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フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
支配少女とキョウダイ

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Ⅱ104.キョウダイは止まらなかった。


「……どうすんの、これ」


同調四回目の夜。

学校に行ったディオスと同調した僕は、ぞわぞわと血の気が引いてくるのを感じた。

話し始めてから興奮気味だったディオス本人は、もうそれを忘れてるみたいにきょとんとしている。まぁそうだろう。ディオスにとってはそんなことよりもセドリック様とオムライスのことの方が印象に残っている。同調する前だってずっとディオスはそのことばっかりだった。

セドリック様がすごい良い人で、オムライス食べれたし美味しかったとか。もう昨夜のことなんて覚えてないくらい大はしゃぎだった。あまりの勢いと話量に途中で僕の方が疲れてさっさと同調しようと促したくらいだ。

僕の言葉に「え?」と聞き返し、首を傾けたディオスに呆れながら僕は息を吐く。


「完全にセドリック様に怪しまれちゃってるでしょ。朝一番にとか早すぎるし」

「あっ。いや、でも!あれはっ……」

今思い出したらしいディオスは、一気に慌て出す。

口籠もり、目がバタバタと泳ぐディオスにわかるようにもう一回大きく息を吐く。「あ〜〜あ」と言えば、肩ごと僕から引いて顎を反らした。焦燥が明らか過ぎて顔まで赤らんでいく。月明かりだけの部屋でも動揺がバレバレだ。

ディオスが反省するまで敢えて口を結んで組んだ膝の上に頬杖を突く。冷ませた目で視線を突き刺し続けながら、同調したディオスの記憶を頭の中で思い出す。

今朝、高等部の玄関口でセドリック様を迎えたディオスが鞄を預かった直後だ。ディオスには敢えて責めるみたいに言ってみたけど、実際僕も不思議で仕方ない。

おはようございます、と挨拶してセドリック様も気さくに返してくれたし、待たせたな、今日もよろしく頼むと笑ってくれた。僕がこうやって思い返してみても何も変なところもない。

なのに、駆け寄ったディオスにセドリック様は振り返って言った。「ところで」と、まるで髪にゴミがついてるぞくらいの気軽さで。


『もしやディオス・ファーナム殿でしょうか?クロイの兄君と聞き及んでおります。確かによく似ている』


あり得ない。

しかもあまりに躊躇いなく言うから余計におかしい。当てずっぽうだろうし、単に僕らをからかって言っただけだとも思う。

可能性は二分の一だし、もしジャンヌに入れ替わって登校していることを聞いていても僕らを見分けられるわけがない。並んでいたってヘアピン無しで黙っていれば家族すら見分けられないんだから。僕らの存在しか知らないセドリック様が知るわけがない。

ディオスも言われた直後は凍り付いたまま意識すらまばらになっていた。それくらい衝撃だったのは当然だと僕にもわかる。決して僕らは見破られる筈もないんだから。


『………え……。せ、セドリック様、何を仰って……?』

『?違ったか?』

枯れた声が歪で、取り繕うには下手過ぎたけど仕方がない。

僕だってきっとこんなにいきなりじゃ上手く返せない。だってそれくらいディオスには何も間違いがなかったんだから。ちょっと僕より挙動は不審だったかもしれないけれど、王族を前にあれだけ人の注目を浴びてたら普通だし。大体、たった一日で僕のこと全部を理解できるわけもない。……見分けるのはもっとあり得ないけど。それに


『違い……ます。僕は…………』

『そうか。それは失礼した。まだお前達のことをきちんとわかっていないものでな』

ディオスが否定したらすぐに納得してくれた。

なら、きっと本当に僕らをからかったか当てずっぽうしただけだ。セドリック様も探るような感じじゃなかったし、本気で特殊能力者のディオスを探ろうとしてるなら動揺したあの時に追求しない筈がない。

動揺するあまり、歩くのが遅れたディオスにすら気にせず「どうした?」と笑い掛けてくれたんだから。


『折角の朝だ。今日もお前達の話を聞かせてくれ、クロイ』

……それも、全部嘘の可能性だってあるけど。

ディオスも流石に戸惑ったのと嘘がバレるかもで怖くなったのもあって不安がってもいた。ちゃんと僕からの忠告も思い出してセドリック様を警戒もしてくれた。一言返事をしながら、それでもまだ気持ちも持ち上がっていなかった。

こうして思い返してみると感情を同調するのも確認できるしわりと便利かもしれない。……ていうか。


『……僕は………………』


「なにうっかり言っちゃいそうになってんの。あの時、そのまま「本当はディオスです」って言いたくなってたでしょ」

「違っ……‼︎……わ、ないけど……でも、言わなかったし」

「言わなくて当然。学校に入れ替わって通ってるとか、バレたらどうなるかディオスもわかってるよね?しかも今僕らは王族を騙してるんだから」

「…………うん」

また落ち込んだ。

でも、本当のことだ。学校に通えるのは入学手続きを済ませた生徒だけ。外部の人間は門前で止められる。特に今は王族が通っているから余計に警備が厳しくなっている。衛兵じゃなくて騎士が門前に構えて、しかもセドリック様が騎士を二人も連れて、ひと月だけ講師として騎士の授業にも本物の騎士が来ている。

王族が絡んでいる初動の一カ月で外部の人間が潜入して授業を受けてたなんて知られたら重罰もありかもしれない。しかも、僕らが関わっているのはその王族だ。フリージア王国に移住したセドリック様にとって、ひと月の間とはいえ僕らが……その違反者だなんて知られたら。

絶対に許されない。王族への不敬とも捉えかねないし、セドリック様を騙していることは変わらない。もしここで僕とディオスがセドリック様を騙して交代しながら、しかも違反して生徒でもないのに学校に入れ替わり登校したなんて知られたら……。


ぞわっっ、と寒気と同時に手足が痺れるように震え出した。


全身が冷たく撫でられたような感覚で反射的に自分の腕を抱きしめた。

息を止め、瞬きが止まった目でディオスを見ればディオスもちょうど僕と同じように腕を摩って肩を硬ばらせている。顔色も髪と同じ色になってる。今日は食事も食べれたし、帰った時は血色も良かったのに今は真っ白だ。流石のディオスも僕と同じくらいのことは言わなくても考えついたらしい。

足の震えを誤魔化して組み直しながら、意識的に呼吸する。まさかこれがジャンヌが最後に考えていた僕らへの末路なのか。そう思えば思うほど足元が沈むような恐怖が沁み込んでくる。足底から指先へとじわじわ冷えて麻痺をする。

つい昨日、授業で学んだ法律の授業を思い出す。重罪を犯した人間は永久投獄か処刑。軽い刑でも当然退学どころじゃ終わらない。罰金か鞭打ちや焼印、晒しや人体欠損。……他国みたいに奴隷落ちがない分マシだけど。

でも、それくらい危ない橋を渡っているのは変わらない。そりゃあ確かにジャンヌはさておき今日だってセドリック様はすごく


「ッでも、セドリック様はっ……すごく良い人だったよ……⁈」


うん知ってる。

セドリック様が良い人だったのも、……ディオスがそう思っていることも、ちゃんと。

自分の肩を抱き締めて震えながら、泣きそうな顔で僕に訴えるディオスを見つめ返す。「わかってるよ」と返せば、下唇を噛んだ。

わかってる。今日だってディオスにあれだけのことをしてくれたセドリック様は、僕も凄く嬉しかった。記憶を通して、ディオスの目を通して言ってくれた言葉を思い出せば嬉しくて泣きたくなる。


『俺も同じだ。……変だと思うか?』


僕らにそれを語ってくれたことが嬉しかった。

作り話かもしれないし、それこそ僕らを騙すか取り入る為かもしれない。けれどやっぱりそうは思えないくらいセドリック様の語りは真っ直ぐで、……信じられないほど穏やかだった。

落ち込んだクロイを慰める為に言ってくれた。しかも、その時にディオスが落ち込んだのも僕の所為だ。ディオスが僕の記憶と一緒に感情まで知っちゃった所為であんな事を考えた。別にそういうつもりじゃなかったし、だからディオスには言わなかったのに。いやでも、クロイだって嫌なら嫌だって言えば良かったんだし。僕だって姉さんだってクロイを困らせるつもりは……あれ?


「クロイ……?」

「ディオス……?」

同時に僕らの口から言葉が溢れた。

さっきまで黙っていたのに、全く同時に。瞼を痙攣させながら見合わせれば、そこには僕と同じ顔で同じ表情の人が膝をついて座っていた。

思考が溺れそうな頭で一瞬、その人が〝誰なのか〟本気でわからなくなった。ぽかんと口を開けたまま冷静に考えれば当然わかる。あいつがディオスで、僕がクロイだ。なんで当然のそんなことに悩んだんだろう。頭を片手で抱え、目の間に力を込めて考える。そうした瞬間、





ぐらっ、と思考が揺れた。





階段から落ちた時のような感覚に思わず呻き、また両手で頭を抱える。

呻き声までディオスと重なって、きっと同じように頭を抱えているんだろうと思いながら目を強く閉じた。なにこれ気持ち悪い。どうなって


「どうなってんのっ……おかしいでしょ……っ」

僕のじゃない、ディオスの声だ。

僕が考えた言葉をそのままディオスが絞り出す。……あれ、ディオスこんな話し方したっけ。

意味がわからない。じゃあなに?僕がディオスなの?違う、僕がディオスでクロイがクロイなのに。

確かめるように記憶を辿れば二人分の記憶があった。どちらもそれぞれ感情も覚えてて余計にわからない。そうだ昨日感情も全部同調したんだからわかるわけがない。

しかも、昨日よりも記憶が濃い。よくわからないけど昨日よりずっと僕とディオスの記憶の差がわからない。いや、記憶どころかもう、僕の記憶かすらわからない。

初めてこの城下に移り住む時に、僕は次の暮らしがどうなるかが気になって緊張したけれど、ディオスの記憶には寂しさと期待が半々だった。これからの暮らしが楽しみだったのと、前の町の友達や……ずっと住んでいた僕らの家を離れるのが寂しかったからだ。僕は家族と一緒なら何とも思わなかったけど、ディオスは生まれた時から住んだ家も背の高さを測った柱の跡も大事だった。

父さんと母さんが死んだ日、クロイは悲しくて悲しくてしょうがなかった。なのにディオスの記憶では悲しいと一緒に決意みたいなものや恐怖とか不安とか色んな感情が混ざっている。だって守ると決めたから。姉さんもクロイも守るって。父さんと母さんの分、大きくなったら二人を守ると決めた。守れきれるか自信もないし、僕より姉さんやクロイの方がしっかりしてるとわかってたけどそれでも僕のできることなら何でもやると決めた。ファーナム家の長男はディオスなんだから。

学校制度を二人で知った時、クロイは興味が沸いた程度だったけれど……それでも、強い興味だ。ここ数年ずっとこんなにクロイが興味を持ったことなんてなかった。ずっとディオスと一緒に姉さんを支える為に働いていて毎日毎日殆ど何も感じないで淡々と過ごしていたのに、僕らの将来が開けるかもと思えばやっと未来に希望を持てた気がした。それで、僕はすごく興味も楽しみもあって浮足立って、その直後に絶望した。すごく、すごく行きたかったけどクロイと姉さんを学校へ行かせる為にも僕は働かないとと思った。僕は姉さんとクロイの為にがんばると決めたんだから。……え?



僕は、どっち?



「っ……ちょっと待って。これっ……流石にまずっ…⁈」

頭を抱える指先が震える。

考えるまでもない、僕はクロイだ。なのに、記憶の中でもう一人いる。記憶だけじゃない、感情だけじゃない、全部の記憶にその時の思考までついてきてもうどっちが僕でディオスの考えかわからない。なんで、絶対おかしい、折角これで上手くいくと思ったのに。だって、どうしようこのままじゃ、このままじゃクロイまで僕みたいにおかしくなっちゃう、僕は、兄で、なのに僕の、僕のせいでクロイがっ……‼︎


「ッッ静かにしてよディオス!まずいってもう僕が言ったじゃんか!」

「ハァ⁈ディオスはそっちでしょ⁉︎僕がクロイだし!」

無駄な口喧嘩か物の少ない部屋に響く。

その途端、部屋の外から物音が聞こえてきて僕らは同時に頭より口を両手で押さえた。うっかり声を上げ過ぎた。姉さんにこんなところを見られたらまずいのに。

口を押さえ、俯き、額を床にぶつかるまで屈む。気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い、僕と同じで似た思考がそこにいる。ここにいる、目の前にも、僕の中にも。

呼吸をするのも苦しくて、全身を使って呼吸を整える。いやだ、無理、と思いながら目頭に涙が溜まっていく。震えも酷くなるばっかだし、これこのまま死ぬんじゃないかと怖くなる。

助けて、と床しか見えないままに無我夢中で手をバタつかせて探す。ディオスかクロイかわからなくて呼び方もわからない。

声がした方向に向かって伸ばして振れば、すぐに片割れがそこにいた。互いに同時に腕を掴み、踠き、握り締め引き寄せる。

掴んだ瞬間も、顔を上げた瞬間も僕らは同時だった。池から上がるみたいに震える指先で爪が食い込むほど力を込めて、そこにいる彼を確認する。僕と同じ顔で同じ髪で同じ瞳の色の彼は


「ッほら。髪留め……そっちが一本、……ディオスでしょ……」


髪留めが一本。ディオスだ。

仕事から帰ってから、僕らは家に入る前に髪留めを戻した。ディオスは一本、クロイは二本。入れ替わったことを姉さんには気付かれない為に。

まさかこれにこんな形で救われることになるなんて思わなかった。

良かった、やっぱり僕がクロイだ。本気でわけが分からなくなると思った。

やっと自分の足場がわかったら自然と呼吸も落ち着いた。はぁ、はぁとお互いに呼吸を整えながらやっと力が抜ける。涙目のディオスが視線を注ぐ先に手を添えれば、自分の額に二本分ヘアピンの感触がした。うん、やっぱり僕がクロイだ。

今のうちに髪だけでも切って徹底的に変えようかと思って思い留まる。そんなことをしたら、もう僕らは入れ替わって学校に行けなくなる。


『混ざって戻らなくなるわ』


冷え始めた頭でまた、ジャンヌの声が轟いた。

まるで預言者みたいな言葉が気持ち悪い。今、僕らがこうして苦しんでいるのも最初からわかってて嘲笑ってるんじゃないかとか。そこまで考えてから、この一週間の記憶すらもうどっちのものか曖昧になっていることに気付く。

頭ではわかってる。入学式はクロイ、つまりは僕で学校初日はディオスで、その後は交互に決めた。だけど、実感がない。どっちの記憶も感情も、……思考すら全て同調しているから。どっちも、僕だけのものでもディオスだけのものでもないからわからない。


「ねぇ、クロイ。……これ、もしかしてクロイも」

「うん。……同調してる。ディオスが今までなに考えてたかも全部わかってる。……ディオスもでしょ」

記憶だけじゃない。僕が今までなにを考えてたかさえ丸わかりだ。もう恥ずかしいし最悪。これでディオスに知られたくないこともバレちゃったし、僕もそれを知っちゃった。でも、一番最悪なのは


「……ディオス。いま、自分のことクロイって言ったでしょ」

「………………言ってない」

混ざってる。

ジャンヌの言った通りだ。単純に記憶だけじゃない、思考まで同調した所為でどっちかがわからなくなった。

記憶だって元々僕とディオスは共有してるものがあったし、考えたことだってお互いにわかることや同じことがあった。元々、外見は全く同じの僕らは中身も分かり合って通じ合っていたから、記憶も感情も、それに思考まで混ざれば……どっちがどっちかなんてわかるわけない。

「嘘言うなよ」と一言で切ったけど、ディオスは認めなかった。目を腕で拭った僕と違って、ポタポタとまだ涙を床に落としながら唇を噛む。


─ いやだ、まだクロイになって学校に行きたい。


……僕じゃない。ディオスの思考だ。

もう、一生分のディオスの思考を同調した所為で、今までよりもずっとはっきりディオスの考えていることが予想ついた。多分、ディオスの方もそうだろう。僕がどんなことを考えているかわかってる。


同調を、やめるべきだと。


別に入れ替わりだけを続けても良い。確かに、細かいことまで口で毎日共有するのは難しい。でも、できないことじゃない。バレたら一巻の終わりだし、そんなことになるくらいなら僕がやっぱり働こうと思うけど。

ディオスが学校に行けば良い。僕が働けば良い。いつもいつも辛い目にディオスばっかり遭って苦しんで、……こうやって記憶を共有すればするほどやっぱり僕よりディオスの方が苦しんでいたのがよくわかる。

自分から望んで辛いのばっか選んで、姉さんどころか僕にすら隠そうとして、僕と同じ双子なのになんでディオスばっかこんな目に遭わないといけないの。


「ねぇ、ディオス。……同調、やめよう」

「…………やだっ……」


今度は上塗りされなかった。

遮るまでもなく僕がそういう事がわかった何よりの証拠だ。その後に僕から一言二言まだ言える言葉はあったけど、口はずっと結んだままだった。

これ以上は危険だから。ディオスが学校行きな。僕が働くから。

その言葉を一つ一つ言いたかったけれど、喉から先に出なかった。僕がそう言おうとしているということは、ディオスもきっとわかってる。

言葉に出さなくても、まるで頭の中で僕らは会話を済ませているかのようだった。

沈黙が続いて、三十分近く黙ってから同時に手足を動かしベットへ戻った。声を掛けるどころか目を合わせる事もできないまま、お互いの動きが同じだったことにも驚けない。僕が下の段に転がってディオスが梯子を登って上がっていく。おやすみ、の一言も掛け合わずに僕は目を閉じた。


……眠るのが、怖い。


昨日も、二日前も、同調した翌日には頭も大分馴染んでいた。

同調が染み込んで、頭が混乱することもなかった。だから朝が来てからはまだ安心できたし、姉さんにも誰にも心配掛けずに一日過ごせた。けれど今は


目が覚めたら、どうなるの?


馴染みすぎてもし目が覚めて僕がディオスになっていたら。

目が覚めてディオスがもし僕になっていたら。

見分ける方法は髪留めだけ。あとは特殊能力を持っていればディオス、だけど使う相手は僕だけ。それにいま、もう、これ以上特殊能力で同調なんて使ったら今度こそ僕とディオスはどうなる?僕は僕でいられるの?ディオスはディオスで


─ 僕はそれでも良い。クロイみたいになれるならっ……


「っ……」

またディオスだ。

本当に、まるでディオスが話しかけてきているみたいにはっきりディオスの思考が頭に響く。本物のディオスはベッドの上にいるのに、頭の中にも一人いるみたいだ。

なんで、そんなこと思うの。僕みたいになりたいとかおかしいでしょ。ディオスの方が人に好かれてるし父さんと母さんが死ぬまではずっと周りと上手くやれてたくせに。

頭では、もうわかる。どうしてディオスがそんなこと思うのか。僕みたいに冷静で大人になりたいとか、いつも兄なのに僕にばっか助けられて情けないとか。僕の方がずっと助けられてるのになんでそういうこと思うのさ。……それとも


それだけ〝ディオス〟でいることが辛かったっていうの?


「…………言ってよ」

手の甲で押さえた口の中で言葉は消えた。

なんで、ディオスばっか苦しまないといけないの。

ディオスばっかがこれ以上辛い目に遭うのは僕だって嫌なのに。ディオスまで僕みたいになっちゃってどうするの。

素直で優しくて、泣き虫のくせに僕より大人で強いのはそっちでしょ。ディオスの方がずっと良い。ディオスが、ディオスが僕なんかに、ディオスが自分を


消そうとでもしているの?


やめてよ。

僕は僕の中のディオスだけにそう訴える。

ディオスはディオスで良いでしょ。僕みたいに捻くれた奴を二人にしてどうするの。

そうは念じても、頭の中のディオスは答えてくれない。代わりにベッドの上で毛布を頭まで被って丸くなっているディオスの姿が頭に浮かんだ。声を殺し、下にいる僕にも気付かれないように震えている。確信を持ってそういえる。

ディオスの頭の中にいる僕が、なんとかディオスを説得してくれるのを願うしかできない。

このまま、このまま本当に明日も明後日もずっと同調を続けたらきっと遅かれ早かれ僕らはジャンヌの言った通りになるだろう。なのにもうやめられない。

そう思った途端、僕の中のディオスが「やめたくない」「続けたい」「クロイになっても良い」と呻き出した。駄目だよやだよと何度言っても、ディオスはずっとそう呻いて泣いていた。


誰か、止めてよ。


最後に望めるのは、本当に人任せのことだけで。

僕達だけじゃもう止まれない。僕の中にはディオスがいて、例え壊れるとわかってももう断崖に向けて足を止められないと自覚する。

同調をやめたいのも僕の意思なら、やめたくないのも……ディオスをこれ以上苦しめたくないのも僕の意思だ。

目を固く閉じ、睡魔に喰われるのを待つ。眠るのが怖いのに、今はこの思考を止めたくて堪らない。


『警告よ。もう〝同調〟の特殊能力を使うのは止めなさい。……いつか、混ざって戻らなくなるわ』


……あの時のジャンヌが、今だけは脅迫じゃなく本当に警告だったのかもしれないと後悔しながら。

王族を騙していた罪人か。それともこのままディオスでもクロイでもなくなるか。僕らの選べる道はきっとこの二つだけ。











もう、戻れない。


Ⅱ41.

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