表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
支配少女とキョウダイ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

152/1000

Ⅱ112.支配少女は聞き、


「なんであそこで走っちゃうの。姉さん目の前にいるのにセドリック様に向かうとか」

「う、うるさいなぁ!だってあそこでセドリック様が居たから思わずっ……」


医務室。

保険医のいないその部屋に、今は私達だけだ。生徒用のシンプルなベッドで眠るお姉様の前で、クロイとディオスは椅子に腰を下ろしたまま見事に喧嘩中だった。隣同士に並びながら、チクチクと言葉で突くクロイにディオスの肩が狭くなる。

私もそこから少し離れた椅子に腰掛けながら、彼らの様子に苦笑いをしてしまう。両脇に佇んで控えてくれるステイルは肩を落として呆れたように眺めているし、アーサーは逆に喧嘩を止めるか否かで悩んでいるのか視線がおろおろ泳いでいる。

お姉様が倒れてから急いで一番近い中等部の医務室へ運んだ私達だけど、まだ早朝ということもあり、鍵が掛けられて中に入れなかった。急いで医務室の先生を尋ねに職員室へ行ったけどまだ出勤しておらず、最終的には特待生結果の張り出しの為に早朝出勤していた我がクラス担任のロバート先生が鍵を開けてくれた。

保険医も暫くしたら出勤する筈だからそれまでは休んでいて良いと言って貰って、お陰でこうしてひと息つくことができている。

扉も窓も閉めてあるから、今は私達だけの空間だ。このまま始業時間まで過ごさせてもらうことに決まれば、お姉様を寝かせてひと息付いたディオスにクロイからのお説教タイムが始まってしまった。


「そ!それに折角セドリック様が居たのに無視した方が失礼だろ!だからクロイだってその後はセドリック様を止めることもできな」

「だ〜から。気付かれる前に姉さんをそっと先に高等部に送るとか。そもそも見つかったのはディオスの所為でしょ」

さっきまであんなに仲良しだったのに。いや、喧嘩するほど仲が良いということなのかもしれないけれど。

クロイに怒られたディオスが次第に涙目になっていく。むぎゅぅ……と唇を絞ったまま萎れた表情でクロイを上目で睨んだ。もう試験勉強中じゃないし喧嘩したいなら好きなだけとも思ったけれど、なかなか情勢が変わらない。ディオスが口でクロイに勝つのは望み薄かもしれない。いっそ殴り合いだったら勝率も平等だったかもしれないけれど。

そのまま暫く口論バトルを繰り広げた二人だけれど、やっぱり居た堪れなくなる程にディオスが口だけでボコボコにされてしまった。言い返すこともできなくなったディオスは、唇を絞ったまま俯いてしまう。

クロイもそれに気づいた瞬間、自分でも言い過ぎたと思ったのか言葉の途中で「まぁ、……もうどうせ遅いけど」と不器用に流して目を逸らした。お互いに言える言葉がなくなったのか、妙に気まずい沈黙が流れ出すと今度はディオスが女の子のようなか細い声で口を開く。


「……セドリック様に失礼だったらどうしよう」

さっきの、と。そう呟いたディオスは俯かせた頭が更に沈んでいく。

どうやらお姉様が倒れてからドタバタして彼を置いて行っちゃったのを気にしているらしい。でもあれは緊急事態だから仕方ないし、元はと言えばお姉様を卒倒させたのもセドリックだ。それに第一セドリックはそんなこと絶対に気にしない。


「気にしてないでしょ、セドリック様だし。……そんなことより問題は……」

さらり、とディオスの心配を打ち落としたクロイがその直後には顔色を暗転させていった。

セドリックのこと、割とクロイの方がわかってるなぁと思いながらも顔色が気になる。一度言葉を濁したクロイは背中から頭にかけて大荷物でも背負っているかのようだった。

背中を丸くして頭を抱えたクロイにディオスも顔を向けて首を捻る。もう今の今までディオスへのダメ出しが尽きなかったクロイだけど、まだ何かあるのだろうか。しかも今度はディオスを責めるというより悩みを吐露するような様子だった。

ディオスが不安そうに顔を歪めれば、尋ねる前にクロイがまた口を開く。


「姉さんが……セドリック様に一目惚れなんかしてたらどうしよう……」


そこ⁈

まさかの予想外の悩みに顎が外れそうになる。でも本人は至って真剣だ。いや気持ちはわかるけども‼︎

確かにセドリックに第一印象で恋に落ちる女性は多いだろう。王族を見慣れた他国の王族も貴族すらも式典の度に彼にハートを鷲掴まれているのだから。彼が我が国に移住した日なんて、巡回と見回りに降りていた衛兵や騎士団からの報告だけでも結構な女性が城下で腰を抜かしている。

それを突然至近距離で王族を見慣れないお姉様が迫られたら心配になるのもわかる。もともと前からお姉様に近付かせないようにセドリックは予防線を張られていたみたいだし、クロイからすれば恐るべき日が来てしまったのかもしれない。身体の弱い姉が突然ハリウッドスターに本気で恋に落ちてしまったらと、弟としては心中穏やかではないだろう。私達が知るだけでも気が弱い印象だし、叶わぬ恋とかで余計に衰弱されてしまうんじゃないかとまで考える。……まずい、私までなんか心配になってきた。

ディオスもその言葉に段々と顔色が青くなってくる。元々クロイもディオスもお姉様には心労を掛けたくなくて気を払っていたし、ついこの前まで同調してた二人だ。確認しなくてもクロイの不安はそのままわかるのだろう。

今度はディオスまで頭を抱えて俯き出した。わざとじゃないかと思うくらいにクロイと全く同じポーズになる。「どうしよう……」と声を漏らした直後、彼からも今気が付いたのであろう不安が吐露された。

「それに逆にセドリック様が姉さんに求婚とかしたら……」




そ れ は な い。




ごめんなさい。でも彼だけは絶対無い。

喉の手前まで突っ掛かった言葉を寸前で飲み込む。

言いたくて言いたくて唇が勝手にプルプルすれば、肩まで強張った。ここでこそクロイの出番、と思って必死に耐えるけれど今度はまさかのクロイまで「そうだよ……」と同意するような言葉を呟いた。ちょっと待ってここは突っ込まないの⁈

確かにお姉様すっっごく美人だけれど‼︎この前だって高等部の三年が噂にしていたらしいし、流石攻略対象者の姉というか登場人物として神絵師に描かれていたし美人なのは身内贔屓なく事実だ。それにゲームでも


「ッ……ふっ……‼︎」

不意に隣から押し殺した笑い声が聞こえる。

振り返るとステイルが二人に気付かれないように必死に口を片手で押さえながら肩をぴくぴくさせていた。私よりも大分限界らしく、声こそ抑えているけど顔が真っ赤になるほど爆笑してる。……うん。まぁ私もセドリックがティアラ以外を好きになるとは思えない。

あまりにも笑いが限界なのか、苦しそうに酸素を求め出すステイルの背中をそっと摩りながら反対隣に目を向ける。アーサーは爆笑こそしていないけれど、何とも言えない表情で私と目が合った。若干苦笑いにも近い。それからステイルが一人大ヒットしているのに気がつくと、無言のまま彼に歩み寄ってグリグリとこめかみに拳を両側から押し当て出した。すっごい痛そう。

ステイルもこれには笑う余裕が吹き飛んだらしく、微かに「ぐぁ」と漏らした後に無言で足をバタつかせながらアーサーの両手を掴み返していた。ファーナム兄弟はどちらともこちらに気付いてないけれど、ステイルにとっては安易に騒ぐことも瞬間移動もできないなかなかの生殺し状態だ。

親友の抵抗にそれでも止めないアーサーが潜めた声で「真面目に悩んでンだろォが」と彼を叱咤した。その途端、今度は痛みに耐えて顔に熱が入るステイルが無言で三度頷く。声を出したら確実に怒鳴るからの無言だろう。

それを受けてアーサーもやっと許したらしく、パッと手を離して最後に背中を軽く叩いた。激痛から解放されたステイルが、凄まじく鋭い眼差しでアーサーを睨む。完全に「覚えていろよ」の顔だ。

まさかのこっちでもファーナム兄弟でも流れる気まずい空気に耐えきれなくなり、私はなるべくトーンの上げた声でディオス達に呼び掛ける。


「だ、大丈夫よ。相手は王弟殿下だもの、きっとお姉様以外にも大勢の綺麗な女性を見慣れているわ」

主にティアラとかティアラとかティアラとか‼︎‼︎

心の中でそう叫びながらフォローする。するとそこでやっと私達の存在を思い出したようにチラリと二人がこちらを見た。

頭を抱えた腕のまま、唇が揃って尖っている。私が大丈夫よと安心させるべく笑って返してみれば、先にクロイが「まぁ……かもね」と同意してくれた。それに一息吐くけれど、その途端に「だけど」と言葉が続く。


「姉さんはわかんない。……セドリック様以外でも、昔からモテるくせに鈍くて男の人に隙ばっか作って勘違いさせちゃうような人だから」


え⁇⁇

低めたクロイの言葉にディオスも頷く中、私は自分の目が丸くなっていくのを感じた。

今までお姉様がアーサーやパウエル、カラム隊長達と関わっていた様子と、ゲームの設定を思い出す。そしてその言葉に僅かに期待を抱きながら私は彼らの言葉の続きを待った。


Ⅱ68

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ