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フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
支配少女とキョウダイ

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そして通じていった。


「……身体が、弱いです。昔からだったんですが、十年ほど前に両親を亡くしてから僕らの為に働いて、無理が祟って数年前からはさらに。だから、今はあまり無理はさせたくないです」


貴方の妻や側室になれるような人ではありません。

その意思を持って言葉を選ぶ。姉さんはずっと僕たちの為にそういう優雅な世界とは縁遠く生きてきたんだから。

するとセドリック様は「ほぉ」と相槌を打つと、更に続きを待った。興味を薄れてくれたかなと残りのオムライスを食べる間は思ったけど、全く会話をなかったことにもしてくれない。僕が最後の一口を食べ終わるとまた話を振ってきた。


「やはり今回の依頼を引き受けてくれたのも、その姉君の為か。」

「……はい。姉に無理はさせたくないのでその分稼ぎたいと思っています。今は僕とディオスが働いて姉兄で仲良くやれてます」

やっぱり姉さんに興味があるんだ。

もしセドリック様が姉さんをどこかで見かけて、それで興味を持って僕らから情報を探る為にジャンヌに紹介させたとかだったら。……いや、それはないか。それなら最初から僕らじゃなくて姉さんにジャンヌも仕事を振る筈だ。

もし、思惑があるんならそれは仕事を誘った僕らの方にということになる。そうなるとやっぱり一番ありそうなのは、姉さんや僕じゃなくディオスの特殊能力か……。ジャンヌも弱みを知る特殊能力でディオスのことは知っていても、どっちがどっちなのかは見分けがつかないはずだ。まさか遠い国の王弟が特殊能力者の奴隷探しとか。


「良いことだ。姉君は良い弟達を持って幸いだな」

…………まだ、信用はしない。

けれど、そう言って僕へ視線を注ぐセドリック様の目はひたすら柔らかかった。家族以外にこんな目を向けられたのなんて初めてだ。やっぱ騙す人っていうのは、こういうのも得意なのかなと考える。

いえ、そんなことはと言葉を返しながら、直視できずに僕は目を逸らした。嘘や騙しの可能性もあるのに、慣れてない僕にはどうしてもセドリック様の目は純粋過ぎるように見える。

するとセドリック様はおもむろに僕の一点へ指してきた。「それも揃いか?」と姉さんから少し話題が逸れた気がして顔を向ければ、指先が何を示しているかわかり手で触れる。内心は馬鹿にしてるんだろうなと思いながら、僕は正直に頷いた。ディオスはそんなことなくても、僕は時々恥ずかしい。でも、……やめたいとは思えない。


「手製です。姉さんは、昔から手先が器用なので。料理も上手いですし、……最近はあまり作れませんが」

昔は作ってくれた時もあった。今もきっと作ろうとすればできるだろう。だけど、今の僕らには姉さんに料理させてあげるだけの食材を買うお金がない。パンと、水。果物や屑野菜を買うので精一杯だ。

本当は僕らに美味しい料理を作ってあげたいと、姉さんは野菜スープの味が嵩増しの為に薄くなる度僕らに謝ってくる。姉さんの所為なんかじゃないし、稼げない僕らが悪いのに。身体が弱くても、姉さんは子どもの頃から僕らを守ってくれて、働いてくれて、支えてくれて、優しい人だ。いくら姉さんが僕らに謝っても、卑下しても、僕らにとっては間違いなく─


「……自慢の、姉です。」


誤魔化したかった筈なのに、本音が溢れた。

これもまた今日帰ったらディオスと記憶で共有されるんだなと思うと恥ずかしくなって少し後悔する。でももう言ったことは仕方ない。

思い出し気がつけば、視界が浮いていた。セドリック様と目も合わせずに話していたことに気がついて急いで顔を向ければ、まるで父さんや母さんのような眼差しをまた僕に真っ直ぐ注いでいた。

温かくて、優しくてどこか嬉しそうな眼差しに、何かが込み上げてまずいなと思った。僕がこんなならディオスなんてもっとだろう。これも全部計算なら王族って恐ろしいと思う。

思わず肩を揺らしてしまった僕は、自分の見返す目がみるみる内に丸くなっていくのを感じた。逸らせず、喉だけ鳴らして堪えるとセドリック様はしみじみとした口調で「そうか……」と呟いた。


「本当に、素晴らしい姉君なのだな。俺も是非一度お会いしてみたいものだ。良ければ次は是非、姉君とも食事を共にさせてくれ。お前達の話をもっと聞いてみたい」

「えっ、あ……いえ……‼︎……っ。申し訳ありません。それは難しいと思います。さっきも言った通り、姉は身体が弱いので王族に会うだけでも卒倒してしまいます……」

また姉さんのことだ。

本当にまずい。この人を相手だとつい口が滑る。ディオスよりは口も固いつもりだったのに、何故かすごく姉さんのことを褒めたいと思ってしまう。姉さんのことを自慢して褒めれば、この人は喜んでくれるようなむしろそういう話題を望んでいるような気すらした。王族が庶民の姉弟関係なんて興味があるわけないのに。

僕が断ると、セドリック様は「そうか。残念だ」とだけで嫌な顔一つせずに誘いを止めてくれた。なら代わりにもっと話を聞かせてくれと言われ、姉さんを紹介しないで済むならと僕もそれに応じる。

僕らがどんなところで働いてるかとか、どうして貧弱なくせに力仕事なんかを選んだのかとか、学校に通うことにした理由とか。……気がつくとやっぱり姉さんの話題に自分で行きついていて、その為に気まずくなった。姉さんの元に早く帰りたいから家の近くの仕事場にとか。家のことは姉さんがちゃんとやってくれているとか。学校に通うのも姉さんが一人でも通うと決めたからとか。自分で言いながら、全く僕らに主体性はないなと思う。ディオスはそれで良いのかもしれないけれど、もう僕らは十四なのに。もっと、もっと僕らは、ディオスは。



……自分の幸せを考えたって良い筈なのに。



「お前とは気が合いそうだな、クロイ」

僕の気まずさを察したように、さっきまで聞き手だったセドリック様が今度は口を開いた。

けれど返されたのは信じられない言葉で、耳を疑った。

褒められたんだなということはわかったけれど、どうして今の話でそうなるの。適当に言って褒めるのが王族の相槌なのかなと思いながら口の中を飲み込めば、セドリック様は悠然とした眼差しで僕に微笑んだ。


「そして俺よりも賢い。少なくとも十四の頃の俺よりも遥かに正しい形で姉兄の力になっている」

訳がわからない。

どこをどうすればそう思えるの。僕らみたいに主体性もなくただただ姉さんの為にしか動けなくて今の方法しか選べない人間に。本当はもっと姉さんにもディオスにも負担になっていないと思われながら二人の力になりたいのに。

姉さんはいつもいつも僕らに謝る。

ディオスはいつもいつも僕の代わりに辛い目に遭おうとする。

そして何年もの間、二人のそれを一度も止めれずに状況の打開すらできていない僕がなんで褒められなきゃならないの。

驚きや恐縮よりも、無力感が勝った。的外れな褒め言葉って悪口よりも人を傷つけるんだと初めて知った。


「……そんな、ことはありません。僕はいつも姉さんとディオスの影に隠れているばかりで。一番楽をしてるのは僕ですから」

「何を言う!お前の存在がどれほど大きいか。それに、確実にお前の想いは二人にも通じている」

ありふれた言葉だと。そう思いながらも言い返せない。

微笑みをそのままに僕の頭を撫でるセドリック様に肩が強張った。父さん達が死んでから、姉さん以外に撫でられたことがない頭が信じられないくらいに擽ったい。視線を落とし、今はあまり深く呼吸をしちゃいけないなと思った。完全に術中に嵌っているぞと自分に言い聞かす。

同時に気が付けばセドリック様を見ようと集まっていた生徒達が騒ついたり、女性の羨ましそうな悲鳴が上がったから、周りへの単なる点数稼ぎかなとも思う。

その間も頭を撫でられれば、王族相手に振り払うこともできずにされるがままになる。表向きは大人しく撫でられながら、心の中ではセドリック様を必死に否定する。全てに恵まれて生きてきて、飢えも孤独も知らずに生きてきたこの人に僕らのことがわかる筈


「俺如きがお前達の苦楽全てを理解出来る筈もないが。しかし、これだけは断言できる。お前の道行もまた楽ではない。そして感謝もされている。ただ必要以上に言葉にされないだけだ」

口の中を噛んだ。

何なのこの人。やっぱりジャンヌに僕らのこと聞いてるんじゃないのと思う。

父さん達や姉さんみたいな眼差しをずっとしてくるこの人に、本当に危機感を覚える。絶対ディオスが懐くでしょ、こんな人。というか僕も大分危ないと自覚する。

まるで、理想の兄を具現化したようなこの人が。家族の中で誰よりも末の僕は自分が一番甘やかされてきたことも知っている。一番守られて責任から逃げれられてる僕が、家族以外の誰にも知ったような言葉をかけられたくなかった筈なのに


〝楽ではない〟〝言葉にされないだけ〟


「……ありがとうございます。」

この人の言葉は、嬉しい。

本当は、お前ばかり楽をしてと責められた方が感謝もできた。

甘えるな、見習えと言われたら少しは尊敬できた。……でも今の言葉はそれ以上に嬉し過ぎる。どうしてもこの人の言葉が表面上だけのものには聞こえない。

俯いたまま気付けば口元が綻び掛けてて、ぐっと拳を握る。その間も髪を交互に撫で続けてきたセドリック様は、途中で気が付いたように「すまない、髪が乱れるな」と僕の髪を整えるように撫で直した。別に髪なんていくら乱れてても構わないし、寧ろ今こそ自然に遠慮できる筈なのに黙って受けてしまう。本当にまずい、絆される。


「姉兄のことは好きか?」

「……はい」


本当に最悪。これも同調したらディオスにバレるのに。

なのに今は、セドリック様に嘘つく方が嫌で。既に大勢の視線を浴び過ぎたせいか、もう全然周りが気にならない。寧ろちょっとだけ自慢だ。


姉さんが好きだ。ディオスも好きだ。


もう二人しかいない家族だし、二人の為なら大概のことは我慢できる。そして家族を大事にしたいのも、一緒に居たいのも、姉さんに負担をかけたくないのも、ディオスに一人だけ辛い思いをして欲しくないのも全部が二人の為で、僕の為だ。

姉さんに色目を使ってくる男は嫌いだし、近づけたくない。

ディオスは子どもだし泣き虫だし危なっかしいから、僕が見ておかないと。


……もっと、誰も犠牲にならずに笑い合える暮らしがしたい。


「もっと聞かせてくれ、クロイ。友としてお前達のことを聞かせて欲しい」

「はい……。宜しくお願いします。…………ディオスの、話でも良いですか?」

勿論だ!と、姉さんの話でもないのに嬉しそうに声を弾ませるセドリック様に今度は驚かなかった。

何だかもう、この人は僕の姉兄の話ならどっちでも喜んで聞いてくれるんだろうなと思えた。僕からぺらぺら舌が動いて、昼休みが終わる予鈴までずっと止まらなかった。今まで家族以外と仲良くなることなんて滅多になかったのに。


気が付けば、セドリック様との話が楽しくて仕方がない僕がいた。


完全なる敗北だ。


Ⅱ40.

Ⅰ324.316.230

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