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フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
支配少女とキョウダイ

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そして悩む。


まだ未成年で細腕の少女が、弟を二人も養うにはそれしか方法がなかった。


少しずつ削っていくように両親の遺産で生き繋いでも三人では限界だったと。どうしても二人だけは守りたかったのだと落涙して吐露する彼女はただただ痛々しかった。

守りたかったの、私なんて、クロイちゃん、穢れちゃった、そう身体を壊して寝たきりになった彼女はベッドの上で唱え続けた。弟達に言えず、ずっと隠し続けていた心の傷を主人公であるアムレットにだけ語った。

どうしても大事な家族である弟には自分の醜い部分を知られたくなかった彼女はずっと隠し続けていた。そして身体を壊した彼女が、最も自分を責めて貶め傷付けるきっかけとなったのもこの秘密のせいだ。


ある日、ディオスが特殊能力に目覚めたことを知った彼女はその日を境に彼だけを拒絶するようになる。

特殊能力者だから、ではない。そういう差別で弟を拒んだわけじゃない。ただ、愛する弟に彼女は自分の仕事を知られたくなかった。

自分が仕事で身体を売っていた事実すら知られたくなかった彼女にとって、〝同調〟の特殊能力を持つディオスに触れられることは恐怖でしかなかった。まだディオスの特殊能力がどこまで制御ができるかもわからない、触れるだけで本人の意思関係なく知られてしまうかもしれない。それが怖くて怖くて仕方ない彼女は、愛する弟に触れられたくなかった。クロイと同じように愛しながらも、ディオスにだけは拒絶するようになってしまった。

特殊能力者だと知られた途端に理由もわからず姉に拒絶されたディオスは深く傷付き、そして傷付く弟の姿にお姉様自身も傷付いた。自分の所為で自分の大事な弟を悲しませてしまったと。

その上でちょうど起こったのが、プライド女王による新法案だ。

当時国の御触れを知ったお姉様にとっては、身体を壊して仕事ができなくなり更に触れることを拒絶してしまったディオスへの久々の姉らしい世話焼きだった。

城から命令が出ている、だから貴方も申請しないと、と。そう教えてあげたお姉様は寝たきりの身体に鞭打って働くディオスの代わりに城へ申請に行った、結果。


直後の特殊能力者狩りにより、ディオスはプライド女王へ〝隷属の契約〟を余儀なくされた。


……特殊能力者申請義務令。そしてその直後に発令された新法案により、優秀か希少な特殊能力者は隷属か死かの二択を迫られた。

〝同調〟という珍しい特殊能力を持ったディオスも当然彼女の毒牙にかかった。

自分が申請した所為でディオスが隷属の身になったことを自分の所為だと嘆いた彼女は余計に体調を崩し、身も心も壊していった。自分のことを責めずにいてくれる優しい弟を抱き締めるどころか触れることも拒み、傷付いた彼を更に傷付けることしかできなかった。

もう仕事ができない自分はお荷物だ、穢れてしまった、そしてディオスに知られるのも怖い。もう二度とディオスには触れられない。なのに自分の所為で隷属に落ちてしまった。

それを誰にも打ち明けられず一人抱え続けた彼女が壊れるのに時間はかからなかった。

ディオスもクロイも彼女の秘密はずっと知らないまま生活をしてきた。打ち明けられたアムレットも最後まで二人には具体的に話さず、ただただお姉様が弟達を愛していること。そして秘密を知られたくなくて触れて欲しくなかったことを伝えただけだ。

『ごめんね、お姉ちゃんもう駄目みたい』

お姉様は自分を責め続け、責め続け、責め、責め、責め、そして第二作目のラスボスにまで苛まれ続けた結果。ゲームが始まる前に心を擦り減らせた彼女はとうとう


『いまクロイちゃんが二人に見えるの』


最後にはディオスの存在すらも忘れてしまう。

自分の弟はクロイだけ。もう身も心もボロボロに病みきってしまった彼女はディオスの存在ごと自分の中から消してしまった。キミヒカでショックで記憶を閉じてしまうような登場人物は珍しくないけれど、女性キャラであるお姉様がここまで追い詰められるなんて酷過ぎる。

一人では放っておけないほど衰弱したお姉様の介護をする為、家の中で彼女の傍に付き切りでいるクロイ。そして二人の為にも学校で攻略対象者の従者として働く〝クロイ〟。時々お互いの生活を交代しながらも、ディオスは姉の望む通りに〝クロイ〟でいる間すらお姉様には触れなかった。

既に特殊能力をある程度制御できるようになっても、お姉様が自分を拒絶する理由がわからなかった彼には自分が特殊能力者だから拒絶しているとしか思えなかった。自分が特殊能力に目覚めてしまった所為で彼女を更に傷付けてしまったと思い込んだディオスは自分から触れる勇気も、……〝ディオスというもう一人の弟〟がいることを話す勇気も持てなかった。

既に心が病みきってディオスのことを忘れるどころか、自分の現状もどうやって弟がお金を稼いで生活しているのかも、どうして〝たった一人の〟弟がずっと傍にいてくれるのに仕事無しで生活できているのかもわからなくなったお姉様を追い詰めたくなかった。


『ごめんなさい……ごめんなさい……全部全部お姉ちゃんが悪いの。ごめんね、ごめんねごめんね……』

ひたすらクロイに訳もわからないまま謝り続け続ける毎日を過ごすお姉様は、後悔の塊だった。

あんな姿を毎日見せられたら、そう思うのも無理はない。

ラスボスに出会うより、従者として働くより前からだった。お姉様をこれ以上追い詰めないで済むならとディオスも、一番現状に心を痛めていただろうクロイもその時から〝ディオス〟をお姉様の前に出せなくなった。そして


二人は〝同調〟の生活を始めてしまう。


ラスボスに出会うより前、従者の仕事を始めるよりも更に前の話だ。

それからはどれだけお互いに違和感を感じても彼らは同調を続けてきた。そして混ざり、わからなくなり、……一つになってしまった。

お互い全く同じ二重人格症状に悩まされながら、それでもお姉様の為に二人はクロイとして生きてきた。お互いに自分と相手を区分することを諦めた彼らは、完全に身体だけが二つある〝一人〟の人間になってしまった。

お姉様の前でも学校でもクロイを演じ、互いすら同じ二重人格者となった彼らの中で次第に〝ディオス〟という存在は消えたほど。学校に通うのも、お姉様の傍にいるのも〝クロイ〟と名乗る青年だったのだから。


「……ん、……イちゃ……、……スちゃん……」


ぼつりと、か細い呟きが聞こえてきた。

見ればベッドで眠るお姉様の唇が微かに動いた。目を覚ましたのかと一瞬思ったけれど、譫言だけだ。遠目からでも顔の筋肉に力が入っているのだけはわかる。……魘されているのだろうか。

ディオスとクロイも心配するようにお姉様を潜ませた声で呼ぶけれど目は覚さない。ただ、ぽつぽつと呟くのは全て弟達の名前だけだった。

クロイが心配そうにお姉様の髪を手で梳き、ディオスがぎゅっと彼女の手を包むように握って呼びかけた。大丈夫?姉さん、姉さん、と。無理やり起こすのではなく優しい声が二重に重なった。

今はもう三人のこんな様子すら幸せに見えてしまう。ゲームではお姉様がディオスの名前を呼ぶことも、そしてディオスが躊躇いなく彼女に触れることもなかったのだから。


罪の意識だけが残留した彼女は、ラスボスに病まされた後は謝罪を唱え続ける相手もクロイだけだった。そして双子は最後までお姉様が自分達の為にどんな仕事をしていたのかも知らなかった。

けれど、現実ではこうしてお姉様は身体は弱くても心身の健康はゲームとは雲泥の差だ。それにファーナム兄弟達が仕事を把握している上に目撃談もあるということは間違いなくお姉様の仕事はそれだけだろう。だからこそ、お姉様もディオスが特殊能力者だと知っても普通に触れて接せられている。お互いにたとえ同調されても隠すほどのことはないというお姉様の身の潔白の証だ。これでやっとゲームとの三人の関係の違いにも納得できた。ただ、……そうなると謎が一つ。

どうしてお姉様の過去の仕事が変わったのか。

あくまでもこの世界は私達の現実だ。ただ、ゲーム通りになるように強制されたものもある。確実にそうなるような人物配置や能力、過去、才能やチート。その中でどうしてお姉様の事情が変わっていてくれたのか。ディオスが隷属に縛られてはいないけれど、やはりご両親は亡くなっている。ゲームと現実の差で、お姉様に直接関係は……、……!




ある。




ガツン、と頭を横殴りにされたような衝撃に本当に身体が軸ごとふらついた。

どうしました?とステイルとアーサーに同時に心配されたけど、曖昧な笑顔でしか返せない。何とか事実を一飲みしてから苦い声で「ちょっと眠いだけよ」と返して視線をファーナム姉弟達へと逃す。けれど正直もういっそ三人からこそ目を逸らしたい気分この上ない。

頭の中を一つ一つ整理しながら私は改めてキミヒカで第一作目のラスボスプライドがプレイヤーに嫌われた理由を思い出す。


殆どの攻略対象者に何かしら関わっているのが彼女だからだ。


それはもう探してみれば、間接的か直接的に元はお前だろと言えるくらいには。

だからこそ第一作目ユーザー以外にもキミヒカを愛するプレイヤーに嫌われまくった。

ディオスの場合は隷属の契約で関係してるからと自己完結していたけれど、それだけじゃない。元はと言えばお姉様達が生活に困窮していた理由は本当にご両親だけ⁇違う、それだけ充分な補助が国からされていなかったからだ。

女王プライドの所為で治安なんて最悪だし税金だけは馬鹿高いし、近隣周辺国からも恐れられていたフリージア王国。中級層から下級層なんて国から毟り取られる上に逆らえば重罰か殺されるかの二択のみ。誰も彼もが仕事の争奪合戦だ。

そんな中でまだ子どもで女性で線の細いお姉様を雇ってくれるわけがない。彼女よりも身体の出来上がった元気な子どもが大勢仕事を探して求人倍率はとんでもないことになっているに決まっている。だからお姉様は稼ぐ方法がそれしかなかったんだ。まともな仕事は雇って貰えず、賃金も安く、そんな中で若くて美人な少女が足元を見られればどうなるか。

つまりはプライド女王の最悪な治世こそが、貧困で苦しむ彼女を追いやった。


……ほんっっとに、どうして十年も生かされちゃったのラスボス女王。


今まで何回も思ったことだけど、本当に前世の記憶を思い出して良かった。

単なる悪役とラスボス女王では責任と罪の重さが違う。ゲームでは「最悪の女王」程度でも、結果としてそれで不幸になった人の数は段違いだ。国中、いやそれ以上を彼女は不幸にしているのだから。

この場で頭を抱えて打ち付けたい衝動を必死に堪えた私は唇を絞って歯を食い縛る。前世の記憶さえ思い出さなければ、目の前の三人の家族も不幸にしていたのだから。

全作網羅したとはいえ第三作目しか繰り返しやっていない私には理解に及ばないけど、きっと第一作目から新作順にやっていたプレイヤーにはラスボスプライドが残した歴史の傷痕は明確に読み取れただろう。一回しかやってない私だって第一作目をやった後はその後のシリーズでラスボスプライドが関係してるところとか察せる部分は多かったのだから。……もういっそ第二作目以降はプライドの存在自体なかったことにして欲しかった。


キミヒカ全シリーズファンに嫌われるラスボス女王。


その恐ろしさと厄介さを私は改めて思い知ることになった。

Ⅱ61

Ⅱ26

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