見をあげるのも気が引けるだろう。私から王族の方々に報告すれば、あの方々ならば何かしら救済策を考えてくださる。少なくとも高等部中等部の教員増員や、休息、給料の見直しぐらいは期待もできる。この一週間で既に彼らは働き過ぎだ。あとは……


「お察し致します。……もし、ご迷惑でなければ私も空き時間に見回りを強化しましょう。無断早退や授業から抜け出す生徒の指導だけでも出来る限りお手伝い致します」

近衛騎士の関係上もあり二限三限前後までしか基本的に校内にはいられない私だが、今日でなくても二限前に早めに出勤をしている間を見回りという形で校内を回ればプライド様の警護もより幅広くなるだろう。何より、学校の経営体制が安定するまで私も講師という関係者である間だけでも彼らの負担を減らすべく協力したい。

エイブラム先生は最初こそ「いえ、特別講師である騎士様にしていただく事では」と遠慮したが、最後には申し訳なさそうに感謝の言葉を返してくれた。申し訳ありません、感謝いたしますと礼を尽くされる。私からも今後見回りで授業を離脱か早退する生徒を発見次第、職員室へ連れてくると彼らに確認と許可を得た。

以前、プライド様が早退したファーナム兄弟に事情を聞く前に連れ去られた件もそうだが、早退が問題なのではない。重要なのはそれが自身の意思か、そして理由があって早退したか否かだ。学校を辞めるつもりなのか、それとも一時的な離脱か、何者かに誘拐などをされたのではないかを確認できればここまで教師が頭を悩ませることもない。

そう私が考えていると、近くで話が聞こえていたであろうマイク先生が弱々しく手を上げられた。カラム隊長、と呼ばれ目を向ければ苦々しい声が放たれる。


「こちらも……その、問題のある生徒がおりまして。最近は一応大人しいのですが、もし次に何かあったら指導の際に同行して頂くことはできますでしょうか……?」

もちろん講師の合間で構いませんと、藁にでも縋るような言い方で語るマイク先生は首の後ろを掻きながら早々に頭を下げてきた。

私で良ければ、と一言で受けたあと一体どのような問題の生徒かを聞けばマイク先生はエイブラム先生の方へ一瞬だけ目配せをした後、口を再び開いた。


「先ほどのお話にあった……初日に屋上に出た生徒で」


ハァ。

聞き終わる前に思わず大きく溜息を私が吐いてしまう。…………ヴァル。

がくんと頭が急激に重くなり、額に手を当てながら話を聞く。どうやらマイク先生が担当されている学級にあの男がいるらしい。

開校早々に早退したまま帰ってこない生徒を出したマイク先生の学級では、その事件の直後から明らかに担当教室の人間があの男に怯えていると。事情を聞いてみても誰もが報復を恐れて口を噤むが、どう考えても彼が関係しているようにしか考えられない。授業中は今のところ大人しくしている……というか誰とも関わろうとせず寝ているばかりらしいがそれが余計に不気味だと。

一体どうしてこの学校に通っているのか、肌の色から我が国の人間かも怪しい彼に一部では異国の密偵か人身売買組織という噂まで立てられていると。

しまいにはエイブラム先生まで「昨日の一件ももしかしたら彼があの二人を脅してやらせたのではないかと私も不安で」と呟き出した。彼の態度と人相の悪さから誤解を招くのも無理ないかもしれないが、……間違いなく冤罪だ。

マイク先生が言うには、もしヴァルが授業をサボる以外で他生徒との諍いや暴力沙汰などで問題を起こすかその兆しがあった時に指導する必要がある。その際、自分が返り討ちに合うかもしれないから騎士である私に同行して欲しいということだった。

以前のアーサーの話ではプライド様がある程度命じて下さっているということで平気だとは思うが、……この一ヶ月間の辛抱だと知らない彼らには胃の痛い問題だろう。


「途中早退したまま戻ってこない生徒も下級層の生徒が殆どですし、……もう少し校内が落ち着いても尚戻ってこなかったら有志教師で直接探しに行こうとも話しています。住処こそわかりませんが、他の生徒に聞けば突き止められるかもしれません。下級層の生徒ならば大体が学校近辺に住んでいるでしょうし。昨日の衛兵に捕らえられた生徒かマイク先生の生徒か別人かはまだわかりませんが、もし校内に人身売買の人間がいれば……」

そういって今度はエイブラム先生が顔色を疲労ではない理由で青くさせた。

彼らの心配も当然だ。ここ数年で人身売買の被害は激減したが、それでも安心はできない。むしろたった十年前までは当然のように横行していた時期がある。生徒である彼らが消息を断てばその可能性を鑑みるのは当然だ。特に下級層の人間は一般的にも狙われやすい。……その第一容疑者が我が国の配達人という現状はなかなか頭の痛い問題だが。

マイク先生もエイブラム先生も言葉を濁してこそいるが、やはり警戒している。態度も悪く授業も受けないか移動教室にも出ず、そして何もしないがクラス全員に怯えられている人相の悪い男となれば疑わない方が難しい。しかも、実際に彼は前科者であり当時の罪状には騎士団奇襲以外にそれも含まれている。


「理由があっての早退や、我々の至らぬ点があっての中退ならば良いのです。が、……もう彼らは我々の生徒なので」

最後にそう思う語るエイブラム先生は、心から途中早退の生徒を心配しているように見える。

学校制度。その根幹は教育水準の向上と貧困層の環境改善。その為には早退した彼らが戻ってこれる環境を整えるか、もしくはその元凶を断つしかない。

事情も理由もわからない今、早退未遂の生徒を捕まえて事情を聞くことが第一歩だろう。できるならこの一ヶ月の間に手がかりだけでも掴みたい。プライド様の護衛と並行してそれくらいは私にも〝講師〟として貢献できる筈だ。

そう私が考えを新たにしていると、今度はマイク先生が「それに」と自分でグラスに二杯目の水を注ぎながらこちらに笑いかけた。


「折角のプライド第一王女殿下の新機関ですから。特待生制度の導入も最初は私も驚きましたが、……やはりこの機関は我々民の為のものなのだと思えましたよ」

ですから泊まりがけも苦ではありませんでしたと、冗談まじりな言葉で語るマイク先生にエイブラム先生も頷いた。

最初こそ、開校直後は体験入学の貴族や理事長子息、そして王族であるセドリック王弟などの入学が目立ち、あくまで同盟共同政策の〝試運転〟という印象が強かったプラデストだが、あの特待生制度でその認識も改まった者が多い。対象は特別クラス以外の生徒であり、国から衣食住が保証されるそれは中等部高等部の生徒へ勉学へ励むきっかけと将来の希望にもなった。現に、特待生制度を発表されてからは全体的に中等部のみならず高等部の生徒の授業への集中と意識も格段に上がったらしい。生徒だけではなく学校関係者にここは〝民の為の機関〟だと再認識する良いきっかけになった。


「なので、その為にもなるべく生徒の問題行動は抑えたいものです。この新機関は必ずこのまま継続させたいですから」

そうですね、と私もマイク先生の言葉に自然と笑みが溢れる。

騎士である私と彼らは職務こそ異なるが、民の為に何か貢献をと考えているのは変わらない。プライド様の考えられた機関がこうして正しく運営側に伝わっていることは私としても嬉しい限りだ。プライド様の騎士としてもこの上なく誇らしい。職員の負担だけでなく、彼らの誇り高い志も併せてプライド様にお伝えを




「中等部の女生徒が、誘ってきた高等部の男子生徒を返り討ちにしたという噂もありますし」




……。

何か、酷く聞き覚えがあるような。

前髪を指先で押さえながら、つい最近配達人のヴァルがプライド様に話していたことを思い出す。確か、あれも高等部の一部で噂になっていたと聞いたが、まさか


「ああ、先日のですか?私のところでは女生徒ではなく銀髪の男子生徒がと聞きましたが」

「そうなんですか。やはり高等部のみならず中等部も物騒ですし、気を引き締めないといけませんね。カラム隊長、お忙しいとは思いますがこの一ヶ月宜しくお願いします」

その途端、エイブラム先生とマイク先生のみならず話が聞こえていた周囲の教師や講師もその場で頭を下げてきた。

勿論です、と返しながらも少々笑みが強張ってしまったのを私は自覚する。


……今のも報告としてプライド様にすべきか否か、暫くはそれに悩まされることになった。


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