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フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
支配少女とキョウダイ

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Ⅱ111.支配少女は肩を落とし、


「さぁ、お姉様と一緒に校舎へ入りましょう。まだ始業まで時間もあるし、学食でもどうかしら」


朝食は食べてきた?と、私にしがみつく二人に投げ掛けるけれど、それについては返事がない。

えぐえぐと喉を鳴らすディオスと、鼻を啜るクロイ。二人とも合格の喜びでまだ上手く話せないようだった。

無理もない、初めての合否がある試験なんて不安に思わない方が無理な話だもの。私も前世で受験した時は食事も喉を通らなかった。〝絶対〟なんてどこにもない結果発表は怖くて仕方がないに決まっている。


最初に合流した時はディオスの方が落ち着かない様子だったし、クロイは寧ろ落ち着いているように見えた。

でも、中等部の棟に歩き始めた途端に顔色がみるみるうちに青褪めていってのはクロイの方だ。早く結果を知りたいというディオスに反して、クロイは結果を知るのを全身が拒絶しているようだった。ディオスが手を引いて元気付けてくれたから良かったけれど、ずっとこんな不安を押し殺していたのかと思うと今更になって胸が苦しくなった。ディオスみたいに不安を表に出さない分、きっとずっと色々抱え込んで我慢していたのだろう。

でも本当に良かった二人とも合格できて。

ひと月しか学校に潜入できない私達だけれど、もし最悪の結果だったら半年後の特待生試験にはまたどうにか姿を変えて二人の勉強を見ようと決めていた。元々この潜入も攻略対象者の記憶を取り戻す為のものだったし、ひと月だけで全て解決できなくても記憶さえ思い出せれば絶対に最後まで関わってみせると考えていた。

そしてもう大丈夫だ。二人ともこれで次からは勉学に集中できる環境は手に入れた。この先は二人で、……いやお姉様と三人で特待生も維持してくれる。ゲームでも勉学に集中できない状況だったにも関わらず飛び級生にもなれた二人だし、元々頭が良いのは知っている。なら、勉強に集中できる環境にさえなればきっとゲーム以上に頭の良さを生かしてくれる筈だ。この三日だけでも、二人がちゃんと勉学に努力できる子達なのは証明されている。

私に抱き付いてくれたディオスとクロイを受け止めながら背を逸らす。仰反るようにして背後を覗けば、ステイルとアーサーもほっとしたように笑っていた。二人もこの数日ずっとファーナム姉弟を心配してくれていたもの。

未だに喉を濁らし続ける二人が落ち着くのを待ちながら、肩が湿ると同時にじんわりと周囲からの注目が集まってくるのを熱で感じた。ほぼ最前列で双子が泣いていたら目立つのも無理はない。同じクラスの生徒なら特待生合格した二人だとわかる。

ディオスが私の肩を借りたまましゃくり上げているのが間近でわかる。クロイは私にしがみついたまま硬直したように動かない。ただ肩ではなく背中の方に滴る感覚がいくつも落ちてくるし、何より腕や触れ合う身体が震えている。あまりに強く抱き締めるように腕が巻き付いているから、動かないというよりも身体に力が入り過ぎているのだろう。

さっきも結果を見た瞬間からずっと涙目で顔に力を入れていた。上手く泣けないような、泣き方が見つからないような表情はディオスよりもずっと幼く見えてまるで転んだ後に堪える子どもだった。

アーサーもステイルも今はディオスよりクロイの方に目がいっている。まだ直接的にちゃんと関われたのは三日四日程度だけど、二人がどれだけ頑張ってきたのかはわかってる。そう思うと私まで段々泣きたくなってくる。気持ちだけならもう完全に可愛い教え子だ。

頑張ったものね、と返事のない二つの背中をまた摩れば、声の代わりに締め付ける力がむぎゅぎゅっと強まった。こんな可愛い弟達ならお姉様が身体を壊すまで働きたくなった気持ちもわか


「ディオスちゃん!クロイちゃん!」


人混みの向こうから、か細くも通る声が放たれた。

その途端、さっきまで私を締め付けて離さなかった二人の顔が上がる。息を飲む音が二つ分同時に両耳を掠めて腕が緩んだ。

「姉さん」と同じ声が二重に重なり、二人が顔ごと向けた方向には白くて細い手が人混みの向こうから高々と伸ばし振られていた。ファーナムお姉様だ。

私からも手を緩めれば、二人は振り返った体勢のまま火がついたように駆け出した。さっきまでの二人に茫然と立ち尽くしていた生徒達の隙間を縫い、若干強引ながらもぐいぐいと細い身体を捻じ込んで抜けていく。

「姉さんこっち‼︎」「姉さん聞いて‼︎僕っ……」とクロイもディオスも掠れた声を無理矢理絞り上げるようだった。私も二人の背後を追いかければ、ステイルとアーサーが続いてくれる。

お姉様は流石に人混みの中に突入することはできないからか、一番端の方から呼びかけてくれていた。姉さん!姉さん‼︎と言葉を繰り返す二人が突撃するかのようにお姉様のもとへ飛び込む。がばっ!と音が聞こえるほどの勢いと力強さで抱き締めれば、お姉様のか細い身体がフラつきながらも棒倒しのようにして捕まった。


「姉さん僕ら特待生になったから‼︎もう姉さんが困る必要は」

「それより姉さんどうだった⁈見てきたんでしょ結果!受かった⁈それともっ……」

ディオスに上塗りするようにクロイも叫ぶ。

お姉様が転ばないように全身で支えながら、それでも気持ちが先行して声に出ていた。至近距離で両側から叫ばれてちょっとクラリとしていたけれど、すぐに立て直すようにお姉様が強張った顔で笑う。

あまりに小さい声で私達の距離からはよく聞こえなかったけれど、小さな唇が動いていた。お姉様に抱き付いたまま見開いた目で凝視していた二人が、次の瞬間には同時に涙を一筋零した。

もともと自分達の結果を見てから潤みも止まっていなかった目がまた溢れ出している。朝日を浴びてきらりと反射して光る涙と充血した若葉色の瞳が宝石のようだった。希望すら携えたその眼差しと横顔に。……聞かずともお姉様も特待生になれたのだと、わかった。きっとお姉様も流石に待ち合わせ場所で居ても立っても居られず中等部に駆けつけてくれたのだろう。理解できた途端、両胸を押さえて私も立ち尽くしてまう。

ディオスが嬉しさのあまりか更にお姉様の方へ飛び込めば今度こそフラリとお姉様が仰向けに傾き、クロイもディオスに道連れにされてお姉様の方へ倒れ込んだ。

きゃっ⁈という細い悲鳴と「ばっ、ディオッ……‼︎」とクロイの声が重なるように漏れた直後、三人で一つの固まりのまま傾倒した。私もびっくりして駆けようとしたけど、それより先にアーサーが速かった。瞬時に飛び込み、姉様が背中を打つ前に腕を差し込んでキャッチしてくれる。本当にアーサー心強い。

ディオスとクロイもお姉様だけは守ろうと地面に手を付いたりお姉様の後頭部に手を回していたけれど、最終的にはお姉様の上にのしかからないようにで精一杯のようだった。バタン、と音がした時には地面に滑り込むようにしてお姉様を地面すれすれに受け止めたアーサーと、そのお姉様の上に双子も倒れていた。

直後には慌ててファーナム兄弟が起き上がったし、お姉様に謝りながら手を貸して起こしたけれど一番地面について汚れたのはアーサーになってしまった。


「ごっ、ごめん!また姉さんを助」

「ディオスはなんでそう考えないの⁈姉さんが支えきれるわけないでしょ‼︎」

「ごめんなさい!お怪我はっ……⁈」

お姉様を引き起こしてすぐにファーナム姉弟が三人纏めてアーサーに駆け寄る。

アーサーもそれを受けて慌てて地面から飛び上がる。怪我はないようだけど、顔まで土がついちゃってる。「大丈夫です‼︎」と声を上げたアーサーはバタバタと自分で土埃を払いながら半歩下がった。


「自分は丈夫なンで気にせず‼︎‼︎ッそれより、えっと特待生おめでとうございます……⁈」

お姉様を始めとして三人がアーサーの服の汚れを払おうとするのを断りながら、話を逸らすように声を上げた。

途中から半分「合ってますよね……⁈」と確かめるような目でお姉様を見るアーサーは、自分で言って喉仏を上下させていた。これで万が一にも外していたら気まずいことこの上ない。

お姉様はその言葉にピタリと一度止まると、改まるように両手を前に重ねて深々と礼をした。アーサーだけではなく、私やステイルに向けても頭を下げてくれたお姉様はゆっくりと顔を上げると綻んだ笑みに涙を浮かべていた。


「本当に皆さんのお陰です。……本当に本当に感謝の念に絶えません。このお礼はいつか絶対にお返しします」

いつものお姉さん口調じゃない改まった口調に、感謝を示してくれているのが胸の奥にまで伝わった。

いえ自分は何も‼︎と背筋を伸ばして逃げ腰になるアーサーは、逸らすように視線を私達に投げた。お礼ならこっちに!と言おうとしてくれているのがすごくわかる。

相変わらずの謙虚なアーサーの反応に少し肩を竦めて笑んでしまいながら、私は三人に向き直る。

ディオスもクロイも、お姉様に倣ってか私達相手なのにきちんと姿勢を正して立っていた。俯きがちのクロイに反してディオスはまっすぐこちらに強い目線をくれている。これじゃあ本当に先生と生徒だ。


「お礼は必要ありません。これは間違いなく三人の実力ですから。それよりも、……どうかこの先も特待生を維持できるように頑張って下さいね」

半年ごとの特待生試験。

もう勉強に集中できる環境を得た今、後は彼らの戦いだ。今年が受かったところで遊び呆けていれば次はない。今回特待生に落ちた生徒達だって絶対勉強に励んでくるに決まっている。全員に戦う資格があるのが試験というものなのだから。

私の言葉に、三人もちゃんと理解してくれているらしく深い頷きで返してくれた。……クロイだけが、頷いた後もなかなか不満そうな顔だったけれど。

ジトリと湿って腫れた上目で私をお姉様の背後から睨んでくる。どうしたのかと目を合わせてみれば、尋ねる前に自分から口を開いた。


「……なんでそんな他人事なわけ。それとも物凄く遠回しな恩着せ⁇……君らが僕らにここまでさせたくせに」

クロイ!クロイちゃん!と、姉兄が一斉に嗜めたけれどクロイの顔つきは変わらない。むしろ不満色が強まった。

お姉様が代わりに謝ってはくれたけど、寧ろまた知らず内にクロイを怒らせてしまった私の方が謝りたい。さっきも合否確認直後に何故か「ずるい」連発されたし、私はつくづくクロイを知らず内に怒らせるプロらしい。

恩着せ……ということは、つまりはさっきの「頑張ったわね」も恩着せがましく聞こえたということだろうか。あれも、そして今のも本当に心からの言葉なのだけれど。

だって本当に頑張ったなと思った。特にディオスと違って嬉し泣きまで我慢しようとするクロイを見たら、本当に今まで色々な感情を抑えて本人なりに姉兄の為に耐えてきたのだろうなと思えたから。それに、今回の特待生だって結果的には三人の頑張りその一言に尽きる。あとはステイルの的確な勉強指示と最強家庭教師ジルベールくらいだろうか。三人の成績向上には間違いなく我が国一番の天才二人の功績も色濃いだろうし。

でも、……うん。それでも一番は三人の意思だと思う。どんなに良い教師がいても、本人に意思がなければどうにもならないもの。

クロイの辛口とお姉様の平謝りに苦笑いで私は返す。ごめんなさいね、とまた気に障ったことを言ったことを謝ればクロイの眉間の皺が余計に刻まれた。もう私が言うこと全て地雷なのかもしれない。


「ジャンヌは昔からこういう性格です。誓って他意はありませんから諦めて下さい」

ステイル⁈

まさかの味方からまでも放たれた辛口に思いっきり振り返ってしまう。見れば、さっきまでずっと黙していたステイルは眼鏡の黒縁を指先で押さえながら冷め切った眼差しで睨み返していた。漆黒の視線を目で追えば、真っ直ぐにクロイに突き刺さっている。

三日専属教師だったステイルから睨まれてクロイも僅かにたじろいだ。僅かに顎を動かして頷いたようにも見えるけれど、最後はまた私が方向を変えるようにクロイに睨まれてしまった。やっぱりまだ怒ってる。

というかちょっと待ってステイル。クロイの地雷発言する私が〝昔からこういう〟って。しかも〝諦めて〟って完全に困ったさん扱いされちゃってるのだけれども‼︎‼︎アーサーまでお姉様の隣で頷いているし!

眼差しだけで訴えるようにステイルを見つめると、私の視線に気付いたステイルはにっこりと笑った。そのまま話を流すように「本当に三人ともおめでとうございます」とファーナム姉弟へ顔ごと向けて語り掛けた。


「僕も嬉しい限りです。ジャンヌはずっとディオスとクロイのこともお姉さん共々心配していましたし、僕らも骨を折った甲斐がありました。ちゃんとお祝いの方も楽しみにしていて下さいね」

確かに私も同じ気持ちなのだけれども‼︎‼︎

完全に私の訴えをなかった事にして話を変えるステイルに物申したくなる。だけど、折角ステイルが彼らの特待生を喜んでいるのに水も差せない。結局はがっくりと私一人が肩を落とす結果になった。ここにティアラがいたら慰めてくれたのだろうけれど、残念ながらここに天使はいない。

もしかして今までも私が気付かなかっただけで、ステイル達に地雷発言とかしちゃってたのかなと思えば、……もの凄く覚えがある。

確かに昔から私の発言でステイルやアーサーや皆を怒らせたり頭を抱えさせたり呆れさせたりした数は計り知れない。でもやっぱり〝諦めて〟と言われると凹む。中身はもう十九歳なのに。前世の年もいれたら更に上なのに。

そのまま肩を落とす私をおいてステイルが流れるように彼らを学食へ促し始めた時。


ざわり、と黄色い悲鳴と歓声が突然湧き上がった。


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