Ⅱ87.支配少女は言及され、
「は……⁈」
声も出ないようだった。
カラム隊長が生徒を連れ去った後、アラン隊長の口から事情を聞いた二人は早々に絶句してしまった。
言葉を選んで説明してくれたアラン隊長は、私から聞いたことも含めて移動教室中に突然連れ込まれて拘束されかかっていたところを助けてくれたと説明してくれた。もう〝引っ張り込まれた〟の一言が出た瞬間、二人ともすごい勢いで私と扉の壊された部屋を凝視していた。一度はカーテンを開けてくれた部屋だけど、ネル先生が私のお裁縫を始めてくれてから閉め切ってしまった所為で薄暗い。
二人のまん丸の目を前に私から「大丈夫、すぐ駆け付けてくれたから」と必死に訴える。思わず勢いのままに「縛られる間もなくアランさんが助けてくれたから!」と駄目押ししたら、二人から「縛っ……⁈」とまた声が漏れた。その瞬間のアラン隊長のあちゃー顔は暫く忘れられそうにない。
「ッどういうことですか⁈何故ジャンヌがそんな目に⁈あの二人に見覚えは⁈」
「っつーか校内関係なく犯罪っすよね⁈あいつら本当に生徒っすか⁈もしかして人身売買とかラジッ……」
何とか最後までアラン隊長の話を聞き終えた二人が咳を切ったように声を荒げる。
一応私のスカート部分が破れたことは伏せてくれたアラン隊長に感謝し、私は何とか笑顔を作りながら二人を必死に宥めた。落ち着いて、大丈夫だから、覚えもないし、まだ何もわからないの、と繰り返し両手のひらを見せて彼らに訴えかける。
実際本当にまだ何も分からない。第一王女とわかって狙ったのか、ジャンヌの私が狙われたのか、女子を狙ったのか、生徒なら誰でも良かったのか。尋ねようにも犯人は二人ともアラン隊長に瞬殺されて意識不明だ。
「以前の高等部でジャックに追い返された連中の仲間でしょうか」
「ならジャンヌだけじゃなく俺もいる時に狙うだろ?」
「お前に勝てないと判断したのなら充分あり得る」
タンタンと太鼓を鳴らすように二人の口はリズム良く止まらない。
気のせいか、二人とも目の色が怖い。この場にまだ犯人生徒がいたら確実に手痛い尋問が待っていそうだと思う。今もステイルが「海にでも突き落とせば目を覚ますのでは」となかなか物騒なことを言っている。彼の瞬間移動を使えば本当にアネモネ王国の港にドボンも可能だ。まだ彼らがどういうつもりだったかもわからないのにそこまでするのは控えたい。
「でも、とにかく大丈夫だから。ほら、何度も言った通り怪我もないし、変な事もされていないし……」
「そういうつもりがあっただけで重罪です」
ドスッ‼︎とボディブローみたいなステイルの言葉が落とされる。
まぁ、確かにその通りなのだけれど。未遂とはいえ、彼らが悪にならないわけではない。しかも、知ってか知らずか相手は第一王女だ。もしわかってやったのならば極刑だ。……というか、王族でなくても確実に犯罪だし許せないけれど。もしこれが私以外の女生徒だったら確実に私もステイルとアーサー側だっただろうなぁと自覚する。
何とか二人のお怒りを抑えたい。なのにステイルはもう目の色が焦げているし、アーサーも蒼い瞳が燃えている。このままだと二人で医務室に殴り込みに行きかねない。カラム隊長が先に連行且つ避難させてくれて本当に良かった。
すると話し終えて私達のやりとりを見守っていたアラン隊長が、ワントーン明るい声で助け舟を出してくれた。
「取り敢えずあの二人は流石に退学ですね。未遂ですし、城には連行されずに衛兵へ引き渡して……まぁ、それでも公爵が介入しそうですけど」
学校での問題ですから、と続けるアラン隊長に私も頷く。
王都でもないし、下級層にも近いこの領地だと領主としてなら伯爵とか侯爵家もあり得るけれど、犯行が行われたのが国を挙げての新機関だ。そんな所で犯罪が行われたとなると公爵くらいは出てきてもおかしくない。……まずい、そう思うと結構な大ごとになりかねない。下手したら彼ら二人とも必要以上に重い処分を受けるんじゃないだろうか。
ステイルがこの辺の公爵と言えば、と思い出しているけれど私は一人冷や汗が止まらなくなる。いや確かに彼らがどういうつもりにせよ犯罪だし許しちゃ駄目だけれども‼︎
でも確実に公爵まで出てくるとがっつり存在ごと抹消されかねない。確か公爵も悪い人ではなかったけれど、わりと忖度しっかりした人な気がするし‼︎‼︎それに学校の理事長はやらかした生徒を守ってくれる人ではないと私は知っている!
「あっ、の……取り敢えず、話を聞くことはできるかしら……?学校もきっと穏便に済ませたいと思うし……」
「まさか、彼らを許そうなどと思ってはいませんよね?」
恐る恐る尋ねる私にステイルが釘を刺す。
眉を寄せた視線が怖い。アーサーとアラン隊長が驚いたように丸い目で私を見返す中、私は強張る顔で口角だけがヒクついてしまう。ヴァルの裁判のこともあってステイルは察しが良い。
いえ、そうではなくて……と何とか言葉を繋ぎながら私はなるべく怒られないように落ち着けた声でゆっくり話す。
「勿論、見逃すつもりはないわ。ただ、一応正しい情報と彼らの言い分を聞いておかないと……そうすれば、正しく裁かれるように〝あの人〟に念押ししてもらうこともできるし、公爵家の介入で万が一必要より重い刑を受けてしまったら」
「むしろ正しい罪状にするなら極刑です」
ッッステイル容赦ない‼︎‼︎
いや!確かに、確かにそうだけれど‼︎‼︎彼らが知らなかったとしても第一王女に暴行したらそうなるのは当然だけれども‼︎‼︎
思わず肩が激しく上下してしまえば、ステイルが不満そうに眼鏡の黒縁を指で押さえた。その間も私から一秒も目を離さない。
私の方は表情筋がピクピク痙攣するし、まるで自分が犯人かのような心境で指先一つ動かせない。十秒以上そのまま沈黙してしまった後、ふぅ……とステイルが少し熱が覚めたような溜息を吐いた。腕を組み、視線を一度足元に落としてからまた口を開く。
「……まぁ。事情を知りたいのは俺も一緒です。カラム隊長を通してお願いしてみましょう。その後の判断は奴に任せれば問題ありません。どちらにせよ俺も相談するつもりはありました。……あいつにかかれば名前も住処も前科も職場も全て洗い出せますから」
ひぃっ。
最後に仄暗く低めた声が怖い。ステイルもステイルで私とは逆の意味でこのまま終わらせるつもりはなかったらしい。
校内だし、私と同じように名前は伏せてくれたステイルは苦虫でも噛み締めたように顔を険しくさせた。眼鏡の奥を焦がすステイルに、アーサーが少し引き気味に顔色を悪くする。「物騒なことすンなよ」と彼の肩へ手を置きながら宥めてくれたらやっとステイルも唇を尖らせる程度で収まった。……あとは、彼らがいつ目を覚ますかだけれども。
ふと、そこでさっきアラン隊長が私を助けてくれた直後に言っていた言葉を思い出した。言葉で尋ねる前に顔を向けて視線を投げると、アラン隊長が気まずそうに頬を掻く。いや〜と苦笑いしながら声を漏らせば、ステイルとアーサーも合わせるように振り返った。
「今晩……いや、明日には目を覚ますと思うんですけれど……」
その通りだ。
アラン隊長の言葉にアーサーの戻り出していた顔色が再び蒼白になった。ひゅっ、と息を引く音が聞こえたから大分肝を冷やしたらしい。
身体ごとアラン隊長に振り返ったアーサーが「手加減忘れたンすか……⁈」とかなり深刻そうに声を上げた。それに対してアラン隊長が「いやいや」と手を振りながらも目を逸らす。
「ちょこ〜〜っとだけ……しそびれて。まぁ、ほんの少しだし後遺症はねぇと」
「アラン隊長のちょこっとは致命的ですよ⁈」
本当に生きてます⁈とアーサーが凄い勢いでアラン隊長に食ってかかる。
うっかり隊長呼びしちゃっているアーサーは、さっきまで怒ってくれていた犯人生徒を今はかなり心配しているようだ。
そういえば以前にセドリックと手合わせしてくれた時に、エリック副隊長も似たようなことを言っていたような。改めてアラン隊長の凄まじさを垣間見る。
防衛線でも頼もしかったけれど、アーサーに未だ素手だけの格闘で優位に立っている実力者だものね。……言い方を変えれば腕節では〝聖騎士〟すら凌ぐ、ともいえる。そんな人の手加減ミスは確かに致命傷だ。
気がつけば、焦り出すアーサーに「骨は折ってねぇから大丈夫だって」と笑って宥めるアラン隊長の横顔を眺めてしまう。やっぱりあの瞬殺モードでも生徒相手にかなり手加減はしてくれてたんだなぁと感心する。
すると今度はステイルの方が少し冷静を取り戻したように腕を組んで壁にもたれかかった。アーサーに反してステイルは憮然とした様子で口を開く。
「まぁ、やり過ぎた分は仕方ないだろう。むしろ折るぐらいでも俺は全然構わない」
「だァから死ぬンだっつってンだろォが‼︎」
過激過ぎるステイルの発言にアーサーが全力で火を吐いた。
うっかりアラン隊長の立場を危うくしかける発言だと、多分アーサーは気付いていないだろう。アラン隊長も自分のミスは隠すつもりもないらしく「いやそれぐらいの手加減は俺にもできるから」とだけ困り笑顔で返していた。
とにかく、攻撃した本人が今夜か翌日まで目を覚まさないということは本当にそうなのだろう。連絡網どころか電話とかもこの世界はないし、お家に連絡もできない。
そうなると本当に目を覚まして事情を聞く前に衛兵に引き渡されてしまう方が先だろうか。
その場合、話を聞くには一度連行された先へ会いに行ってもらうしかない。まぁ、それ自体は何とかなるだろうけれども。私達が行けずとも衛兵の詰所を行き来できる適任者はちゃんといる。もし最悪の場合で領主である誰かしら貴族が動いてしまったらその時は
「!……ジャンヌ、フィリップ、ジャック。取り敢えずここを離れるぞ」
さっきまで猛抗議していたアーサーが口を紡ぐのと殆ど同時にアラン隊長が声を潜めて呼びかけた。
言葉遣いを人前用に直したアラン隊長は、階段の方に目を向ける。私も口を閉じて耳を済ませれば、遠巻きだけど人のガヤガヤとした声が聞こえてきた。試験が終わったのか、それとも昼休憩から帰ってきたのか。
気配に一番最初に反応したアラン隊長に促されるまま、私達は足音が近づく前にその場から離れた。
壊れた扉は残骸ごと教室の内側に散らばっているから怪我する人はいないだろうけれど、確実に目立つ。この扉の弁償も恐らく犯人二人に請求だろうなと思いながら、私達は場所を移した。




