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フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
支配少女とキョウダイ

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Ⅱ99.キョウダイは分け合った。


クロイ・ファーナム。

双子の兄であるディオスと十四年を共有した、僕の名だ。


「ディオスは俺に似て短気だから気をつけろ」


僕の兄、ディオスは素直だ。

兄だ兄だと僕に偉そうに言うけれど、同い年だしどっちかというと弟みたいだと思う時もある。意地っ張りで口で敵わなければすぐ手も出るし変に背伸びする。ちょっと突けば簡単にボロも出る。表情にも出るし、嘘も隠し事も下手だと思う。けど


「クロイは母さんに似ていつも落ち着いていて偉いな」

僕はそんなディオスが、結構羨ましかった。

父さんと母さんがまだ生きていた頃、もっと僕もディオスみたいに子どもらしく振る舞えれば良かったなと思う。自分で言うのも変だけど、僕みたいな子どもは可愛げもないし実際友達も上手くできなかった。

姉さんは人当たりが良いし美人だし、ディオスは社交的で年の近い友達も簡単に作れた。僕もディオスがいなかったら田舎に居た頃も一生友達なんてできなかっただろうと思う。

ディオスは僕と違ってうまく生きていけるんだろうなと、同じ顔なのに羨ましいと思ったことは数えきれない。


そしてある日を境にディオスは、さらに〝特別〟になった。


ディオスは、特殊能力者だった。

家族の中……いや、きっと一族で唯一の特殊能力者。〝同調〟の特殊能力者に目覚めたのは父さんと母さんが死んじゃってからだけど、特別な力を持ったディオスが余計羨ましくなったのは間違いない。

触れた人間とお互いに記憶を全て共有する特殊能力。一度それをうっかり使ってしまった結果、仕事をクビにされたディオスはそれから二度と使わないようにしていた。

けれど今回、とうとうその力に頼るべき時が来た。そしてそれを提案したのは他でもない僕だ。


「行くならクロイと姉さんだけで行きなよ」


最初からわかっていた。ディオスが本当は学校に行きたいことは。

昔から性格こそ違う僕らだけど、興味を持つことや好きなことは被ることが多かった。何より、父さんと母さんが死んで姉さんが働いてくれてからはずっとお互いだけで過ごす時間が多かった僕らは自分のことのようにお互いがわかった。特にとりわけディオスは普通にわかりやすい。

あの時だって本当は行きたくて気になってしょうがなかったのに、僕の為に敢えて遠慮した。

兄だからとか、そんな下らない理由で自分ばっかり我慢しようとしてどうせすぐに羨ましくなって泣くくせにとすぐに思った。

それでも意固地になるディオスを説得するのも無理だから、結局僕が姉さんと一緒に学校に行くことになった。そしてディオスは、……やっぱり一人で泣いていた。


『────────────────』


別に……アレが全部とかじゃ、ない。

ただ、入学手続きを終えた後に校内案内を見たら見るほどに、こんな施設をディオスは絶対喜ぶだろうなと思っただけ。……、……本当に、それだけでも充分に罪悪感が胸を握り潰した。

どうせなら姉さんとだけじゃなくディオスともこんなのを見れたらなと思ったし、ディオスに見せたいと思った。僕よりも感情の起伏がはっきりしているあいつなら、きっと僕と同じ顔を輝かせて大口開いて火照らせるんだろうなとか。何度も何度も何度も何度も思って、その度に胸を釘が引っ掻いた。

だから仕事が終わってすぐに向かえば、帰りの道の真ん中でディオスは迷子みたいに一人突っ立って泣いていた。

良いな良いな、って本当は僕や姉さんに言えば良かった弱音を吐いて、背中だけでもわかるくらいに耐えていた。

だから僕は決めた。どちらかじゃなくて僕らで分け合うと。


「ディオス。…………分け合おう」

どっちかが犠牲になるとかじゃない。

僕らは二人で産まれた、同じ存在だ。なら、辛い想いも喜びも二人で分かち合えば良い。

ディオスが持った特殊能力はきっとその為の手段だ。互いに分かち合って一緒に苦難も乗り越えて僕らが一緒に幸せを共有する為の手段。

同調すれば、記憶も共有できる。単に学校で教わった知識や、仕事の内容や情報だけじゃない。お互いに正体がバレないようになりきれるだけじゃない。

今日僕が見たものも味わったものもディオスに分けられる。ディオスの辛さも苦しみも全部分けられる。


そしてディオスと同調した瞬間、僕らの記憶は一つになった。


僕しか知らない記憶もディオスが知って、ディオスしか知らない記憶も僕の頭に入り込んだ。僕らが一緒に経験したことも全て二つの視点で記憶を得た。知っていることが二倍に膨れ上がった感覚は、一瞬だけど神にでもなれたような気までした。

最初は本当に記憶だけだった。まるでディオスの十四年間を本にして暗記させられたような表面だけの記憶。

母さんが僕らの誕生日に作ってくれたご馳走はオムライスだったとか。

ディオスは故郷を離れる前日によく遊んでいた女の子に告白されたとか。

僕と喧嘩した日は、ずっと僕に謝るまで一人ベッドの上に転がっていたとか。

特殊能力に目覚めた日、姉さんがこっそりディオスに「だけどディオスちゃんに悪気はなかったのでしょう?」と慰めてくれたこととか。

その日、僕がディオスに「どうせなら同調した記憶をネタに金を脅し取っちゃえば良かったのに」と言ったこととか。

僕と姉さんが学校に行っている間に、ディオスは雇い主にまたヘマをして怒られたこととか。

あくまで記憶だし、知っているだけの情報は知って良いことも悪いこともいろいろあった。僕にとっての記憶も、ディオスの記憶と合わさると少し見え方や視点も変わって妙な気分にもなったけれどそれだけだ。

お陰で僕らは翌日、問題無くお互いに学校生活も仕事もやり遂げることができた。

しかも、同調のすごいことはそれだけじゃない。その日の夜にまた〝同調〟すれば、その日にディオスが勉強で覚えたことを僕も覚えられた。本当にこれをすればお互いに入れ替わりでも二人で授業を受けたのと同じになると知った時はディオスも凄く喜んでいた。自分の特殊能力であんなにも大喜びするディオスは初めてだった。

その後も興奮が冷めない様子でディオスはいくつも僕に話してくれた。初めて行った学校はどこもピカピカで綺麗で、瞬きを忘れるほど綺麗だったこと。僕らと同い年の子どもなんて、城下に移り住んでからあんなに大勢見るのは初めてで緊張したこと。

学校の中は僕も自分の目で見たし、ディオスと同調したから今日の分の記憶にもある。それにディオスだって昨日の学校見学での僕の記憶があったくせに、本当に嬉しそうに目をきらきらさせて話していた。

やっぱり、記憶と実際に目で見て体験するのは全然違うんだなと僕だけが冷静に分析した。


そして知る。〝ジャンヌ〟という妙なやつの存在を。


「本当に意味わかんないよ。いきなり本当に僕がクロイなのかって、クロイのことどころか僕のことすら知らないくせに……」

輝かせた目を一変させて眉を寄せるクロイは、言葉とは裏腹に大分動揺していた。僕も同調してどんなことを言われてどんな女の子だったのかはわかったけれど、本当に訳の分からない女だと思う。

僕の記憶にもディオスの記憶にもないその女の子は不気味なことに、まるで僕らが双子だとわかっているような口ぶりだ。……それに対してうっかり手を上げようとしたディオスには少し呆れたけど。


「というか、だからってなんで殴ろうとしたの。やめてよ。姉さんに僕まで短気だって思われるでしょ」

「ッだって、いきなり姉さんの前でバラそうとするから……!」

「それもその子、どう考えても姉さんを助けてくれた人の友達だし。どうするの、もし妹とか彼女だったら。折角姉さんを助けてくれたのに」

むぐぐぐぐっ……と、指摘する僕にディオスが唇を引き絞って泣きそうな顔をする。

やっぱりディオスは人を騙すのは下手だなと再確認した。子どもの頃だって、お互いの振りをした時に入れ替わったことにバレるのはディオスが原因の時が多かった。二人分の記憶がある今、確実にそうだったと断言できる。こうなるなら最初から僕がディオスのふりをして入学手続きをすれば良かったと思う。


「でも、……確かにおかしいね。そのジャンヌってやつ。ただの頭のおかしい奴ならわかるけど」

「!おかしいよ絶対‼︎ディオスも明日絶対あいつに関わるなよ!また変なこと言ってくるし、姉さんには絶対近付かせちゃ駄目だ!」

力一杯声を上げるディオスは、結構必死だった。

てっきり、やっぱりバレそうだから止めようとかいうと思ったけど。……それだけ、きっとすごく学校が楽しかったんだなとわかった。

やっぱりこうして良かった、とそう思ったら勝手に口元が緩んだ。それを見てディオスは「なんで笑うんだよ」と眉を寄せたけど「なんでも」で誤魔化した。……こういうのは照れ臭いし絶対言いたくない。

代わりに「それより助けてくれた方の子にはもう謝らないの?」と意地悪を言って誤魔化せば、また口を結んだディオスは目を泳がせた。どうせディオスのことだから、今は思い切り後悔してるんだろうなと思う。僕から謝っても良いけど、それじゃディオスの気が済まないから意味もない。

腕を組んで暫くディオスの返事を待ったけれど、日付を超えてもずっとディオスから答えは出なかった。僕や姉さんとか心を許した相手にはすぐ謝るくせに、そうじゃない奴には昔から意固地だ。……僕は、ディオスと姉さんにも滅多に謝れないけど。

もういいや寝よう、とディオスを促して僕はベッドに上がった。ディオスも梯子で二段目のベットへ登った。もともと窓からの月明かりだけで話をしていた僕らはそのまま目を閉じる。おやすみ、と互いに声を掛け合えば、もう何も話さなくなる。


……ジャンヌ、か。


同調したディオスの記憶にいる、赤い髪の女の子。

結構美人だけど、釣り上がった目からして性格がキツそうだなと思う。というか絶対性格は悪いかおかしい。初対面の僕らにそんなことを言ってくるなんて失礼だし。

あの場に居たのがディオスじゃなくて僕だったら、親の顔が見てみたいくらいのことは言ってやったのに。

ディオスに殴られかかったんだし、明日から変な因縁つけてこなければ良いけど。もう関わってこなければ一番良い。僕らは姉さん以外とは関わるわけにはいかない。

だからディオスも、敢えて学級の子達と友達になっていない。入れ替わりで学校に行くと決めた時に相談して決めたことだ。

僕はもともと友達が上手く作れない。ディオスならすぐに友達もできるだろう。でも、記憶を共有しても僕とディオスは中身が違う。友達になった子と毎日話せば絶対にすぐボロが出る。今度は多分、僕の所為で。ディオスと違って僕は友達と仲良くできたことはほとんどない。

それにディオスも僕のふりで学校にいるから、クロイとしてクラスの子と関わらないといけない。嘘が下手なディオスが、クロイのふりをしながら友達と仲良くなんて絶対無理だ。すぐにクロイの皮が剥がれて社交的なディオスが出る。


記憶を同調したところで、お互いの感情や性格まで同調したわけじゃない。


だから、互いに学校では誰とも関わらない。

それが僕らで決めたルール。幸福も、苦労も全部共有しながら大切な姉さんに心配をかけず生きていく為の絶対条件。

先生にも、学級の子にも、そしてあのジャンヌ達にも関わらずに行こうと改めて心に決めてから、僕は目を閉じた。


Ⅱ60

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