Ⅱ10.我儘王女は開校する。
「一人でも多くの民が、この機関をきっかけに未来を切り開けますように。先を諦めるべき人などはどこにもいません」
大勢の前で、声を張る。
城の大広間と違い、声の響きにくい屋外は余計に声を張らないといけない。しかも今日は高台と言えるほどの高さでもない台の上だから余計にだ。
近隣住民は建物内の窓や屋根の上からこちらを見渡している。お立ち台からだけでも大勢の人達がこっちを見ているのがわかる。ここからは見渡せない向こう側まで並んでいる筈だから、実際はもっとだろう。
「……そして、今日からまた新たなるフリージアの歴史が始まることでしょう」
それでも、この前の公式発表よりは遥かに落ち着けた。近衛騎士以外にも大勢の騎士達が警備に回ってくれている。そして、観衆もいつものように上級層の人間や他国の王族だけじゃない。勿論、最前席を占拠しているのは彼らではあるけれど、今回の主役は中級層、そして
下級層の民だ。
世界初教育機関〝プラデスト〟学校。
今日はその開校式だ。
新築の学校と寮の前で私は開校式の挨拶を行った。我が国の歴史的瞬間ではあるけれど今回は母上ではなく、創設者である私とそして父上が挨拶に訪れた。私が挨拶を終えた後、拍手の止まない内に父上が壇上に立てば、止み始めた拍手が更に盛り上がった。
我が国は女王制ではあるけれど、王配の父上も民からの支持は高い。元々は違う国の人間だった父上は我が国至上派みたいな人達とかから否定的に見られていたらしいけれど、今はそう言う人達は全く聞かない。……というかヴェスト叔父様曰く、ある時期からパタリといなくなったとか。当時、不正などが明るみになって吊るし上げられた城の人間に多く含まれていたことも大きいらしい。
……多分、マリアが元気になってから本腰を入れたジルベール宰相の手腕だろうなぁと思う。あの頃のジルベール宰相の動きは特に凄まじかった。ちょうど私への悪い噂が消え始めたのもその頃だし、こうやって思うと改めてジルベール宰相恐るべしと思う。それまで悪評を広めてた人が広めてた人だからと考えれば、余計に。
父上の話が終えた後、割れんばかりの拍手や歓声が上級層だけでなく中級層下級層を含める周囲の民からも上がった。王配殿下万歳、という言葉まで聞こえると私まで誇らしい。手を上げて遠くの民の歓声にまで答えている父上はすごく格好良かった。
私が挨拶した時には傍にステイルが控えてくれていたけれど、今は傍に控えている父上の補佐のジルベール宰相も凄く機嫌が良さそうだった。にこにこと頬が完全に緩んでいる。子どもの頃から、ジルベール宰相は父上に怒られている印象があるけれど、こうして優雅に父上へ手を叩いているジルベール宰相を見ると、何だかんだで仲は良いのかなぁと思う。……振り返った父上が目が合った途端、軽く眉の間を寄せていたけれど。本当に仲が良いのか悪いのか娘の私どころかステイルすら謎のままだ。
今回は次期王妹としてティアラもジルベール宰相の隣にちょこんと立って父上に拍手を送っていた。今までは王族全体として以外、あまり目立った位置には立たなかったティアラがこうして公式の場に立つ事が増えたのは私としても嬉しい。
私に続き父上の挨拶で締めた今、再び父上からの合図で私がまた壇上に立つ。親子二人で並び、拍手と喝采に包まれたまま、とうとう待ちに待った瞬間が訪れる。父上に肩を抱かれながら、私が遠くまで響かせるように声を張る。
「プラデスト学校、開校です‼︎‼︎」
その途端、今日一番の歓声と喝采が響き渡った。
わぁぁああああああああああああああああぁぁ‼︎‼︎という響きの中で、騎士により学校を守る門が開かれる。
前を押すな、走るなと声を掛けられながら今まで固唾を飲んで待っていた入学希望者が駆け込んでくる。混乱も想定して三、四番隊の騎士達をいくらか配備しておいて本当に良かった。
壇上に上がったままの私達を騎士達が囲って守ってくれるけれど、今は私達すら見えていないように我先にと民が校内へ入学手続きをすべく突入してくる。
早い者順といえばそうだけど、上級層以外は彼ら全員を収容できるくらいの規模に作ったから心配ないのに。なんだか前世の福袋販売とか遊園地の開園とか思い出す。騎士達が小さな子どもとかが転んで踏まれたりしないようにと歩く速度を制限させながら列を整備してくれる。身体の大きな子どもに交じって小さな子どもが目に入ると私までヒヤヒヤする。
長蛇の列を作りながら、順々に入学希望者が手続きを済ませていく。寮に入れる年齢の子ども達も一度纏まってから管理人さんに寮へ案内される予定だ。今日は入学者受付だけで授業はないけれど、寮に住む十二歳未満の子どもは今日から部屋に案内されることになる。そして、とうとう開校した我が校は
見れば見るほど第二作目の〝バド・ガーデン〟学園だった。
……いや、もう覚悟はしていたけれど。
開校前にジルベール宰相に案内されて父上達と下見をした時も、外見から何となく見た覚えがある感じだった。ゲームでも学校の外装なんてオープニングでちらちら見る程度のものだし、よくある綺麗な学園イメージだから印象もないけれど。内装も所々「あ、イベントで見たかも」というところがあった。特に屋上と資料室と学食と図書室と校門と寮部屋と理事長室。
設計図は前から確認していたけれど、内装の細かいところを見たのは今日が初めてだった。そして、今回見れば見るほど見事にゲームのイベント映像に被る。流石はジルベール宰相センス。ゲームの世界でも恐らくジルベール宰相が担当したんだろう。細かいところまで決めて見事に作り込んでしまう性格は、流石としか言いようがない。それなのに何故学校名だけが違うのかだけが不思議だ。
しかも学校ではなく〝学園〟になる予定だったと知ると、なんだか私もプラデスト学園にすべきだったかなと考えてしまう。今後の同盟共同政策の方を〝学園〟にしたから利用目的別にそれで分けたかったけれど、子どもが住むんだし確かに学園でも良かったかもしれない。
「お疲れ様でした父上、姉君」
「お疲れ様でした王配殿下、プライド第一王女殿下」
「お疲れ様ですっ、父上、お姉様っ」
人の波が落ち着き列が整備されてから、私は父上達と一緒に壇上を降りた。
ジルベール宰相とステイル、そしてティアラも背後に控える形で後から降りてきて私達を労ってくれた。私と父上からも三人へ言葉を返しながら、壇上元で控えてくれていたアーサーとエリック副隊長に笑いかける。
「アーサー、エリック副隊長お疲れ様です。人の波は大丈夫でした?結構すごい勢いだったけれど……」
いえ、とんでもありません!と二人が勢い良く答えてくれた。
流石屈強な騎士。あの人並みも見事に乗り切っていた。カラム隊長も今は三番隊の指揮で忙しいだろうなと思いながら、周囲を見回す。騎士達が入学希望者の列を左右から挟むように囲んでくれ、来賓である上級層の貴族達は特別席で未だ座らず拍手を送ってくれていた。
「無事、入学希望者も集まっているようですし、このままいけば成功は間違いないでしょう」
「後は宰相である私が最後まで監督後に報告させて頂きます。どうぞ王配殿下とプライド様はお先に」
ステイル、ジルベール宰相が揃って私達を馬車へと促してくれる。
民と父上達の前ということもあるだろうけれど、息ぴったりだ。来賓達が目を向けて拍手を送ってくれる中、開校式を終えた私達の出番はここで終わりになる。王族である私達がいつまでものんびり人波の多い中で寛いでいるわけにもいかない。私達が帰らないと開校式に招かれた来賓の王族も帰れないのだから。
今日はレオンやセドリックも来賓として来てくれているし、彼らにまで暗殺の危険度が上がってしまう。ここは警備配置されたとはいえ、城内ですらない外なのだから。
父上もジルベール宰相に一言任すと、真っ直ぐに騎士達と一緒に馬車へ向かった。私もステイル、ティアラと一緒に近衛騎士や護衛の騎士達に囲まれ守られながら馬車へ向かう。あくまで私はただの創設者。ここから先は理事長や学園長、教師職員の役目だ。
セフェクやケメトも居てくれるのかなぁと思ったけど、ぱっと見は見当たらない。まぁ彼らは既に内々で入学が確約されているから、今日入学手続きをする必要もないけれど。体験入学するセドリックや他の上級貴族、そして
私達と、一緒で。
「……さて。城に帰ったら、時間を見計らって俺達も〝ご挨拶〟に行かなければいけませんね」
馬車が閉じられてから、ステイルが小声で私達に笑いかける。
私とステイルと同乗したアーサーとエリック副隊長がその言葉にゴクリと喉を鳴らした。次期王妹のティアラと父上を乗せた前の馬車を追うように私達の馬車もゆっくりと走り出す。
馬車が走り出した先にもまだ入学希望者の民の列が伸びていて、私達の馬車に気づいて「プライド様!」「王配殿下万歳!」といくつもの声援が聞こえてきた。学校の設立を喜んでくれているのだということがそれだけで伝わってきて嬉しい。けれど、今は馬車に張り詰め出した微妙な緊張感でそれどころじゃ無くなる。
今日、王女としての私の仕事は終わりだ。無事開校式を行い、我が国の独自機関である学校を始動した。だけど、〝私〟としての大事な仕事はまだ残っている。
申し訳なさから膝の上に重ねた手を見つめ、視線を落としたまま何も言えずに唇を絞ると、声だけでもにこやかに笑っていることがわかるステイルが「ですよね?」と妙に明るい声で投げかけた。
「この後はどうぞ宜しくお願い致します、エリック副隊長」
はい……とエリック副隊長から消え入りそうな声が絞り出された。
盗み見るように目を上げればエリック副隊長の顔が強ばったまま真っ赤な肌で滝のような汗を流していた。そりゃあ王族が二人もこれから家に襲来すると思えば緊張するのは当然だ。しかも、王族としてではなくアラン隊長の親戚として。
入学手続きの方はジルベール宰相が理事長にも気付かれないように上手くやってくれる。私達は城に帰ったら改めてエリック副隊長との打ち合わせだ。ジルベール宰相が城に帰ってきてくれたら、そのタイミングで私とステイル、アーサーは子どもの姿になってエリック副隊長の家に事情説明とご挨拶へ行かなければならない。
これから暫くの間、学校に通わせて頂くために。