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フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
支配少女とキョウダイ

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Ⅱ108.キョウダイは疑いたかった。


「…………本当に、クロイも仕事辞めてきたんだね」


その日。ダドリーさんのところとは違う、クロイとして働いていた仕事場を辞めるのは簡単だった。

もともと僕が居ても居なくても変わらない。水を汲んでは樽に溜めて馬車に運ぶまでの仕事。家からもそう遠くない井戸からひたすら汲んで、樽いっぱいになったら栓をして馬車に積む。ディオスの仕事みたいに担がずに転がして運んでもいいけれど、積み上げる時は死ぬほどきつかった。馬車に乗ってる大人が受け取ってくれなかったら絶対無理な重さだ。……あのジャックって奴なら余裕なんだろうけど。


「……クロイ。これ……」

翌朝。ジャンヌの言った通りになった。

特待生制度の詳細に僕らは目を疑う。お金に困らず学校に行ける、そう言ったジャンヌの言葉以上の好条件がそこには記されていた。最後まで読み切って、国中が知る学校創設者の名が残されて胸が高鳴った。

王族の名が出された以上これは冗談では済まされない決定事項。これに受かれば本当に僕もディオスも姉さんもお金に困らず学校に行ける。誰一人負い目もなく生活ができる。

欲しくて堪らなかったもう一つの道が僕らの鼻先に掲げられていた。


「ディオス!クロイ‼︎こっちに来なさい!」

ほんとに、こいつが現れてからめちゃくちゃ。

昨日の今まではもう全て決まっていると思っていたはずなのに。今は完全にねじ曲げられてる。

自分から誘っといたセドリック様のお付きも撤回させるし、本気で自分が僕らの勉強を見るとか言い張るし、……信じられないくらい頭が良くて、なのに特待生に興味がない。そのくせ自分のことのように僕らの試験対策に燃え上がっている。

ディオスがなんでジャンヌに心を許したのかはわからない。こんなに僕らに構う理由もわからない。いくら僕らの事情を知ったところで、ここまで手を貸してジャンヌに良いことなんて何も無いし。

これじゃあまるでただの


「それにもともと、お前らの姉ちゃんを心配してたのはフィリップ達だぞ」


〝お人好し〟だ。

知れば知るほど、深みに嵌まっていくほど僕はジャンヌ達のことがわからなくなる。いっそ気持ち悪い。

いや無いでしょ、どうしてそんな最初から僕らの為に動いてるの。敵だと思っていたのに実は姉さんにも手を回していたとかおかしすぎる。

確かにジャンヌにセドリック様の仕事依頼を受けたのと、姉さんから妙に親切な男子生徒がいるって聞いたのは同日だ。けど、まさかそれにまでジャンヌ達が絡んでいるなんて思わなかった。ていうかなんで高等部にまで知り合いがいるの。

しかも直接〝パウエル〟に会ってみたらすごく強そうだし体つきもジャックよりしっかりしてて顔も良いし、既に姉さんとも親しげだしもう第一印象から別の意味で最悪だった。見た目も良くて強そうで同じ学級で親切にしてくれるとか、姉さんを狙っていそうだし姉さんもころっと流されそうだし色んな意味で不安で勉強でも集中が乱れた。

なのに途中からは別にもっと大事な人がいるとか言うし‼︎‼︎女は守るべきとか何⁈なんでそんな恥ずかしい台詞いえるわけ⁈


「すんません。……ジャンヌ達の勉強の邪魔しねぇで貰えますか?」

ジャンヌといいジャックといいセドリック様といいパウエルといい‼︎何なのこの人達、いっそ怖い。

姉さんとディオスは、お人好しってくらい人が良いし優しいし性格も良い。けれど、二人以外でこんな無条件で僕らに親切にしてくる人間なんて怪し過ぎる。僕らを助けたところで得なことなんて何もない。こんなに一度に何人もの人に親切にされるようなこと、僕は何もしていない。

ディオスと違って、もともと信用していなかったジャンヌ達だけど、知れば知るほど昨日までとはまた違った意味で彼女を信じられなくなってきた。……いや違う。信じられない、じゃない。


信じちゃいけないと思えてきた。


「彼らが件の双子ですか。……今日の放課後と明日、お世話になりますのでどうぞ宜しくお願い致します」

ジャンヌが関わるようになってから、僕とディオスと姉さんだけの道が他の人にまで踏み荒らされている。

ジャンヌと取り巻きだけじゃない。王族に、騎士に、高等部生徒に、とうとう外部の子どもまで。僕ら三人の為にジャンヌは一体何人の人を動かしているのかわからない。

ここまでされると、逆に後で見返りを要求される気しかしない。もしくはこれも全部僕ら三人を騙すための大罠とか。

いつのまにか姉さんまで巻き込む形になっちゃっているし、こんなに大勢の人間巻き込んだ借りに家も僕らも売られるんじゃないかまで考えた。

だっておかしいでしょ。僕らに理由もなくここまでするなんて。


「どうやら、節制の意味をご存じないようですね。まぁ子どもですし仕方ないでしょうが。……先ずは根本的な生活水準から改めて頂きましょう」

僕かディオス、どっちかを犠牲にするかどっちも失うか。姉さんを支える為に、生きる為に、家族を守る為に。

そういう選択しかなかった僕らの道をジャンヌ達は踏み荒らす。


「三人とも本当にすごいわ。ディオスとクロイなんて、文字の習得からここまでできるようになったのは本当に頑張った証拠よ」

ジャンヌは僕らに何がしたいの?

そんな嬉しそうに笑って褒めないでよ、騙される。

気づけば僕らは王族なんて天の上の存在とお近付きになって、食事を与えられてお金を貰って姉さんだって守られていた。

警告通り僕らがおかしくなったら、ディオスの暴走を彼女は引き留めた。特待生制度なんかを教えて、勉強を教えて、子どもに僕らの世話まで焼かせて、休日まで家に来て、騎士様まで連れてまたご飯を奢られる。

僕らを捨て犬かなんかだと思っているのとか嫌味が浮かんだけれど、……どうしてかもう言う気にはなれなかった。教えてもらっている立場だし、それが当然かもしれないけれど。

騙されない、まだ信じない。どんなに勉強したって、本当に受かるかどうかはわからない。上手く僕らを騙して、逆に試験範囲を外させるつもりかもしれない。合格してから法外な援助金を請求してくるかもしれない。

こんな無意味な親切、僕らにするには裏がなければあり得ない。……だけど。


「……ね、……姉さん助けてくれたのに、……ジャンヌを殴ろうとして、ごめん」

良いよ。ディオスと姉さんは、信じても。

謝るディオスの背中を見ながら、すごくほっとする。もう僕の目の前にいるのは間違いなくディオスで、クロイじゃない。同調を止めてから翌日には僕もディオスも互いの差別はできるようになった。

それまでの記憶や感情や意識はこびりついたままだけど、今は前ほど生々しくもない。硝子一枚隔てた場所から眺めるような感覚で、思い返せばどっちが僕の記憶かも判別できた。

一夜明けるごとに頭もすっきりして、まだ引き返せる場所に居たんだという安堵と、……本当にまずいところまで来ていたんだと思い知る。あの後も構わず同調を続けていたら本当にどうなっていたのか想像するだけで身の毛だよだつし寒くなる。

だから、ああやって呑気にジャンヌにまで心を許し始めているディオスに一言言う気にもならない。本当に言動全部がディオスらしくて、一瞬でも僕があんな感じになっていたということが信じられない。

ディオスはディオス。僕は僕。今はもうそこに迷いはなくて


「ばっ、なんっ、…………ばーーーーーーーーーーか‼︎‼︎」


……ほんっと馬鹿。

子どものディオスが戻ってきた。こんな気が抜けるやり取りは久々かなと思いながらディオスを突く。

遠目でもわかるくらい顔が真っ赤で、僕が怒った途端にすぐ謝った。落ち込んで沈むディオスに、完全に気持ちが筒抜けだと思う。ていうか姉さん以外全員にきっとバレバレだ。

でも見れば、ジャンヌは大して気にしてないようだった。まさか姉さんぐらい鈍感なのか、それとも慣れているのか。目つきは悪いけど一応は美人だし、学校でも結構注目を浴びていた。飾り気はないし色気もないし完全田舎娘だけどモテ慣れている女とか……なんか嫌な感じ。

姉さんがどれだけ男に気を持たれても危機感以外は何とも思わなかったけど、ジャンヌがモテるのはなんとなくムカつく。やっぱまだ彼女を信用しきれていないし嫌いなんだなと自分で思う。

ディオスが、なんで急にジャンヌに心を開いたのかは知らない。深く聞いて「じゃあ同調する?」と聞かれるのも怖かったし、もう同調したディオスは僕の秘密も洗いざらい知ってるからそういう喧嘩はしたくない。完全に暴露合戦になってお互い火傷する。

僕はジャンヌのことは嫌いだし、信用してないしむかつくし、別に好みでも何でもないけれど。ただ、ディオスがセドリック様にすぐ懐いた時みたいに


「……僕にも。ディオスみたいに励ましとかないの」


ジャンヌに、甘えたくなる気持ちも少しわかる。……ほんとに少し、ちょびっとだけ。

身体を壊すまで働いてくれた姉さんにも、身体を壊した姉さんにも僕らは甘えたくなかった。優しい姉さんは黙っていても絶対僕とディオスを甘やかすから。

ジャンヌは、セドリック様みたいに格好良くもないし頼れるってほど威厳もないし子どもだし、何より得体が知れないし不気味でわけがわからないし信用もできないけど。


「クロイも、大丈夫よ。クロイだってたくさん頑張ったからあれだけ出来るようになったのだもの。それに貴方は視野も広いから落ち着いてやればきっと平気よ」

僕が何を言ってもディオスが何を言っても崩れないし、真っ直ぐに僕らに言葉をくれる。

もしこれ全部が僕らを騙す為の嘘や演技だとしたら大したもんだ。……その時は本気で刃物を向けるかもって思うくらいには。


「六十点。……視野はともかく勉強の方はディオスができたんだから僕ができても普通でしょ」

信じないし嫌いだし感謝もしないよ、まだ。

疑うよ。……たぶん、最後まで。

君が僕らを騙していない証拠はどこにもないし、最後の最後に僕らを指差して嘲笑うと疑い続けるよ。だって初対面から馴れ馴れしいし、構ってくるのもおかしいし、〝弱み〟なんてとんでもない特殊能力を持っていて、こんなに僕らに何でもかんでもしてくれるなんておかし過ぎ。疑わないなんて無理な話だし、実は奴隷商と繋がってるとかの方がずっと納得できる。だってそうとしか思えないくらい君は、本当に都合が良すぎるくらい、信じられないくらい僕らに


「ディオスにできてクロイにできないことがある方が普通でしょう。勉強ができるようになったのは貴方自身の努力の成果よ」

……優し過ぎる。

理解があるにも程がある。裏がないなんてあるわけない。

水の流れみたいに、僕らの行く先は決まっていた。そんなろくでもない道を断りもなく遮断して、わけのわからない泥舟に誘い込んで流れに逆らう君はなんなの。

ほんとにムカつく。僕はクロイだよ?ちゃんと言うこと聞いてやっているんだから丸め込もうとしないでよ。




「ばーか」




信じたく、なるじゃんか。


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