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フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
支配少女とキョウダイ

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Ⅱ94.騎士は焦る。


……起きねぇと。


日も昇ってない内から、瞼の裏で目が覚める。

早朝演習……いや、今日はそうじゃねぇか。確か今は家に帰ってきてる。

そこまで考えて自分が床で寝ていることに気付く。まさかベッドから落ちたのか。ンな寝相悪くねぇ筈なのに。

昔は夜中まで畑耕して、泥塗れでベッドに上がるのも嫌で床で寝ることもよくあった。昨夜もンな遅くまで畑か鍛錬かしてたっけか。……いや、畑は今日起きたらやろうと思ってて、プライド様と学校早めに行くからその前に済まそうと思ったんだ。昨日の夜の内にやっちまおうと思ったのに、畑に出る前にステイルが……


『邪魔するぞ』


「…………あー….」

そうだ、アイツが来て明け方まで呑ンでたんだ。

俺が寝ちまってるってことはもう城に帰ったか。やっと記憶が直前まで思い出してきた。

太陽がなくて暗いままの部屋で目を開ける。早朝演習とか日が昇る前に起きンのは慣れてっけど、時計を見ねぇと朝か夜かわかンねぇから面倒だ。

顔に掛かった自分の銀髪を掻き上げ、背後に流して身を起こす。壁にかかった時計を見れば、まだ余裕で畑を耕す時間はあった。先に顔だけ洗うかと首の背後を摩りながら欠伸をした時


「……………………………………は」


……おい待て。

光の入ってない部屋で、一点を凝視する。お陰で水を浴びる前から目が覚めた。

信じられなくて瞬きを繰り返す。それでも変わらねぇし、暗闇の見間違いかと思いてぇけど完全に目が慣れているから間違いようもなかった。

何を言えば良いかわからず、口をぽっかり開けたまま固まれば先に血の気が引いてきた。待て、これは流石にやべぇだろ。

瞬きも忘れて凝視する間、視線の先は全く変わらない。頼むから悪夢でいてくれと思うけど、もう目が冴えちまって駄目だ。現実だと諦めた俺はやっと思考以外も慌て出す。



「ッッッステイル‼︎‼︎‼︎ぶわっか‼︎ンでまだ居やがるッ⁈さっさと起きろ侍女にバレんぞ‼︎‼︎」



マジであり得ねぇこの馬鹿‼︎‼︎

まさかのステイルがまだ帰ってなかった。昨夜あのままコイツも寝ちまっていたらしい。どんだけ酔っ払ってンだ。

しかもせめてベッドで寝てりゃァ良いのに、俺と同じで床に転がってた。庶民の部屋の床で爆睡する王子とかマジであり得ねぇ。今まで夜会とかパーティーとかアラン隊長の部屋でも潰れるまで酔ったことも寝た事もねぇくせに。

床に突っ伏したまま寝てるステイルは寝衣でもねぇ上等な服にも皺つけてっし、眼鏡もずり上がったままだった。


「ッ⁈しまっ……!」

怒鳴った途端、雷でも落ちたみてぇに飛び起きたステイルはすぐ状況を理解したらしい。

カタン、という落下音だけ残して起き上がるより先に姿を消した。城に瞬間移動したんだろう。ステイルの突っ伏していた場所を見れば、……眼鏡が落ちてた。あの馬鹿、どンだけ寝ぼけてンだ。

すぐに気付いて戻るかなと二、三分その場で眺めて待ったけど、一向に取りにこないから仕方なく拾っておく。まァあいつなら一年前までのも予備として取っておいているらしいし、誤魔化せるだろう。

どうせ伊達だ。しかも見回せば眼鏡だけじゃなく、上着まで俺の椅子に掛けたまま忘れていってた。こんな高級品忘れてくんじゃねぇよと悪態を吐きたくなる。けど、今は何より


「まさか第一王子失踪とかなってねぇよな……?」

気が付けば不安がそのまま口に出た。

今までステイルが俺の部屋とかアラン隊長の部屋に飲みに来ることはあったけど、いつもちゃんと最後は帰ってた。それが今回は翌朝まで俺ン家だ。せめて城内なら未だしも城下の民家で飲んでたとかヤバ過ぎる。まだ明け方にもなってねぇし、多分侍女も部屋に起こしに来てねぇと思うけど……もしもぬけの殻の部屋を見られたら大事件だ。

じわじわと考えれば考えるほど冷や汗が出る。髪を掻き上げた手でそのまま頭を抱える。せめて俺が先に起きれて良かった。二人して寝坊とかしたらそれこそ大惨事だ。

フラフラと歩きながら部屋の扉を向かう。まだ店の下拵えの時間より早いし、母上も起きていない。取り敢えず時間はあるし、顔だけじゃなく頭から水を浴びることにする。畑仕事はその後だ。

床に転がった空の酒瓶とグラスを拾いながら進み、扉を開けて部屋を出る。片付けながら段々と昨夜の記憶が鮮明になってきた。


『ほんっっとに……‼︎姉君っ……どうしてああなった⁈』


その台詞の直後床に叩きつけた所為で酒瓶の底にはヒビが入ってた。

グラスが無事だし、中の酒を飲んだ後だから良いけど、母上に気付かれンだろぉがと直ぐにステイルをぶっ叩いた。そういやぁあの時はもう大分酒が回ってたなと思う。いつもならアレより度数高いの飲んでも、社交界やパーティーで平然としてるくせに。

顔真っ赤にして床に直接足組んで座って喚く姿は、騎士の人達と全く変わらなかった。あいつもわりと酒に飲まれたらまずい奴だなと今更思う。


「……いや、わかっけどよ」

気持ちは。

取り敢えずグラスを洗って塵を纏めて、水場に向かう。脱いで頭から水を浴びればやっと落ち着いた。少なくとも耳を澄ましてみても城下が騒いでる様子はねぇし、多分大丈夫だろう。第一王子が第一王女の愚痴で行方不明とかマジで笑えねぇ。

冷えた頭で昨日のことを改めて最初から思い出す。父上から休息貰って、早めに家に帰って鍛錬やってから母上の店を手伝った後だった。昔っからやってる母上の店は今も上々の客入りだけど、お陰で最近は人手すら回らない。ずっと母上が一人で回していて俺も帰った時に少し手伝うくらいだし、畑仕事もある。

父上も俺も家に金入れてンのに、客が来てくれるなら数を絞らず全員をもてなしたいと。昔っから本当に母上も変わらねぇなと思う。「あの人や貴方が帰ってくるまでこうしてないと暇なんだもの」と、笑われると何も言えなくなる。

昔から手伝いはたまにやってるけど、やっぱ接客も絡むと疲れる。常連とかが昔みたいな面を俺に向けてくるのはなくなったけど、今は今で面倒だ。「立派になったなぁ」「ロデリックさんにますます似てきたなぁ」ぐらいは良いけど「プライド様はどんな方だ」とか「聖騎士ってどんな奴だ?」とか「良い人は」とか……言われると本気で困る。守秘義務だし、俺のことだし、すっっっげぇ色々思い出すし。

母上は俺が聖騎士になったのは知ってるけど、一応黙ってくれてる。初めてそれを報告した時は、母上だって拭き途中の皿割るぐらい驚いてたのに、常連に話したらどうなるかは俺にもわかる。ガキん頃の俺を知ってりゃあ尚更だ。

いつもの騎士団での演習の倍疲れて部屋に戻ってひと息いれたら畑に行こうとしたら、今度はまさかのステイルだった。

最初はすっっげぇ驚いたし、違反じゃねぇか!と言ったけど、一応プライド様から許可を得てきたらしい。話によると明日のファーナム兄弟との約束の為に早めに行くから、明日の朝は俺を直接瞬間移動で迎えに来ると。すげぇ悪い気したし遠慮したけど、それが一番城の人達にも面倒ねぇよなと思って一応承諾した。何故か酒瓶片手に来てるからなんだと思えば……あれだ。

もう来た時から何か吐き出してぇツラなのはわかったけど、聞けば聞くほどもう色々察した。っつーか俺も酒が回る前から顔が熱くなったし、言われてみれば覚えもある。

あの人に照れさせられンのはいつものことだけど、ステイルの長い愚痴と独白を聞けばもう余計に思い出して死にかけた。途中からは俺も酒飲む量がステイルに合わせて増えたし、いつもより全然少ない量で酔いが回った気がする。

プライド様の話題ってこともあるけど、やっぱダチと対一で呑むと気が抜けっからか酔いも回りやすいなと自覚する。騎士の人らの前だと意識しねぇでもそれなりには気ィ張れるけど、アイツ相手だと駄目だ。


『アーサー!お前も姉君に言ってみろ‼︎‼︎絶対にそうなるぞ‼︎』


「…………ハァ」

水浴びした身体を頭から拭きながら、ステイルの怒鳴り声を思い出す。

本題を聞き始めてから、ステイルはずっと滝みてぇな勢いで愚痴とノロケを吐き続けていた。しかも最終的には俺まで巻き込みだ。気迫に押されて頷いたけど、絶対あいつのことだから本気でやらせるつもりなんだろうなと思う。そぉいうこっちに都合わりぃこともちゃっかり忘れない。

ステイルの読みは当たるに決まってるし、ンなことなったら俺がどうなるかはよくわかってるのに。

ステイルの愚痴を一通り聞いた後は、どうしてプライド様がそうなったかも話し合った。でもいつからそうなったかとか、あの時の発言はとか、そういえばとか、色々話せばわりとすぐにステイルの方から結論は出た。

酒の所為だったら完全にやべぇ域の色に全身赤くして固まって、俺から叩いて触れてみたけどやっぱり赤みは治らなかった。

代わりに頭を両手で抱えて踞ったと思えば、こぼし始めたステイルの推論に今度は俺まで意識が遠のいた。内側から血が全部熱湯になったみてぇに熱くて死にかけた。特殊能力のお陰か、いくら酒飲んでもその所為で死にかけたことはねぇ俺が本気で沸騰死ぬと思った。

最終的にはステイルと二人して壁に頭打ち付けて床殴って潰れた。気絶っつーよりどうせ酒と熱と疲れの所為だろう。


「……っし、まだ時間あンな」

着替えて髪を括り、やっと畑仕事に入る。

使い慣れた鍬をふるい、雑草抜いて作物を植えたところは水を撒く。一応どれも順調で、俺が触れなくても元気に育ってる。

そうやって暫く熱中していると、視界にチカッと光が差し込んだ。手の甲で軽く阻みながら顔を上げれば朝陽がほんのり見えた。まだ暗いけど、時計をみなくてもそろそろステイルが迎えに来る時間だなとわかって早めに片付けた。家の中に入れば、もう母上が店の準備を始めてた。


「母上。今日もダチと約束あるンで、勝手に出てます」

はいはい、と。母上は背中で軽く答えてくれた。

もうこの一か月は俺がちょくちょく休息日の形態が変わることも知っている母上は、返事も慣れたものだった。俺がガキの頃も父上がいつもと違う時間や時期に帰ってくることがあったし、今思うとそれもこういうことだったのかなと思う。……っつーことは、多分俺の言い訳にも本当は母上も気付いてるンだろう。改めて騎士の妻ってすげぇ。

騎士団にも所帯や奥さんがいる人は普通にいるけど、やっぱ皆いろいろと苦労もあるし、相当の覚悟も


『往生際が悪いと思うでしょうが、僕の自己満足ですからとやかく言われたくはありませんと先にお伝えしておきます』


「…………」

やべぇ、頭痛くなってきた。

部屋に戻って椅子に腰掛けてから片手で頭を抱える。プライド様とかステイルのことだけでも色々考えてぇことがあンのに。

ガリガリと頭を掻きながら、長く深く息を吐く。今は取り敢えずステイルが行方不明になってねぇかとファーナム姉弟のことが大事だ。プライド様のことについては深刻なことじゃねぇだけ未だマシだ。

ステイルが忘れていった眼鏡と上着を片手に抱えて待つ。上着を皺が出来ねぇように慎重に畳み出せば、服の中に硬い感触が伝わった。ペンと一緒に入っているそれに、何かはすぐ見当もついて気にせずそのまま畳み終わる。時計へ振り返り、そろそろ約束の時間だと思った時。


「すまない……」


珍しく開口一番に萎れた謝罪と一緒に、ステイルが姿を現した。

やっぱ予備のをつけたのか、忘れていったのとは別の黒縁眼鏡を掛けたステイルは服も上から下まで皺一つない。

さっきの俺と同じように頭を片手で抱えていたステイルは、いつもの皮肉の余裕もないように目に見えて落ち込んでいた。侍女や城にはバレなかったのかと忘れ物を突き返しながら尋ねれば、一言で返されてほっとする。

取り敢えずは誰にも気付かれる前に戻ってこれて、寝衣だけ着てベッドに飛び込んで誤魔化せたらしい。眼鏡だけを今のと付け替えたステイルは、返した上着ごと一緒に自室へ瞬間移動させた。


「お前が起こしてくれて助かった……。そうでなければ間違いなく大事になっていた」

だろォな。

俺も流石にこれには間髪入れず返した。ステイルも大分まだ凹んでいて、何も言い返さずに「すまない……」と同じ言葉で謝り倒してくる。かなり堪えてる。

これ以上俺が責めンのもわりぃ気がして、代わりに手を回して背中を叩く。「行くぞ」と一言言えば、頷きだけが返ってきた。


「次来る時は酒無しで来い。っつーか酒なら今晩来い」

アラン隊長に誘われてっから、と続けて黒髪の頭を鷲掴む。

王族としてやっちまったと落ち込むのはわかるけど、コイツがそんだけまだ愚痴るような相手はいねぇンだから羽目を外すのも仕方ない。そう思ってわしわし撫でれば、やっぱひと声だけ返ってきた。

どうせ昨晩だけじゃまだ発散しきれてないンだろうなと長い付き合いでわかる。

俺が頭から手を下ろし、代わりに肩へ置けば次の瞬間には視界が切り替わった。


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