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フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
支配少女とキョウダイ

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Ⅱ107.キョウダイは選んだ。


「クロイ‼︎」


そう呼ばれた時は、意味もわからなかった。

ディオスでも姉さんでもない声に、ディオスとして働く僕がそう呼ばれたから。

なんで君達がそこにいるの、しかも騎士様まで連れてくるなんて。まさか本当に捕らえられるのかとも思う。ディオスが何をしたのかはわからないけど、騎士様まで動くなんて相当だ。

足が緩みかける僕にダドリーさんが怒鳴る。止めきる前に再び足を動かして急いだ。ジャンヌ達に話を聞きたかったけど、今はそれどころじゃない。何故か騎士も僕を捕まえに来ようとはしないし、今は仕事に戻らないと。ディオスだって少なくとも近くにはいない。

仕事をしなきゃいけない。僕らはそうしないと生きていけないんだから。


「ディオスの代わりに来ました。自分が代わりに運ぶので、一度彼を抜けさせて良いですか?」


は?

何それ。いつ、なんでそんな話になったの。

友達どころか知り合いと呼べるほどの人でもない、ジャンヌの取り巻きだ。

学校初日に階段から落ちそうな姉さんを助けてくれた人。なんか凄く強そうで身体付きも僕らと全然違うその人は、勝手に話を進めると僕の代わりに荷運びを担ってくれた。どういうつもりなのか、まさか僕らの仕事まで横取りするつもりなのかとまで考える間に話をつけた彼は僕の背をジャンヌ達の方へと押し出した。


「任せとけ」

その一声だけ残して。

それを聞いた途端、何故か肩の力が抜けた。本当に任せて良いんだと不思議な説得力があった。

同い年とは思えない力強さに押されてふらふらジャンヌ達の方へ向かいながら、そういえばこの人は僕らに直接的に嫌なことをしてきたことはないなと思う。むしろ姉さんを助けてくれたし、ジャンヌの言いなりみたいなところ以外は別に。

けれどそれだけじゃ全部に納得できない。なんで、あの人が僕らの仕事を肩替わりしてくれたのか、なんでここにジャンヌ達や騎士様がいるのか、なんでディオスがいな


「!ディオッ……セドリック、様……⁉︎」


……居た。

しかもディオスだけじゃない、セドリック様まで一緒だ。なんでこんな中級層の果てみたいなところに王族がいるの。

とうとう捕まるのかなと思えばそれも違う。騎士様本人に笑い飛ばされる。

僕らを心配して駆けつけてくれたとか、無いでしょ普通。王族だよ?学校で朝と昼休みにしか会わない人だよ?たかが居なくなったくらいの僕らを気にするとかおかしいでしょ。

やっぱりセドリック様も騎士も実は偽物だとか。大体、なんでジャンヌ達がいるの。どうせディオスが喧嘩売りに行ったんだろうけど、それで連れてくるとか意味がわかんない。

ジャンヌに怒鳴ってるところをセドリック様に見つかったとか?ていうかなんでセドリック様もジャンヌの同行を許すの。ただの知り合いってだけで図々し過ぎるでしょ。やっぱジャンヌはセドリック様とそういう仲なのかなとまた思う。


「私の警告を無視したでしょう?だから来たの。……貴方ももう、わかっている筈よ」


……言われた瞬間、返す言葉が見つからなかった。

考えて、絞って、なんとか出た言葉は〝ディオスは悪くない〟〝悪いのは僕だ〟だけだった。

僕らは、同調を続けた。その所為であの時言われた通り僕らはおかしくなっていることもわかってる。

それでも少しくらいの副作用くらい、まだちょっと、と続けて……こんなになるまでちゃんとディオスを止められなかったのは僕だ。いくらディオスが同調したがっても、僕が今日みたいに拒めばここまで変にはならなかったのに。


「…………ごめん」

なんでディオスが謝るの。

止められなかったのも、同調しないといけないくらいディオスを追い詰めたのも自由を奪ったのも元はと言えば僕なのに。

ディオスが一人で働く必要なんてなかった。最初から僕の方が興味ないって突っぱねれば良かった。なのに中途半端にディオスにも僕が学校に興味持ったことを気づかれたからこうなった。僕がやりたいことをディオスはいつだって譲ると知ってたのに。

家に一度戻ろうと、そう促された時も逆らう気力なんてなかった。……信用とかそういうんじゃない。ただ、もうどうにでもなれって気分になっただけ。

ディオスの代わりに仕事をしながら、淡々と考えてた。僕らが一日で働く金で、僕ら三人が一日生きていくのが精一杯。きっと、今のこの状況だって歯車一つ壊れたらすぐ駄目になる。今日生きていくことすらできなくなる。


「王族の方や騎士様は目立ちますし、どうぞ今の内に中へ」


ディオスが戻ってきてくれて良かった。

姉さんも騎士様が見てくれるなら、ちゃんと家まで無事帰ってこれる。……それだけが救いだった。

ジャンヌも、僕らが警告を守らなかったから来たと言うからには僕と意思は同じだ。このままディオスの説得を手伝ってくれるなら追い出さなくて良い。セドリック様もジャンヌが恋人とかなら説得に協力してくれる。セドリック様の言葉ならディオスも聞いてくれるかもしれない。

ディオスが本気で同調しようとすれば、同じ家で同じ部屋の僕はいつだって勝手に同調される。もう一度やってきたディオスを説得する機会を逃せない。

それさえできればあとはもう何でも良い。


「それで。……結局、君らは何がしたかったの」


話を聞けば、やっぱりディオスが怒鳴りこんだのが始まりだった。

しかも思った通りジャンヌは僕らが特殊能力でどんな状態なのかもわかってた。じゃあ僕らがこうなるのを楽しんでいたのかともまた思ったけど、どう見ても僕らを止めようとしてる。

偉そうに説教でもしそうな態度で向かいに座って、もともと悪い目つきを釣り上げたけど今は大して怖くない。なのにこっちも妙な感じというか気配というかとにかくまるで大人に怒られているような気分になる。ていうかセドリック様の前でなんでこの人こんなに態度でかいの。

恋人かって聞いても否定するし、ある意味セドリック様よりわからない。フィリップも騎士様も平然としているし。

しかもディオスまで、……戻ってきてから妙にジャンヌ相手に丸い。セドリック様が見ているからかと思ったけれど、やっぱりおかしい。昨日までなら、絶対ディオスはもっとジャンヌに噛み付いていた。なのに今は真っ直ぐジャンヌの言葉を聞いて、飲み込んで、受け入れている。最後に同調した時とは全然違うし一体何が起こったの。だって、このディオスはセドリック様だけじゃなく、まるでジャンヌのことまでー……。

その後も、図々しくズカズカ僕らに偉そうに話すジャンヌは当然のように


「もう〝同調〟の特殊能力を使うのは止めなさい。……いつか、混ざって戻らなくなるわ」


……そう言ってくれた。

一番期待してたし、止めて欲しいと思ってたから正直これは助かった。

本当は、僕が言わないと駄目な言葉だったから。


「いやだっ……だって、そうじゃないと……そう、しないと」

怯えるディオスに、傷つくディオスに、泣きそうになるディオスに、……いつも耐え切れず現状から目を逸らし続けた僕が。

これ以上ディオスを傷つけるのも苦しめるのも嫌で、結果的にそれで今こうしてディオスも僕も自分を追い詰めることになった。

「もうわかったでしょう」「混ざりかかっている」「記憶だけじゃ、ないのでしょう」そう言って容赦なくディオスを責め立てるジャンヌにまた救われる。僕がもっと早く言わないといけなかったことを彼女が言う。……ほんと、女の子に代わりを言わせるとか最低過ぎ。


「ディオスと同調しようと言ったのは僕、……クロイだ」

なのに、僕にできることはただディオスの代わりに答えるだけ。

しかも直後にはセドリック様自らまた僕らを見分けてくれた。ディオスも流石にこれには驚いていて、改めて僕らの入れ替わりも同調も無意味だったんだと思い知る。それもセドリック様の話だと全部ジャンヌの指示だった。僕らを嵌めるんじゃなく、寧ろ手助けるような内容で。

どうして王族のセドリック様がとか、そこまでして貰えたのかもわからない。


「けれど、クロイがこれ以上自分を失うのも嫌なのでしょう?」

水の流れみたいに、もうそこに行き着くのが当然。

ディオスが選択しないといけないそれは本当に残酷で。そして僕もそれを望んでいる。一番嫌で、嫌われる、憎まれ役を女の子に投げながら。


「……もう、……しない。同調も、…………入れ替わりも、しない。学校も二度と、行かないし仕事ももう、押し付けない」


ディオスを泣かすのも、苦しめるのも他人に任す。

なのにこうして隣でディオスが苦しむだけで僕まで被害者ぶる。僕だって今はジャンヌの味方のくせに。

もともと余計なこと言ってディオスを苦しめたのも僕のくせに。それでもやっぱりどうしても、この選択をさせたくなかったとも思ってしまう。


「……それで、いいんだろ」

一番嫌なのはディオスのくせに。

そんなこと僕じゃなくてもこの場の全員がわかってる。それでも「ごめんなさい」と諦めを口にしたディオスに安心して、そして胸がギシリと軋んで割れる。

僕が仕事をと言ってもディオスは折れない。絶対自分だけ苦しい道を選ぶし譲らないし、僕もそのディオスに必ず負ける。

折れてあげてるとかそういうんじゃない。ただただ僕がディオスに最後は甘えているだけだ。水の流れが、最後の一滴が落ちるまでただただ見ることしかできない。

こうするしかなかったんだ。

正しいとか間違ってるとかじゃない。遅かれ早かれの結末が寸前に選べただけ。二人で消えるか、片割れがまた希望もない道をただただ辿り続けるか。

せめて流れがこっちに来ただけ良かったと思うべきだ。僕らに選べるものなんて最初から何も



「良いわけないでしょう……‼」



……堰き止められた。

バシャン、と流れが唐突に終わった音がした。

どんな言葉にすれば良いかわからない。ただ、さっきまでの流れるべきだった道行きが強制的に止められた音がした。

気持ち悪いくらい鳥肌が立って声が出ない。心臓が熱くて、振り返った直後は身体の自由が指先まできかなくなった。一度合わせてしまった紫色の瞳が僕らを映し、離さない。


「機会をあげる。今度こそ自分の手で掴み取りなさい」


変わらないんだと何度も思った、理解した。

仕方ない、僕らはこれしか選べないと決まってる。父さんと母さんが死んだ時もう僕らの末路は決まったんだと。

そう信じて疑わなかった僕に、訳の分からない彼女の言葉は悪魔のように魅力に響く。


「近々……いえ、来週には学校で〝特待生〟の募集と試験が始まります。きっと早ければ明日にも発表されるわ。それに受かれば貴方達はお金を気にせず学校に行ける筈よ」

なにその夢物語。

妄想でしょと一蹴したいけど、それよりなんでジャンヌが知ってるのかの方が疑問に浮かぶ。そんな都合の良い募集が近々始まるなんてあり得ない。大体、無料で教育施設まで提供してくれた国がそれ以上するとかって時点でありえないでしょ。


「その為には試験があるわ。初日の学力試験と同じ筆記試験。貴方達がそこで最高得点を取るの。勉強なら教えてあげる」

なにそれ、無理だよ、無茶でしょ、筆記試験なんて、学力試験も全然だったのに、おかしいよ、なんでそんなこと知ってるの、本当なの、おかしいでしょ、と。やっと息を思い出した僕らはジャンヌに吠えた。

できるわけがない。僕もディオスも授業は覚えていても、基本からして知識がない。文字すらまともに書けない僕らが、中級層で親に恵まれた子達にまで筆記で勝たないといけない。そんなの無理だ。僕らと彼らは走り出す場所からもう遠く離れている。そんな特別な制度は、特別な人が得られるように決まっている。そしてそれは間違いなく僕らじゃない。なんで、そんな、どうやってどうしてと疑問が浮かぶ僕らに


「ただしこの事は他言無用ですっ‼︎‼︎」


ジャンヌは制圧し、口止める。

姉さんが帰ってきても詳しく話せない僕らを良いことにどんどん話を進めてしまう。あんまりだし、酷過ぎる。やっぱりジャンヌは勝手だ。


「言うことを聞かないなら、今日話したこと全部お姉様にも話します」

やることが無茶苦茶だ。

また脅すとか本当にあり得ない。コイツはやっぱりまだ企んでるんじゃないのかと思う。セドリック様も幻みたいに突然消えるし、まだ僕らで遊ぶつもりなのかとか嫌なことばかり考える。信じきれない、どうしても疑う。

特待生とか、姉さんも巻き込んで三人で勉強会とかもう何もかもがありえない。遮断された流れにどうすれば良いかも分からなくなる。……けど。


「全面的に私が支えます。死に物狂いでやりなさい。貴方自身がディオス・ファーナムを救うのです」


助けたいと思ったその手を、僕にも掴む権利を初めて与えて貰えた気がした。

この機会を逃したくないと、僕の中の二人が声を合わせて叫んだ。そして嫌でも理解する。もう僕らは、……彼女の流れに逆らえれない。

それが泥舟だと思いながらも乗り込んだ。逃げたいけれど、降りたくない。

ディオスが信じた彼女に今だけは従おう。彼女と一緒に戻ってきたディオスは、セドリック様だけじゃなくジャンヌにも間違いなく心を置いていた。

仕方ない、決まっていたと思った流れを勝手に止めたジャンヌは図々しいし勝手だし僕は嫌い。けど、僕らの末路を知っていた彼女の言葉はまるで神様の言葉みたいだとも思った。


……僕じゃない、きっとディオスの思考だ。


助けて止めてと何度も願った僕の声に、返してくれたのは悔しいけどジャンヌ一人だけだから。

僕は望んで彼女の泥舟に飛び乗ると決めた。沈んでも壊れても溺れても、僕らの流れにもう一度だけ本気で抗いたかった。だから




「貴方達の中にいるディオスとクロイを助けられるのは貴方達だけなのだから。本気で欲しいと思うのなら示してみなさい」




〝僕ら〟は選んだ。


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