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フリージア王国備忘録<第二部>  作者: 天壱
支配少女とキョウダイ

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Ⅱ86.支配少女は肩が丸くなる。


「本当に信じられないっ!……ジャンヌ、だったかしら。本当に、本当に変なことはされなかった……?」


はい……、と苦笑いしながら私はプンプンと怒ってくれる女教師さんに言葉を返す。

背中を向けたままの返事だけれど、きっと最初に現場を見た時と同じ表情をしているのだろうなと見なくてもわかる。

床にぺたりと座ったまま、今教室には私とその先生だけだ。教室に伸びていた男子生徒も気絶したまま廊下に回収され、壊れた扉の前にアラン隊長が教室から背中を向けた状態で壁代わりに立ってくれている。

教室ごと場所を変えようかと提案もされたけれど、団服を羽織っている姿で一瞬でも廊下に出たくなかった。あまりにも〝被害者〟感が強すぎる。それこそ一目見られたら変な噂を立てられかねない。


「本当にごめんなさい先生……。今、お昼休みなのにわざわざ……」

「何言っているの。貴方は被害者なんだから、謝らなくて良いの」

時間外労働をさせられているのにこの先生、すっごく優しい。

柔らかな声で〝被害者〟という言葉になんだか枯れた笑いが溢れそうになってしまったけれど、口の動きだけで止めた。カラム隊長がネル先生と呼んでいたこの人は被服の講師らしい。私のクラスはまだ選択授業で回って来ていないから初対面なのに、すごい親切にしてくれる。

専属侍女のマリーより若いお姉さんだけど、流石ジルベール宰相の采配で採用されただけあって見事な手捌きだ。……というか、どっかで見たことあるような気もする。

記憶が本当にオブラートレベルに薄いけれど、多分この人第二作目に居たモブキャラ先生だ。金色三つ編み二本下ろした慎ましやかな髪型と「ネル先生」って響きにもうっすら覚えがある。ファーナムお姉様へのプレゼント作りでもアムレットに協力してくれたり、それ以外でもイベントで先生の出番が必要になるとその度に一般教師Aとして使いまわされていたキャラだ。ゲームでも現実でも同じ先生なんて、やっぱり教職員の採用にジルベール宰相はキミヒカでも一枚噛んでいたんだなと思う。


アラン隊長が窓の外からカラム隊長を呼んでくれた後。

カラム隊長は、わざわざ被服室で休憩中だった先生を大急ぎで呼んできてくれたらしい。針と糸と女性教師というワードだけでここまで察してくれたカラム隊長、流石すぎる。

カラム隊長に連れられて来てくれたネル先生は、壊れた扉の前でアラン隊長から簡単に事情を聞いたらすぐに教室へ入って来てくれた。

カラム隊長とはまだアラン隊長の背中越しに遠目でしか会っていないけれど、薄暗い教室の中からでもカラム隊長の顔色が悪いのはわかった。ここまで察しの良いカラム隊長のことだからすごく心配してくれたのだろう。

そのままアラン隊長と小声で色々と話をした後は、また早足でどこかに去ってしまった。恐らくはステイルとアーサーを呼びに行ってくれたのかなと思う。


「本当に本当に信じられないっ。……でも、酷い事される前に騎士が見つけてくれて良かった。あの人は高等部の王族の護衛よ。あと一ヶ月もいないの」

運が良かったわね。と言ってくれる先生に相槌を打つ。

本当は私の護衛でもあるし、そもそも表向きはアラン隊長は親族設定なのだけれどここでそれを話すと確実にややこしくなってしまう。この先生はただ私が無事で良かったと思ってくれているだけだ。

そうなんですかとしらばっくれるわけにもいかず、「本当に良かったです」とだけ返した私は、背後のスカートがスルスルと繋げられていくのを感じる。

アラン隊長から受け取った破けた布地を元通り縫い直して貰いながら、できるだけ目立ちませんようにと願う。背後のスカート部分が縫い目があまりにもはっきりしてしまったら絶対目立ってしまう。元の服が庶民向けの服とはいえ殆ど新品同様だから余計にだ。いっそ下級層の子達みたいに着古された服にすれば良かったと思ってしまう。

縫い物のプロでもある被服の先生とはいえ、急に来てもらったのだし糸の色が合わなければどれだけ縫後が綺麗でも目立つだろう。

カラム隊長に連れられて来てくれた時の姿を思い出しても、針と糸セットだけでなく左手に抱えていた裁縫セットらしき小さなポーチからは糸と針が繋がっていた。確実に縫い物中に急遽呼び出されてそのまま駆けつけてくれた彼女は、糸の持ち合わせの種類も多くないだろう。


「はい。もう平気よ」


お待たせ、とくすぐるような可愛い声で言ってくれた先生は軽く手のひらで包むように私の両肩を叩いた。

考え事をしていた所為で思わずびくっと背中がのけ反ってしまったけれどすぐに振り返る。

お礼を言いながら背後のスカートがどんな状態か確認するべく、上半身を捻るようにして背後を覗けば


……すっごい可愛い刺繍。


「えっ、可愛っ……えっ⁈」

修復どころかグレードアップしているのですが‼︎⁈

思わず二度見三度見をして言葉が纏まらない。一瞬最初からこんな刺繍あったっけと思うくらいに縫い付けられた模様は、よく見ればアップリケだった。

破かれた継ぎ目を隠すように二個ほど縫い付けられたお花の刺繍はどちらもすごく可愛いらしい。破かれた布の横線部分をそれが隠してくれたお陰で、縫合した縦線も殆ど気にならない。緑色の糸で縫合してくれたお陰で、ちらっと見えてもお花の茎か蔦のように見えてしまう。

疑問を口よりも先に目で訴えてしまいながら先生を見つめれば、にこにことポケットから複数枚のアップリケを他にも摘んで見せてくれた。


「糸はあまり合うのがなかったけれど、これなら目立たないと思うわ。もし聞かれたら、被服の先生に試作で捕まったって言ってね」

じゃあ私はこれで、と。

そう言ってゆっくり立ち上がった先生は、最後に「後から辛くなったら相談にのるからね」と私の頭を撫でると軽やかな足取りで教室を出ていった。

終わりました、と扉の前に佇む背中に声を掛けると、振り返って扉の前を開けてくれたアラン隊長が深々と頭を下げる。「どうもすみませんでした」と続けてお礼を言えば、ネル先生は片手でそれを受けながら文句を言うどころかふふっと笑って返してくれた。


「いいえ、生徒が無事で何よりでした。アランさん、でしたね。私からもちゃんと報告させてもらいますので」

ありがとうございました、と私が無事だったことに関してお礼まで言って頭を下げ返したネル先生は、そのままサクサクと職員室の方向に去っていった。……本当にジルベール宰相、人選素晴らしすぎる。まさに慧眼と呼ぶに相応しい。

生徒はちょこちょこ問題児が多いけれど、先生の方は今のところ皆良い人ばかりだ。彼らにも折角運営に協力して貰っているのだから、やっぱりこの学校は成功させたいと改めて思う。


「……大丈夫ですか?」

先生がいなくなった後、恐る恐るアラン隊長が扉の前から呼びかけてくれる。

ええ、と返しながら私は胸の前に抱えていた団服を持ち直して立ち上がる。破れ隠しに借りていたアラン隊長の団服は、スカート修復の為に脱いだ後も膝がけがわりに使わせて貰っていた。そして今改めて返却すべく、手の中でなるべく丁寧に畳みながら扉の前まで歩み寄る。


「ありがとうございました、アランさん。もう大丈夫です」

簡単に畳んだ団服を両手でアラン隊長に手渡す。

自分の上着なのに同じく両手で恭しく受け取ってくれたアラン隊長は、何故かすぐに広げようとしなかった。わざわざ私が畳んだから遠慮してしまったのだろうか。畳んだ団服を受け取ったまま凝視すると、そのまま小脇に抱えてしまう。

余計なことをしてしまったかなと反省しながら、今度はくるりと背中を向けて見せる。可愛らしいアップリケのついたスカート部分を自慢気分で見せれば、「おぉ」と声が漏れた。流石のアラン隊長もこのビフォーアフターは予想外だったらしい。


「全然わかりませんね」

「はい。これなら無事授業にも戻れます。……といっても、試験はもう始まっちゃっていますけれど……」

アラン隊長に背中を向けながら、もう一度教室の中の時計を確認する。

もう試験も中盤に近い時間だ。今試験会場に上がったところで、廊下で待つしかない。ファーナム兄弟には後でちゃんと事情……といかなくても、行けなかったことを謝ろう。あとクロイには二限目前に怒らせてしまったこともお詫びしないといけない。……本当に私の所為で二人とも調子を崩していないといいのだけれども。

そう考えると、ふわふわと胸の中に不安が泳ぐ。

思わず胸を押さえてしまいながら時計へ棒立ちになってしまうと、アラン隊長が「終わってから事情を話せばわかってくれますよ」と励ましてくれた。眉が垂れてしまいながらもそれに笑みで返せば、アラン隊長は気持ちを切り替えさせるように声色を少し変えて視線を私から廊下の壁方向へと落とした。


「で、こいつらどうしますかね。そろそろ昼休憩の生徒も戻ってきちまいますし」

やれやれと、息を吐きながらアラン隊長が視線を落としたのは私を襲った男子生徒二名だ。

アラン隊長曰く、さっき合流したカラム隊長の話だと高等部二年のクラスで見た覚えがあるらしい。ここもちょうど二年のクラスの階だし間違い無いだろう。アラン隊長により廊下に転がされている今も、二人揃って全く目を覚ます気配すらない。どうして私を狙ったのか聞こうにも、これじゃあどうしようもない。

取り敢えず医務室に……と提案をしようとした、その時だった。


「「ジャンヌ‼︎‼︎」」


弾けるような叫びで呼ばれ、振り返る。

見れば、渡り廊下の方角から凄まじい形相をした二人がカラム隊長を抜けて私の方へ駆け込んできたところだった。持ち前の足で最初にアーサーが眼前まで辿り着き、急停止した反動でふわっと薄く風が吹いた。まるでハリソン副隊長だ。まだ掛け慣れない銀縁の眼鏡が少しずれて斜めになっていた。

そして数拍遅れてステイルもアーサーに並ぶ。勢い余って真正面から肩をアーサーにぶつけてしまっていたけれど、お互い全く気にしない。少し荒げた息が立ち止まった後も残っていて、ステイルがこんな短距離走っただけで息を切らすわけもないと思う。二人に心配をかけたのだろうなと、その見開かれた蒼い目と漆黒の目をみて理解する。


「ッ何があったンすか⁈お怪我は⁈」

「何故教室にいらっしゃらなかったのですか⁈」

殆ど同時に叫ばれ、あまりの迫力に棒立ちのまま背を反らしてしまう。

二人ともやっぱり凄く心配してくれていた。約束の場所にずっと私が現れなくてその上でアラン隊長に保護され、カラム隊長に呼び出しを受ければ驚くのは当然だ。

ごごごごめんなさい!と謝りながら、取り敢えず怪我がないことを伝える。


「アランさんのお陰で何もなかったわ!二限目が移動教室で、少し先生と話していたら帰るのが遅れちゃったの。心配かけてごめんなさい」

本当に無事だから!と両手を顔の前に上げて見せれば、二人とも端から端まで確認するように私を凝視した。まだ背中は見られてないから縫い目どころか刺繍にも気づかれてはいない。取り敢えず抵抗しなかったお陰で衣服も乱れずに済んだし、危害が加えられる前で良かった。二人の視線を一身に浴びた後、「ね?」と無事であることを認めてもらおうと笑ってみせれば、ステイルから矢のような問いを放たれた。


「それで。背後にいる彼らはどなたでしょうか。そしてアランさんのお陰で何もなかったということは、それまでは何かあったということですか」

……やっぱりそれを説明しないと駄目よね。

笑顔のまま口がヒクつき、強張る。ステイルの視線は真っ直ぐに男子生徒二名を指していた。アーサーも気付いてはいたらしく、ズバリと「こいつらがジャンヌに何かしようとしたンすか」と尋ねられてしまう。

私が言いにくくなって固まっていると、二人の視線が今度は私でも男子生徒でもなくアラン隊長へと向けられていく。カラム隊長はもうアラン隊長から聞いて知っているみたいで、二人の視線から先に逃げるように目を逸らしていた。……多分、私のスカート修復が間に合うまでなるべく時間稼ぎもしてくれたのだろうなぁと思う。ここから私達の教室まで往復でこんなに時間が掛かるわけもないもの。


「……ええと、……自分から話しても大丈夫ですか?」

頭を掻きながら困ったように確認してくれるアラン隊長に本当に申し訳なくなる。

お願いします……と、俯けた顔を両手で覆いながらも自分からは言えず本当に説明を任せてしまう。我ながら弱々し過ぎる声は完全に力が消えていた。

流石に男子生徒に突然空き教室に連れ込まれて押さえつけられて縛られかけたなんて、当人である私の口からは憚られる。主観が入ってしまう分余計に生々しく聞こえてしまう。

するとカラム隊長が説明が始まる前にと危機を感じ取ってくれ、アラン隊長に一度待ったをかけて男子生徒を片腕ずつに抱え出した。


「私は講師として一先ず医務室に彼らを運ぶ。既に連絡は回っているだろうが、職員室にも私から改めて報告はしておこう」


ネル先生が立ち去った後だから、既に報告されているだろうという判断だろう。

確かにさっきもアラン隊長にそんな感じのことを言ってくれていた。それに講師、更には騎士であるカラム隊長からの証言も重なれば信憑性もあって心強い。……ただ、


言いながらアラン隊長に目で意思を込めるカラム隊長からは、彼らを〝連行〟というよりも〝避難〟させる意図が感じられた。


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