〈コミカライズ1巻発売前日‼︎・感謝話〉現代王女は引き篭もる。
コミカライズ一巻発売記念。本編と一切関係はありません。
IFストーリー。
〝キミヒカの舞台が、現代学園物風だった場合〟
※あくまでIFです。
登場人物達は本編と同じような経過を経て同じような関係性を築いていますが、一部呼び方を含む関係性や親密性が本編と異なります。
本編で描かれる登場人物達の関係性は、あくまで本編の世界と舞台だからこそ成り立っているという作者の解釈です。
友人、師弟、主従、恋愛等においても本編と全く同じ感情の種類や強さとは限りません。
※現代をモデルにした、和洋折衷の世界観です。
特殊能力は存在せず、日本をベースに王族・騎士が存在します。年齢も違います。
※時間軸は第一作目解決後です。
※あくまでIFです。
簡単に現パロの感覚でお楽しみ下さい。
「ステイル、ティアラ。そっちはもう繋がった?」
「繋がりましたっ!」
「はい。プライドはいかがですか?難航しているようなら俺がやりましょうか?」
自室から扉を開けて呼びかける私に、ティアラとステイルがそれぞれの自室から答えてくれる。
そして流石ステイル、もうこの一言で私が助けを求めているのを察してくれたらしい。もしかして皆をもう待たせているのだろうかと思いながら、私は是非とステイルへ救難を訴える。……我ながら情けない。
パタパタと少し早足の音がして、ステイルが私の部屋に訪れてくれた。開け放しの扉から机の前で悪戦苦闘している私に「どこまでできましたか?」と笑いかけてくれる。
隣に並んでパソコン画面を覗き込めば、カチカチと慣れた手並みでマウスを動かし必要なページまで進めてくれた。
「ごめんなさい、ステイル。ティアラのも繋げてくれたのに、結局私まで……」
「いえ、既に専用ページまで辿り突いて下さっているのであと少しでしたよ。ティアラはパソコンを起動したところで挫折しましたから」
直後に話し声が聞こえていたのであろうティアラの部屋から「兄様!」と怒った声が飛びこんだ。
授業で確かティアラもパソコン授業とかやっている筈なのになと思ったけれど、学校のと新しく買ったのじゃパソコンが違うから無理もない。
思わず苦笑してしまう間にもステイルが速やかに目的の画面までパソコンを進めてくれた。くるくると読み込みマークの画面表示が回る中、ステイルは「ではごゆっくり」と言って再び自室へ戻っていった。
プライド・ロイヤル・アイビー。
この国の王族でもある私は、幼小中高大まで一貫した全生徒寮完備の学園に所属する高等部ニ年生だ。
女王である母上が経営をする我が校は、同じ学年でも学科が分かれている。私やステイル、ティアラが入学したのは〝社交科〟という、その名の通り王族を初めとする将来を約束された上流階級の生徒が所属する学科だ。
入学するには相応の財力と学力を持たないと入れない我が学園の社交科の教育と専用校舎は、世界最高水準とまで呼ばれている。……まぁ、とはいっても
緊急事態宣言で休校になった今では、意味もないけれども。
「あっ、お姉様!いらっしゃい‼︎」
接続が終わり、画面が切り替われば自室にいる目の前でティアラが手を振ってくれていた。
ステイルを始め、見慣れた面面の顔ぶれに自然と顔が綻ぶ。
緊急事態宣言が出て外出自粛命令が政府から出されてしまった今、王族である私も当然その一人である。第一作目のエンディングを折角乗り越えたところで今度はウイルス蔓延なんて、まさかバグかしらとまで思ってしまう。
学園近くのマンションで一緒に住んでいるステイルとティアラには毎日会えるけれど、王宮に住んでいる母上達にも会えなければ学校の人達にも会えない。予想外に引き籠もり命令が長引いた結果、暇を持てあました私達はオンラインランチ会を開くことになった。
SNSで参加を呼びかけたら意外と人数が集まってくれたからステイルに一番良いビデオ通話サービスを選んでもらった。パソコンの向こうではそれぞれ小さく区切られた画面に私以外全員が既に揃っていた。
「ごめんなさい、待たせてしまって。言い出したのは私なのに」
「問題ありませんよ。寧ろアーサーがプライドより先に来れたことが意外でした」
「アァ?!昨日散々電話で遅れるなっつったのはテメェだろォが!」
画面の向こうのアーサーがステイルへと声を荒げる。
ちょっとカメラの位置がずれているのが彼らしい。アーサー曰く、スマホでアプリを開いたら繋げるのもわりと簡単だったらしい。パソコンより画面は小さいけれど、私も手間取るくらいならそうした方が良かったかなと反省する。
〝騎士科〟に所属するアーサーは、私の一つ上の三年生だ。〝社交科〟と違って実技試験が重視される科だけれど、上級科と同じくらい突破難関な実力主義学科だ。休み時間になる度に校舎を超えて会いに来てくれるアーサーも、今は離れ離れで寮の一室だ。
「アーサー、あまり怒鳴らないように。壁の向こうからも聞こえたぞ」
「自分も聞こえました。アラン先輩は聞こえましたか??」
「あー俺は平気」
カラム先輩、エリック先輩、アラン先輩の言葉にアーサーが慌てたように画面に向かって頭を下げる。
すみません、と言いながら周囲を気にするように部屋を見回した。
騎士科の寮に住んでいる彼らは全員ご近所さんだ。まだオンラインの感覚が慣れないようにアーサーが壁にも謝ってから次に画面、そしてカメラにと三回も謝っていた。
「そっかぁ、アーサー達は皆同じ寮に住んでいるんだったね。楽しそうで羨ましいな」
四人の仲の良いやり取りに、今度はまた別の画面からレオンが微笑みかけた。
ふふっ、と楽しそうに笑う彼は学校では私の隣のクラスだ。隣国の王族だけど、世界最高水準の我が校に実力で一発転入を決めた優秀な王子だ。
緊急事態宣言で学校に行けなくなった後も、毎日私とメッセージでやり取りしてくれたけれどこうして顔を見るのは久々だから不思議な感じがする。
レオンの言葉に、アラン先輩は笑いながら「いやいや」と手を振った。
「そうは言っても部屋は個別だし、壁からたまに生活音が聞こえるくらいで今はそっちとも変わんねぇよ。むしろレオンの方がお手伝いさんとかで賑やかなんじゃねぇの?」
「確かに住み込みは居るけれど、賑やかってほどじゃないなぁ。だからこうしてプライドや皆と話せて嬉しいよ」
アラン先輩の言葉に滑らかに笑んだレオンの画面に、直後一つの手がカップを置かれるのが見える。
多分いつもの執事さんだろう。ありがとう、と一言カメラの外に向かってお礼を返すレオンは家の中でも相変わらずの優雅さだ。
私もいつもならロッテやマリーが家事掃除に来てくれたりジャックが護衛に訪れてくれるけれど、緊急事態宣言で今は三人とも自宅待機中だ。引き籠もり中だし少しの間くらいは三人で大丈夫ですと、私達も父上の意向に従った。一人暮らしのレオンと違い、こちらはティアラとステイルがいるお陰で何とかなっている。
レオンに続いてティアラがそれを彼らに話すと、次の瞬間画面の大半から「三人だけ⁈」といくつもの驚きの声が上がった。
レオンと同じように私達もお手伝いさんが住み込んでいると思っていたらしい。アーサーが「聞いてねぇぞ!」とステイルへ怒鳴る。
「このマンション自体が騎士団と連携して防犯管理が徹底された建物だ。万が一異常でもあれば、すぐに騎士団が駆けつける」
だから大丈夫だ、と冷静に説明するステイルが画面の向こうで紅茶を淹れ始める。
心なしかこの部屋にもうっすらと紅茶の良い香りが届いてくる。そのままステイルはポットを手に立ち上がると、画面の私とティアラに向かって「紅茶が沸いたので届けに行きますね」と言ってくれた。マリー達が来なくなってからステイルが飲み物担当だ。そのまま画面からステイルだけが中座する中、カラム先輩が前髪を指先で整えた。
「セドリック王弟殿下はいかがお過ごしでしょうか……?ランス国王とヨアン国王はお元気でしょうか」
「!あ、私もレオン王子殿下と同じです。兄達とは今朝も話しましたが、健康上には問題ありません」
ご心配頂きありがとうございます、とセドリックの言葉にほっとする。
ランス国王達も元気なら何よりだ。特にヨアン国王はなんとなくか弱そうなイメージだから心配だった。アネモネ王国もハナズオ連合王国も我が国と状況は変わらないけれど、こうして無事を知れただけでも嬉しい。
さっきから何も発言しなかったセドリックは、カラム隊長からの呼びかけに肩を揺らしていた。ステイルが私に良い香りのカップを届けてくれる中、セドリックの目が少し泳いでいる。
画面だと一方向を凝視していることしかわからなかったけれど、……多分久々に顔が見れたティアラに夢中だったんだろうなぁと思う。
我が国に移住してトップの成績で転入を決めたセドリックは私と同じクラスだけれど、中等部三年のクラスにいるティアラへ自分から会いに行けたことは殆どない。そしてこの休校中もティアラとは一切連絡を取れていなかったらしい。
定期的に私へ「無事か」「ティアラも元気か」と連絡をくれていたから間違いない。緊急事態宣言が起きてからティアラは友達とのSNSでのやり取りで忙しかったのか、毎日のように難しい顔でスマホと睨めっこしていたけれどセドリックから連絡を貰ったという話は一度もなかった。
セドリック曰く緊急事態宣言初日にティアラへ無事か、体調は悪くないかとメッセージを送ってから未だに返信がないらしい。相変わらずのティアラからの既読スルー攻撃にめげないセドリックを私は影ながら応援している。ティアラが頻繁に連絡を取り合っているのはセドリックではなく、女友達かジルベール宰相かもしくは……
「ティアラ!どうしたの恐い顔して?」
「熱でもあるんですか⁈さっきから顔がちょっと赤く見えますよ!」
一つの画面から二人で顔を覗かせるセフェクとケメトが声をあげる。
初等部と中等部の二人も一緒に住んでいる為、一つのカメラで参加してくれている。ティアラの体調を気にするようにカメラへ顔がぐぐっと近付く二人は揃って画面いっぱいにどアップだった。
見れば、確かにさっきよりティアラの顔が火照っている気がする。ティアラの発熱容疑にセドリックが「熱か⁈」とカメラが揺れる勢いで前のめった。
ブンブンと首を横に振るティアラは、ステイルに届けて貰った紅茶のカップを小さく上げて「紅茶で温まっただけです‼︎」と叫ぶ。声が開いた扉から私の部屋まで届いた。ティアラも扉を開けているのだろうか、寮と違ってけっこう分厚い壁なのにこんなにガツンと聞こえるなんて。
大丈夫⁇と心配するセフェクとケメトをよそに、心なしか騎士科の先輩達の眼差しが温かい。大学の二年、三年に所属するエリック先輩、アラン先輩とカラム先輩はアーサーの先輩であり、騎士団へ入団も目前に控える優秀な準騎士だ。
「そろそろお昼にしましょうか。もう良い時間ですし」
にこにこと微笑ましいものを見ているかのように笑うエリック先輩が、そう言って自分の背後に掛けられている時計を指差した。
確かにみればちょうどお昼時だ。もともと皆でお昼を食べる為に時間を合わせたのについつい先に話し込んでしまった。
そうですね、と返しながら私はカメラに入るように用意していた食事を並べた。画面を見れば、他の人達の昼食もそれぞれカメラの前に並べられ出す。レオンとセドリックは二人ともいつものシェフが作った料理だろう。学校と違って故郷の味らしい料理はどちらも凄く美味しそうだ。
「アラン。お前はまたそういう食事を……」
ハァ……と溜息を吐きながらカラム先輩が眉間に皺を寄せる。
見れば、アラン先輩が湯気の立ったヤカンを手にカメラの前へ戻ってきたところだった。テーブルの上にはカップラーメンが見事に山積みされている。いま積んだということは、これ全部が一食分なのだろうか。
カラム先輩の呼びかけに「ん?」と顔を上げたアラン先輩は、そのまま一番上のカップラーメンから封を開け始めた。「特盛」という文字がでかでかと蓋に見える。
「いやだってさぁ、作るのめんどくせぇし。弁当とかテイクアウトとかって全部高いだろ?」
「そのカップラーメンの総額の方が高いと思いますが……」
苦笑混じりのエリック副隊長に私も全面的に同意する。せめて袋ラーメンにすれば安上がりかではと思ったけれど、多分面倒くささが上位なんだろうなと思う。確かアラン先輩も自炊はできるってアーサーが言ってたし、それよりも鍛錬とかの時間が優先なのだろう。エリック先輩曰く、彼が料理をするのは騎士科の寮メンバーで行う料理持ち寄り会でぐらいらしい。自分の為に料理するのは面倒なタイプなのだろう。……なんだか、すごく食生活が心配になる。
「体調管理は騎士の基本だぞ。その程度の手間を怠るな」
「そんなこと言ってカラムも出来合いじゃねぇか。それ、寮の食堂で配布されている弁当だろ?」
足りてるか?と、むしろアラン隊長が心配するように画面へ指差す。
カラム隊長の画面を見ると、ワンプレート分のランチが温め直した状態でテーブルに置かれていた。寮が鎖国状態になっても、希望した生徒には寮の食堂が各部屋に毎食分お弁当を配布してくれる。確かにそれなら栄養バランスもばっちりだ。ただし、普通よりかなり割高なのとご飯をおかわり出来ない分量が少ないのがネックらしい。
その証拠にアーサーもエリック先輩も、カラム先輩とは違う昼食を並べている。カラム先輩曰く、運動量が減っている分ちょうど良いらしいけれど。
「エリックとアーサーは手製か?」と尋ねるカラム先輩に、最初にエリック先輩が謙遜するように手を横に振った。
「自分も買ってきた総菜が多いです。作っても主食系や汁物くらいですね。やはり毎日は面倒で」
そう言いながらもちゃんと副菜を並べてバランスよく保っている。
それにご飯を炊いたり野菜スープを作ったりしているだけで、充分手間はかかっていると思う。今の言い方だと、たぶん炒飯とか焼きそばとか丼物系は全然一人でも自炊するのだろう。
「充分立派だと思うけど」とレオンも称賛する中、エリック先輩は「それよりも」と画面の一方向を指した。
「アーサーは相変わらず手を抜かないな。それ全部一人で作ったのか?」
「あっ、いえ!俺も作り置きとか昨日の残りとか、昼はそんなもんすよ⁈」
感心するように画面を凝視するエリック先輩に、アーサーが肩を上下させる。
カラム先輩達にも「大したことありません」と両手を振る中、テーブルの上には見事なまでに美味しそうな一汁三菜が山盛りで並べられている。
ご実家が小料理屋さんのアーサーにとって、料理は手間にすら入らないらしい。しかも作り置きって今聞こえたのだけれど。もう作り置きを作っていること自体が偉い。
「あっ!アランさん、良かったらおかず何品かいりますか?今届けに行きますよ」
「マジで⁈いるいる!すっげぇ助かる‼︎肉系頼む‼︎」
「アーサー、すまないが野菜もアランに分けてくれ。そして会う時は二人ともマスクを着用するように」
ちゃんと料理中もマスクも手洗いもばっちりだったというアーサーが、そこで一度画面から消える。
アラン隊長も自分から取りに行くと言って、お湯を入れっぱなしのヤカンを置いて画面から消えた。……やっぱり寮生活、すごく楽しそうで羨ましい。今からでも母上に学園の女子寮にお願いしようかしら。
アーサーとアラン先輩が消えたことに何となく皆が黙していると、うっすらと音声で「すっげぇ!またこれ全部作ったのかよ⁈」「いや、その色々一気に作った方が楽で余っただけで……‼︎」と二人の声が漏れ聞こえてくる。取り敢えず今日一日分はアラン先輩の健康的な食生活が確保されたことに私は胸を撫で下ろす。
殆ど同時に画面に戻ってきた二人だけど、アラン先輩がカップラーメンタワーの横に大型タッパを三つも積み上げるのは壮観だった。皿に盛るどころかレンチンも面倒なように、そのまま蓋を開けて喜んでいる。画面のアーサーと同じおかずの山盛りだ。
全員再び席に着いたところで、レオンが画面のあちこちを目で見比べながらティーカップを傾けた。
「プライド達はお揃いだね。今日もプライドとティアラで作ったのかい?」
「!お姉様と一緒に作りましたっ。絵本みたいなホットケーキが焼きたくって」
「姉君もティアラも料理が上手いので僕も助けられています」
ティアラ、ステイルの言葉に画面の向こうから皆の視線が集まってくるのを心なしか感じる。
私達のお皿にはホットケーキの三段重ねが乗せられている。褒めてくれるステイルは嬉しいけれど、実際はティアラがいないとこれも黒焦げだったのだろうなと密かに思う。
ロッテ達が来なくなってから自炊することも増えた私達だけれど、今のところ出来合いに頼らずなんとかなっている。ティアラと二人で作るお陰で野菜とおかずもと栄養バランスの良い献立だ。
今もホットケーキにチキンサラダにスープ。そしてステイルの紅茶と、なかなか良いラインナップだと思う。甘いランチなんてステイルは厳しいかなと思ったけれど、提案したらすんなりオッケーしてくれた。
上手ですね、美味そう、すごい、と口々に皆が褒めてくれて身体中がくすぐったくなる。この中で自炊力で言えば圧倒的にアーサーだと思うけれど。
そう思いながら改めて皆のランチをざっと眺める。……と、一点で目が止まった。
「?セフェクとケメトは⁇ご飯はどうしたの?」
見れば、二人の画面だけご飯が並んでいない。
飲み物の入ったカップがあるだけだ。他の皆も気になるように視線が一か所で止まる。もしかして温めている途中なのだろうか。
最年少の二人を差し置いて料理に手をつけるわけにもいかず、誰もが据え膳状態になる。すると、「あっ、えっと」と吃るケメトと同時にセフェクが自分のスマホを確認し始めた。どうやら今カメラに使っているのはケメトのスマホらしい。そして「もうそろそろ……」とセフェクが呟いたその時。
「!帰って来ました‼︎‼︎」
はっと部屋の向こう側へ振り返ったケメトが声を弾ませる。
更にはセフェクも目を輝かせれば、部屋の向こうかららしきガチャガチャという音が漏れて来た。恐らくさっきは鍵を開けた音でも聞こえたのだろう。
おかえりなさい!と揃って声を上げる中、二人の背後の扉からまた見知った人物の足元が映った。両手に重そうなビニール袋を二つ掲げている。
「ヴァル!ケーキは買ってきてくれた⁈イチゴのやつ!」
「お買い物ありがとうございます‼︎半分持ちますね!」
「これで文句ありゃあテメェでコンビニ行け。ケメト、そっちじゃなくテメェらのはこっちだ」
駆け寄るケメトにコンビニ袋を渡したヴァルは、どうやら外出中だったらしい。……今、一応学校でも国でも自宅謹慎命令中なのだけれど。
ケメトからビニールを受け取ったセフェクが、コンビニ袋から順々にお弁当や揚げ物、野菜ジュースにサラダにショートケーキにヨーグルトと並べていく。ちゃんと二人が品も指定したのか、わりとジャンクではない並びだ。
「アルバイトお疲れ様でした!ベイルさんのお店はどうでしたか?」
「あー?俺を日雇いする余裕がある間は潰れねぇだろ。口じゃ経営難とかで今日も昼営業に回しやがったが」
ケメトが差し出すコップの水を一気飲みしながら、こちらに近づいて来る。
目線が来ないということは、もしかしてオンラインに気付いていないのだろうか。他の皆も同じことを考えているのか、それぞれ眉間に皺を寄せたり凝視こそしてるけど一言も喋らない。ちょっと盗み見気分だ。
ヴァルはセフェク達と一緒に並んでカメラにも顔が映る位置であるテーブルの前に座ると同時に残りの買い物袋を床に置く。ガッチャン‼︎と激しい音と一緒に三つのコンビニ袋の中身が顔を覗かせた。どれも同じパッケージの缶ビールがぎっしりと……っって‼︎
「「「「ちょっと待て‼︎‼︎」」」」
ちょっと待って⁈と私が叫ぶのと、ステイル、アーサー、カラム先輩、エリック先輩が叫ぶのは殆ど一緒だった。
五人分の叫び声にヴァルもやっとこちらの存在に気が付いたように顔を上げる。アァ?と訝しむように片眉を上げて、やっとカメラの方に目が向いた。
なんだこりゃあ、と画面に顔を近づけるヴァルにセフェクがオンラインランチ会だったことを説明してくれる。ケメトが今更ながら慌ててヴァルのビールをカメラの射程外に隠そうとするけれどもう遅い。
「ヴァル‼︎貴方まだ十八でしょう⁈‼︎なんでどうどうとお酒買ってるの⁈今すぐ止めなさい‼︎」
「まさかセフェクとケメトにも飲ませていないだろうな⁈肝臓破壊はお前だけにしろ‼︎‼︎二人の前で堂々と飲むな‼︎」
「そもそもさっきの会話は何だ⁈通常時ならばともかく今はバイトも全学年禁止の筈だ‼︎」
「不要不急の外出自粛なんだから無駄に出るな!そして酒より食材を買え‼︎‼︎」
「大体テメェはプライド様ンとこの仕事で金あンだろォが‼︎」
私から始めにステイルが怒鳴り、カラム先輩とエリック先輩から鋭い指摘が入り、アーサーが画面へ向けて指を差す。
セフェクとケメトと三人で暮らしているヴァルだけど、二人の学費を含んだ生活費代を肩代わりする代わりに私の、というより主にジルベールさんの元で働いて貰っている。王配である父上の補佐と兼任して我が国の首相……秘書、をしている人だ。
正直、歴代首相の秘書として働いているのを知っているこちらからすると、裏側から実権を握っているのはジルベールさんな気がしてならない。
肩代わりとは別の報酬だってかなりの額な筈なのに、学校後も隙あらばバイトしている彼はどうやら今の発言だと今日もこっそり働いていたらしい。もともと早々と学校から離脱して〝仕事〟をしていた前科者だから、働かないのが性に合わないのかもしれない。
二人をヴァルが引き取れるように取り計らう代わりに、我が学園の〝普通科〟に転入させたけれど、……本当に彼らだけの生活で平気かたまに心配になる。大体学校に入学させたのも、そうでもしなきゃ本気でセフェクもケメトも学校に通わせなさそうだったからだ。
ヴァルも「学校なんざ行かなくてもどうにでもなる」と全く気にしないし、義務教育という言葉を何度言っても聞いてくれなかった。普通科なら一般教育の生徒でも入学はお金か推薦か学力があればさほど難しくない。……まぁ、上流階級の後継ぎばかり集まる校舎が近いことでのやっかみや、一部生徒同士の身分差別がどうしても激しいせいでちょっと毎年不人気なのもあるけれど。母上も何とか改善したいと言っていた。
「うぜぇ」
セフェクの横で面倒そうに顔を顰めてこちらを睨み返していたヴァルだけれど、途中で飽きたように画面から顔を離す。
そのまま開き直るように堂々と買ってきたばかりのビールへ手をつけた。プシュッ!と栓が開けられた直後、私達の目の前でグビグビと喉を鳴らして飲み出す。
ああっ‼︎と私達が叫ぶのも構わず、缶を一度に空にしたヴァルはそこで初めてニヤリとこちらに向けて嫌な笑みを広げてきた。もう確信犯だ。画面越しじゃこちらは手も足も出ない。
「ヴァル、君そんなにお金がないならやっぱり僕のところに住めば良いじゃないか。空き部屋なら貸すよ?」
「野郎のヒモなんざまっぴらだと何度言わせやがる」
もう今までも何度も繰り返されているレオンとのやり取りに、ヴァルはケッと吐き捨てた。
彼も私達と同じで学園の寮ではなく、家賃の安い部屋に三人で住んでいる。ヴァルと知り合ってから居候も提案してくれているレオンだけど、毎回断られている。レオン的にはルームメイトというのにも憧れているから是非きて欲しいらしいのだけれど。
「稼げる時に稼いで何がわりぃ?テメェらもどうせ何かしら外に出てんだろ」
そう言いながらヴァルが私達の誰よりも先にコンビニの袋からコロッケを取り出しかぶりつく。
低いテーブルの前で足を崩しながら、また二缶目を開けていた。その間にやっとケメト達も準備ができたらしく、料理を並べ終えた。「いただきます」の動作を二人がしたことで、流れるように私達も食事を始める。
「僕はあまり出ていないけれど……まぁ買い物くらいは皆しているだろうね。セドリック王弟はどうだい?」
「私もこれといっては。今は外出せずとも通販や外注で何でも届きますので」
レオンの投げかけにセドリックが首を振る。
やっぱりお手伝いさんありきの二人はそんなものだろう。
「自分はわりと出ているかもしれませんね……。惣菜とか買うとどうしても賞味期限が短いので、小まめに買い出しに行ってます」
「やっぱインスタントの方が賞味期限もなげぇし楽だろ」
いえそれは……とエリック先輩がアラン先輩の言葉に半笑う。
カップラーメンじゃどうやっても惣菜の代わりにはならない。冷凍食品や缶詰めとかならまだわかるけれども。
「そんなことを言ってアラン、お前も頻繁に早朝に出ているだろう?昨日も窓の外で見かけたぞ」
カラム先輩がジロリと鋭い眼差しで前髪を払う。
低い声をかけられたアランさんは、今はラーメンにお湯を注いでからタッパに直接箸をつけていた。もうこのままタッパの蓋を皿代わりに食べるつもりらしい。
「早朝なら人いねぇから大丈夫だって。やっぱ走り込みしねぇと身体鈍るしさ」
そんで帰りにカップラーメンを買って帰っている、と話すアランさんに早朝も営業しているコンビニは最強なのだろうなと思う。どうせ走り込みするのなら、ちょっと離れた格安スーパーに行けば節約にもなると私からも提案してみたら「おっ良いな!」と明るい反応が返ってきた。
「じゃあ俺が食材買ってくるからアーサーまた作ってくれねぇか?材料費は持つし」
「!良いンすか⁈助かります‼︎」
見事なギブアンドテイク。アーサーの手料理が食べられるなんてすごく羨ましい。
アラン先輩の提案に全力で乗るアーサーはそのまま、食いたいものあれば言って下さいとリクエストまで受け付けていた。外出自粛が終わったら、私もまた御相伴に伺いたい。
「アーサー、もし負担になったらいつでも断るように。アランを甘やかすな」
「大丈夫です‼︎もともと二人分作ってたンで三人分も大して変わりませんし」
「待てアーサー。二人分とはどういうことだ」
カラム先輩に断るアーサーへステイルが眉を寄せる。
その途端、ぎくりとわかりやすくアーサーの肩が揺れた。アーサーのことだから二人分食べているだけの可能性もあるけど、どうやらこの反応だと違うらしい。少なくとも寮は一人部屋で同居は許されていない。
引き攣った顔で目線をカメラから逸らすアーサーは、何か言い訳でも探すように返事もない。ただ、頬から首筋がさっきより滴が伝っているのがわかった。
暫く待つと、アーサーは諦めたように呟くような小声を絞り出した。
「……ハリソン先輩に。実は、結構前から飯届けてて……」
強張った顔と逸らした目線のまま言うアーサーの言葉に、私だけでなく殆ど全員が納得したように大きく頷いた。
ぼそぼそと「余計なお世話なのはわかってるンすけど……」と言いながら、渋々説明をしてくれる。
話によると、外出自粛令が出てからハリソン先輩とスマホで連絡を取っていたけれど体調どころか食事を取っているかさえ「問題ない」の一言しか返してくれないことを心配して部屋に訪れたらしい。すると、まさかの殆ど絶食状態だったとか。
「あの人部屋に食料どころか調味料もインスタントも何も置いてなかったンすよ‼︎‼︎飯ぐらい買いに出て下さいっつったらクラークに不要不急の外出は禁止されてるっつって部屋から出ようとすらしねぇし‼︎‼︎」
そして、食料調達は必要で今は緊急だと説明したアーサーがそれから定期的に纏めて料理をお裾分けしているらしい。
今までは寮で一緒に食べていたけれど、今の少し値が張る寮弁当をハリソン先輩のお金で買わせるのも気が進まない。自分が作って半額貰った方がお互い経済的だし、ハリソン先輩が死ぬこともない。と、そう言うアーサーは最後にぐったりとうな垂れた。
「……すんません。なので、頻繁にハリソン先輩には会っちまってます……」
「まぁこれから俺とも会うんだから一緒じゃねぇ?」
落ち込み自省するアーサーに、アラン先輩が軽く受け流す。
実際はそういう問題でもないのだけれど、括った長い髪ごと垂らすアーサーにカラム先輩もステイルも誰も指摘しない。
むしろ休学中にも関わらず騎士科大学部の先輩の世話を焼いて、寮生徒の餓死を防いでくれたと思えばこの場で労いたくなってしまう。なるほど、料理を作り慣れているアーサーにしては作りすぎの量が多いと思った。彼も彼でかなり食べる方だけれど、それでもアラン先輩にお裾分け分も持てあましていたのだから。
「こ、今度からはアラン先輩が買い物はして下さるから良かったわね!買い物の数も増えると大変だもの。私も、殆ど毎日外に出ちゃっているから人のこと言えないわっ」
とにかくこの場の空気を晴らすべく、今度は私からも話題を投げる。
すると「プライド様も?」とアーサーが不思議そうな表情で顔を上げた。話を変える為とはいえ、うっかり自白してしまったと少し後悔しながら私は一言肯定する。画面の一つでステイルの口元がちょっと笑っていた。ティアラも思い出すようににこにこと頬を緩めている。
「殆ど毎日……って、やっぱり三人分の料理ともなると買い物も大変なんだね」
「いえ、その……料理の方は、まだ週に一回程度で買い物もなんとかなっているのだけれど……」
レオンの言葉に思わず言葉を濁す。
私とティアラだけじゃ持てる重さに限界もあるけれどステイルがいる。三人分の手があれば、週に一回でもそれなりの量は充分補充できた。……ただ、重さとは関係なく纏めて補充できないものもある。
レオンを始め、私の言葉を待つ皆を前に今更ながらちょっと言いにくくなる。仮にも一国の王女がこんなこと言っていいのだろうかと思いながら、私は意識的に口を動かした。
「ほら、……その、最近テレビでバターが品薄って話題になっているでしょう……?」
やんわり遠回しに伝える私に、カラム先輩やレオン、セドリックのニュース確認組が納得したように眉を上げて頷いた。
緊急事態宣言が始まってから、色々と商品が品薄になる現象が続いている。ウイルスに強いとか予防とか、転売が増えているとか品物によって理由は色々だけれど、バターもその品薄の一つだった。だからスーパーでバターを買う度、まとめ買いも自重した私は毎日一個ずつバターを買いに行っていた。というのも、私も例外なくその品薄理由の一つである……
「お菓子作りが楽しくて。……つい」
家にいる時間が多い分、どうしても普段できないお菓子作りにハマってしまった。
だって今なら家にティアラもいるし、この機会がなければまた学校生活とかで忙しくてお手軽に作れないのだもの‼︎
本で見たきらきらのお菓子を自分で作る楽しさに病みつきになってしまった。今日のホットケーキだってそうだ。作るだけ作って、消費に協力してくれるティアラとステイルには感謝してもしきれない。
このご時世でなければ今画面の向こうにいる皆にもお裾分けできたのだけれど、残念ながら今は難しい。
口籠もる私に代わって今度はティアラが弾む声で次々とどんなお菓子を作ったか説明してくれた。手作りアイスからケーキにタルトまで幅広く生クリームとバターを消費していったことに全員呆れて言葉も出ないらしい。それともティアラの手製お菓子を聞いて食べたくなっちゃっただけか。誰のものかゴクリと喉を鳴らす音もうっすら聞こえた気がする。
「……はやく、また学校が始まると良いですね」
ティアラが最後のケーキ名を告げた後、エリック先輩の柔らかな声に複数の同意が重なった。
私も同意見だ。その時はこの鍛えられた菓子作りの腕を今度こそ皆に振る舞いたい。
早くこの事態が終息することを願いつつ、その日のオンラインランチ会は無事に幕を閉じた。
明日10/24にラス為コミカライズ1巻が書籍で発売致します…‼︎
本当にここまで来れたのは皆様のお陰です。ありがとうございます。
是非、皆様の家にお迎え頂ければ幸いです。各協力店舗様でペーパー特典もつきます。松浦ぶんこ先生による素敵なイラストです…!
素敵な表紙と裏表紙や加筆に加え、作者も特別SSを書き下ろさせて頂きました。
コミックは本当に素敵で、キャラ一人一人のデザインもそうですが漫画構成から全て素晴らしい仕上がりにして下さっています。
見事なコミカライズであると同時に、本当に漫画としても楽しめる作品になっています。
是非皆様にもお楽しみ頂ければ幸いです。
本当に本当にありがとうございます。
コミカライズの記念すべき第1巻発売を感謝して、今週は土日も感謝話を更新させて頂きます。
本日は以前より考えていた現代版を書かせて頂きました。少し流行りからは遅れましたが、リモートものを書いてみたくなり書かせて頂きました。
どうぞこれからもラス為をよろしくお願いします。
皆様に心からの感謝を。




